阿智村の行政犯罪と日本一の星空 岡庭一雄元村長と熊谷秀樹村長の両共産党員が阿智村を乗っ取った!

阿智村

 2000年の始まりに、「阿智村は無くなる」と公言してはばからなかった。それは、いつものように感じたままの発言であるが、やがてそれが事実として見え出した。
その時すでに阿智村は蝕まれていたのである。平成12年、岡庭一雄が村長になって3年後のことである。やみくもに言葉にしたかもしれないが、岡庭一雄村政の大いなる不安から始まったものかもしれない。「こうなると思っていた」は、予感ともいうべきもので、その時それを口にするのは、単なる戯言と受け止められたことだろう。それから数年で平成大合併へとつながるは、確かにそのような社会情勢が背景にあるに、予感として受け止められていたならばまだ幸いである。阿智村の今後を決めつけたのは私の勝手だが、そんな様を見届けるは辛いものがある。だからして繰り返すが、事実から目を背けてはならない。事実を受け止め、阿智村が潰されるのか、それとも阿智村を潰すのかを、村民が判断しなければならないのだ。令和3年3月

    その時
 さんざんに、それこそ散々に書き出してきた。もはや振り返っても書き出すこと(犯罪)は無いかもしれないが、残念ながら何一つ解決していない。それを見て、村民はおろか世間も何事もないかのように静まり返っている。これで良いのかもしれない。だが、この静寂は夜のしじまであるを感じてならない。何から始まるのか? あらたな予感ではない何かは、ほら、もうそこまで来ている気がする。

     盗伐裁判の終わり
 思いがけない和解勧告は、望んでいた判決をないがしろにするかと思われたが、ところがどっこい、思い掛けない展開で様相が一変した。これらのことを詳しく書くに、もはや裁判の終結とみてよいだろう。
互いの弁論やり取りを公開するについて少々ためらってきたが、もはやその時点ではないし、遅くとも新しい裁判官において4月末にでも判決が下りることになった。これから先を書き出すのは、新たなコーナーにおいて、互いがやり取りした重要な弁論を公開しながら進めたいと思う。

     村会議員選挙における選挙違反
 選挙違反は公職選挙法に違反する行為であって、いくつかの種類に分けられているが、阿智村の村議会議員選挙で行われた選挙違反の種類は、「特定公務員の選挙違反の禁止」と「地位を利用した選挙運動の禁止」等が当てはまると思われる。
「選挙違反ではないか?」と、最初に声を上げられたのは亀割竹男氏であるが、その声には確かな証拠が伴っており、それらを証明する手段として異議申し立てを行ってみた。それらの文書は『文書一覧 テキスト(阿智村編)』に公開していますのでご覧いただきたいが、その後における経過と結果を新たなコーナーにおいて始めて見たいと考えます。
選挙違反は犯罪であり、決して許されることではありませんので、如何にしてそこに到達させるのかをご覧いただけたらと思います。令和3年3月16日

    熊谷村長の顔色
 選挙違反は犯罪であって、選挙管理委員会が対応できることではありません。亀割さんと私が選挙管理員会に異議申し立てをしたのは、それらの違反を選挙管理員会に証明させるためでした。そのくだりを他のコーナーで本日から始めましたので、ぜひご覧ください。逮捕があるのか無いのか、その辺も十分に想像できるでしょう。
三月定例議会の一般質問が明日19日にあると無線で流していた。興味がないが少し気になることがある。それは、議会開催の村長あいさつに見た、熊谷村長の異変である。言葉ぶりもさることながら、話の前後もつながらなくかなり浮足立っているように見えた。この男、馬鹿ではないから選挙違反の動向が気になるのであろう。選挙違反とくれば、どのように逃げようとしても無駄なこと、それが分かっているところにおいて数年前からの持病が後押ししているのだろうか、顔色が無い。数年前と言えば、熊谷村長が寝返った時だ。その時の議会あいさつで、100%熊谷時雄に寝返ったのが手に取るように見えていた。「岡庭一雄を逮捕させるのであれば何でもします」は傑作だが、その言葉が吐かれたのはそれから半年後のことである。もはやその時に、毎晩の深酒が顔の色を変えていた。「眠れない」とつぶやくのも、つじつまの合わない話もそこに在る気がしてならない。もう少し養生して、私の追及に応えていただきたいものだ。時雄のように死んでいけば楽かもしれないが、そこはまだ天が許さないだろう。
 岡庭一雄の面の皮
佐々木幸仁の評判を聞くに、地元上中関の評判がすごく悪い。評判が悪くとも議員になるに、そこが不思議でもあるが、よくよく聞けば、春日一帯に共産党が多いと来たもんだ。佐々木の陰口を言えば、どこにスパイがいるのかが怖いらしい。早い話が「共産党は恐ろしい」が締めなのだ。望み通りの議員になるに、はたしてそれは私の望み通りでもあった。一網打尽に出来るなど、絵にかいたような展開が始まると知れば、楽しみ以外に何が有ろう。この男が逮捕されれば、春日の住民の喜ぶ顔が目に浮かぶ。佐々木幸仁の面の皮より、まだ薄くある岡庭一雄は生きているのであろうか? 熊谷村長ともどもくたばってもらっては困るが、今の陽気であれば最果ての地でも仲良くやれるのではないか。
さあ、これからの話は盗伐裁判の判決に向かい書き出すが、渋谷晃一が和解の条件としたのはなんであるのか? 果たしてそれが和解不成立の本当の理由であったのか、その辺りから始めてみよう。令和3年3月18日

    勝てない裁判
 時雄は裁判にかけられると察していたのだろうか? 裁判になるにしても、相手は地主渋谷さんでなく私であることに気づいたのは、原弁護士からの内容証明が届いてからだ。その時点で裁判へと進むと理解していない時雄は、「弁償金を払えばよい」と判断し、すでに「自治会が払うべきだ」と熊谷操に言わせている。それは「70万円のの請求」で済むと考えたからであろうが、そこで大きく見誤ったとすれば、「自治会で払わせる」が裏目に出たからだ。熊谷村長が地主渋谷さんと会い、渋谷さんへの返答に記されたのが、「智里西製材クラブで伐った」であるに、切り倒された樹木をどうしたのかは記されていない。村長としては知るすべも、また、渋谷さんに返答することでもない。損害賠償の請求先をどうするのかと迷っていた私に、「自治会で支払う」は、最高の知らせであった。自治会で支払うは、自治会が切り倒して自治会がその樹木を処分したことになる。それであれば、すべてが自治会の犯罪となろう。だからして熊谷秀二を請求先にするに、それに慌てたのが他ならぬ時雄であったのだ。
 請求先は二人
自治会長の熊谷秀二が請求先であるは原弁護士に確認していたし、刑事にも「熊谷秀二が払えば即逮捕」と聞かされていた。お金を払えば切り倒して収益を得ていたと証明されるからであるが、金が中心の時雄や、小銭を拾う西の小汚い連中は身銭がすべてであって、その前後が全く見えていない。ようするにおバカということだが、これが願ってもない展開に進むことになったのだ。
渋谷貢が地主だとされていた。渋谷貢は地主渋谷さんの幼友達で本家別家の関係でもあった。最初から、渋谷晃一が関与していると分かっていたことであるが、渋谷貢とされていたのであれば、どのようにしたって渋谷晃一を引っ張り出せない。渋谷貢を訴えるに抵抗ある渋谷さんを説得するに、少々困っていたのであった。まさかと思うが、「貢は認知症ですので変わって私が返答します」とした、内容証明に対する反論文が届くと思わなかったのである。それも、本筋の熊谷秀二を横に除けての接触は、もはやこの時点で勝負は決まっていたのだ。いたぶるわけでもないが、時雄ともども懲らしめようと考えたのは正直な気持ち、まあ、これくらいは世間も許してくれよう。令和3年3月20日

