相当なるタイトルから始めるが、佐藤健飯田市長はこのブログを見た瞬間にも、私を名誉棄損で訴えなければいけない。仮にも飯田市長を名指しで犯罪者と呼ぶには、それ相応の対処を求められるのが市長の立場であって、横眼で眺めていることは許されない。今までも散々犯罪者呼ばわりしてきたし、それらを詳細に質問状も提出した。それも、一度ならず二度も行ったが、職員に代弁させて表舞台に出ようとしない。それほど私が怖いのか、それとも思い当たることが十分なのかだが、このままで済むのはお互いにない。お前は市長なんだから、その立場において逮捕を逃れるのは許されないことだ。
答えられない質問 平成31年(令和元年)3月8日、佐藤健副市長に以下のような質問状を提出したが、総務省に呼び戻されたを理由に、質問状に答えることはなかった。総務省に呼び戻されるのが問題なのだが、おバカな議員どもはそれらの言い訳を良いことに、佐藤健をかぶちゃん農園詐欺事件の被疑者として見るをためらった。だが、その付けは確かにやってきているが、それにもまして佐藤市長をかばうに、そこに議員らの不正関与が浮かびあがっている。 とりあえず、平成31年の質問状を公開するが、二度目の質問状はそれ以上に犯罪を指摘している。これらが警察の手に渡らなくないはずはなく、すでに法律の成すところは動いていることで、法治国家であるを証明す日は近づいている。
平成31年3月8日 佐藤 健 副市長殿 株式会社 章設計 【公開質問状】 去る平成28年11月8日に熊谷泰人議員が持参した「『平成28年度特別養護老人ホーム飯田荘実施設計業務』における設計仕様変更並びに履行期間延長要望書」を受け取っていただき、平成28年11月21日に、木下悦夫建設部長(当時)、寺澤保義健康福祉部長(当時)、原章長寿支援課長、木村理子地域計画課係長、平井隆志監督員との話し合いを設営頂きましてありがとうございました。 つきましては、その話し合い後に牧野光朗飯田市長から「平成28年度特別養護老人ホーム飯田荘実施設計業務委託 受注者提案に係る通知及び指示について」の回答書を、長寿支援課の職員が平成28年12月2日に当社に持参されておりますが、時を同じくして木下悦夫建設部長が当社を訪れ「平井に聞いたが誰が書いたか言わない」「飯田荘所長にも聞いたが手が回っており何も話さない」「地域計画課は解体する。一般競争入札に改めると副市長が言っている」と話されました。 これらの木下悦夫建設部長の発言は事実であるのか、佐藤副市長が木下悦夫建設部長に指示を与えていたとのことは事実であるのか、質問いたしますのでお答えをいただきたく存じます。
質問 1.平成28年12月28日午後1時に、木下悦夫建設部長が当社を訪れ、「副市長の指示を受けて来た。地域計画課は解体します」「契約書に於ける設計業務履行期間は章設計の都合で良い。特段の工期は設けない」「建築物の構造は飯田市の木造建築物推奨により木造建築にしてください」「敷地は章設計の提案どおり擁壁を設けてもらって敷地も平らにしてください。章設計の提案は全て採用してもらって構いません」と話された上で、「間取りについては飯田荘の希望であるから基本計画書の間取りで検討してもらえないか?」と話されました。 この件に対して間違いは無いでしょうか?
質問 2.当社は「間取りについては飯田荘の担当者と平井監督員との打合せで考えていきたい」と返答していますが、その通りに佐藤副市長に伝わっておりますでしょうか?
質問 3.平成29年1月30日午後5時過ぎに、寺澤保義健康福祉部長と原章長寿支援課長が当社を訪れ「契約工期内に成果品の提出が無いことを認めろ」と話されました。「牧野市長の指示で来たのですか?」と伺いましたが、何も返答されておりません。 二人に指示を与えたのは牧野市長でしょうか、それとも佐藤副市長でしょうか、伺います。
質問 4.平成29年2月10日消印の郵便物で内容証明書が送られてきましたが、この件について承知しておりますか?
質問 5.内容証明郵便物は、「平成28年度特別養護老人ホーム飯田荘実施設計業務委託」の契約を解除するとした内容でありましたが、この解除通知を送付することは佐藤副市長の指示であったかお答え頂きたい。
質問 6.設計業務委託は準委任契約に当たり委任の規定が準用されますが、成果物の提出という要綱が設けられていることにより請負解約とも見なされる場合があります。 どちらも民法においての規定でありますが、契約当事者のどちらかが正当な理由を持って契約解除を行おうとする場合においても、契約者双方が承諾することを前提としております。 今回の契約解除通知は一方的に送られてきており、事前の承諾が成されておりませんが、これらについてどうお考えでしょうか?
質問 7.平成29年1月30日に、寺澤保義健康福祉部長と原章長寿支援課長が当社に訪れ「工期内に成果品の提出が無い事を認めろ」と話されたのは、契約解除の理由を伝える発言で有ると考えられるが、如何か?
質問 8.飯田信用金庫上飯田支店は、「飯田市から『飯田荘の設計業務契約の保証金(違約金)を支払え』と言われている」「牧野市長から森山理事長に違約金を支払うよう電話が入っている」と話されているが、その様なことは事実でしょうか?
質問 9.平成30年4月5日付けで違約金の振込用紙が送られてきましたが、違約金の支払いは飯田信用金庫が成すものと考えます。なぜ当社宛に送付されたのか伺います。
質問10.総務省へ戻られると伺いましたが、これら質問に対して明確に返答される責任はお持ちでしょうか?
ここまでが一回目の質問状であります。総務省に呼び戻されなくとも、佐藤健はこの質問には答えられないが、それを良いことに議員らが協力するは、それまで佐藤健が市長に成ると信じて隠蔽してきたからに他ならない。それが飯田市の議員であって、だからこそ飯田市は国において潰されるのである。 これから先に、二度目の公開質問状を公開するが、佐藤健が総務省からの出向としてそれら犯罪を企てたとのことは、次々と証拠を示して追い詰めていく。もはや、誹謗中傷などとの寝言は通用しない。
令和3年3月1日 飯田市長 佐藤 健 殿 熊谷章文
【公開質問状】
去る平成31年3月8日に、佐藤健副市長あてに公開質問状を提出しておりますが、当時、秘書課長が副市長の代理として当方に訪れ、「佐藤健は総務省に戻ることになり、質問状に対応する時間が取れませんので、お返しします」の返答をいただいております。 今回、飯田市長になられたことで、十分にその質問状に答えていただける時間が出来たものと推察いたしますが、当時の質問状での質問事項にある、特別養護老人ホーム飯田荘が、「違反建築物」として、不適格な建物となる恐れが出てまいりました。 つきましては、佐藤健市長は副市長の立場において、株式会社章設計に対して、「特別養護老人ホーム飯田荘設計業務委託契約」の契約解除通知や、それらの決定事項に深く関与されておられた関係上と、特別養護老人ホーム飯田荘が違反建築物として取壊しなどの行政処分が下されれば、それらに対して、市長に執行権者としての責任が及ぶものと考えます。 以上の理由により、いくつかの質問をさせていただきます。 飯田市長として、事実関係を確認されたうえで、返答いただきたく存じます。
質問 1.飯田市小中学校全校タブレット配布事業について
質問 2.代田教育長のコロナ感染について
質問 3.二年前の公開質問状への返答が成されない理由について
質問 4.特別養護老人ホーム飯田荘の違反建築について
質問 5.その他 以上の質問につき、令和3年3月15日までにご返答いただきたく存じます。また、公開質問状を提出するに当たり、報道機関にプレリリースとして会見を予定しておりますことをご了承ください。
質問 1.飯田市小中学校全校タブレット配布事業について
・「飯田市ではコロナ禍の状況と言うこともあり、予定より早く一人一台タブレット端末の配布が実現しました。」飯田市立和田小学校、(学校からのお知らせ)を見れば、タブレットの全校配布はコロナ禍の前から決められていたことになりますが、議会は、いつこの事業を承認されたのでしょうか。
昨年の春に、一部学校においてパソコン(パーソナルコンピューター)が全生徒に配布されておりますが、保護者の一部から「端末が無い家庭はどうするのか?」の質疑が上がり、全生徒からパソコンが回収されております。 この件と、タブレット事業化との関連性について説明をお願いします。
・タブレット全校配布事業の予算額の組み立てを行ったのは、代田昭久教育長でしょうか。併せて、パソコン配布及び回収の件について、代田昭久教育長から報告を受けておられますか。
大型予算事業であり、国からの補助金も受けておられる関係上、当然公開入札が行われているものと思われますが、その入札は、一般競争入札で行われたのか、指名競争での入札であったのか、どちらでしょうか。
・パソコンやタブレットは、多種多様な機種と、製造メーカも多く存在しておりますが、それら機種の選定に佐藤市長はかかわっておられますか。 タブレットやパソコンはオープン価格でありますので、入札に及ぶ業者は商社になるかと思われます。その場合、機能の選別を先に行い、それら機能を満たす機種の選択及び、それら選択機種が三社以上のメーカが制作していることと、入札に参加された業者が、それぞれのメーカを取り扱っている必要が有ります。その様に代田昭久教育長は進められているでしょうか。
・採用された。または、入札において決定された機種の選定に、代田教育長の意見や考えが反映されていたでしょうか。
タブレット配布が事業化される前にパソコン配布を行っておりますが、その事業においても、代田教育長の意見や考えは反映されていたでしょうか。
・代田教育長の任命についてお聞きします。 2015年12月18日、代田昭久氏を、教育長候補の教育委員として議会は承認されておられますが、代田昭久氏は、過去、東京都杉並区立和田中学校の校長当時、男性教諭の女子生徒わいせつ事件の隠ぺいにおいて監督責任を問われ、文書訓告の行政処分を受けておりますし、神奈川県鎌倉市の教育委員への推薦状(国会議員)を自作自演したことで、教育委員を辞退した経過が有ります。この様な事実はご存じでしたでしょうか。
質問 2.代田昭久教育長のコロナ感染について
・飯田市ホーム、新型コロナウイルス関連情報の令和3年1月15日の「飯田市内における新型コロナウイルス感染症陽性者の発症状況等」では、女性20代会社員(1月12日発症)、男性30代会社員(1月12日発症)が、1月13日の飯田保健所のPCR検査で陽性が判明し、自宅療養とされている。 男性50代公務員(1月12日発症)、男性50代会社員(1月12日発症)が、1月13日の外来・検査センターで陽性が判明し、公務員は1月15日に医療機関に入院、会社員は自宅療養とされています。のちに、この公務員は代田昭久教育長と判明していますが、代田昭久教育長は公務員でなく特別公務員であることに加え、特別公務員が感染した場合は公益性が高いと思われますが、特別公務員を公務員と修正した理由と、教育長感染の公表を行わなかった理由を説明してください。
・佐藤市長の臨時記者会見が令和3年1月16日に開かれておりますが、代田教育長の感染が判明したのが1月13日です。飯田保健所の話によれば、1月13日に飯田市には伝えており、佐藤市長は代田昭久教育長の感染を知っていたようですが、臨時記者会見で、代田教育長の感染を公表しなかった理由を説明してください。また、報道機関から教育長の感染に対しての質問がなされても、その質問に返答せず、市民にも陳謝しておりませんが、市長として代田昭久教育長の感染をどのようにお考えでしょうか。
・飯田保健所の話によれば、代田昭久教育長は、発症した直前に「東京都への滞在歴がある」と認めたため、県に報告しているとのことですが、令和3年の1月15日の新型コロナウイルス関連情報には記されておりません。市長は、この事実を知っておられたのではないでしょうか。 飯田保健所の話では、県の新型コロナウイルス関連情報は、飯田市長に確認をして公表しているとのことですが、佐藤市長は、どのような理由において、代田昭久教育長の東京都滞在履歴を削除されたのでしょうか。
・佐藤市長の臨時記者会見では、時短要請を行うエリア選定について、「丘の上の一定地域の飲食店」と示し、その理由において「この一週間の感染拡大の経路は、接待を伴う飲食店を介しているのがかなり多い」と話されておりますが、それらを理由とすれば、代田教育長は、当日発症した50代の男性と、30代の男性の二人と同席していたことになりますが、それは事実でしょうか。
・代田教育長と同席していた二人の男性の勤める会社はどこでしょうか。また、その会社はタブレット納入業者と関係性はあるのでしょうか。
・丘の上の飲食店時短要請エリアに、東中学校と浜井場小学校が含まれておりましたが、代田教育長と、その同席していた二人の男性が両学校を訪れたことにおいて、エリアに含めたのではありませんか。
・佐藤市長は、代田教育長が東京に滞在してコロナウイルスに感染したとの事実を確認されても、それが原因で小中学生を含む多くの市民に感染が広がった現実についても、代田教育長に道義的な責任があることを表明しておりません。併せて、佐藤市長自らに、任命権者としての責任があると思われますが、如何でしょうか。
・代田教育長が、タブレット納入業者の接待を受けていた場合、タブレット全校配布事業の業者選定について、またそれらの入札について、不正が行われたのではないかと考えます。また、コロナウイルス感染情報について、佐藤市長の隠ぺい工作が事実となった場合において、公正な業者選定や入札が行われていないことが判明すれば、佐藤市長はどのような責任を取られるのでしょうか。
質問 3. 二年前の公開質問状への返答が成されない理由について ・令和3年1月7日に、秘書課を通して佐藤健副市長に公開質問状(別紙添付)を提出しておりますが、のちに、細田秘書広報課長が訪ねて来られ、「佐藤健副市長は総務省に戻ることになりましたので、質問状はお返しします」とされておりますが、改めて当時の質問状に返答願えないでしょうか。
・二年前の公開質問状の内容につき、報道機関へのプレリリースやブログにおいて公開してきましたが、その中において、佐藤健副市長が不正に直接関与しているとのことも書き出しております。そのことについて、事実がどうであったにしても、私に対して名誉棄損などの訴えが起こされておりませんが、そのことと、質問状への返答が行われなかった事への関係はおありでしょうか。
質問 4. 特別養護老人ホーム飯田荘の違反建築について
・2017年(平成29年)9月23日の南信州新聞の紙面(添付資料1)において、「介護予防拠点棟も設置」との見出しに、「新『飯田荘』の実施設計」と題した記事と、「新『飯田荘』の完成予想図」(飯田市提供)も掲載されております。 記事の末尾には、「実施設計を巡っては、当初の委託契約業者と基本設計を踏まえた市の方針とが折り合わず、新たな契約業者が策定した経緯があり、当初計画より半年ほど遅れている。」とありますが、この紙面に掲載された完成予想図は、「実際の設計図に基づいての完成予想図だ」と、認識されておられますか。 そのことについて伺いますが、飯田市では、完成した飯田荘の情報公開されている完成図(添付資料2)を見ますと、既設間知ブロック擁壁の上に平屋建てとされている完成予想図と違い、完成図では既存間知ブロックを取り壊し、2階建ての建物となっております。そうなりますと、紙面上にある「当初の委託契約業者と基本設計を踏まえた市の方針とが折り合わず」とされている、「市の方針」と折り合わないのは、どの部分であったかを説明願います。