 誘導計画
もともとは、叔父である渋谷秀逸と熊谷時雄が花桃祭りのために手に入れようとしていた渋谷さんの土地、そのために理由(支障木)をつけて子飼いである製材クラブに伐らせたものだ。その上に欲が重なって、阿智村からの補助金もせしめようとした。そしてそれは達成された。これだけのことで、はや二つの犯罪を行ったことになるが、実は、犯罪はこれだけでなかったのだ。傍観者はこの裁判に金の欲目を感じて面白おかしく眺めていたであろうが、私は全くに別の観点からこの事件を扱ってきた。それを詳しく話すに、すでに判決が出る段階において隠す必要がなくなっただけでなく、思わぬ証拠がいくつも被告渋谷晃一側から手に入ったのであります。私がよくしてたまらなかった二つの証拠は阿智村の行政書類であって、どのような開示請求を行おうとも決して手に入るものではありませんでした。そのような行政書類がどのような経過において渋谷晃一が手にすることが出来たのか、また、その証拠を用いて渋谷晃一は何をしたかったのか!?それらのすべてがこの盗伐裁判において解明できたことは願ってもない展開であったのと、そこまで誘導するに、思い通り動いてくれた熊谷村長と岡庭一雄、それに西の三悪人の生き残りである熊谷操に感謝するものであります。計画犯罪と言う言葉は有りますが、誘導計画は造語に過ぎず、それは犯罪でないことは言うまでも有りません。見えているのに誰も気づかず、見えていたから隠蔽工作が行われたのだが、もともとに、隠蔽するはそこに犯罪があるということだ。
飯伊森林組合林組合長や古田副組合長に五年も前から「熊谷操の代表理事を辞めさせろ」と注進してきたが、一向にそれになくあったのは、やはり林組合長が隠蔽工作に関与していたことと、古田扶士と熊谷操の腐れ縁の弊害が事実であって、たかが盗伐裁判としても、ここで熊谷操が逮捕される犯罪が立証されれば、最低でも二人の組合長は責任を取っての辞任辞職は避けられない。ようするに、それほどの証拠が手に入ったと言うことになるが、それらはほかのコーナーにおいて詳しく書きだし、それらの証拠の数々も添付いたしますので、警察より早く情報を得たい方は、ぜひともご覧いただきたい。たかが盗伐犯罪、だが、いくつもの犯罪が重なり合って展開するに、それが行政犯罪にまでつながる恐ろしさは、実感にすぐるものは無いと思う。令和3年3月22日

 相関関係
国や警察に届けた盗伐関係の相関図を「文書一覧  テキスト(阿智村編)」に掲示しますので、そちらを見ながら犯罪の相関関係を追っていただければ、私がどのような証拠を欲していたのか、それが何を証明する証拠なのかがわかると思います。
「まだ早い。平成28年度の監査が済むまで静かでいよう」この様に考えていたのは、「立木伐採実施計画書」による、補償費の支払いが確定されるまで待てば、盗伐の事実と、阿智村が補助金の不正支払いを行った事実が確定するからであった。おもむろに、地主を村長に会わせる算段をし、地主に何を言わせるのかまでも決めていた。「私の土地の木が切られているのですが、阿智村が補助金で切ったとか、了解していると聞いたものですから」と始め、「事実をお話し願えませんか?」と熊谷村長に詰め寄った。「地元の製材クラブが切られたようですが、事情を調査するので少しお待ちいただけませんか」とか、その他もろもろの話は録音してあるが、村が承知していたかどうかの事実が裁判で必要になった。それは、「伐った木のほとんどは杉で、桧は5、6本しか無い」との反論が行われ、被告渋谷晃一は飯伊森林組合から「立木評価調書」を取り寄せ、それを根拠とした。原告弁護士はそれを受け、「熊谷さんはすべて桧としているがそうではないんじゃないか」と、桧と杉の価格差において、少額請求に代わってしまうと嘆いたのである。
まあ、お金などどうでもよいが、そこでハタと気づいたことが有る。「立木評価調書をつくれ」と誰が飯伊森林組合阿智支所に言ったのか? である。ご覧の通り立木調査である。切り株で立木調査など行えるものではないし、そんな物を作成すれば作成した者の責任にもなる。これを渋谷晃一が直接頼んでもそれを受けられる者は誰もいない。林森林組合長が指示するのであればまだしも、職員が判断できることではない。
しばらく前から被告長谷川弁護士は「平川文男の別訴は却下される」と判断している。だからこその評価調書なのだ。弁護士と言うより岡庭一雄の考えがそこにあるが、それらの詳細は100円コーナーでご覧ください。令和3年3月24日

  熊谷操飯伊森林組合代表理事
ここでも当然に熊谷操が登場します。30年以上も理事を務めるに、阿智支所の森林事業費における手数料をごまかし、人の山を手に入れて来た大悪党である。そうそう、西の三悪人の一角でもあるが、ヘブンスそのはらから支払われる補償金や地代を時雄とともに横領もしている、ここでも大悪人である。「こんな悪い奴は見たことはない」と、園原水道補償金横領で刑事に言わしめたほどの男である。「やい、晃一の言う通り、調書をつくれ」と指示したのは言うまでもないが、それに従がう職員が問題だ。裁判の証拠となれば林組合長の責任問題にまで進むに、これを阿智村や飯田市の議員と同じように隠蔽するのであれば、私は乗り込んで白黒つける。代表理事が組合員を騙した数々は、再三にわたり組合長に告げてきた。我慢の限界はとうに過ぎている。
 ごちゃごちゃになる前に
これまでの話ですでにゴチャになってますので、少し話の整理をします。「立木評価調書」を作成するには二つの理由があると言いましたが、その一つは、「桧を杉として単価を下げる」「飯伊森林組合と言う公益団体の見積で信用度を上げる」「智里西製材クラブの犯行だとさせない」この様な理由です。二つ目は、「立木評価調書で和解の基準になれば、道路になっている三筆の土地に植えられていた桧に対しても評価を下げられる」「飯伊森林組合が平川文男の土地だと認めている」「平川文男の土地とされれば、道路とされている三筆の土地を本谷園原財産区が所有していたと認められる」これが二つ目の理由です。
 不備な証拠
飯伊森林組合の立木評価調書が渋谷晃一側から出てきたことで、それらの思惑に気づきはしたが、その証拠を見て驚いた。読者の皆様も当然気づいたと思いますが、「日付が入っていない」「押印されていない」「見積書でない」少々がっかりしましたね。お粗末すぎて。
足は飯伊森林組合阿智支所に向いていた。前の日に電話を入れ、早朝8時すぎに出向くと伝えていた。「私が木下ですが、所長と久保田は組合長に呼ばれて留守にしていますがよろしいでしょうか」そこから始まるに、それはたいして驚きはしない。「ここまでやるか?」の長谷川弁護士に、あきれたものである。証人喚問が開かれた期日に、原弁護士はこれら書類の不備を指摘し否定したと聞くが、驚くのはその先である。それら不備を修正した新たな立木評価調書が、それも、和解期日の直前に、原弁護士事務所のFAXに届いたと言う。(詳細は盗伐裁判のコーナーで)令和3年3月26日

    土地を買う
修正された立木評価調書は、和解期日の午前11時に原弁護士事務所にFAXで届いたという。それらの真意を確かめる時間もなく和解期日に及べば、「和解不調」が待っていた。「立木評価調書の金額で購入したい」それが和解の条件として譲らなかったという。
この話は事前に聞いていた。「相手は平川の登記にしたいと言っているが、渋谷さんに売る気はあるのか聞いてもらえないか?当然見合った金額が条件ですが」、「それは私が断ります」即答。「そうですよね。分かりました」原弁護士としても、裁判の勝敗は手に入れての余裕ある発言だが、相手の魂胆に気づくはずもない。
「こんな安い金額で土地を手に入れたいと言うんですから」と言って、立木評価調書を渡してくれた。そして続く言葉が、「あまりに厚かましいので不調としましたが、次の期日で請求額の確定を行いますので、お手数ですがまた相談に乗っていただけませんか」、「立木評価調書の修正は長谷川弁護士が強要したようですよ」、「いやあ、そこまでは…」、「それらの事実を確認しますので少し待ってください」
 二度目の訪問
飯伊森林組合阿智支所の木下に事情は聴いていた。所用に使うので作成してほしいと頼まれただけで、押印してないのは責任を持てないからだとの言い訳であったが、それだけでもない気はしていた。それらの経過を文書にしておくようにと注意しておいたが、それがまさか立木評価調書を修正したとなれば、もはや助けようもない。だが、それらの経過を聞くに、驚く内容が次々と明らかとなった。そして、その修正された立木評価調書から、いくつかの犯罪がまたもや発覚したのである。(詳細は盗伐裁判のコーナー)令和3年3月28日

 完璧を求める弁護士
原弁護士が特にこだわったのが、「樹種の選定である」いわゆる、桧か杉かであるのだが、桧が高くて杉が安いとは案外一般的な見解なのだろうが、専門家(山師)の見立てはそこにない。山師は山を買うもので、立木を一本一本買うものではない。その観点に立てば、立木の評価調書など何の役にも立たない。だからこその材木屋が存在し、材木屋でなければ値段はつけられない。そのようなことは熊谷操は知りすぎているからして、こちらが用意した材木屋の見積もりに歯向かう手立てがなかったのだ。それは飯伊森林組合職員であれば常識な事実であって、立木評価調書などくその役にも立たないと知っている。だが、兎にも角にも損害額を下げたいだけの連中は、それら立木評価調書を用いることで対抗しようとしたのが、「おい、調書をつくれ」の熊谷操代表理事の指示なのだ。理事に言われれば従わざるを得ない。
 首が飛ぶぞ
二次被害者が出てしまう恐れになった。だからして余分なことがまた増えたのだが、まあ、そこは良識がある職員であるからして、今までの経過を順追って詳しく話せば、阿智支所内の職員全員がうなづき、そして私の話に耳を傾けた。
「長谷川弁護士から電話が来て、日付と印鑑を押せと言われた」、「強要されたのか?」、「押印していない。日付が入っていない。この様な書類を作成するとはどういうことかと言われました」、「それで?」、「弁護士なので、言われる通りにしなければと思いました」、「裁判に使うとの話は無かったのか?」、「なかったですが、熊谷さんから聞いていたのでそうだと思いました」、「そうか分かった。それではその通り文書にして残しておくように。それと所長、所長がこれまでの経過を何も知らないと言うのも通用しない。木下君からどのような報告を受けたか、それらの経過を林組合長にきちんと伝えておくように。そうしておかないと林組合長の首が飛ぶぞ」
ようするに、誰の土地であると調べずに、また、平川文男の土地でないと知りながら、平川文男の土地として調査を行ったという不手際と、切り株で樹種の選定をし、また切り株を立木に見立てて評価調書を作成したということだ。これを、正式な書類にして提出せよと迫ったのが、長谷川弁護士と言うことなのだ。令和3年3月30日
(修正された立木評価調書は、阿智村盗伐裁判のコーナーでご覧ください)

 隠せない事実
飯伊森林組合阿智支所の職員が、切り株を立木に見立て評価調書を作成したと言う事実は隠せないことになった。林組合長も阿智村伍和の者だし、何も知らなかったでは通らなく、仮に知らないことにしても、責任を取る立場であるは言うまでもない。大きな問題は、平川文男の土地でないのに、平川文男の立木だと決めつけたことにあり、たとえ金額がいくらであったにしても、それを損害裁判の損害額の根拠として提供したと言うことだ。「弁護士の指示に従いました」と、弁明の文書を提出させたが、これは、裁判が終われば林組合長責任追及の証拠と成って跳ね返る。裁判の証拠として採用された限り、無かったこと二は出来ないのだ。少なくとも私は古い組合員で、山林所有者としても一二を争うくらいの山を所有している。代表理事が熊谷操であるからして、当然に他の理事に渡りをつけてその場に臨むつもりである。操は盗伐裁判の損害額ばかしに目を取られ、自分で縄をくくったようである。岡庭一雄や熊谷村長もそうであるが、「平川文男の土地にしたい」が唯一の逃げ道であったろうが、判決は既に損害額の調整に入っているとすれば、あがいただけ無駄であったと知るだろうし、思わぬ事実が露呈したことにも気づいていないだろう。
 始末書の顛末
阿智支所(西部支所)の木下君は飯伊森林組合長あてに「立木評価調書の依頼について(報告)」という始末書を作成した。この始末書は原弁護士の手に渡したが、完全に立木評価調書を否定する物であるは言うまでもないが、その文書の中に隠されていた事実が判明している。それらの事実はこの始末書において表に出ることになるが、それこそが重大な事実であって、智里西製材クラブが窃盗犯と証明するものであり、熊谷操が首謀者として浮かび上がる内容なのだ。この事実においても林組合長の責任は大きくあって、陳謝や減俸ではけして収まることはなく、おそらく辞任する以外にないだろう。思い起こせば、平野元組合長のお声係でここまで長く続けられたのであって、熊谷操が今もなお代表理事で居られるのは、一にも二にも、熊谷操と二人して飯伊森林組合を思うがままに運営してきたからだ。悪く言えば食い物にしてきたと言うこと、林組合長の実績など何もなく、ここまで飯伊森林組合が低落したのも、林組合長の能力不足であるは、理事者より職員の方が分かっているようだ。令和3年4月1日
(「立木評価調書の依頼について(報告)」文書は、来週半ばには「阿智村盗伐裁判」のコーナーに掲示します。)

 覚悟している職員
阿智支所でも西部支所でもよいが、そこには所長という存在がある。所長が何も知らなかったでは、管理職として成り立たない。そのあたりを詳しく聞いてないが、始末書は組合長あてに書くもので、所長は始末書を持って組合長に会い、これ等経過を報告する立場である。受け取った始末書を理事会に挙げるのは、組合長が短絡的にあたれる内容でない場合だが、このあたりが森林組合と行政の違うところではないか。
責務の持ち方の違いと言えば分かりやすいかもしれない。阿智村職員と森林組合職員の違いは、業務の取り扱いと責任感であろう。業務の間違いは森林組合に損害を与えるが、行政業務の間違いは内部処理で表に出てこない。それは、村長・副村長の資質にもよるが、共産党という異質な考えがそこにあり、国の金という概念が根付いているからだ。何をやっても首になるはないは、共産党の相身互いの互助精神がなせるもので、どうも常人には理解できぬ世界である。
一方、森林組合職員は個人責任を認識しており、営業も実務もこなしている。いわゆる、収益事業に携わればお金の扱いに責任を持たなければならないと言うことだ。そのような見識で受け止めれば、木下君が平川文男の名前で立木評価調書を作成したとして、それに責任を持てるのであれば最初から押印していることだ。だからして聞いた。「誰に頼まれた?」とね。そして、「事実を文書にして残しておけ」と言ったのは、木下君が言えない何かは、私が代弁してやるということなのだ。
 正直にすぐるものなし
冗談ではない。阿智村の職員と違うところは、「偽造書類を作らない」ところだ。なんだ? って話だが、これは冗談でも何でもない。阿智村の職員は岡庭一雄や牛山副村長の指示を受けて、何でもかんでも書類を偽造する。阿智村役場ではそれが日常なのだ。小説でも書けないバカげたことだが、「事実は小説より奇なり」の逆バージョンとでも言おうか、まったくに悪びれてない恐ろしさがそこにある。まさにそこに巻き込まれたのが木下君なのだが、正直は最善の策にあるように、私はそこに安心を覚えるのだ。令和3年4月3日