・飯田市が、章設計に迫った市の方針は「既存間知ブロック擁壁の上に平屋建ての建物を建設せよ」でありました。ですが、完成した飯田荘を内覧いたしますと、地階が鉄筋コンクリート造、その地階の上に立つ構造物が鉄骨造とされ、その鉄骨造に木造が接続されております。しかし、飯田荘の建築確認申請の建築許可、および、完了検査を行った飯田建設事務所建築課において、飯田荘の建築計画概要書(添付資料3)の情報開示された写しにおいては、鉄骨造一部木造とされ、2階建てとして完了検査合格とされております。
建築確認申請当時は1階建てであった建築物を、2階建てに変更するのであれば、建築確認申請の取り直しを行わなくてはなりませんが、建築確認申請取り直しの申請台帳を閲覧するに、それら建築確認の取り直しが成されておりませんでした。しかるに、議会は飯田荘の建設現場を工事中に見学されておりますが、2階建てであると言うことは現場を見れば分かることだと思われます。1階建てが2階建てに変更されていることを、寺澤保義健康福祉部長や原章長寿支援課長から、説明を受けておられるでしょうか。また、それらの変更の理由と、変更に係る追加予算の計上において、増工工事とされ、議会の承認を受けられておられるでしょうか。
・工事着工時に現地において地盤調査を行ったと聞き及んでおりますが、その調査において必要な地耐力が得られないために、設計を請け負った鈴木建築設計事務所が、構造計算を行った西沢構造計算事務所に、構造計算のやり直しを指示していたことはご存じでしょうか。
・構造計算のやり直しにおいて、章設計株式会社が提出した成果物の一部、「平成28年度特別養護老人ホーム飯田荘新築工事に伴う地盤調査報告書」を用いて、構造計算のやり直しを行ったことはご存じでしょうか。併せて、章設計への設計業務には、ボーリング調査の実施も含まれておりましたが、鈴木建築設計事務所との契約にはボーリング調査の実施が含まれておらず、ボーリング調査においては、別途ボーリング調査を行える業者のみの入札が行われ、斉藤工業株式会社が落札して報告書が提出されております。しかるに、斉藤工業株式会社は、章設計の下請けでボーリング調査を行っております関係上、それらボーリング調査のみを設計業務から外され、また、斉藤工業株式会社が落札したとの事実に不審を感じております。また、斉藤工業株式会社は、「章設計に提出したボーリングデータを採用していただきたい」と要望されていたようですが、それを飯田市は拒否し、飯田市が指定する箇所のボーリング調査が二か所行われていると聞き及んでおりますが、それは事実でしょうか。 ・斎藤工業が行った二か所のボーリングデータにおいて、西沢構造計算事務所は構造計算を行い、確認申請時において、「混構造の審査請求」が行われておりますが、現場において地耐力が求められない場合において、申請建物の変更を行う場合は、確認申請の取り直しが必要です。そのような申請が行われなかった理由の説明は、佐藤副市長(当時)に届いておりましたでしょうか。
・鈴木建築設計事務所は、斉藤工業株式会社が飯田市に提出されていたボーリング調査報告書に基づき構造計算を行って、建築確認申請の許可を受けておりますが、それらに基づき飯田荘建築工事現場において載荷試験を行った結果、地耐力の不適が確認され、構造計算のやり直しを行っております。然るに、そのやり直し構造計算の資料として、章設計が成果物として提出した、「特別養護老人ホーム飯田荘新築工事地盤調査報告書」を用いたことと、その報告書を飯田建設事務所建築課に提出して、基礎工事の変更を行った事は、章設計の成果物として受理した物を、特別養護老人ホーム飯田荘の確認申請に添付したことになりますが、その様な判断でよろしいでしょうか。
・建築計画概要書は、設計を行った鈴木建築設計事務所において、建築確認申請書と同時に提出される書類であります。 地下室として、構造計算及び、設計変更がなされておりますが、飯田荘建築計画概要書が、「地下1階建て・地上1階建て」と申請されるものが、地上2階建てとして申請されていたことはご存じでしょうか。また、この建築計画概要書を、鈴木建築設計事務所が、飯田建設事務所建築課の完了検査終了時に、監理者である木村理子係長の了解を受け、差し替えを行っておりますが、それら変更や差し替えの件は、副市長として承知されておりましたでしょうか。また、それらの件を、社会文教委員会協議会に報告されていますでしょうか。
・木村理子及び平井隆志は飯田市の職員でありますが、この両名が、管理建築士が常駐する建築設計事務所でしか行えない監理業務の監理者とされている事について説明願います。 ・飯田荘建築計画概要書の写し及び、「公文書公開決定通知書(資料3)」をご覧いただき、修正されています2箇所を確認すれば、それら修正日時が、令和2年12月16日とされております。しかるに、章設計が情報開示請求した日付は、令和2年12月16日でありますことは、これらの修正が意図的に行われたことを示し、また、公文書を偽造したと言うことになりますが、そのことについて如何がお考えでしょうか。また、この修正に関して、飯田市の関与はおありでしょうか。
・2017年9月23日付けの、南信州新聞に掲載された完成予想図(添付資料1)が、寺澤保義健康福祉部長から市議会社会文教委員会協議会に説明提出されて、議員の皆様はこの完成予想図とおり完成するものと承認されておりますが、実際に完成した建物(添付資料4)と比べてみて、同じ建物であると佐藤市長は判断されておられますか。
・飯田市で情報公開された、特別養護老人ホーム飯田荘の完成設計図(添付資料2)を閲覧いたしますと、1階の平面図しかありません。飯田荘の建築計画概要書(完了検査済)では、2階建てと記されております。それであれば2階の平面図を開示しなければ、情報公開とは言えません。飯田市は、情報公開される行政書類について、事前にそれらの確認が成されておりませんが、そのことについて、佐藤市長は如何お考えでしょうか。
・情報公開された1階平面図は、完成建物を見る限り、2階平面図であると思われます。食堂棟(鉄骨造)部分の階下に設けられている電気室が1階となりますが、1階を鉄筋コンクリート造とし、2階を鉄骨造とする建築物は構造的に認められておりません。そのことが違反建築物であることを示しておりますが、この建築工事の監理者である、木村理恵係長や平井隆志職員が、それら建築工事の変更を了解した経過は確認されておりますか。または、その様な報告書は残されておりますか。
・違法建築物であると特定行政庁が判断されれば、特別養護老人ホーム飯田荘の取壊しが、行政処分として執行されます。違反建築物の取壊し行政処分が執行された場合、建築工事に携わった者が処罰されますが、そのことに関して、市長の責任の所在を明らかにしてください。
・特別養護老人ホーム飯田荘は、国庫補助事業でしょうか。違法建築物として取り壊された場合、国庫補助金であれば、その返済は市民に課せられます。その場合、議会において市長の責任の所在を求められてしかるべきと考えますが、佐藤健市長は、責任を取り、辞職される考えはおありでしょうか。
・特別養護老人ホーム飯田荘の新築事業予算は当初6億円でありましたが、8億円に増額された事業内容は確認されておられるでしょうか。確認した、あるいは承認した経過が有れば、その詳細をお聞かせください。
・特別養護老人ホーム飯田荘の事業計画において、設計料として6千万円が計上されておりました。しかるに、鈴木建築設計事務所が落札した金額は、2千4百万円程度です。残りの3千6百万円の使途を説明してください。使途が無い、あるいは補助金の返済を行っていたのであれば、それを証明する行政書類をお示しください。
質問 5.その他
・代田昭久教育長が、令和3年1月13日にコロナウイルスのPCR検査で陽性が判明し、15日に入院加療されました。「代田昭久教育長は、その一週間前に東京に滞在歴がある」と、飯田保健所は飯田市に伝えていると話されておりますが、佐藤市長は、それら公表しなければならない情報を公開しなかったのはどうしてでしょうか。
・令和3年1月15日の、コロナウイルス感染症陽性者の発生状況等(2021年1月14日長野県発表資料より)によれば、代田昭久教育長は、その日に感染が確認されたほか三名と飲食を供にされており、その三名に感染させた感染源者であると飯田保健所は飯田市に伝えているそうですが、他の三名との関係性において、20代女性感染者は、代田昭久教育長の内縁関係にあるホステスだとのことですが、事実でしょうか。
50代の会社員と30代の会社員は、代田昭久教育長と中央通り3丁目辺りで飲食をともにし、その後、中央通り1丁目の地下にある、内縁関係の女性が務める、接待を伴う飲食店で一緒に飲食されておりますが、このことは、50代の男性と30代の男性から、代田昭久教育長が接待を受けていたのではないでしょうか。この様な事を聞き及んでおられるでしょうか。
・時短要請を行うエリアの選定区域に、飯田東中学校と浜井場小学校が含まれておりましたが、飲食店でない学校をエリアに含むことは、代田昭久教育長が、この二校を当日訪れたことと関係ありますか。併せて、佐藤市長が、この二校をエリア選定に加えたのではありませんか。
・代田昭久教育長が、非常事態宣言中の東京都に出向いたのは、公用でしょうか。公用でない場合、また、代田昭久教育長が感染源と判明していることを踏まえ、小中学生まで感染を広げたとなれば、大変な事実と思われます。佐藤市長は、代田昭久教育長が、東京に滞在したことでコロナウイルスに感染した、とのことをご存じなかったのでしょうか。
・代田昭久教育長にたいして、処分を行う考えはありますか。併せて、公表しなければならない情報を隠蔽したことに対して、代田教育長から何らかの働きかけが有ったのでしょうか。 ・代田昭久教育長とともに飲食されていた50代と30代の会社員は、タブレット全校配布事業に関係ある会社員でしょうか。万が一、タブレット全校配布事業に関係ある会社員であれば、不適切な接待を受けたことになりますが、佐藤市長はこれらの事実関係を明らかにすべきと考えますが、如何でしょうか。
・代田昭久教育長が東京に滞在した事と、タブレット全校配布事業との関連は有りますか。タブレットの機種メーカはどちらでしょうか。また、タブレットを市に納入した商社はどこでしょうか。
・代田昭久教育長は、2016年(平成28年)4月、議会の承認を受け教育長に就任しておられますが、代田昭久氏を紹介したのは、佐藤市長でしょうか。 代田昭久氏の経歴において、「2010年の和田中学校教諭わいせつ事件の隠ぺい」「鎌倉市教育長候補教育委員推薦状偽装」などの経歴が明らかになっておりますが、飯田市教育長候補の教育委員として紹介し、その後、教育長を任命しておりますが、過去の経歴からして、相応しくないと考えなかったのはどうしてでしょうか。
・かぶちゃん農園詐欺事件は、まだ終了しておりません。かぶちゃん農園を飯田市に誘致するに当たり、佐藤市長が総務省の職員として扱ってきたのではありませんか。
・牧野光朗前市長は、後任として佐藤健元副市長を指名されており、議員の皆様もそのように承知されていたと思われますが、佐藤健氏が市長選立候補を公表された昨年3月前に、突如として牧野光朗氏が五選を目指すとして立候補を表明されております。牧野光朗氏が立候補をされることと、佐藤市長がその三月に総務省を退職され、立候補を表明した事に、関係は有りますか。併せて、今回の市長選を争うに、かぶちゃん農園詐欺事件が背景にあったと思われますが、佐藤市長は、かぶちゃん農園詐欺事件について、その責任の所在を明らかとされておりません。その事に関して如何お考えでしょうか。
・かぶちゃん農園の飯田市誘致について、佐藤市長は、かぶちゃん農園の鏑木社長とはいつ頃知り合ったのでしょうか。代田昭久氏から鏑木社長を紹介されたのではありませんか。
・市長選を前にして、私は個人的に佐藤健後援会と牧野光朗後援会にFAX(添付資料6)を送り付けています。佐藤市長は、後援会員を前にして、「選挙が終わったら熊谷章文を名誉棄損で提訴する」とおっしゃっていますが、いまだ提訴されていない理由は何でしょうか。提訴為されないと言うことは、それら文書に書かれていることを、「認める」という判断でよろしいでしょうか。
・佐藤市長が副市長として、章設計の契約解除を決めたことをお認めになったうえで、その契約業務における対象建築物である「特別養護老人ホーム飯田荘」が、違法建築物として、特定行政庁から行政処分が行われた場合、それら違反建築の内容に充、建築出来ない構造物で、「特別養護老人ホーム飯田荘を建築せよ」と指示した者は、牧野光朗前市長と確認申請書ではなっておりますが、実際は、章設計への契約解除を指示された、佐藤市長であると思われます。
この件に対して申し開きは出来ますか。 ・違法建築物として、特別養護老人ホーム飯田荘の取壊し命令が出た場合、入居者の移動に関し、生命の危険が伴うと思います。これについての責任は、当然に市長に有りますが、建設できない建築物であるにもかかわらず、それらを隠蔽して、尚且つ偽装工作を行ったことが判明している限り、刑事訴訟法における犯罪者とされ、逮捕者が多く出ることになります。その対象者としての佐藤市長は、市長在籍のままで職務を全うされるのでしょうか。
以上の質問につき、令和3年3月15日までにご返答いただきたく存じます。
議会議長への質問と同じに見えるだろうが、同じように見えても、市長と議長では全く違う捉え方に成る。そのような観点から始めるが、どの質問においても犯罪を指摘しているのは確かなことだ。 タブレット配布事業、佐藤健は10月の市長選挙において圧倒した。飯田市民はこの若造に何の疑いもなく票を投じているのだ。
おい、少しは考えろよ。総務省に呼び戻されて窓際に追いやられた官僚だぜ、それを「総務省の偉い役人様だ」はないだろう。これは熊谷泰人議員を応援する私の叔父から出た言葉である。そして、市長選に打って出る私に対して、「気が違ったのか?」と、辛辣ではない情けない言葉も発しているぼけ老人だ。そうそう、こうも言っていた。「泰人は今度出れば議長に間違いなし、それをお前は邪魔をする気か」ともね。まあ、声に出すだけは良い方で、このブログを読んでいる後援会の者達もその程度であるのが悲しい。だからして泰人の嘘を信じてしまい、「佐藤健は立派な人だ」になって、「牧野光朗はもういい」とされ、汚れた一票を投じたのだろう。
議員の連中がくるってしまうのは、この様な次元がどの後援会にも存在するせいだが、それらはこういう不正や犯罪が蔓延らない社会の話であって、すべての不正を知る議員らに通用させてはいけない。
二期八年間の実績を片手に持ち、いかにも市民のために働いたと吹聴するが、木下徳康議員のように、それを認める後援会であれば離れていきはしない。公明党の村松まり子はもう一期の欲があったが、公明党規則に従っている。地元八幡でも評判が良く、原和世副議長と足並みをそろえ、証拠もないのに章設計を反訴するという寸劇を演じた付けは忘れられるだろう。まあ、それに関しては、最後の立候補として辻立ちを行う永井一英議員も同じこと、公明党であるし、章設計の地元丸山でもある。市民を訴えてなんとするのか公明党よ。共産党と同じく、党としての責任を横に置いて立候補するのかい?