 盗伐裁判に介入した行政
どこまで行っても馬鹿な族はバカをやる。それは面白いように、奈落の底に落ちていく様を現わしてくれる。岡庭一雄はボケたのか? 本当に共産党はこの程度なのか? 議会も教育委員会も選挙管理委員会も共産党支配で出鱈目な行政や選挙を行ってきたが、あまりに幼稚ではないか。シナリオで進めるのであればまだしも、台本に無い場面に出くわせば、おたおたしてぼろを出す。すべてがこの調子なのだが、民意が低いとして村民をなめすぎたのかな?
 証拠は証拠
今回の裁判を進めるにおいて、村長が関与してなければあり得ない証拠がいくつも被告から提出された。今回の飯伊森林組合の立木評価調書にも関与が疑われる事象が出てきている。それは、偽装された立木伐採実施計画書(補助金申請)であって、その申請が阿智村で受理されたことを証拠として「智里西自治会が伐採を行った」とされていたが、実は、立木伐採実施計画書において、飯伊森林組合西部支所が、その立木伐採実施計画書を信用して「渋谷貢の土地」であるを確認していなかったのである。
分かりやすく言えば、「阿智村に補助金申請された書類を信じて、渋谷貢の土地であるとした」と言うことだ。西部支所長の木下君から、「立木評価調書をつくらされた」と聞けば、「阿智村の台帳で誰の土地か確認せよ」と伝えた。後日、「個人情報にかかるため、開示できませんと役場で言われました」と言う。確かに土地台帳も個人情報にかかるためその様な改正法が出来たが、その施行は令和3年4月1日から始まるもので、2月の時点で開示できないとするは、熊谷村長か牛山副村長の力が働いたのは言うまでもない。まあ、それは突かなくともやがて明らかになるが、問題は、「開示を受ければ渋谷さんの土地が証明される」と言うことで、それが木下君の手に渡れば、阿智村が飯伊森林組合西部支所を騙した証拠と成ることなのだ。熊谷村長は支障木補助金事業を間違いとし、職員6名の者を処分した。ここが岡庭一雄のトロいところで、大甘な処分(厳重注意)であったにしても、処分したと言うことは、職員6名が村長に無断でこれら事業を行っていたとの証明にしかならず、盗伐裁判が判決において終結を迎えると言うことは、これら6名の職員が補助金詐欺犯罪に関与していたとの結論が下されるのである。(木下君の顛末書には、阿智村が関与した大変な事実が記されている。「阿智村 盗伐裁判」のコーナーでご覧あれ。特に関与した者達は、逮捕されないように準備せよ)令和3年4月5日

 裁判の終わりは何を示す
350万円の訴訟額は大きいもので、たしかに大事に見えるし、時雄にとってはその金の算段に苦慮したと思われる。だからこその「自治会で払え」が先行したのであって、自治会で払うには金額を少なくせねば、他の自治会員から文句が出る。ここを放っておいても良いが、少なくとも、「自治会で払えば智里西自治会の組織的犯罪となるぞ」は伝えておいた方が良いと、それは智里西自治会員でない私の老婆心でもある。だが、事ここまで来れば、何も温情を掛ける必要はない。熊谷秀二が逮捕されるとし、それを秀二一人に社会的制裁を加えるのは忍びない。それは身内と言う感情でなく、裁判官の前に立てば嘘を言えないとする秀二の良心が有ったからだ。智里西自治会の組織的犯罪とする証拠(立木伐採実施計画書・地元施行支障木等補償金交付決定通知書)は最初からある。これ以上の証拠はない。智里西自治会で払おうが、そこに影響するものは、それこそ他地区村民の非難するところである。まあ、西の三悪人の所業は行き渡っており、それも大して変わることでもないが、裁判の結果において、事実が明らかになるのは良いことではないか。
飯伊森林組合への影響
木下君はすべての事実を最初から話しており、飯伊森林組合に関係なく個人的な対応であったと言う。その一番の理由は「切り株で評価は出来ない」と言う当たり前のことで、それらは渋谷晃一に伝えていたと言う。渋谷晃一からの要請は強く、どうしても飯伊森林組合の立木評価調書を必要とするとされた。ここまで聞けば、渋谷晃一の言動に違和感を感じる。「渋谷晃一とは親しいのか?」と聞けば、「いえ、初対面です」と言う。飯伊森林組合員になっているのは父親の渋谷貢であって、存命中であるから組合員の変更はされていない。そのような状況であるに、立木評価調書などと言う専門書類の提出を求めるなどありえない。であれば、後ろに誰が居るのかと想像すれば、熊谷操代表理事しか思い浮かばない。だからしてそのまんま聞いてみた。「熊谷操に指示されたんではないか?」とね。(この続きは盗伐の有料コーナーでどうぞ)令和3年4月7日
(読者の皆さんにお願い。有料サイトを設定したのは、有料サイトを閲覧できない者達に対しての対応であります。ひと月100円での閲覧となりますが、個人情報は以前のブログと同じように保護されております)

  近づく4月23日
最後の期日が気かづいている。渋谷晃一や熊谷秀二はあきらめの心境と思われるが、もうひと働きせねばならぬ。そう、阿智村の補助金をだまし取ったと言う犯罪だ。これらを正直に話すは熊谷秀二であって、そうであれば秀二は「情状酌量」があるかもしれないし、司法取引も可能だ。それは、裁判官の前で、事実を証言したからに他ならない。だが、渋谷晃一の状況はまるで違う。それは、共犯者が多く居て、その後ろに熊谷操が鎮座しているからだ。「立木評価調書」を取れと指示した者は操であって、その指示に従ったのが渋谷晃一であるが、操の抜け目のないところは、立木評価調書を木下君が作成するように仕向けていたことだ。どのように仕向けたのか? それは当然にこのコーナーでなく有料コーナーに書き出すことであって、そうしなければ、4月23日までに手を打たれてしまうではないか。その辺りの駆け引きは、知らない者にとっては小説より面白いと思うよ。少しヒントを言っておく、本日、原弁護士と最後の打ち合わせが有る。
 遺伝的連鎖
血統書は犬猫の世界と思えば、人には血筋と言うものがある。血筋といえば血統が良いとか家柄が良いとか言いますが、それらは日本古来の伝統的な継承を血縁で表すことにおいて、天皇を中心とした序列を尊寿させることに在りました。多くは領家を表す物であるが、下々の間では「人殺しの血筋」「泥棒の血筋」「自殺の家系」などとのあいまみえぬものも生まれ、金が有っても成金で、権力を手に居てれも家柄が悪い育ちが悪いと、とかく揶揄するものでした。これらの言葉の内で、最も受け継がれてきたのが「泥棒の血筋」ではないでしょうか。それは部落民より激しく、陰でこそ使われるものであって、その言葉を使うか使わぬかが境目でありました。
世の中代わってしまったようで、少なくとも本谷・園原の両部落は、「泥棒の血筋」であるようです。その血筋を受け継ぐ者たちにしか通用しない掟もあるようで、そこを行政的に通用させてきたのが岡庭一雄と熊谷秀樹の村政です。令和3年4月9日

  あり得ない世界
泥棒の部落が泥棒の地区になり、気が付けば、とっくに泥棒の村になっていた。今の世の中でこのようなことを言えば、確かに頭がおかしいと言われる。さんざんに言われてきたが、そのように言っている者たちが泥棒だと分かればさして気にならないものだ。泥棒の村とは恐れ入ったもので、ついには、泥棒イコール共産党という方程式が成り立った。共産党を向こうに回すは大げさに見えるかもしれないが、これからいくつもの泥棒犯罪に司法のメスが入れば、確かにそれは立証される。その始まりが「盗伐裁判の結審」である。
4月16日
今週の金曜日に、最終証拠を提出するようだ。証拠というより、損害額の確定に向けた根拠の提出なのだが、被告は「立木評価調書」を証拠としており、それ以上の金額の根拠はないという。いわゆる、手詰まりの状況にあって、立木評価調書がすべてということだ。簡単な話になってしまった。そもそも、伐根切り株で立木を評価するなどのことが出来るはずがなく、いかに機械のような裁判官であったにしても、インプットされようがない。だからして立木評価調書がどうのこうのなどは不要であって、木下君が「個人的につくらされた物です」との陳述書があれば、それでおしまいということだ。操でなければ立木評価調書などという専門用語は知りえないこと、それをあたかも当然のこととして、渋谷晃一は「立木評価調書を作成してくれ」と言っている。そもそも、その時点で終わっているということ。だが、その欠は大きく今後作用する。少なくとも、操が指示したことは判明しているからだ。森林組合に長く勤めている阿智支所の久保田君、彼を裏で使ってつくらせようとしたのは、飯伊森林組合長以下に、既に報告済である。令和3年4月11日