この様に、タブレット全校配布に何の疑問を持たない議員はあり得ない。それらを黙して議決した責任は、これら現職議員が取らなくててなんとする。せめて、新人議員に、事実を伝えるべきだと思う。「タブレット配布事業は代田教育長の独断で進めた」「5億円の事業だが入札を行っていない」「タブレットのメーカーは代田教育長が決めている」少なくともこれら三つの事実は伝えるべきだ。良心の無い議員に期待はせず、僭越ながら、私が代わって知らせておく。
佐藤市長不在
タブレット配布事業の顛末を佐藤健は知らないはずだ。牧野光朗が市長であった令和2年10月までは、佐藤健はよその人であった。佐藤健が市長に成って二か月後の12月18日に、飯田市中の小中学校に、タブレットは配布されて事業は終了している。どうしてそこまで急いだのだろうか? 佐藤健は市長に成って、はじめてこの大事業を扱うに、牧野光朗側に立って争った代田教育長を続投させ、また、コロナ感染の当本人であるを隠蔽したのはどういう分けなのか!?
話しは少し遡る
飯田市オープンサイトコーナーで書き出した。「腐った野郎」の「飯田市のコロナは昨年の3月27日に始まった。飯田下伊那の住民はそれらに恐れをなし、ある重要な事実に気づかずにいた。だからこその牧野前市長のコロナ対策失敗、何がそうさせたのか?」について書いてみよう。想像でもよいし、当人たちが否定しても、それらの裏を知っている後援会はその実際を知ることになる。
牧野光朗前市長は、代田昭久教育長から「佐藤健が市長選に出る」を知らされた。これは佐藤健と代田昭久の作戦だろうが、これを聞いたとて、牧野光朗は再選を考えることではない。再選には時すでに遅し、出るのであれば佐藤健が総務省に呼び戻された時点で、一年後に思い立つものでもない。それでも思い立つとすれば、よほどのことと想像するが、今は、コロナ対策の失敗と併せてその件をまとめてみる。
上意下達
誰も経験のない出来事に右往左往するのは当然で、それを見紛うてもやむを得ない。「湯ーミン」と、公表しないと決めれば、結果は後悔していないだろう。では、なぜ湯ーミンと公表しなかったのかと考えてみようではないか。一つには、湯ーミンから公表しないようにと働きかけが有ったのかもしれない。それとも、公表そのものの判断に迷ったのかもしれないが、どちらにしても牧野光朗市長が独断で決められることではない。それは、「保健所からの通達」であるからだ。上意下達とでもいおうか、県の機関から送られる文書は通達そのものである。
湯ーミンが感染場所とするに、それがクラスターとみなされるかもとなれば、公表にためらいが出るのも当然だし、公表に当たるとも決められなければ、やむを得ないとに聞こえる。だが、ここでもう少し考えれば、3月27日は、再選を表明してひと月が経過していることで、いかにコロナの対応が重要なのかは考えるまでもない。一つ間違えれば、佐藤健の後塵を拝するとなろう。 「公表しない」と傾くのも無理はないが、佐藤健が総務省に呼び戻された理由を知っていれば、無難な選択になるものだ。
逮捕が怖いコロナも怖い
どっちに転んでも助からないとなれば、どの道を選ぶかは目に見えている。だが、市長に成れば助かるとすれば、どうしても市長に成らなければならない。それよりほかに、牧野光朗が五選を選ぶ理由が無い。そんなことは裏社会では当然であるが、不正慣れした世の中からすれば、何も見えないのも無理はない。
佐藤健が市長になる恐怖
牧野光男はいつの時点で五選を決めたのであろうか? と考えれば、佐藤健が総務省を辞めた時点である昨年の2月前ごろだ。「総務省を辞めた」が大きな原因で、ここで裏事情が恐怖になったのだろう。恐怖を感じなければ、一度は譲った市長の座に未練などありえない。と、このような視点であったが、いまいち前後のつながりが見えてこなかった。そこには、木下悦男という牧野光男指名の副市長が居るのに、代田昭久を副市長にする約束事を取り付けて選挙を戦ったことにある。牧野光男の敗戦にて木下悦男が副市長を辞するに、それはあたかも佐藤市長の報復人事にも見えるが、木下悦男は特別養護老人ホーム飯田壮の不正や犯罪を知りえる者で、それこそ佐藤健副市長の関与を証明できる重要人物だ。おいそれと当たれば、火傷どころの騒ぎではあるまい。報復なら牧野光男に寝返った代田昭久が居の一番であるに、そのことが牧野光男後援会の不満ではなかったのか。
かぶちゃんを忘れるな
牧野光男が五選を決めたのを、佐藤健が総務省に呼び戻されたころと見直せば、まったくに違う展開が見えてくる。何よりも、代田昭久教育長と牧野光男の関係がはっきりする。それに、佐藤健が総務省に呼び戻された理由の「かぶちゃん農園詐欺事件」が絡んでいなければ、牧野光男が五選を決めることはなかったと、これも改めて気づく。相応に相応しいと言えばWクリックである。つり合いの裏につり合いがとれていなければ、このような馬鹿な選挙は行われていない。
利用された市長選
偶然であろうが結果的に、悪人三人の、三者三葉の選挙戦が行われた。三者の思惑は外れたのかと言えば、それは私が立候補したことに在る。牧野光朗は勝てるなどと思っていない。また、再選しようとも思っていなかった。佐藤健が総務省に呼び戻されたとき、牧野光朗はその裏を知っていた。それは市長である牧野光朗であれば当然だが、ここでもう一つの問題が出た。そう、後継者がなくなったと言うことだ。辞職の議会挨拶で、「必ず戻ってきます」と力を込めたと言う佐藤健、これを額面通り受け取れば、牧野光朗は五選などしないことだ。それがどうだろう。一年後に早々と宣言したのである。
在る者が、牧野光朗を追ってブログの記事としていた。そこには、「2月の表明は早い。その裏には佐藤健が総務省を辞めたことが理由にある」と書かれていた。それが外野から見た率直な意見であろう。簡単に言えば、牧野光朗は五選を宣言しなければならない状況に追い込まれたと言うわけだ。億単位の退職金が目の前にあるに、又市長に成ろうと言うのであるから、決して欲ではないだろう。要するに、市長に戻らなければならないとした裏理由である。裏は裏で人に言えないこと、だが、少なくとも警視庁は知ってることで、だからして佐藤健を総務省が呼び戻している。
もうここまで来ればくどくど書かないが、ひとえに、「かぶちゃん農園詐欺事件」に関与した二人であるに違いはない。ここが今までであるが、ここに来て少し事情が変わってきた。それは、かぶちゃん農園の鏑木社長と宮下一郎が仲良く並んでいる写真を目にしたからだ。この写真は宮下一郎のホームページから引用したもので、スクープでも何でもない。だが、この写真の意味するところと、この写真の影に隠れている人物が気になっただけである。だいたいに、この写真がいつの物かと確認すれば、なんとまあ、鏑木社長が自殺する、ほんの数年前の写真である。もはや資金繰りでアップップなのに、新たな事業展開するは、これもまた資金繰りのカラクリである。政治家が動けば金も動くの見本だが、鏑木社長の焦点が、カメラ目線に無いのが気にかかる。
隠れていた人物
宮下一郎と佐藤健を結ぶ物はないかと考えた。そこは、佐藤健が副市長に成ってからの親交であるに気づいた。当然にそうだ、岩手へ出向している総務省の木っ端役人に宮下一郎が要することは何もない。飯田高校から探ってみた。そこには何もない。東大出で探ってみた。それは在学中の重なりに見れば分かると言うもの。宮下一郎は1983年卒業とある。佐藤健はどうだ。1991年卒業とあった。8年の差が有ればかすりもしない。どうやら接点はないようだ。
キーワード
ここで一つの記事が気になった。それは、代田昭久が鎌倉市の教育長になろうとして代議士の紹介状を偽造したと言う事件である。代田昭久のざんまいにあきれるが、代議士の紹介状を必要とする教育長の座、それは代田昭久の成り上がり手段として持ち入れられてたとすれば、常套手段として飯田市教育長の座にも使われたとみるは当然であろう。だとすれば、偽造紹介状で懲りている代田昭久であれば、正当な手段において、宮下一郎に願い出たと見るのも無理からぬことだ。それが無ければ、降ってわいたように登場しない。また、宮下一郎が牧野市長に宛てた紹介状であるからして、牧野として見れば、二つ返事どころか三顧の礼で迎えたと思われる。だからしての五選出馬であって、だからしての副市長の座であったのだ。
危ないのは宮下か?
さて、それでは代田昭久に宮下一郎とのつながりがあるのか? が気になるところとなる。どのようにして宮下一郎に近づいたのかと言うとこだ。これを想像するに、この一枚の写真が目にとまったのであった。
政治家との距離
国会議員と懇意になるは無理だ。いわゆる、裏事情や金で動くという時代は終わったからだが、紹介状などの口利きは今も当たり前にある。世間も全くに気にしないし、それが普通のこととして眺めているだろう。
代田昭久として二の舞は踏まない。今度は、紹介状なる証拠を残すことはない。そのように考えれば、牧野市長に直接紹介するのを選んだと思われる。これは確かに想像だが、そうでもなければ代田昭久が教育長になれるはずがない。宮下一郎にそのようなことを聞いたにしても言わないが、牧野光男であれば親しい者に話しているだろう。だからして、選挙に負けた後援会は「副市長の約束を反故にした」とさがないのである。
鏑木社長とのツーショットは、鏑木社長が竣工式に招待したもので、飯田市がバックアップしていたとの様子が手に取るようにわかる。鏑木社長と代田昭久が親しくなければ宮下一郎につながらないに、ここまでくれば当然佐藤健市長との関係性が浮かび上がる。
どっちが先か
鏑木社長に佐藤健を紹介したのは間違いなく代田明久だ。ケフィアが飯田市に進出するに、何が必要であったのか? と考えれば必然的に金である。倒産寸前での金策に、何が必要かと考えれば、新たな事業展開であって、それは行政を巻き込まなくては何も始まらない。以前書いたが、「市田柿」は、飯田下伊那でも、ほんの一部の柿農家の生産品であって、それはブランドでも何でもない商品名だ。農協を通しての販売に、何を不満に思うのだろうか。そんな田舎の事情に割って入れたのは、一にも二にも飯田市の全面協賛であることだ。飯田市が、道路を造って敷地を提供して、“高価買取”の鳴り物入りで始まれば、誰もかれもが農協を後にする。
ちょっとは考えろ
世の中そんなうまい話は無いし、だからしておれおれ詐欺が通用する。少しは疑って考えろと言いたいが、疑う必要が無いのが「飯田市協賛」であったと言うことになる。そこまで来て、「かぶちゃん農園が倒産した」は、柿農家が被害を受けての話である。だが、柿農家の被害は単発で、良い値での買取が一時中断しただけである。農協は喜んだ。また、柿農家が農協を窓口として戻ってきたからだ。柿農家も喜んだ。一度上がったブランド名は、かぶちゃん農園が倒産しても変わりがなかったからだ。柿農家はかぶちゃん農園に騙されていない。それを良いことに、佐藤健は選挙を打った。「市田柿のブランド化は、私の実績だ!」とね。それもそうだ。「残念だ」牧野光朗は市長として、かぶちゃん農園が倒産したことを自分の責任でないとした。それにはいくつもの理由があるが、柿農家の受け止めは、「お前が残念だ」であってそれ以外にない。詐欺犯罪であろうがなかろうが、自分家の柿が高値で売れればよいだけだ。
ここでついでに考えよう。「牧野光朗は『残念だ』と言った意味を?」これで治まっている方が不思議だと思わないか? 牧野光朗は責任の所在を明らかにしていないと追及したが、責任の所在を明らかにせずして、どうして静かになったのか? それの方が不思議でないかい?
考えない豚
「豚は太らせてから喰え」ユダヤの格言だが、ケフィアはあまりにも太りすぎた。広げるだけひろげての結果はあまりにもひどくあったが、ここまで被害が広がるに、かぶちゃん農園の拡大が輪を掛けたのは言うまでもない。かぶちゃん村森の発電所が最後の悪あがきだが、これで持って万策手が尽きたと言うことか。振り返って竣工式に顔をそろえた面々に目を落とせば、これら詐欺犯罪に関与していると見るのは無理だが、少し深読みをすれば面白いことが浮かんでくる。古田芙士は県会議長であって、小池県議も居るところを見れば、飯田市が中心になっているのが伺える。まあ、あまり話を広げすぎると私も混乱してしまうが、どちらにしても、親亀こけたらみなこけたに違いはないし、こけた原因が詐欺犯罪とくれば、あとの始末は数倍に膨れ上がる。まあ、ここで気を取り直し、次の課題に入ろうではないか。
「質問 3.二年前の公開質問状への返答が成されない理由について」
タブレット配布事業と代田昭久教育長の関連犯罪が見えて来たことで、いかに、代田昭久が牧野光朗前市長や佐藤健市長とかかわってきたかが分かったと思う。そこで、二年前の佐藤健副市長に提出した公開質問状をもう一度読み直してみる。
平成31年3月8日 佐藤 健 副市長殿 株式会社 章設計
【公開質問状】
去る平成28年11月8日に熊谷泰人議員が持参した「『平成28年度特別養護老人ホーム飯田荘実施設計業務』における設計仕様変更並びに履行期間延長要望書」を受け取っていただき、平成28年11月21日に、木下悦夫建設部長(当時)、寺澤保義健康福祉部長(当時)、原章長寿支援課長、木村理子地域計画課係長、平井隆志監督員との話し合いを設営頂きましてありがとうございました。つきましては、その話し合い後に牧野光朗飯田市長から「平成28年度特別養護老人ホーム飯田荘実施設計業務委託 受注者提案に係る通知及び指示について」の回答書を、長寿支援課の職員が平成28年12月2日に当社に持参されておりますが、時を同じくして木下悦夫建設部長が当社を訪れ「平井に聞いたが誰が書いたか言わない」「飯田荘所長にも聞いたが手が回っており何も話さない」「地域計画課は解体する。一般競争入札に改めると副市長が言っている」と話されました。これらの木下悦夫建設部長の発言は事実であるのか、佐藤副市長が木下悦夫建設部長に指示を与えていたとのことは事実であるのか、質問いたしますのでお答えをいただきたく存じます。
質問 1.平成28年12月28日午後1時に、木下悦夫建設部長が当社を訪れ、「副市長の指示を受けて来た。地域計画課は解体します」「契約書に於ける設計業務履行期間は章設計の都合で良い。特段の工期は設けない」「建築物の構造は飯田市の木造建築物推奨により木造建築にしてください」「敷地は章設計の提案どおり擁壁を設けてもらって敷地も平らにしてください。章設計の提案は全て採用してもらって構いません」と話された上で、「間取りについては飯田荘の希望であるから基本計画書の間取りで検討してもらえないか?」と話されました。 この件に対して間違いは無いでしょうか?