 飯伊森林組合の混乱
叔父や時雄が死んでいても、熊谷操が生きている限り、この盗伐犯罪の首謀者は操である。売木村の松村議長が森林組合の所長に居たとき、操と組んで数々の不良行為をしたことは隠蔽されているが、これをきっかけにすべてが表に出る。どうやら、もう一つ二つ逮捕される犯罪が増えたようだ。
血は水よりも濃し

泥棒の系統はやはり続くものだ。操が見本を示すものだから孝志も悪びれていないし、開き直りも相当なもので、親子兄弟従弟、脈々と受け継がれているのを見れば、系統とか血統とか血筋とかの言葉が生きているのがよくわかる。「赤信号、みんなで渡れば怖くない」とはよく言ったもので、多かれ少なかれ、泥棒をいさめられないのはそのような後ろめたさがあるからだ。悪いことは子供の世界で経験するが、いさめることが出来ない親は、やはり操のような親であったと言うことだ。
さて、盗伐犯罪がどうして起きたのか、そして、どのような経過をたどったのかを詳しく書こうではないか。それは、もうすぐ来る判決において、二次犯罪、三次犯罪へと進むについて、読者が混乱しないようにとの前書きである。
 目的は智里西地区の私物化

渋谷秀逸、私の母方叔父である。祖父は渋谷勲、ひと昔前の者なら「渋谷天皇」だけで思い出すだろう。園原インターをつくった人と言えば、もはやそれで良いのかもしれない。園原インターの設置においてヘブンスそのはらが出来、観光客の入込も増えた。それらは結果においての実績だが、その功績に泥を塗ってしまったのが叔父渋谷秀逸である。確かに青木屋は叔父が成功させたし、月川温泉月川も、叔父の力で大きくさせたのも事実だ。そして花桃の里にしたのも叔父の力である。だが、脱税や不正を繰り返しては元もこもない。一つでも悪いことをすれば、それですべてが終わってしまう。
花桃の里は花桃祭りが盛況で、駐車料や出店の収益で年間1,500~2,000万円を売り上げていたが、それらの殆どは叔父と時雄の懐に入っていた。それを知りえるのは私しかいなかったが、それを表に出すこともしなかった。修正しようと試みても、時雄がすぐさま邪魔をした。花桃事業は村に金を出させ、管理手間は自治会にやらせるとした横着なことを十年以上続けても、誰もそこに文句を言わない。なぜなのだ? 何か言えば、西の三悪人の本領が発揮されるからであった。逆らえば、この谷で生きていけないとする恐怖心、この様な時代錯誤が生まれてしまったのも、すべて岡庭共産党のせいである。令和3年4月13日

 金儲けの手段
他人の土地を使って収益を上げる。この様な事が出来てしまった智里西地区、もはやそこに倫理や常識は存在しない。そして、法律も勝手に解釈されてしまった。倫理や常識を岡庭共産党が仕切り、法律の解釈を下平弁護士が行ったのだ。
慣れと言うのか血筋なのか、それとも老害なのか、もはや留まるところはなく、他人の土地に手を出したのである。「この谷で生きていくためだ」「観光産業しかない谷だ」「地域愛だ」スローガンは結構であるが、そのためには何をやっても良いと言う論理は成り立たない。だが、共産党が村長なのだから、「村が言っている」「村が決めた」ですべてが通用してしまう。そしてついには、「村営住宅を建てると言う名目で村に買わせろ」とが本筋となり、他人の土地の売り買いを勝手に決めてしまった。
 伏線
「境が違う」「俺の木を伐った」「この赤線は通させん」山の中に住む者は、多かれ少なかれこんな経験をしているだろう。今でも残っているのが阿智村なのだが、こんなことは町場ではないのだろうかと聞けば、同じような話が聞こえてくる。いつの世も、どこであったにしても、もめごとは存在する。感情的になれば喧嘩にもなるだろう。嫌になって引っ越すかもしれない。そのようなことが昔もあったと想像するは、その様な人の土地が今もなお残っているからだ。
そこに目を付けたのが叔父と時雄だとすれば、少なくとも大義名分が欲しいはず。だからして「村営住宅を建てろ」と自治会を通して村に要請し、村であればその土地を買いだせるだろうと考えたのだろう。そこには伏線があったと言うことだが、ここで一つ大きな犯罪との関係性が有ると見るは、私だけであった。
 渋谷ゆきゑの土地すべてを搾取せよ!
平成7年、渋谷ゆきゑの土地三筆を、偽造契約書を作成して村道にした。その契約書の甲が渋谷秀逸で、乙が阿智村山内村長である。山内村長が契約書に押印できたのは、勝野公人観光課長(当時)が作成した「復命書」であった。これが成功した(実際にはバレていないと思い込んでいただけ)経験で、渋谷ゆきゑの残りの土地三筆も手に入れようと考えたのが、叔父と時雄と操である。いわゆる、“西の三悪人”である。令和3年4月15日

 分かれ道
前に進めば二つの道がある。どちらを選択するかでその後が決まってしまうとすれば、はて、人は何を基準として判断するのであろうか。
左の道には金が落ちている。その金を拾うのはあるとしても、ポケットに入れるのか届けるのか、そこでまた二つの道が生まれることになる。
右の道に行くには、左の金が目に入らない人だ。そう、振り返れば、今まで来た道が右の道だと、迷うことなく、そして何も考えず右へと行くだろう。
西の三悪人が、左の道に行くのも迷うことはない。だが、その後ろにだらだらとつながる多くの者は、良識の基準を判断する頭が存在していない。三悪人の懐から零れ落ちる、わずかな金に目がくらんでいる者たちだ。
目がくらんでいれば気づかせることが出来るが、元々に、汚れた目で生まれついていれば、そこはもう手を差し伸べることはできない。
買えない土地
阿智村が買えるのであれば、平成7年に買えたはずだ。本谷園原財産区の土地であれば、今度も買えるはずだ。そのまんまであっても、その矛盾に気づかないとは、汚れた目だけでなく、泥棒の血が流れていることになる。
村が買えないとした。そこで西の三悪人が取った手段が「支障木補助金申請」である。交通に支障があるとして、生活道路にかかる樹木の伐採に補助をする、元々に、時雄と西の製材クラブが作り上げ、岡庭村長が事業化した補助制度である。
黙っていれば分からない。そんな悪だくみで始めたのかもしれないが、県道は、生活道路とは言わないのだ。どこかが抜けているとしか思えないが、こんな単純な話も理解できない西の住人は、もはや哀れとしか言いようがない。まあ、この程度で通じた岡庭孫静が異常なのだが、そこまで行くに、阿智村民も同じようなものではないか。木を見て森を見ずの典型でもあるが、起きたことだけの善悪は、何も解決へと至らないもので、責任のなすりつけだけが残ってしまう。盗伐だの言葉は耳触りが悪いが、目を向けさせるには適していたと思っている。令和3年4月17日

 足掛け二年
損害賠償請求の結審は、8か月から10か月が定番であると聞く。それがどうだろう、判決が出る6月で、ちょうど二年となる。ここまで長く続いたのは、熊谷村長の妨害が多くあったからだ。当然に、その後ろには岡庭一雄が居た。
 伐った売った金になった
ここで新たな証拠が出た。西の三悪人が主導して、智里西製材クラブが伐採したというが、実際の伐採は、飯田市にある北沢建設が行っていたという証言文書である。被告渋谷晃一が務めている会社だ。北沢建設のクレーン車で伐採木を積載しているのは私の息子が目撃しており、クレーン車の後ろに軽トラックを止めていたと言う。三人が作業していて、見たことが無い顔であったと言う。
そもそも、息子の発言でこれら盗伐を知りえたが、実際には智里西製材クラブで伐ったことは間違いなく、製材クラブに「伐れ!」と命令したのは時雄である。話に聞けば、熊谷好泰君が自治会長の時に、「支障木補助金申請」が出されたと言う。好泰君は自治会長として申請準備したところ、「申請者渋谷貢」の土地ではなかったと言う。渋谷晃一は渋谷貢の息子であって、土地や植えられている桧が渋谷ゆきゑの物だと知っており、また、相続者が地主渋谷さんであることも知っていた。
では、なぜ渋谷晃一は今まで嘘を言い続けてきたのか? という疑問に追いつくが、一つには、渋谷貢が認知症であることと、渋谷晃一が智里西製材クラブの役員であることから、「金儲け」と、「西の三悪人の指示」が有ったものと思われる。争わなくてもよいことが裁判にまで進んだことは、言い訳として、最初に嘘を言ったからだ。「平川文男の土地だ」と言ったのは、自治会長の好泰君の疑問に対してである。この時、「おやじの名前にしたのは、おやじが管理していたからだ」と言えば、好泰君は村登記で確認したとおり、渋谷ゆきゑの土地を、植えた木を、渋谷貢が管理してきたのだと認めるのが出来たはずだ。
 知っていた裏事情
西の三悪人が渋谷ゆきゑの土地を搾取しようとたくらんだのは平成7年、それを証明する証拠が偽造契約書なのだ。この偽造契約書は熊谷村長から渡された物、それを否定できる者は誰も居ない。
かくしてそれは動かぬ証拠と成るのだが、盗伐においての証拠だけでなく、岡庭一雄の犯罪を暴く証拠と成ったのである。令和3年4月19日

   死ぬまで泥棒
死んでからも泥棒であった。ひどい話だが、山を盗む者も金を盗む者も、ついには罰を受ける。死んでしまえば終わりだと、そんな法律はない。刑事訴訟法においても、被疑者死亡として死んでいても犯罪者となる。死んで居れば逮捕収監は確かに出来ないが、犯罪における賠償責任は相続者にある。この法律に基づけば、叔父や時雄が加害者と証明されれば、損害請求は相続者に請求できるということだ。盗伐における請求先は当然に熊谷秀二と渋谷晃一、この損害額を智里西製材クラブが支払うことは当然で、それが最良の方法である。逮捕されるのは熊谷秀二と渋谷晃一であるが、熊谷秀二は逮捕されても良いと開き直っていたが、手錠がかけられれば思い知るだろう。渋谷晃一の場合は少し様子が違ってくる。智里西製材クラブが支払えば、共謀班として、智里西製材クラブの役員らも逮捕となるだろう。ここはごまかせない。熊谷秀二は裁判官の前で事実を認めている。刑事の前でも同じように事実を話すだろう。実際に、智里西製材クラブが伐採して金にしたのは間違いないからだ。ただし、智里西自治会が賠償金を支払った場合は、もっとややこしくなって、当時の自治会役員らも逮捕され、やがて、阿智村との関係に触れることになる。自治会が関与しての組織的犯罪は、考えられないような状況を生むと思われる。
浅はかな奴ら

70万円の金が惜しくて裁判へと進み、負けそうだと成れば自治会の金で支払うと言う。実際に、弁護士費用は自治会の金で支払っているから、馬鹿者たちは当然のごとく自治会費で支払うだろう。金を自治会で支払えば犯罪はもっと大きくなり、智里西製材クラブは金を払わなくても共謀罪として逮捕される。そこはもう見えているが、浅はかな奴らは気づいていない。自分の金さえ払わなければ良いのだと、愚かな行為に走るだろう。
こうなるのは端から見えていた。だからしてこうならないように動いてきたが、唯一の頼みの綱である好泰君を攻撃してきた(今も継続中)奴らの良心は、いったいどこにあるのだろうか? 好泰君が唯一の頼みの綱と言うのは私にとってではない。自治会のため地区のために、「間違っていることはやってはいけない」と言い続けた者を、密告者扱いし、のけ者にする彼らの考えや行動は、普通の人間がやれる行為ではない。令和3年4月21日

 許してはいけない
この様な事を恐れていた。私に向けるべき攻撃であればここまでしない。吉川優前議員に対してもそうだ。好泰君をいじめるのは智里西地区の者達、吉川前議員をいじめたのは前議会議員全員である。彼らは、私のために犠牲になった。
原弁護士は言う。「好泰さんは正義感が強い」そして純粋だ。吉川優も全く同じ、純粋で前しか見ていない。そして優しい。本当はこのような人たちばかしなのだが、欲得で物事を判断する族は、こういう人を攻撃するものだ。物事の判断基準が違えば、どうしても軋轢は生まれてしまうが、このような族は、そのような良心を持ち合わせていない。二人は、軋轢に巻き込まれ、あるいは率先して協力してくれたと思うが、それはそこまでである。
 切る
実際に、好泰君への攻撃は度を越していた。農間部落(常会)で仲間はずれにし、自治会や結組織からも遠ざける。その上父 親が残した土地でさえ、「本谷園原財産区の土地だ」として取り上げようとした。特に、渋谷晃一と渋谷勝幸の言動は目に余るものがあった。それもこれも、私に味方したからだと、それが奴らの理由である。
間違いを犯させぬようと努力しても、西の三悪人に支配されている奴らに何も通じない。そこに来て村八分状態になれば、追い詰められてしまう。そこは助けようがない。
吉川優も議員であるから出来ることで、立場がなくて好泰君と同じ行動はできることではない。いつまでたっても埒が明かないとなれば、逮捕を望んでしまうだろう。
二人とも、西の三悪人の術中にはまったのだ。「議員を続けるべきだ」その意味を理解できないまま辞めてしまったが、辞めた後に私に近づかないようにしなければは、老婆心でも何でもない。力がなくなれば、身の危険が生じるのである。
好泰君にも冷たくあしらった「もう止めたほうが良い」と。盗伐裁判など負けてもよい。原弁護士にそう伝えるようにと。取り上げられようとしている土地は、弁護士に依頼して直接な対応をこれ以上するなとも言った。

 悪者は私
このやり取りをしたのが、昨年の村会議員選挙前である。「章さん、どうしちゃったのですか?」が、最後の電話。それに答えたメールの返信は、「議員を辞めろ。辞表を出せ」であった。そしてプライドも傷つけた。なぜこのように吉川優にひどく当たったのかは、私でもわからない。とにかく、付き合うを切ったのは事実であって、それは今でも変わっていない。
他にも協力者はいた。遠まわしでもあるが、それらの者たちにもひどく当たり、今では話もしていない。その時口にしたのは、「誰もかれもが逮捕を望み、阿智村などつぶされてもよいとは、そこは逆に許せない」であった。それは本心から出た言葉であって、何かが違う方向へと流れる苛立ちからである。
私は正しいことをやっているとか、私の言うこと書くことが事実だとは思っていない。つど、頭に浮かんだままで、過去の情景からの記憶で書き留めているし、話すことを選んでもいない。だからしてよく怒るし、誰に対しても同じ目線でやりあってしまう。
確かに離れていく者ばかしであるが、昔から何も変わっていないのも確かなことなのだ。
 キチガイでよい
私の行動に同調できる者はいないだろう。そこまでやるかではなく、そこまでやってしまうのだ。相手を追い込むとか、口調が生意気だとかは若くから言われた。だが、相手側から見れば、追い込まれるとか、えらそうにとかは、それなりの負を抱えているのであって、善良な人であれば、私はいたって良人である。個人間での争いは今までにないことも確かだ。常に、公人や社会的立場の上の者に対しての行動であって、「気違いだ!」と言われることは、それ以外の返しがないと感じている。