質問 2.当社は「間取りについては飯田荘の担当者と平井監督員との打合せで考えていきたい」と返答していますが、その通りに佐藤副市長に伝わっておりますでしょうか?
質問 3.平成29年1月30日午後5時過ぎに、寺澤保義健康福祉部長と原章長寿支援課長が当社を訪れ「契約工期内に成果品の提出が無いことを認めろ」と話されました。「牧野市長の指示で来たのですか?」と伺いましたが、何も返答されておりません。二人に指示を与えたのは牧野市長でしょうか、それとも佐藤副市長でしょうか、伺います。
質問 4.平成29年2月10日消印の郵便物で内容証明書が送られてきましたが、この件について承知しておりますか?
質問 5.内容証明郵便物は、「平成28年度特別養護老人ホーム飯田荘実施設計業務委託」の契約を解除するとした内容でありましたが、この解除通知を送付することは佐藤副市長の指示であったかお答え頂きたい。
質問 6.設計業務委託は準委任契約に当たり委任の規定が準用されますが、成果物の提出という要綱が設けられていることにより請負解約とも見なされる場合があります。どちらも民法においての規定でありますが、契約当事者のどちらかが正当な理由を持って契約解除を行おうとする場合においても、契約者双方が承諾することを前提としております。今回の契約解除通知は一方的に送られてきており、事前の承諾が成されておりませんが、これらについてどうお考えでしょうか?
質問 7.平成29年1月30日に、寺澤保義健康福祉部長と原章長寿支援課長が当社に訪れ「工期内に成果品の提出が無い事を認めろ」と話されたのは、契約解除の理由を伝える発言で有ると考えられるが、如何か?
質問 8.飯田信用金庫上飯田支店は、「飯田市から『飯田荘の設計業務契約の保証金(違約金)を支払え』と言われている」「牧野市長から森山理事長に違約金を支払うよう電話が入っている」と話されているが、その様なことは事実でしょうか?
質問 9.平成30年4月5日付けで違約金の振込用紙が送られてきましたが、違約金の支払いは飯田信用金庫が成すものと考えます。なぜ当社宛に送付されたのか伺います。
質問10.総務省へ戻られると伺いましたが、これら質問に対して明確に返答される責任はお持ちでしょうか?
隠されている犯罪
この様な質問状を送ったのには深い訳がある。総務省に呼び戻されるのに、今更まともに渡り合えるはずもなく、かといって、「必ず戻ってくる」などと宣えば、すっかりその裏が見えてしまった。戻りたいならば、それなりの訳があると見るは必然で、だからと言ってどうにでもならなくもがいている感情が見えてしまったのだ。「何がある?」戻ると言うことは市長に成ると言うことだ。市長に成ると言うことは、市長に成らなければならないとすることだ。市長に成れるのか? と疑えば、市長に成るには一つの道しか残っていない。その道は、総務省を辞めることで開ける道である。
細い道
それほどまでして戻るなら、それは佐藤健個人の考えではない。通常のキャリア官僚は、田舎の町の市長に成るなど考えていないはず。そうであれば、キャリアに届かない官僚になり下がったと言うことだ。その切っ掛けがケフィアと総務省の関係とみるは、もはや不自然ではない。かぶちゃん農園と一緒に副市長に成るなど、この様な偶然はあり得ない。ケフィアが続けば市長も当然だが、かぶちゃんが終われば藻屑と貸す。だから藻屑と貸したではないか。呼び戻されたとして健康保険課の課長では、辞めろの紙が背中に貼り付けられている。
警視庁の逮捕から逃れることは、佐藤健個人だけの問題ではない。それを何より示したのが、市長に成ったことである。三万五千票も取るに、航空産業の後ろ盾だと本気で考える者は幸せだ。恐ろしくもある、総務省の金を持っての選挙戦であることに、どうして飯田の人間は気づかないのであろうか。総務省と言っても一部の高級官僚だが、佐藤健が集金役であったからこそ出来ることで、それが隠されている犯罪なのだ。
命を落とす
鏑木社長が自殺した。自殺とは不審死の片付け言葉であるは周知のこと。「かぶちゃん農園が倒産したから自殺した」それをまともにとる関係者はだれもいない。ケフィア本体の詐欺犯罪に、かぶちゃん農園はその窓口である。会長が自殺するのであれば、「ケフィアが倒産したから」は頷ける。「次は自分の番だ」で、おののいている族が多くいる。飯田で言えば、牧野光郎と佐藤健と代田昭久だ。
このように、現職の市長や副市長、新市長や教育長を、私は犯罪者だと決めつけブログに書いている。それも、数年に渡ってである。しかし、これら三人の悪人は、私に対して何一つ反論してこない。不思議な話である。報道機関がブログの件に対して取材しても、「誹謗中傷だ」が精いっぱいのようである。そしてもう一つ、不思議な議会と議員どもだ。市民を攻撃し、行政を守っている。同じように批判しても、それにこたえる気配は何もない。だからして聞いた。だからして公開質問状も提出した。市長と議会にだ。
コロナと賄賂
コロナの陰に佐藤市長と代田教育長の賄賂が隠されている。タブレット配布事業におけるリベートがその賄賂である。証拠が挙がっていないが、十分に筋書きは見えている。だからして質問状を佐藤市長に提出した。答えられないという。疚しくなければ答えられない質問は何もないと思うが、とにかく何も答えられないという。答えられないは認めたことだ。それは、公人であって市民の代表市長としてはあり得ないが、それを取り上げられない報道機関にも、多くの問題がある。私の質問状を手にしても、そこを表に出そうとしない。少なくともブログの件ではなく、質問状の件で取材をすべきではないか。
佐藤市長と代田昭久の犯罪が隠されている多くの原因は、すべて報道機関の姿勢にあるのだ。「タブレット事業は5億円あります」と言うのは報道機関。市長が答えない代わりに話してくれた。記者は賄賂に気づいている。そして、代田教育長のコロナ感染で、どこの商社から接待を受けていたのかも知っている。
飯田はやはりつぶされる
タブレット事業における贈収賄のこれから先は、警察の仕事である。警察も馬鹿ではない。さんざんに放映されるに、報道機関が得ている情報だけでも、十分に証拠を得ているだろう。警察は正義だと、少しは信じてみようではないか。これ以上の犠牲者を出さないためにも。
飯田荘は違反建築
今回の質問状で「特別養護老人ホーム飯田荘は違反建築物ではありませんか?」とした。多方向から質問責めしているが、正直な話、答えれない質問だとした確信犯である。「飯田荘の質問だけでなく、タブレットもコロナについても、何一つ答えることは出来ないだろう」とした。どれか一つが間違っていたにしても、それらについて指摘し、言い訳を口にするだけでも、すべての犯罪につながってしまう。それほどの質問であることを理解できているようだ。
さて、飯田荘が違反建築だとすれば、大変な状況に進んでいく。佐藤市長が逮捕されるだけでは済まなく、飯田市の存亡にかかわってくる。質問状では、違反建築ではないかと遠回しに書いているが、それらの証拠なくしてここまでのことにつながらない。「代田昭久教育長が感染源者」と決めつけたことも、証拠なくして書いてはいないが、「保健所に聞きました」では、証拠でないらしい。では、証拠が無ければ質問に答えなくともよいのか? と言うことになろう。たしかに、公開質問状は自由に提出できるが。それに子会えなくてはいけないと言うことは何もない。法律的にはである。だが、質問内容が代田昭久教育長が言う「誹謗中傷」であるならば、質問状には答えられるはずである。だからして、私の質問は事実を列挙していると、佐藤市長は認めたことになるのだ。
痛くもないか?
この様な公開質問状を提出しても、痛くもかゆくもないと当人たちは思っているだろうか? 普通であれば、「感染源者は事実か!?」と、議員が問わなければいけない。少なくとも、他の職員に感染させ、多くの市民、とくに、小中学生にまで感染させたからだ。
佐藤市長はなぜ隠ぺいしたのか!?
市長選において牧野光朗側についた代田教育長、コロナに感染したとなれば首切りに良いチャンスではないかと思うが、任期満了まで待つと言うのであろうか。
代田昭久教育長は議会の場で陳謝したというが、それで収めさせて良しとするのは佐藤市長に無いことだ。少なくとも、「陳謝するとした理由」を代田昭久から聞いていなければ、この様な治め方は出来ない。
佐藤市長は代田教育長の感染を発表していない。臨時記者会見でも述べていない。なのに、議会に陳謝させている。矛盾だらけで整理がつかないが、ハッキリと言えることは、代田昭久教育長が感染したと言うことだ。どこで感染したかも誰から移されたのかも公言していない。普通であれば、公人の公益性に伴い、コロナ感染を発表しなければならないこと。だからして私は質問した。「なぜ公表しなかったのですか?」とね。この質問をおかしな質問だと見る者は誰も居ないだろうが、不思議なことに、返答が返ってこない。返答が出来ないことは返答しては拙いことの裏返しでもあるが、そんなに不味い質問でしょうか?
公表しなかったことは手落ちであるが、公表しなさいと言えなかった議会はそれを上回る。だからしての陳謝なのか? と考えれば、公表しなかったの陳謝である場合、佐藤市長の責任ではないのか。だからして、佐藤市長が市民に陳謝しなければならないことだ。
どうして市民は騒がないのか? 不思議の国のアリスより不思議である。
不正の素質
身についている垢は落とせない。落とす気が無いから落とせない。そして、垢がつきすぎての身であれば、赤はすでに血や肉になっているのだ。どうして議員は佐藤市長を追求できないのか? と不思議に思うが、議員らにも同じ垢がついていれば、汚れとも思わぬものであるらしい。確かに垢はついている。
垢の種類
佐藤健市長の赤は今更なので、議員側にある垢を説明しておこう。
まず、特別老人ホーム飯田壮にある垢であるが、これは長く続いている官製談合が始まりである。建設業界との垢は、指名競争入札における入札比率が99・9%であるということだ。これが一度や二度ならば証拠があっても無視されようが、30年も40年も続いていれば、それはもはや垢の類ではないかもしれない。たしかに、監査委員までが共謀していれば、国をだます前に市民を裏切っていることになる。
「市民の要望を市政に!」「市民の安全のためにコロナ対策を!」と声を張り上げ市議選で騒いでいるが、「不正をただす」と言う現職議員が一人もいない。確かに居ないは、不正に関与していない議員である。
権力に脱帽
飯田市長程度であっても、犯罪を隠蔽できてしまうのだから権力はすごいと思う。まして、市民でなければ対応できないし、市民であったにしても太刀打ちできないだろう。どうしてか不思議に思うが、早い話が警察の姿勢に表れている。15年前にもなるが、岡庭一雄の官製談合を見逃し、贈収賄での犯罪に切り替えると言った。だからどうしたと言うわけでもないが、その贈収賄もないこととした。それが警察である。「警察の正義は、不幸な人たちをつくらないことにある」とが理由であった。鈴木設計や原建設が潰されれば、そこで働いている社員の家族が困るからだとも言った。私にはちんぷんかんぷんで、刑事が神様に見えた。警察が法律を無視し、それが社会正義だと宣う姿に神を見た。社会が法律で形成されていないと、この時初めて知ったのである。
公務員に境は無い
警察権力も使いよう。一介の班長刑事が法律を判断できる姿に驚いたが、よくよく知れば、こいつらも公務員である。行政サービスに携わらない代わりなのか、これがサービスと勘違いしているのだろう。「風評被害を受けるのは熊谷さんだ」この言葉にも驚いた。なんとまあ、慰められているのか、隠蔽せよと説得されているのか混乱したが、確かに何もしなかった。おかげに、阿智村は潰されることになった。
二の舞さんの舞
飯田市の行政犯罪は刑事に頼まれた。「行政犯罪は許さないでください」と。これが正しき刑事の言葉であるが、代わった刑事は言う、「その証拠は不要だ」と。昔の刑事も今の刑事も、言っていることは「犯罪として扱わない」である。警察のトップが省庁からの圧力において「捜査から外れろ」とかの場面はテレビではよく見るが、これをドラマとして見ている国民は幸せである。現実はもっとひどく、信じられる常識は存在していない。私が一番驚いたのは、「こんな悪い奴の犠牲になる必要はない」と言った刑事が、「岡庭村長さん」と、言ったことにあった。村長にさんまでつけての言い訳は、それこそ警察の偽善体質を表していた。おそらく私の心が卑屈になったのだろう。それ以来、警察は利用する機関であればよいとした。
同類相憐れむ
だが、刑事にも同類が居た。はじめはそれなりであったが、自分のミスを包み込む私に対して余分な一言を話してくれるようになった。内容は書けないが、警察の進め方を想像するに役に立った。警察が絶対に動かなくてはならない状況はなにか!?と考えれば、それこそ順序たてて進める以外にないし、進めていけば、警察は末端の組織であることに気づく。そうであれば、一番上を動かせばよいとなる。だからして国に告発した。刑事が「行政犯罪を許さないでほしい」と後押ししてくれたのは、同類相憐れむの心境に違いない。
知恵比べ
さて、佐藤健市長に公開質問状を出した件に戻るが、代田昭久教育長のコロナ感染で思わぬ犯罪が浮上してきた。それは贈収賄で、何が原資かと言えば、言わずと知れた「全校タブレット配布事業」によるリベートの授受である。証拠はない。状況証拠で決めつけているだけだ。それも刑事でもなければ議員でもない。そこで問題だ。代田昭久がタブレットのリベートを受け取ったのかと、なぜ言えるのかだ。
誰と飲んだ?
肝心なことを忘れていないか? 肝心なことを議員は知っている。「誰と飲んでいたのか?」と質問していない。「商社の者と飲んでいる」と決めつけている。確かに返答はないからして、事実かどうかは分からない。返答があったにしても、返答できることではない。それは代田教育長しか知らないからだ。
「四人で飲んでいた」「にしべでフグ料理に舌鼓した」これは既成事実である。誰でも良い。これは嘘だと言ってみろと言いたい。代田教育長が私のブログを誹謗中傷だと言うのであれば、これも嘘だと否定しなければ前後がつながらないではないか。代田昭久教育長がこの事実に触れられないのは、報道機関に知られていると分かっていたからだ。こうなれば、「誰と飲んでいた」「なぜ飲んでいた」に話は移ってしかるべきことではないか。
なぜ飲んでいた?
教育長が業者と飲むことはあり得ないし、あってはならないことだ。それが飲んでいた。コロナに感染したというより問題行動ではないか。その業者がタブレット納入業者だと言えば、それは疑うなんてものではない。議員らは「なぜ飲んでいたのですか?」と聞くべきではないか。議会で何を陳謝させたのか? コロナにかかったとして、陳謝することではないとするに、何を陳謝させたのだろう? 「飲んでいてコロナに感染しました」として陳謝するのであれば、どうして四人で飲んだのかの理由が必要ではないか。なぜ飲んでいたのか? それは、飲む必要があったからだ。
公開質問状を甘く見るな!