 あきれた熊谷秀樹村長
公文書偽造はお手の物、それはまさしく岡庭一雄の受け売りで、共産党ならではのものである。もうじき盗伐の裁判も終わるが、4月23日に開かれた期日において、長谷川弁護士からまた新たな証拠が提出され、「原告の土地だという客観的な証拠を示せ」として、訳の分からぬ書類のコピーが添えられていた。互いの証拠のやり取りがすべて終わったから和解勧告が裁判官からあったのに、裁判官の移動による最終証拠認証の期日にこのようなことは通常あり得ない。原弁護士はさして気にせず、経過上のメモで知らせてくれたが、「客観的な証拠」とは何を指しているのだろうか?
 幼稚な布石
客観的な証拠は、法務局による謄本の写しである。法務局の謄本が社会秩序の根幹であって、その名義を変えることが勝手に出来ないから争いになるに、それ以上の客観的な証拠を出せとは、もはや支離滅裂である。原弁護士もあきれているだろうが、私はそこにある裏事情を察した。
おかしなことをやれば、大概に気づくもの。弁護士が気付かないのは、それこそ客観的に扱うからである。客観的な証拠を示せはともかくも、それに添付されていた書類のコピーが、渋谷晃一の後ろにいる岡庭一雄に必要であったのだ。(何の書類のコピーなのかは、有料コーナーに添付します)

 錯綜
行政がかかわる犯罪について法的手段としたのは今のところ盗伐事件だけであるが、たった一つの裁判において、錯綜してきた多くの犯罪に関連する重要な証拠がいくつも手に入った。今までも開示請求や村長自ら手渡してくれた文書、吉川前議員が手に入れてくれた書類などが多くあるが、これらの書類はあくまでも資料である。私に議員と言う立場があれば、それらの書類や文書を用いて熊谷村長や岡庭一雄を追い詰めることはできるが、あいにくに、18票ではどうしようもない。
 成り行き
盗伐裁判は一昨年の6月半ばに始まり、来月6月末で判決となった。長谷川弁護士はまだバタバタしているが、それらの考えを私はすでに把握している。そう、熊谷村長も岡庭一雄も、盗伐裁判は錯綜する多くの犯罪の走りであると認識しており、これから何が始まるのかと、さぞかしおののいているだろう。
少し前にも書きだしたが、必要な証拠はすべて手に入った。確かに重複する証拠もあるが、大きな違いは、証拠の確定が法的に出来たということが大きい。いわゆる、盗伐裁判を進めるにおいて、被告渋谷晃一側から提出された証拠が、錯綜する多くの犯罪を立証できるということであって、それらの証拠を盗伐裁判に用いたことで、法的根拠がある証拠となったということだ。
どこかの誰かが、「岡庭一雄程度の男に……」と言っていたが、確かにその通り、頭が悪い。まあ、飯田高校でないからそういうことにしておこう。私に言わせれば、「その場しのぎ」の典型で片つけよう。令和3年4月29日

    新たな展開
盗伐裁判はもう終わりとしてまとめよう。判決は6月末ころであるが、もう結果はどうでもよい。あくまでも損害賠償請求で、金額の大小に関心はない。少し気になるは、長谷川弁護士の開き直りにも似たやり取りである。原弁護士が求めるところの証拠はすべてが根拠を持つところに在って、それらの証拠の裏付けは第三者が確定、または確認できるを前提としている。それらは原告として当然のことでもあるが、長谷川弁護士の証拠はそれらの根拠を何も持ち合わせていなく、被告が用意する物を淡々と提出してきた。今回の立木評価調書であるが、作成日や飯伊森林組合の押印が無くても構わず提出し、それが指摘されれば作成者に直接コンタクトを取り、強引に押印させている。最終的に作成者が無理やりつくらされたと告白したが、その様なことを弁護士が行えることが理解しがたい。それほどまでにして勝ちたいのかはともかくも、弁護士であれば何でもできるのか? と、そういうところである。もう一つ目についたのは、阿智村役場の行政書類らしく物がどんどん出てきた。まあ、らしきもので何の証拠にもならないが、その様な物を長谷川弁護士はどのような見解で提出できるのかが不思議である。本当に阿智村の行政書類であるとしたら、それはそれで大変なことになる。行政書類が勝手に独り歩きした。これはもう犯罪ではなかろうか。
 本当に弁護士か?
「旧家屋台帳等の客観的証拠で渋谷ゆきゑの家屋が建てられていたと証明せよ」まあ、この様な内容の準備書面が4月23日に長谷川弁護士から提出されたが、判決前の最後の期日は、請求金額の確定に当たることで、原弁護士が作成した「請求の趣旨の減額」を認めた後にこの様な反論は異例であると原弁護士は言う。この反論に対しての旧釈明は、4月28日に済ませたようだ。長谷川弁護士はこの反論をした上で、次回にもう一度期日を開くことを請求し、6月22日に行われることになった。まあ、最後のあがきとみてよいが、これにはそれなりの伏線が張られていると私は見た。令和3年5月1日

 波紋
最近目に付くのか、それともドライブレコーダーの普及効果なのか、危険行為が目につく。人と変わったことを行えば、それはそれなりの批判も出るが、幾度も同じことを繰り返せば、やはり関心はなくなるものだ。
二年を超える民事裁判は非常に長くある。負けまいとすれば、あの手この手も出したくなるのもわかるが、損害金を払いたくないのが本音であるからして始末が悪い。泥棒したのを悪いとも思わない族を相手するに、反省を促しても意味がない。だからして犯罪が証明されてしまうのだが、どうして和解に持ち込めなかったのか、そこには岡庭一雄の存在がある。
時効にならない犯罪
盗伐は言うまでもない犯罪で、まずはその犯罪が確定されることにある。盗伐は実際にそれら樹木において収益を得たものが首謀者であって、熊谷秀二は共犯者となることだ。阿智村の補助金を得たものは渋谷晃一、熊谷秀二は共犯者である。この補助金詐欺の共犯者に、岡庭一雄が浮上するのであるが、「支障木補助金申請を受け付けろ!」と、役場に乗り込んで圧力をかけたことはすでに判明している。
この時、阿智村(熊谷村長)は、他人の土地であることを知っていた。そこでの責任はすべて熊谷村長だ。これは始末書や陳謝では済まない。「村に責任があります」として、すでに6名の職員を処分するに、村長が責任を取っていない。判決が下りれば、いずれその責任問題まで発展するに、それを隠蔽しようとするのが議員らだ。令和3年5月3日

 選挙違反が絡む
7名もの者が選挙違反でいずれ逮捕される。法律がそれを示しているから必ずそうなる。選挙はすでに確定しているからしてやり直しは無い。四人の落選者は自然に議員になるが、そこに私が含まれていることを考えたほうが良いと岡庭一雄に言っておく。
盗伐裁判の判決において盗伐が確定するが、その時点あるいは後日に私が議員でいたならば、盗伐は詐欺罪に発展し、そこにおいて岡庭一雄の関与までたどり着く。それだけではない。行政が管理する個人情報が被告渋谷晃一の手に渡った経過も判明するからして、そこにおいての村長副村長の責任も問われることになる。かなりの不正が露呈するが、それらを整理するに、村民に説明する必要は何もなく、単純に警察へ届けれればよいことだ。
 行政への介入
行政にかかわる犯罪に警察はおっくうにあるが、地方公共団体における犯罪には躊躇なく踏み込むものだ。それが本来の形なのだが、住民が混乱するに乗じているのか、警察は地方公共団体と言うとらえ方をせず、すべてにおいて行政にかかわる犯罪として扱ってくる。ここが警察のずるいところで、「行政」の言葉の使いどころで警察側に判断があるように住民は捉えてしまうのだ。令和3年5月5日