佐藤市長に質問するは、「感染者情報をなぜ操作したのか」である。代田昭久は東京に滞在歴があると保健所は伝えている。滞在歴は公表しなければならない事項ではないが、隠すことでもない。今までの感染者は公表しているのに、代田昭久の滞在歴をなぜ削除したのかだ。質問状に答えないことは疑問を残すことであって、市長としてはあるまじき行為である。まあ、答えられないのが本音であるが、ここまでわかりやすい隠蔽操作は必ず露呈する。一つ露呈すれば、多くの犯罪が次々と明らかになるだろう。
隠ぺい工作の事実
何を隠蔽したのか!?言うまでもない。東京への滞在歴だ。東京への滞在歴を隠す理由はたった一つ。「リベートの授受」である。証拠もなくどうしてそんなことを言えるのか? と言えば、佐藤市長が代田教育長の東京滞在歴を隠したからである。
代田昭久教育長が東京へ行って感染したと言えない理由はない。また、滞在歴は備考欄に記されることであって、消し去る必要はない。代田昭久が東京へ行ったと言わなければ、保健所は報告書に挙げない。4人で飲んで、発症したのが代田昭久だけならば、感染源者と断定できる。ソシアルクラブの関係者は事実を知っている。自分の女に移した後に、女は同僚に感染させている。同席した業者に移したのは、身近な職員に移したのと同時期である。感染源者であるを隠すことは、東京滞在歴を知られたくないという考えである。疚しくなければ、東京滞在歴を公表できるはずではないか。
結論
議会が代田教育長に陳謝させた。これが結論である。何を陳謝させたのかは、報道機関が知っている。だからして取材に来た。市民はこれ以上知る必要はない。あとは結果において判断すればよい。何をさておいても、代田昭久がコロナに感染した。そして飯田にコロナが広まった。これだけで充分であるのだ。
私の疑問はいずれ答えが出ることだ。何から始まるにしても、佐藤健は犯罪者である。
代田昭久教育長は、タブレット全校配布事業において業者からリベートを受け取っている。だからして業者と飲んだ。ここに佐藤市長がどのように関与しているのかであるが、何らかの関与が無ければ隠蔽工作など行わないと考えれば、佐藤市長もリベートを受け取っていると言うことになる。業者と飲んだは聞こえているからして、タブレットの業者だと判らなければ隠し通せるとしたのだろうが、時間の問題ではないか。まあ、議員の連中は知っていて隠蔽に協力しているから始末が悪いが、市民も「教育長がコロナに感染した」と騒いだだけで、それ以上の懸念を抱かないお人よしは仕方がないものだ。
飯田は不思議なところ
「市民団体が存在しない」いわゆるオンブズマンが居ないのだ。そのような団体が有れば、代田教育長はとっくにお縄になっている。仕方がないから市民団体でもつくろうかと考えるに、「市民じゃないじゃないか」と横やりが入るだろう。一人戦うに、確かに世間の目は冷たくあるし、飯田市民でないところがうといと思われているのかもしれない。または、私の行動についてこれない感覚かもだが、しかるに、「オンブズ南信州」であれば、何か分かりやすくなるだろう。そうまでしなければならない現状を訴えるだけでも効果はあるだろうと思う。
そんなわけで、近いうちに「オンブズ南信州」を立ち上げたいと考える。公開質問状にしても、報道機関を相手にしても、市民団体としての活動は常に注目を浴びることだ。行政犯罪が根幹にある限り、全国的な展開に進めることが必要だ。
ここまでくれば、との思いもあるが、一人立ち向かうには総務省の官僚はあまりにも手ごわい。だからして、任意団体「全国市民オンブズマン」を考えに入れている。
牧野光郎前市長と代田昭久教育長
市長選で代田昭久教育長は牧野光郎に与したと聞いた。だが、途中で裏切ったと聞いた。それはそうだろう。勝ち馬に乗れどころではない。元々に、佐藤健と代田昭久はつながっているではないか。ただ、タブレットの事業化において、牧野光郎を利用しただけである。
そこにある犯罪
タブレットの事業化は政府の方針より早く始められているとのことは以前に書いているが、そのことからも読み取れるように、飯田市の場合は「代田昭久教育長が決定した」と言う事実がある。まさに、佐藤健が総務省を辞め、飯田市長に立候補すると伝わった時点だ。そのように時系列で整理すれば、誰でもあり得ることと想像できるではないか。
私は代田昭久教育長の存在を気にしていなかった。確かに熊谷議員から聞いたことはあったが、「代田教育長はすごい人だ」との誉め言葉に、引っかかるものを感じていたが。「教育長がコロナに感染した」と言う情報がいち早く伝わったのはSNSであるが、それに添付されていた内容に、すぐさま疑問が出たのであった。
同棲している
フィリピンパブで派生したから始まり、ソシアルクラブでクラスターが発生したになり、そのうちに、「4人が感染した」「教育長が感染した」「フィリピンのホステスから移ったようだ」となり、「フィリピンのホステスと同棲している」となった。もはや噂は事実となって飛び交い、それを裏付けるような感染者情報がネットに載った。だが、その情報に疑問を抱くものはほかに居たのだろうか? 「感染者は4名」「公務員が教育長」この情報において教育長が公務員と言うことはないだろう。
感染者情報に間違いが有ってはならない。間違いはまさしくその後に影響すると事例が示している。教育長が公務員? これは間違いである。だが、この間違いを修正せよと言うものが誰も居ない。議員も暢気に構えているし、何よりも報道機関がそれを指摘しない。!???ではないか。「そんなことはどうでもよい」なのか、「教育長は公務員」なのか、馬鹿を言っちゃあいけない。感染者情報に間違いは許されない。
間違いではない
この様なミスを長野県はしたのか? 長野県でないと言えば飯田市長が間違えたとなる。だからして疑問を持った。おかしなことだと気づいたから保健所に聞いた。保健所は懇切丁寧に説明などしてくれない。感染者情報は個人情報だけではなく、コロナと言う非常事態に特別設けられた情報制度であって、かん口令が敷かれているのは周知の事実ではないか。だからして私が保健所に聞いたと言えば、保健所がそんなことを話すはずが無いと決めつけられる。報道機関も、疑いの眼を向けたのも事実であった。皆さん個人的な見解の判断が多すぎる。自分で保健所に聞いてみれば分かるではないか。
私と同じように聞け
私は保健所に電話を入れ、「1月15日の感染者情報についてお聞きしたい」と話せば、「どのようなことをお知りになりたいのですか?」と、電話口の女性は言った。コロナにつては情報規制が敷かれているのは知ってる。「報道内容と事実が違っていますので、感染者情報について教えていただきたい」とした。「しばらくお待ちください」として、本当にしばらく待った。「コロナ情報については課長が担当してますが」「どちら様でしょうか」と、つづけられた。「市長選に立候補した熊谷です」と、そう言わなければわからないと感じた。そして課長が電話に出た。
課長は何も話していない
「代田昭久教育長が感染源者ですよね」「代田昭久教育長は東京に滞在歴がありますよね」と聞いただけで、課長は何も話していない。ただ、「はい、そうです」と答えただけである。
たったこれだけのことであるが、保健所の課長は個人情報を話したわけでもなければ、情報を開示したわけでもない。私と同じように議員が保健所の課長に聞けば、課長は同じ返答をするはずだ。それでなければ課長が首になる。
さてそこで問題だ。23名の議員らは、どうして保健所にそのように聞かなかったのか? そこを問題としなければ、飯田市の闇は表に出てこない。代田昭久教育長が感染源者であることを、なぜ議員らが隠さなければならないのだ。
佐藤市長は犯罪者
佐藤市長が隠ぺい工作した。代田昭久教育長の東京滞在歴を削除した。この事実は必ず表に出てくる。それは、「東京滞在歴は開示できない情報でない」からだ。
聞けばよい
「代田昭久教育長は東京に滞在したのではないですか?」と、新人議員の誰かが質問すればよい。たったそれだけのことが出来なかった前議員らに、議員としての資格があるのだろうか。私がこのことを質問状にしたためたのは、代田昭久教育長がコロナの感染源者だと判断したからであるが、代田教育長が誰から移されたのかなどは関係ない。代田教育長はどこに居てコロナに感染したのかが重要な事なのだ。飯田市ではしばらく感染者が出なくあったのが何よりの証拠であって、通常の日常生活を送っていれば、コロナなどに感染するはずがない。では、代田教育長の日常生活は普通でなかったのか? と思えば、飯田市からでなくあれば、普通の生活と言えるだろう。
確かに推察だが、それに答えられない議員らがおかしくないか? 代田教育長もそうであるが、誹謗中傷だと言う前に、感染源者でないと証明すればよい。まん延していない飯田市で、どこで移ったのかは分からないはないだろう。少なくとも、同棲しているフィリピン嬢から移されたのを否定していないではないか。同棲している女から移されたのが事実ならば、フィリピン嬢の同僚に誰が移したのかと言うことになる。同じ店で働いているフィリピン嬢は、同僚の代田教育長の女から移されたなどと口にしていないではないか。
この様な話は必ず聞こえてくる。その時になって、くさい物に蓋をした議員らは、どのような責任が取れるのか? もっと言おう。タブレット配布事業を国の決定より早く承認した議会は、入札が行われなかったことに説明責任はないと思うのか!?
これからが本番
新しい議会がもうじき始まるが、同じような新人議員ばかしであろうか。私が配った文書に目を落とした新人議員は少なくとも六名いるが、そこに最も期待できないのが西森六三であった。大体に評判が悪いとの話は西森六三の身内から聞いていたし、当選できないとも思っていた。選挙違反に関係あるとすれば、必然的に議員失職と成ろう。割って出た会派希望が一人減ることにもなるが、そこだけでおさまらない事情がるようだ。
内緒話は漏れるもの
代田教育長のコロナ感染などはどうでもよいと、コロナを通してみればそんなところだろうが、コロナの感染源者だとなれば、重大な問題が浮上する。教育長が感染源者であって、その公表を佐藤市長が隠蔽したとなるからだが、このことを問題としなかった議員は必ずや責任を取らされる。教育長が感染すれば、感染源者でなくとも公表しなければならない。その公表を佐藤市長に一任させて知らぬ顔の議会が、代田教育長に陳謝させたことへの辻褄が合わなくなる。陳謝されるは責任を取らせたことで、何の責任を取らせたのかを市民に説明していない。私はこれらのことも含めて、もう一度公開質問状を提出するつもりでいる。その時に、いったい何人の新人議員が動いてくれるのか、そこが見えてくるから面白い。内緒にしても必ずバレてしまうのが議員の常、それは、議会は市民側にあると言うことで、後援会には事実を話さなければならないし、話せば噂が始まるのである。
私が質問するは議会の役割
「タブレット事業は代田教育長の発案ではないのか?」「入札は行われているか?」「タブレットのメーカー選択は誰が行ったのか?」この三つの質問をしたのは、これら当たり前のことが行われていないからだ。また、それらを実行したのかの確認を行っていない議会であるから、私の質問に答えられないのである。
市民の関心
代田教育長がコロナに感染したとのことよりも、同棲しているフィリピンのホステスから感染したという噂が広まった。まあ、それが世間だろうが、この嘘でも騒がなければいけないのではないか? 少なくとも、議会は「誰から感染したのか?」と確認すべきだ。ホステスから移ったのと、同棲しているフィリピン嬢から移ったのかは、天と地ほどの差があるからだ。
同棲しているフィリピン嬢から移ったと代田昭久教育長が言うのであれば、議会はそこまででよい。ホステスから移ったと言えば、そこは問題だ。誰と飲んでいたのかによって、議会が詰問しなければならなくなる。業者と飲んでいたから問題なのだが、議会がそこを詰問しない。そこがおかしいと声を上げる市民もいない。なぜ何も言わないのか!?と考えてみれば、議会は業者と代田教育長の癒着を知っているからだ。そして、その裏事情に議員各自が関与しているからなのだ。
代田昭久教育長の犯罪
こいつはかなりの悪だ。ネットで「代田昭久」と検索すれば、ウィキペディア「悪人」と紹介される。驚きではないか、こんな男がいきなり飯田市の教育長になるに、県警は何をやっているのであろうか。内定していれば、代田昭久の東京滞在が証拠となったではないか。トロくさいもんだ。
略歴から見る計画犯罪
2015年12月18日、飯田市議会にて教育長に任命された。これが始まりであるは言うまでもないが、ここまでの道のりが不正と犯罪の略歴だと紹介するは、フリー百科事典ウィキペディアであって、私の推論ではないことを知らせておく。そして飯田市の教育長になれば、早速に始めた二つの事業がある。一つが特別養護老人ホーム飯田荘の改築であって、二つ目がタブレット全校配布事業だ。特に、タブレット配布に関しては持論を持っており、佐賀県の武雄市教育監にタブレット事業の必要性を説いて就任しているのを見れば、次の展開は飯田市だと、その様に決めていたとみられる。
2015年は平成27年であるが、不思議なことにその翌年の平成28年の半ばに、特別養護老人ホーム飯田荘の改修事業は、急に改築事業として始まっている。誰が決定したのかはもう言うまでもないだろう。佐藤健副市長か牧野光朗市長であったのか? 彼らは、改修工事として承認していたではないのか。このあたりの経過は議員にしか分からぬが、だからしての代田教育長を保身するのであろう。今更に、そこに犯罪の原点があるならば、議員全員首になるのは間違いないことだ。
残っている証拠
この話、嘘だつくり事だと言う前に、証拠をもって否定すればよい。それが出来るのが議員であって、やらなければならないのも議員である。
地域計画課の平井職員が飯田荘の設計監督員であった。最初の打ち合わせ(顔合わせ)会議に出向けば、平井監督員の上司として木村理子係長、長寿支援課長の原章が居り、「飯田荘からは改修要望で上がっていたが、国からの予算が付いたので改築することになった」と発言している。私が、「築38年の既存施設を取り壊す必要はないのでは?」の問いに、原章長寿支援課長が答えたものだが、いまさらに思い出せば、その裏付けに代田教育長がすでに居たことに気づく。代田教育長が赴任して翌年のことであるからだ。総務省への働きかけは当然に佐藤副市長であるが、飯田荘の改修を改築に変更できる職員など誰も居ない。早速の仕事ぶりに早裏金のにおいがしたのであった。改修であれば数千万円で済むことで、それに耐震工事を含めても1億円程度で十分だ。飯田荘の指定管理者である飯田社会福祉協議会が遠慮がちに要望しているところを見れば、改築に流れが向くに、そこに何かを要望するは無くなった。改築において主導権は完全に社会文教委員会へと移り、その裏で糸を引くは代田教育長であったのだ。純粋に、市民の財産である公益施設を、わけもなく取り壊しに向かえる不自然さに気づいたが、この時点で代田教育長の存在を知らなくあった。
振り返れば、熊谷議員に市長宛ての陳情書を預けるに、そこに木下悦夫建設部長は協力的で、まさに「副市長に話せば解決に向かえる」とした意味合いを信用したが、木下悦夫建設部長が設営する話し合いに寺澤保義健康福祉部長が乗り込んできてその場を仕切り、「飯田市は大きな自治体だ」との能書きで押さえつけたのは章設計でなく、木下悦夫建設部長への牽制球であったのだ。それはその時に感じた思いであるが、なぜ建設部長より福祉部長の発言が通るのかと熊谷議員に聞けば、それは、健康福祉部が事業課だと言っている。それは、まさしく代田教育長の采配で、健康福祉部が動いていたと言うことだったのだ。そのつじつまが合うのにここまで来たが、コロナが初めて役に立ったと思うは私だけであろう。
匂いの実態
佐藤副市長が章設計の契約解除を決めたのは間違いないが、そこまで持ち込もうとしたのは代田昭久教育長であることに、今この時点で初めて気づいた。いままで、何かつじつまが合わないと思うところがあったが、匂いの実態が代田昭久教育長であるとハッキリしたことでもつれた糸がほぐれてきた。何もかも、代田昭久が糸を引いていたのである。
正体見たり枯れ尾花
足のある幽霊はありがたいもので、それで足がつくとはなおさらだ。章設計側から見すぎていたせいもあるが、代田昭久が幽霊であったと分かった今は、もはや疑問は何もない。これから先にやるべきことは、事実を証明して飯田市行政と議会にある不正を正すことにある。代田昭久一人に焦点を当て、不正が犯罪であったとするには、やはり、章設計の裁判がその焦点になるは間違いはない。
熊谷議員の誠意
彼を責めるわけではないが、実際に、もう少し市民の観点で見てくれば、ここまでにならぬうちに解決できたのではないか。それにしても一つ解せないことがある。熊谷議員は「教育長はすごい人だ」と言っていた。出来る人だと言ったかもしれないが、ニュアンス的には代田昭久をかなり認めていた。彼の人を見る目はおごりであって、外的要因によるところであるが、一時的にもそのように感じていたということだ。それがいつ頃であったか振り返るに、まだ章設計に出入りしていた頃になる。だとすれば、熊谷議員は何をもって「すごい人だ」と言えたのか? おそらく、決断力ではなかったのか? そう、飯田荘改修を、改築事業へと転換したことに、その手腕をもってすごいと言えたのだ。そうであろう。ほかにすごいところは何もないではないか。
刑事に何を話したのか
「熊谷議員さんが来てくれました」これは刑事が私に言った言葉である。来てくれましたはよかった。自分より上の者に対しての敬語であるは分かるが、同時に行政機関での社会的上の立場だとも証明している。余談であるが、この刑事と代わった刑事は、阿智村の吉川前議員にたいしてはそのような敬語を一度も使っていない。
さて、熊谷議員がわざわざ警察に出向いて係長刑事と会ったのはどのような理由があったのか? そこが誰もが気になるし、用事がなくて刑事などに会うはずもなく、いったい何を話したのであろうか!?
驚嘆に値する
何を話したのかと言うより、なぜ刑事に会いに行ったのかが焦点だ。普通の者ならよほどのことが無くては刑事に会おうなどと思わないものだ。それを躊躇なくこなせるには、会う必要が熊谷議員にあったと言うことだ。刑事から見れば、犯罪に関することでなくてなんであろうか。それも、市会議員の肩書で来れば、「来てくれました」の意味は、相当にあるを示している。
その頃私は熊谷議員に詳しい話をしていない。確かに刑事と会っていることは伝えていたが、具体的なことが言えるほどの仲ではなくなっていたからだ。だからして、刑事に会う用件は全く熊谷議員にあることで、その内容が共通していたから刑事は笑顔になった。「〇〇刑事と会ったのか?」 私は熊谷議員に聞いている。「設計料の3.5%なんて俺は知らない」が熊谷議員の返事代わりの言葉であった。ようするに、刑事が熊谷議員に犯罪のポイントを確認したと言うことである。この問いをいきなり刑事がいう訳ではない。刑事は言葉を選び、最低限のことしか話さない。だからこその係長刑事であって、熊谷議員に相当の前振りを行った上で聞いたことだ。たとえ議員であっても、まして議員から訪ねてくるに、刑事に余談などありはしない。熊谷議員は、藤本設計の口利きと、鈴木設計事務所の談合話をしたのであって、それが相当なる内容であったから、設計料の3.5%を確認したのである。藤本設計の口利きは不正範囲であって犯罪とするには無理なこと、刑事の頭には私が届けた官製談合のことしかインプットされていないのだ。
だから二課が付いた
捜査二課が付いた。地検からおしかりを受ければ本部に報告が出来ない。刑事は考えた。「私たちの顔は知られている」これが刑事の言葉である。知られているから聞き込みは出来ないは確かに一理ある。堂々と乗り込めば、証拠は必ず隠されてしまうと分かっているのだ。(阿智村熊谷操の横領とはずいぶん食い違うが許してあげよう)
二課が動くには
阿智も飯田も大きすぎて飯田でやれないとしてきたが、熊谷議員が乗り込んだことでそれは大きく展開し始めた。それが二課の登場であって、また、官製談合に絞り込んだことでもある。熊谷議員は藤本設計の口利きを犯罪とした。それも当然のことだ。不正として扱うに、ほかの議員から疎まれれば、逃げ込むにはそこしかない。だが、建設業界に話が及び、そこに二課の登場となれば誰でも震えてしまう。福澤清議員も清水議長も、そんなことはつゆ知らず、「章設計がうるさい」程度で高をくくっていたのではないか。だからして軽く扱った。それが命取りになるとも知らずして。
佐藤健の犯罪か!?
佐藤健副市長は「地域計画課は解体する」との話を木下建設部長に託したのは確かなことであるが、熊谷議員はそれを知らなかった。木下建設部長は章設計に会うに、それが手土産であったことはいがめない。ようするに、私がそれを望んでいると見たのだろう。そんな話はしていないが、熊谷議員と二人して、地域計画課と綿半の癒着を何とかしようと考えてのことだ。だとすれば、佐藤健副市長は、綿半の癒着を知らなかったことにある。
たしかに綿半と地域計画課の癒着は積年のもので、それをポット出の副市長では気づかないのも無理はない。だが、結果的に解体していないところを見れば、そこに手を付けられなかったことは一目瞭然でもある。なぜなのか? と単純に考えれば、そこに手をつければ自分の身が危うくなると分かったからだ。
6千万円の設計料
ここが本題である。「飯田荘の設計料は6千万円でしたが、2千5百万円しか使っていませんよ。残りの3千5百万円はどこに行ったのですか?」このように公開質問状で議員の皆様に質問した。これに答えられる議員は誰も居ない。それは、そこに疑いを持っていなかったからだ。確定された飯田荘改築事業計画書で説明する熊谷議員でもそこに気づかず、「国交省の基準で計算すれば、設計料は10%以上あるので良いんじゃないの」程度である。確かに監理費を含めばそれになるが、飯田市地域計画課は監理業務を外部発注していない。だとすれば、この設計料は国土交通省告示による計算で算出し、6千万円を設計料としたと言うことに間違いはないが、地域計画課がその残金を他で運用することはあり得る話ではない。(仲間内の監査委員ではありえるか)
もう一つの観点で考えてみよう。それは、過去の設計料においても国土交通省の基準を採用していたのか? である。そもそも、国土交通省の告示第15条の施行は平成21年1月7日であって、最近整備された告示である。全国的に広がる設計料についての不正が蔓延るに、設計士に対して倫理を求めることから始められた制度であることを念頭に置けば、たとえ行政であったにしても早速に採用するはあり得なく、また、飯田市のように、設計料を3.5%(ここが官製談合)と決めていた自治体では採用することは出来ない。今もって続けられている3.5%の設計料がそれを事実としていることだ。
このように、飯田市地域計画課は国土交通省の告示を採用していると議員らに説明し、それに合わせた予算(設計料)を組むことは、当初からそれらの金を浮かすことが目的であると考えられる。では、地域計画課は、それら浮かした金をどのように使っていたのか? と考えてみよう。
金は天下の回り物
ここは警察でも分からない。それこそ、検察庁特捜がやらなければ全容の解明は出来ないだろう。だが、特捜が入る時は飯田市が終わることであって、市民には何の見返りもないのだ。さてそこでだが、地域計画課がそのような金を扱えるはずがない。地域計画課の職員は綿半との癒着であって、そこはリベートとか接待とか、間接的な金の流れでしかないことだ。設計料をごまかすルートはけしてつくれない。ならば、その様な金はどこに流れるのか? というより、どこに流せるのかと考えれば、市長副市長らの考えにあるのかもしれない。
他のルート
以前、飯田荘改築設計において、厨房機器が設計から外され地域計画課の取り扱いになっていると書き出しているが、それは、大阪の厨房メーカーだけを何十年も地域計画課が採用してきた事実において、そこも癒着であるとした。その事業費が内密に扱われることに、そこは市長副市長の知るところにない。そこだけが綿半と違うところだが、そこまで指定するに、まして、事業費から内緒で引き出しているのを考えれば、その金に回った可能性もある。
現飯田庁舎改築の統括責任者倉田課長、この男は鈴木設計と綿半の癒着請負人であって、そうとうな金が綿半から流れており、なぜ倉田が逮捕されないのかが一番不思議な話だが、大阪の厨房業者とも全くに同じであるとすれば、ここにも綿半の存在が有るとして間違いないだろう。それにしても3,500万円は大金であって、これが地域計画課だけでは処分できない。そのように勘繰れば必然的に、綿半と市長副市長の関係に迫れるだろう。
元社員の真実
最近、元綿半の社員であったと言う者から面白い話を聞かされた。それは、「代田教育長のコロナ感染で綿半の社員に移したのじゃないか?」と振ってみた時の反応である。「それが綿半の営業ですよ」何を言うのかと思えば、綿半の営業はアフターファイブにあるそうだ。接待が営業で、二次会まで設営できれば一人前だと言い、そして本質を口にした。「社員は野原一族を守るために働いている」何を意味するかは、会社が儲かればよいとし、社員がどのように金を使おうとも、それに見合った収益があれば文句は言われないと言うのだ。それを野原商法と言い、金は回すほど金になると言うことだ。
世襲制の企業
上場企業の五割は同族企業だと言う日本社会、言われてみれば気が付くことが多くある。社員が社長になれない企業に明日があるのか? トヨタをみれば文句を言える筋合いはない。同族、あるいは世襲制、その強みは何かと言えば、信用が第一ではないか。トヨタが行政に癒着するなどないのを見れば、業種における世襲制の企業に、その頻繁性が見受けられるのではないか。「寄付をしているから当たり前じゃないか」これは、伊賀良地区代表の新井議員が、綿半との癒着を肯定した発言である。その発言が、何もかも表している。
消えた3600万円
飯田荘が事業計画されるに、代田昭久が教育長に就任されたことに関係あると私は見ているのは、特別養護老人ホーム飯田荘の管轄は教育長にあるからだ。改修で進めてきた飯田荘が、突然に全面改築になるはあり得ない。この件についても私は最初に追及している。「築38年お飯田荘をなぜ取り壊すのですか?」これは建築士であれば当然の質問であって、たとえ民間の施設であったにしても、その様に聞くは当然のことだ。まして公共建築物で、税金のかからぬ建物であった、償却を必要としない施設であるに、取り壊すなど考えられないからである。この質問に、「補助金が付いたからだ」は見当違い。まして「駐車場にする」は、理由にもならぬこと。これを承認する議会が如何な事なのか。市民が知らぬにしても、国の金だとしても、取り壊す必要性は全くにない。では、駐車場になっているのかと言えば、それはとんでもない。駐車場は、新築敷地を買い増しし、広すぎるくらいを確保しているではないか。
仲間内の監査員
監査員でなくともこの様な支出は認められないが、ここを指摘しなくてなんとするのかである。違反建築で取り壊すとなれば、監査委員の責任が問われて当然ではないか。監査請求しても、三年前と同じく門前払いとするだろう。官製談合しかり、違法建築も何のことなく受け流し、それを追求する議員も居なければ、どのように飯田市は裁かれるのだろうか。
金にしたのは誰か
どの自治体の首長も、建設工事には前向きだ。直接的実入りが無くなったのはごく最近のことで、それはおぞましい時代が続いていた。最近は、建設工事の結果が選挙に結びつき、業界はこぞって現職を応援する。それが、総務省の役人が立候補すれば、どっちに転んでも良いとするのが業界の常。それが結果に表れていた。選挙に関係なく金が動いたとしたら、それは代田教育長のラインでしかない。このラインが有るからこそ、代田昭久は蝙蝠男を演じられたのである。
明らかとなった犯罪
代田昭久教育長は、都内杉並区、神奈川県鎌倉市、佐賀県武雄市で犯罪を働いている。特に、佐賀県武雄市における犯罪は悪質で、「タブレット全校配布」と言う事業を目的に乗り込んでいる。タブレット配布につき、特定メーカーや納入業者と結びつき、そこに大きな賄賂を求めていたのは明白である。この様な男が飯田市教育長に就任するに、政治家の紹介無くしてそれはなされない。平成28年4月に飯田市教育長に就任しているが、議会は全く持って問題とせず、あまつさえ「立派な人だ」「優秀な人材だ」の、誉め言葉を送っている。平成28年と言えば、佐藤健が副市長として牧野光朗市長を支えていた時期だ。全国市長会の副会長として多忙を極めている市長に代わって、佐藤健は全権をもって飯田市を動かしていた。代議士の紹介が無いのであれば、佐藤健が総務省お声係として推薦したと言うことだ。
飯田市の犯罪
代田昭久が教育長に就任して最初に行ったのが、「飯田荘改築事業」である。それまでが改修事業として進められていたことは、原章長寿支援課長が自ら発言しているが、それが簡単に改築に切り替えられたのは、代田昭久の入れ知恵であることはいがめない。代田昭久は公共事業の金の流れを把握しており、全くに過去の犯罪がそれらを証明しているが、市長の権限を利用しない限りそれは達成できないとなる。早速に目を付けたのが、飯田市地域計画課の設計業務不正発注であった。それまでは綿半と地域計画課と設計事務所協会の官製談合の構図にあるが、代田昭久はさすがに目の付け所が違った。それは、設計料自体をごまかすところに在ったのだ。
利用された法律や条令
飯田荘の改築計画が決定すれば、その事業費策定は当然に地域計画課であって、それはいつものように進められた。いつものようにとは、決まっている設計事務所に計画させて、そこに予算を盛り付ける。いつもと違うのは、設計料3・5%が10%になっていただけだ。
気になる一言
振り返れば、平井監督員が放った一言だ。「国土交通省告示第15号で設計料を組んでいます」この言葉は私が疑問とするに、それは当然だとして返答されたものである。
平井監督員はこう言った。「ずいぶん安くとってくれてありがたい」何ということだろう。私は設計料が2500万円もあるとは知らないことで、たまたまに、熊谷議員から知らされていただけである。そこは平井監督員のあずかり知らぬことで、私にわざわざ言うところに不信を感じたのだが、今振り返れば、それは平井監督員の後ろめたさであったのだ。
私はその言い方が気になったが、もはや視線はお粗末な計画図に向いていたからして、それほどに感じなかったが、いかにもの言い方にムカッとしたのは事実だ。だからして「設計料は、国土交通省告示第15号で算出しているんですよね」と切り返したことによる返事であったのだが、今となって気になるは、国土交通省で計算すれば、設計・監理料で10%となることだ。そう、平井監督員の言う国土交通省告示第15号での計算は、事業費策定の設計料であったのだ。
動かぬ証拠
代田昭久が来る前は、設計料は3.5%と決められていたのが、国土交通省告示第15号を出汁にして、10%に組み替えられた。しかし、設計事務所に発注される設計料は、3.5%のままであったのだ。
緊急告知!!!