    公共団体、会社も団体
選挙違反を例にとれば、そこに行政は何も関与しないものだ。だが、阿智村の場合かなり様子が違っている。何よりも岡庭一雄を守ろうとしているのは熊谷村長以下副村長の牛山、それに課長連中である。牛山副村長も課長の殆ども共産党だが、中には党員でなくとも赤く染まっている職員が多く居る。この様に守りが鉄壁なうえに、議員12名のうち8名が共産党であれば、返す刀は無い。議員改選においてどうにかなるかと思えば、村民の殆どが共産党を応援して議員とした。12名のうち9名が党員であれば、前よりもっとひどくなったと言うことになる。
阿智村は共産党が多いと言うのは報道機関と警察であるが、そうは言っても400人といないだろう。だが、その400人の内から行政に係る者をそれらの職に就け指せば、立派に共産党王国が成立するのであった。
 そのうちの6名が選挙違反
黒柳村長の子息が共産党とは!? 黒柳紀春教育長を任命するは岡庭一雄であるが、教育委員までもが共産党とは恐れ入る。その教育委員である熊谷恒雄が教育員と自治会長を兼務していた。恐ろしい、この様な事が何ともなく通用することが恐ろしい。だからして、この二つの職を辞めずして選挙に出ても、村民は当たり前のように受け入れるのだ。智里東地区にしても共産党ばかしでないはずだが、常識と良識が無い者ばかしなのだろうか? 共産党でも常識が無くとも構わないが、選挙違反だけは受け入れないでいただきたい。日本の法律なのだから。令和3年5月7日

    騒ぐ者が誰も居ない
亀割さんと私が異議申し立てを行い、選挙違反が確定した。それらの情報は警察より早く村民に伝わったのだが、それ以上もそれ以下もない。確かに茶飲み話に上ったが、誰一人問題視するものが居ない。対岸の火事なのだろうか? それとも背中の灸か。どちらにしても不思議な村だ。これが日本一の星空の下だとすれば、世の中が狂うのもやむを得ないかもしれない。
ここで冷静になるは警察の動きである。警察に届けたのは私であるが、選挙違反の告発は亀割さんと私の二人であって、それも二人ともこの村会議員選挙に立候補している。誰よりも告発するにふさわしく、また、選挙違反であるとのお墨付きも添えている。いかに捜査があるにしても、多くの者が違反しようとも、難しい違反ではない。単純明快、証拠もあって隠蔽もできない。だが、まだ逮捕されていない。
警察官であった義兄、県警三部長の一人であった親父の従弟、それとなく話を聞けば、やはり事件が大きくあるということだ。選挙違反自体は大した犯罪ではないが、世間への影響が大きいということに加え、行政犯罪につながる共犯者が多く出るということもある。それらはすでに警察では扱えないに、消極的になるとのことでなく、お上の御上に伺いにでるとのことだ。だが、選挙違反が許されることはない。なぜならば、「犯罪」だからである。令和3年5月9日

 地検の存在
「地検では無理だ」この言葉は、国に告発に出向いた時の管理官の口から放たれた。阿智村と飯田市の行政犯罪は、地検ではとてもやれないということであった。それを鵜吞みにするのは管理官の言葉であるからだ。片田舎の刑事ではない、県警の部長刑事でもない、国の管理官であるからして、これらの者は足元にも及ばない。それに加え、山の中のサルの告発者にも分かるような日本語で話してくれた。人の言葉ではなく、機構の機能が発した機械音である。ごくろうさまの一言もない。追って連絡するもない。ただ一つ、「犯罪が多すぎて整理がつかない。相関図をつくっていただきたい」それだけが人間の言葉として耳に残っている。
 常識が通用しない
地検では無理だは、扱える犯罪でないと言うことだ。「選挙違反は扱えるか?」と、問うてみろ。「何を馬鹿なことを言っているんだ」そのように誰もが答えられる。地検などと大げさにしなくとも、警察に言えばよいじゃないかが世間の常識なのだ。その常識に従い警察に証拠を渡した。なのにいまだかつて逮捕されていない。そうなれば、世間の常識が通用しないと言うことにならないか?
もともとに、警察に常識を問うても無駄なこと、それこそ怠慢な警察機構は、見逃す犯罪と最初から決めているのであろうか? 信毎は記事にした。「選挙違反ではないか」と異議申し立てを行ったと。「どうなりましたか?」の話はあったが、「弁護士に確認して選挙違反であるとされた」だから警察に届けましたよと伝えているが、やはり警察が逮捕しないからか、それ以上のコンタクトが無い。

 オンブズマン
飯田市には市民団体が無い。行政の不正と戦う姿勢を市民が持っていないと言う証明だ。松本オンブズマンは活躍しているが、そこが飯田市の問題点ではないのか。住民に代わり告発してくれるのとは少し違う、住民の告訴提訴を手伝ってくれる団体であるとみるべきだ。行政の不正に対し、専門的に扱う団体とみてよいだろう。だからして、阿智村や飯田市の行政犯罪は、このような団体に依頼することが最も良い手段となるだろう。
 告訴と提訴
阿智村に絞って準備を始めるに、一つ例をもってまとめれば、私が購入した三筆の土地についての訴訟である。この際証拠や損害額は横において、住民の権利として行政の不正に立ち向かうにどうすればよいかと言うことだが、「阿智村が無断で私の土地を道路として使っている」に対しての訴訟は、個人的に弁護士に依頼して訴える。すでに、阿智村長宛に弁護士から書簡を二度も送っているが、二度が二度とも「本谷園原財産区が責任持つこと」とした返答が届いている。これは、「裁判において解決しましょう」という意思表示であることだが、あまりにも幼稚な返答で、弁護士も笑いだすしかなかった。
そもそも、どのような争いにおいても話し合いを求めるのが通常のことで、それらの姿勢は本来行政側にある。だが、阿智村は異常な対応をした。「なぜなのか?」と言えば、それは簡単な話、話し合いでは解決できない事情が阿智村側にあるということだ。この段階で警察は必要か? 警察に届けるだけの犯罪の証拠はそろっているが、今までも何もしない警察に、これ以上何を期待するのであろうか?が本音であって、警察の出来ることは、「捜査無くして現行犯でなくして、何もしなくて逮捕できました」と、報道機関にコメントすればよいだけだ。

    警察を無視しろ
阿智村も行政であって、警察も行政機関である。それら行政機関は仲間内であるとして当たることだ。警察は、刑事訴訟法と言う犯罪を取り締まる法律で機能できる機関であって、不正に対応できる能力を持ち合わせていない。いわゆる今の段階で警察は不要であり、考えることでもないということである。
観点の相違
行政にかかわる不正はすべて犯罪であるが、そこに警察が介在出来ないことで不正がはびこってしまう。社会構成のひずみであるが、このひずみを解消するには相当な覚悟と費用が掛かるのが現状だ。世間でいうきれいごとは、このような状況にて言わしめているのだが、それにしても阿智村はもっと始末が悪い。無関心な村民が多いのかと思えばそうではない。いわゆる観点の置き所が他地区の住民と違うのだ。不正をなくそうという概念がないのか利己主義なのか、不正のもとを断とうとせず、そこに触れようともしない不思議感があるのだ。
このような村では世間が言う正義は存在しないし、善良の観点が違えば正義が邪魔なものになってしまう。
このように、観点のずれが阿智村にあり、正常な行政を知らない職員が赤い者に取りつかれていれば、民主主義はそこに存在しないのだ。民主主義の原点は話し合いであるが、話し合いが出来ない阿智村行政は、話し合いで解決せず争いごとに進めてしまうのである。
裁判にかけるは私の意志でないことをお判りいただけたと思うが、同時に、法律において強制的に解決されるのが裁判だと認識したほうが良いと、赤い村に言っておく。併せて、裁判における証拠の類は、すべてそれらの事実を証明することになるものだとのことも伝えておこう。どちらかと言えば、それら証拠を確定するために裁判に進めたいと考えるは私である。

    選挙違反で逮捕された
途中で挟むこの事項は、飯田市会議員選挙のことである。「新人当選者の後援会幹部が事前運動を行っていた」これが選挙違反だと言う。信毎と南信州新聞の記事とされたのは、飯田警察署がこの幹部に任意同行を求めたことを示し、自供において逮捕されたことがうかがえる。そこまでの取材が出来なければ報道機関は記事にできない。
そこで思い浮かべるは、阿智村議会議員選挙における7名の選挙違反である。これら7名の選挙違反は飯田市と同じく事前運動であって、何よりも7名全員が立候補した本人であるということだ。

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