少し前、南信州新聞にある記事が申し訳なそうに掲載されていた。「代田昭久教育長が任期満了で新しい教育長が任命された」と言う記事だ。ほとんどの市民は代田昭久の「コロナ感染やフィリピンホステスとの同棲醜聞」とみているだろうが、そんな単純な話でないことに、呉越同舟の代田昭久を佐藤健市長はなぜ切ったのかと、考えるべきである。
タブレットの贈収賄
このブログコーナーにおいても、また、公開質問状にても追及してきたが、代田昭久は元々に犯罪者である。牧野光郎が代田昭久を教育長にしたのはなぜなのか!?佐藤健市長と幼馴染であり、かぶちゃん農園詐欺事件とも深い関係にあるとさんざんに告発してきた。市会議員らはその事実を知りえるに、それでも触れることが出来ない恐ろしさはどこにあったのか!?そのような裏事情をこのコーナーで書き記してきたが、ようやくにおいて、その状況が進みつつある。代田昭久を首にすることは、佐藤健が市長として生き残る最後の手段であるとすれば、当面の手当てとして、全校タブレット化における贈収賄犯罪がそこにある。令和4年3月26日
代田昭久の首
熊谷議員でさえ、代田昭久を出来る人だと認めていたし、ほとんどの議員もその正体を知らずにいた。こういう私も市長選に出る前までは、まったくに気にかからない人物であった。この男を知りえたのは、やはりかぶちゃん農園詐欺犯罪の詳細を知るに至り、その登場の仕方に疑惑がわいたからである。代田昭久が飯田市の教育長になるに、佐藤健副市長の介在が無ければ、それはあり得ないことで、「佐藤健副市長と代田昭久教育長」、これが本来の飯田市行政であった。牧野光朗などもはや終わった存在で、佐藤健が市長に成れば、副市長は代田昭久で決まっていた。
首の事実
代田昭久の犯罪経歴と佐藤健市長との関係性は他のコーナーでも書き記してきたので今更ではありますが、昨年1月、代田昭久のコロナ感染において内面的な正体はうわさにおいて広がった。コロナ感染より、フィリピンパブのホステスと同棲していたことが話題の中心であった。しかし、このブログの効果も多少あったようで、タブレット納入業者との贈収賄が噂に登るに、今や、「タブレットで賄賂を受け取った」が、市民の間で首の理由とされているようだ。代田昭久がコロナに感染したとか、フィリピンパブのホステスと同棲していたとかで首を切ることは出来ない。それらのことは既に議会が容認してきたことで、まして追及するまたは追及で居る議員など誰も居ない。「それは質問外だ」と議員らも言い訳するであろうが、「公益有る者のコロナ感染の公表」は、議会が追求するに十分な理由が有る。
この様に、昨年一年間の市会議員らの言動を見るに、「任期満了で蓋をせよ」が、佐藤健市長との了解であったこととなる。市民の大半は同棲を理由としていれば、それは当然として受け入れられるものだ。令和4年3月31日
県警の捜査
覚えておいででしょうか? 飯伊設計事務所協会(飯伊設計監理協会)と飯田市地域計画課の官製談合の話、これ、県警はおろか公正取引委員会、国の捜査機関まで告発するに、県警も捜査二課を送り込んでいた。牧野光男市長の逮捕となるか、地域計画課の職員らの共謀とするのかは県警の捜査にかかっていたが、寸前において二課は静かになった。なぜか!? それは、県警のいつもの隠蔽操作なのである。阿智村についても全く同じだが、行政に捜査は出来ないなどの寝言において動かないのではなく、元々に、同じ行政機関に対して犯罪は存在しないと言う、お門違いの社会正義なのである。
正面玄関と裏口
確かに刑事は言った。「私が動くわけにはいかない」と、それは表の刑事であって、「こんにちわ」と、正面玄関から行かなくてはならず、それにすれば証拠は隠されて出て来ないと言うわけだ。だが、下っ端の刑事係長であっても心あるものは何らかの手を打つもので、それが捜査二課の飯田投入であった。これで捜査が進むとして、私は二課と会っている。25年前の二課とは雰囲気がずいぶん違って見えたのは私が年を取ったせいか、そんなことが気になったものである。しかし、二課は今度も消えていた。そこは25年前と全く変わらぬ二課の姿であった。期待したわけでもないが事態はそれだけで収まらなく、担当刑事は突然の移動に、「行政犯罪だけは絶対に許さないでください」につながっている。そして国に告発するに、国は官製談合より市長・議会・監査員の行政犯罪を指摘し、飯田市は国において潰されますと、驚く発言となった。この様な経過が有れば、かぶちゃん農園詐欺犯罪は格好であって、検察特捜が警視庁と協力するのは十分考えらる。令和4年4月2日
総務省の出向職員
それまでの警視庁は佐藤健を標的にし、かぶちゃん農園詐欺事件において逮捕は見えていたと推察する。かぶちゃん農園詐欺事件であれば、佐藤健個人の犯罪で充分おつりがくるが、行政犯罪だとそうはいかない。飯田市に捜査をする前に、総務省の出向役人を詐欺犯罪の共犯として逮捕するない。ここでも同じように、ほとぼりが冷めることを選択したようだ。ただし、佐藤健が総務省を辞めて市長に成るとは警視庁も特捜も考えなかったことで、選挙に負けたらが条件ではなかろうか。
選挙に勝って市長に成れば、これはおいそれと手出しは出来ない。要するに、警視庁や県警でも、かぶちゃん農園詐欺事件において、行政に手出しが出来ないと言うことになる。では、飯田市に残すところはどこにあるのかと言えば、やはり前段の官製談合か行政犯罪であるのだが、ここに思いもよらぬ犯罪が出てきたのである。
タブレットのリベート
大型取引であれば、民間であればリベートはつきものだ。だが、行政がそこに絡めば贈収賄となる。簡単な構図だが、行政であるからこそ見えてこない。しかし、そこに穴をあけた。それが私であって、その穴を二課にものぞいていただけるようにと、公開質問状を市長や議会に矢継ぎ早に提出したのが功を奏したのか、一部の報道機関が動いた。それは「代田昭久教育長は、都内に出向してコロナに感染した」との質問状の内容で、代田昭久教育長に取材したのだ。「誹謗中傷だ!」と、コメントしたようだが、そこはたいして問題ではない。何よりも重要なことは、「代田昭久教育長は、タブレット納入商社との酒席にてコロナを感染させた」を事実としたことだ。都内へ出かけようが飯田に居ようが、コロナの感染源者が同棲ホステスではなく、代田昭久本人であったのを代田昭久が認めたのである。令和4年4月4日
県警がやれるのか!?
警察側から見れば、代田昭久が誰と飲んでいたのかで十分であり、それがタブレット納入商社であれば、もはや捜査は終わったことだ。コロナは警察に関係はないが、コロナにおいて犯罪が立証されるとは皮肉でもある。市民の関心は代田教育長の評判であったが、一部の市民はやはり疑いの目を向けていたのも事実、特に、飯田市職員の内部情報が世間に出回ったこともあるだろう。「代田昭久は犯罪者」この様に言い続けたのは私しかいないが、代田昭久の過去を知るに至った職員が多く居たのは、コロナ感染の前である。なぜ代田昭久の過去が出回るかにおいて、そこに市長選挙における誹謗中傷合戦があったからだ。「裏切られた」この言葉は牧野光朗選対から出ているが、誰に裏切られたのかは代田昭久教育長しかいない。こうなれば、代田昭久の過去をほじくり出すのは牧野光朗側しかないことで、それが事実であるから広まったのである。しかし、振り返れば、引退を表明していた牧野光朗が再度立候補するとしたところに戻らなければいけない。牧野光朗が再選を決意するに、もはややり残したなどは通用しないからだ。
贈収賄は一角
既定路線が何であったのかも振り返れ、総務省からのお声がかりを八年も副市長にするに、牧野光朗から佐藤健へのバトンタッチも既定路線であった。それであれば選挙も行われず、佐藤健が市長の椅子に座ったわけだ。今更に、対立候補が現れていたなど寝ぼけたことを言う市民は居ないだろうが、なぜ私が市長選に立候補したのかを今一度考える必要があるのではないのか。勝てもしない選挙に出る馬鹿は、選挙に出ることを目的とする以外にないことだ。ここももう一度振り返ることだ。「かぶちゃん農園詐欺事件において、牧野光朗市長も佐藤健副市長も責任の所在を明らかとしていない」これが、私の公報であった。令和4年4月6日
終わっていないかぶちゃん農園詐欺犯罪
ケフィアの会長がいよいよ書類送検された。逮捕されてから一年以上の書類送検は、この犯罪の根の深さを物語っている。警視庁は早く幕引きをしたかったのだろうが、かぶちゃん農園飯田本社の家宅捜査で得た証拠の数々は、そうは簡単に方つくものでもない。この詐欺犯罪に深く関与していたのは、牧野光朗前市長ではなく佐藤健現市長である。今更ながら繰り返すのは、警視庁は佐藤健が市長であるから幕引きをしたということだ。「影響が少ない範囲」での逮捕は警察の常套手段。それが社会正義だとしてはばからないが、ここに逆らっても法律はついていかない。この様な経験を嫌と言うほど味わえば、手段を変えて臨めばよいことに行きつく。それを具体的に進めるには、やはり、刑事訴訟補に基づき、犯罪として追及することである。
共謀犯
かぶちゃん農園詐欺犯罪での共謀犯とすれば、鏑木社長と佐藤健市長といって間違いがない。しかし、佐藤健に捜査が行えないとされた限り、もう一人の共犯者をあぶりだすことだ。誰だ!? それは、代田昭久前教育長しかいない。牧野光朗が共犯者であれば落選した時点で逮捕が待っていることで、何もなく終わった今では、浮かび上がるのは代田昭久だ。だが、代田昭久をやれば当然に佐藤健に結びつく、それが出来ないから警視庁はあきらめたのだ。
県警は警視庁の捜査に口をはさめないと言った。しかし、実際に手足として捜査したのは県警である。その様な状況はしっかりとつかんでいることで、そこに来て、代田昭久前教育長にリベートの収受が有ると疑いが出れば、県警は果たしてどうするのかだ。令和4年4月8日
なぜ辞めた教育長
教育長の任期は3年とされているが、代田昭久は平成28年4月1日から就任して、確かに二期6年で辞めたことになる。これを額面通り受け止める市民は多い。それはコロナ感染、フィリピンホステスとの同棲と言うスキャンダルが取り巻いていたことで、そこを物知り顔で言ったにしても、佐藤市長は任期満了を待っていたで十分なのだ。しかし、議員らは少し様子が違う。どちらかと言えば、はれ物に触らぬとしてだんまりを決め込んでいるし、市民の反応が少ないことを願っているだろう。とくに、古参議員がなおさらなのは、タブレットに事業の裏事情を知りつつ、代田昭久教育長の専権事項を容認してきた経過があるからだ。
警察との関係性
報道機関は代田昭久教育長を追いかけていたのは事実、あるテレビ局が取材に来た時にも、たしかにこのブログを読み漁り、代田昭久教育長コロナ感染の裏にある、タブレットリベートに焦点を向けていた。佐藤市長が代田教育長をかばう姿勢に不信感もあったし、二人の個人的つながりも熟知していた。そのような確信がある中で、今回の任期満了をただ眺めているとは思えないが、たしかに今更どうするもないことだ。
県警にも報道機関にも十分な情報が行きかう中で、報道機関は遠慮がちに記事とするが、代田昭久教育長の案件については驚く程に静かであった。それは確かに終止符が打たれたと理解しても良いだろう。ここまでとしたのは報道機関でなく、県警に判断にあったかもしれないが、だからと言って終わったわけではない。行政に捜査できないを言い訳としても、行政から離れればただの犯罪であることだ。令和4年4月10日
佐藤市長の責任
代田昭久が事業起案したタブレット全校配布は、もろ手をもって受け入れたのは牧野市長であるが、その時すでに佐藤健が副市長になって数年後でもある。ここで振り返れば、代田昭久は、タブレット全校配布をやるために教育長になったと言えないだろうか? なんのために代田昭久なのか? 誰が代田昭久を呼び寄せたのか? この様な事に疑問を持てば、代田昭久は必要があって登場したと言える。
タブレットの配布
平成28年10月、政府は文部科学省に「教育の情報化加速化プラン」を策定させ、タブレット教育を進めている。当然に施行される前の準備期間とすれば、3年も5年も前から進めていたことになる。その様なことは、代田昭久の経歴からして「2013年6月に武雄市を訪問、全小中学生にタブレット端末を配布するため教育監に就任した」とのことでも分かるが、この時点ですでにリベートを受け取ったとして教育監を首になっている。この様な過去が有る者を飯田市教育長に抜擢するに、牧野市長が身辺調査も無しに人選することはあり得ない。このあたりの事情を古参議員らは知っているが、それに異を唱える議員が居ないのは、相当な裏事情であることだ。牧野市長の人選でなければ、代田昭久の登場には政治家の推薦が考えられるが、それを行えるのは宮下一郎代議士しかいない。代議士の偽造紹介状を作成した過去を持つ代田昭久であるが、今回ばかしは偽造の必要は無いとしても、それでも誰かが宮下一郎に紹介したことになる。代田昭久の近くにいて、宮下一郎とこのような話が出来るのは佐藤健副市長しかいない。令和4年4月12日
太い線
もう一つの登場場面として、佐藤健副市長の推薦人事が出てくるが、そこには幼友達や飯田高校の同窓生だけでは太い線とは言えないからして、二人のつながりに相当な事情があるとなる。どちらが近寄ったのか? と考えれば、代田昭久であろう。しかし、タブレット配布事業が目的だと見るは早計で、また、教育長になりたいがためとしても、武雄市の教育監を首になった翌年に教育長になるはあまりにも手回しが良いことだ。
時系列が語るもの
昔話に戻るが、かぶちゃん農園詐欺犯罪事件の発端をもう一度整理して考えてみる。この事件での注目点は、「市田柿が全国区になったのはなぜか?」であって、ここにこの事件を紐解くカギが有る。鏑木会長はともかくも、自殺したとされる鏑木社長は、どのようにして市田柿を知ったのか? また、市田柿専用の会社を立ち上げているには相当なシミュレーションが必要であり、その計画書を飯田市は審査して受け入れたのだが、ここまでの過程に誰かが存在しなければ、成しえることはない。「誰が市田柿を鏑木社長に紹介したのか!?」これが判ればすべてが明らかになる。鏑木社長はなぜ死んだのか? とやじうますれば、「誰に紹介されたのかを言えなかった」とみても不思議は無かろう。殺されたのであれば筋が通るが、自殺であればなおさらに、自殺しなければならない理由が気になるものだ。死んでも変わらぬ詐欺犯罪であるに、それでも死んでいく姿は、死にたいからではないだろう。
トカゲの胴体
柿木のオーナー制度がかぶちゃん農園の本質事業であるが、それがいつの間にか市田柿の販売に重点が移っていく、その原因が資金繰りであった。そうして振り返れば、市田柿の柿の木を転売していたことになる。「長野県飯田市の市田柿」その柿木のオーナーになりませんか? として始まっているからして、柿の木の所有者、いわゆる地主の存在がそこにある。鏑木社長が突然飯田に来て、「柿の木のオーナー制度を始めませんか?」と、逐一声をかけるとは無いことで、ここに関係する者が誰か居たはずだ。令和4年4月15日
トカゲの頭
地主らに、市田柿のオーナー制度など思いつくはずがなく、せいぜい考えたにしてもリンゴの木のオーナーと同レベルではないか。ケフィア様、お宅でオーナー制度を扱ってくれませんかと声をかけることもない。そう、誰かがこの話を持ち込まなくては、市田柿は全国区になっていないのだ。
ライン
宮下一郎は飯田地区代表の国会議員であるに、鏑木社長でも代田昭久でも、そして佐藤健でも、それは当たり前のラインである。しかし、宮下一郎を除いたこの三人に何かしらのラインがあるとすれば、それは怪しげなラインしかない。この三人に共通するものがあるのであれば、それがかぶちゃん農園詐欺犯罪やタブレットリベート犯罪の証拠となるのだ。しかし、警視庁はかぶちゃん農園詐欺犯罪で鏑木会長を逮捕起訴したのだが、そこまでの時系列にかなりの無理があり、そこに登場するは佐藤健しかいない。代田昭久は、どういうわけか浮かんでこなかった。なぜか? 代田昭久と鏑木社長につながりが本当に無かったのかと言えば、そこは警視庁しかわからぬことだが、代田昭久がリベート犯罪で逮捕されたなら、このつながりが何であるかは、やがて見えてこよう。
逮捕されない場合
タブレットのリベート犯罪はずいぶん前から噂になっており、何もこのブログで発信しただけではない。私より先に情報が入ったのは、飯田市職員からであった。これを県警が知らぬとすれば、相当なまぬけでしかないか、代田昭久がかぶちゃん農園詐欺犯罪にも関与していたとなるだろう。県警が代田昭久の逮捕に踏み込めないは、警視庁の捜査に関係するしか理由は無く、それがコロナ感染で見え見えになったにしても、見て見ぬふりをしていたことになる。令和4年4月17日
正義とは何か
20年も前、刑事は言った。「警察の正義は、如何に最小限の逮捕者で済ますことにある」県警ならその様な戯言で能力不足を補えるかもしれないが、警視庁であれば正義など関係なく、政治的結論において収拾を図るものだ。あれほどの大事件であるかぶちゃん農園詐欺犯罪は、確かに総務省が関係するは弁護士団総評の一端に有ったが、そこは国の補償へと舵を切ったことで、如何に被害者の矛先を国(総務省)に向けないところにあったはずだ。ここが事実でなければ佐藤健は総務省に呼び戻されてはおらず、すんなり市長移行が出来たはずである。牧野光朗にとっても同じこと、佐藤健が呼び戻された途端に引退が再選へと変わっている。牧野光朗に疚しさがなければ、当然誰が市長になろうと関与するところに無い。
市長副市長
かぶちゃん農園詐欺犯罪が表沙汰になっても、牧野光朗市長は「残念だ」の一言で片つけているのに、佐藤健が総務省に呼び戻されても困ることはない。なぜ態度を豹変したのだろうと考えれば、何かしらの情報が牧野光朗に入ったことになる。そしてこの情報を入れるべき者、いや、入れなければならなかった者は誰であるのか? とすれば、代田昭久しかその身辺にはいない。だからして職員が騒ぎ、牧野光朗を応援しなかった。そして職員は、代田昭久の情報が何であるのかが分かり、タブレットのリベートに嫌疑を向けたのではないのか。令和4年4月20日
情報
牧野光朗が困ること、すなわち、引退が再選へと豹変するほどの困惑とは何なのか? それは、かぶちゃん農園詐欺犯罪しかそこに無い。牧野光朗は、佐藤健が総務省に呼び戻される事情に気づかなかったとすれば、それは突然な辞令であったことによる。たしかに、佐藤健は議会での退任あいさつに、「戻ってきます」と強く宣言していることでも分かるように、佐藤健自身も気づいていなかったのだろう。それが呼び戻されて事情を知るに、その時点で代田昭久も事情に気づいたとなる。佐藤健から聞いたとするのが辻褄はあうが、もともとに不安があっての事ならば佐藤健と接触することはない。その様に考えれば、たしかに、牧野光朗に注進することになる。兎にも角にも牧野光朗は豹変して立候補を決めた。それも電光石火のごとく、いまなぜ再選を決めたのだと、世間がいぶかしるほどであるに。
身の危険
市長の席を佐藤健に譲らなくとも牧野光朗が困ることではないし、少なくとも佐藤健は戻ってくると宣言したからして、牧野光朗の出番はすでにないのだが、牧野光朗はなりふり構わず再選を決めている。それも、何が何でもとの慌てぶりは、やはり身の危険を感じ取ったのではないのか。その危険が、かぶちゃん農園に絡む牧野光朗の立場からくるものであれば、牧野光朗は相当なる証拠を握っていたとなる。「再選してください」と、代田昭久教育長が進言したのを事実とすれば、その相当なる証拠は代田昭久教育長も共有していることで、同時に身の危険は代田昭久教育長にもあったことになる。令和4年4月22日
咬ませ犬
私が市長選に出た理由は、大変失礼であるが市長になりたくてではなかった。世間もその通り捉えているが、「かぶちゃん農園詐欺事件において、牧野光朗市長も佐藤健副市長も責任の所在を明らかにしていない」との広報が目的であった。とにかく報道は犯罪を書かないからして、如何に世間の目を向けたらよいのかと記者会見には相当苦労したが、騒ぐことは十分に果たせたと感じている。元々は、設計事務所協会と飯田市建築課の長く続いている官製談合の是正が目的であったし、そこを犯罪だと証明するにはどうすればよいのかを考えての行動であった。
基を断つ
どこでも起こる官製談合としてとらえても、飯田下伊那には独特な関係性がある。その最も大きな要因は、14もの公共団体があることだ。小粒な団体は独自な考えに落ちるのも当然で、権力イコール金であるに違いは無い。口利きはそのまま袖の下になるは土着利権がその根底にあるのだが、何が正しいのかは人の目に届かない。そのように振り返れば、飯田市にも阿智村にも共通した犯罪構図があることで、その構図の中心にいるのが鈴木設計であった。鈴木設計の数十年の裏実績は現生にあり、飯田市建築課長が贈収賄で逮捕された過去がある。その腐った関係は、姿を変えて建築課にはびこっていた。それを是正するは容易ではなく、幾度となく試みたが出来なくあった。正攻法ではもはや無理であると、だからして官製談合の証拠をつかむとしたのが飯田荘の設計であった。
官製談合が生んだもの
官製談合の絶対的な証拠は「決まっている設計料」であった。それらの状況証拠のすべては揃っており、あとは決まっている設計料の根拠だけであった。「事業額の3.5%」これが決め手だとのことは公正取引委員会の見解であったが、これには証拠が出て来ない。なぜならば裏の取り決めであったからだ。設計事務所協会に属していない章設計が「設計料は3.5%だ」と証言しても通用しない。これをどのように証明すればよいのかと思案しているところに、飯田荘の入札指名通知があったのだ。正直、章設計が指名されるなど考えていなく戸惑いはあったが、何としても落札すれば、そこに証拠が現れるとした。そう、設計料3.5%の証明である。令和4年4月24日
証明できない設計料
困ったのが入札金額である。なぜかと言えば、事業費が示されてなく、また、地域計画課に聞くわけにもいかなかったからだ。その上、章設計が指名に入れない大型事業であることで、設計料の想定が出来なくあった。事業費を示さないことが官製談合の裏付けなのだが、これだけでは警察も相手をしない。ここは何としても落札することで、それを果たすには入札金額を低くすることしかない。しかし、やみくもな金額で入札できないことに、低入札の調査が有った。これにかかるを想定すれば、根拠ある見積書を作成するとなる。その根拠を何にするのかは、「1級建築士一人は1千万円以下の発注」という、県の基準を取り入れたのだ。これであれば文句は言えまいと、果敢に入札に及んだが、何の調査も無く、あっさりと落札できた。もはやここまでで、3.5%の設計料は証明できなくなった。
藪から大蛇が出た
国土交通省告示15条により設計料の基準を決めていると、地域計画課は盛んに理由付けをしたが、事業費を示さずして国土交通省も無いことで、如何に出鱈目が行われていたのかが露呈したが、ここを追求できる議員は誰も居ない。唯一、熊谷泰人議員が居たが、早々に市側に寝返っている。これも世間では当たり前のようにとらえるが、むなしい話しである。私の行動は余分なことだと議員らは見ており、飯田荘の設計を解除されたのもそれを原因だと決めつけ、やはり佐藤副市長側について、一度も市民側になって取り組むことをしなかった。しかし、散々に市や議会とやり取りするに、そこで現れたのは大蛇であった。これほどの大蛇は県警でも手に負えず、国への告発となったのだが、県警もまた、官製談合捜査の手を止めた。なぜか? 熊谷泰人議員が3.5%の設計料を否定したからなのか? と疑っていたが、熊谷泰人議員は「3.5%が設計料であるとは確認していない」と刑事に話しただけだと言った。ではなぜ捜査が中断されたのか? その時点ではまだ、国は動いていない。令和4年4月26日
刑事の話し
国への告発の前に、知久刑事は「行政犯罪は絶対に許さないでください」「飯田市は捜査二課に、阿智村は後任の藤沢刑事に引き継いでもらいます」と言われていた。告発後、早速に後任の刑事にコンタクトを取ったが、その時点ですでにかぶちゃん農園詐欺事件において、警視庁は捜査の真っただ中にあった。ここで刑事は私の国への告発を詳しく聞いて、検察庁に任せるも良いがこちらにも告発に用いた証拠の数々をいただきたいと言っている。それを用意して二度目に及べば、すっかりトーンが落ちていた。その様子に何を感じたのかと言えば、やる気の無さでなくもどかしさであった。「都内の弁護士に飯田荘の訴訟を依頼したが、ケフィアの詐欺犯罪で都内はかなり騒いでいる。警視庁が飯田に乗り込んでいると聞くが、合同で捜査を行っているんですか?」と、普通聞けない話を振ってみた。「警視庁は雲の上の存在で、こちらは何も言えない」と、これもテレビドラマでも聞けないセリフであった。
官製談合が行政犯罪へ
この時の藤沢刑事の話を聞くに、行政犯罪だから動けないとは言っていない。警視庁が飯田に入って捜査するに、県警は何も言えないし何も出来ないと言っていることだ。ならば、官製談合の捜査も出来ないとの理由にもなるし、官製談合もかぶちゃん農園詐欺犯罪に関係する話となってくる。官製談合が何故影響するのか? と疑えば、そこに存在するは牧野光朗市長と佐藤健副市長の存在しかない。県警が官製談合で牧野市長を挙げれば、かぶちゃん農園詐欺犯罪での関与は間違いなく自白される。それを県警がやれなくなったのだと、それは警視庁の捜査が始まったからだと言っているのだ。令和4年4月28日
論決
佐藤健市長は逮捕されない!というより、逮捕が出来なくなったと言うことだ。市長になれば手出しは出来ないと単純に考えればよい。しかし、それはかぶちゃん農園詐欺犯罪についてであるのだが、白になったのとは違う。そのような状態で県警が官製談合の捜査な度できることではない。だからこそ、警視庁は雲の上と刑事は言ったのだ。
官製談合防止
設計事務所協会との官製談合撲滅が私の考えであったのだが、それが建設業界との官製談合が行政犯罪へと進むに、そこにかぶちゃん農園詐欺犯罪が絡む、県警だの警視庁など、そのようなところまで巻き込まれれば、何をどうしてもどうなるものでもないが、設計事務所協会や建設業界との官製談合防止は、思わぬ展開にて解消が出来るとなった。それが飯田荘にかかる損害賠償請求事件である。
木下悦男建設部長は盛んに「地域企画課は解体する」「一般入札制度に改める」このように佐藤健副市長が言っているとして、章設計の飯田荘設計提案を受け入れた。だが、私はそこになく、「条件を付けるは取引になる」として、それを制した。その上、「寺澤保義健康福祉部長や原章長寿支援課長がこれ以上介入するのであれば、官製談合を告発する」とした。
市長判断
ここまでのことに牧野市長の関与は無く、すべてが佐藤健副市長の判断であるは分かっていたし、その先にある契約解除もあるものとして設計を進めていた。熊谷泰人議員が言う、「市政は佐藤健副市長にある」を事実として準備していたのだ。契約解除の通知らしき封書が届くに、それを受け取らないとすれば、郵便局は一週間預かりとしている。このことが結果的に優位に働くのだが、契約期間を過ぎてからの契約解除通知が、それも13日遅れとなるに合わせ、成果物を届けてから一週間後であれば、契約解除通知など何の役にも立たない。裁判において争うに、契約解除通知は無効となるのである。結果的の結果とは、飯田市はこの裁判の負けを見据えて、飯田市行政にある不正、指名競争入札は改めざるを得なかったのだ。令和4年4月30日
一般競争入札
官製談合の是正を唱えて30年も過ぎてしまったが、この裁判においてようやく動き出した指名制度の改革である。聞けば、県の入札制度を取り入れると言うが、県が入札制度の改革を行ったのは田中康夫知事誕生の三年後であるが、それも松本建設事務所内で起きた贈収賄が切っ掛けであるが、この犯罪の裏も官製談合である。官製談合で挙げれば当然に松本建設事務所長の責任問題となるし、逮捕も大がかりとなることだ。ここでも県警が言う「最小限の犯罪で挙げるのが警察の正義だ!」が、適用されている。
田中康夫の功績
行政が責任を取るはないとするのが社会安定だと言うのだが、そこを判断するのが警察であってはならない。とくに、県警が田中康夫知事を嫌ったのは、実はこの松本建設事務所にはびこる官製談合を是正したからである。県警が官製談合から目を背け贈収賄で収めたのに対して、田中康夫知事は官製談合の温床となった入札制度の改革へと舵を切る。このことはある面、県警への挑戦状にも見えた。指名競争入札であれば口利きはやまないとしたのに対し、県警の考えは、「口利きは議員の仕事のうち」である。
正しき権力
私が市長選挙で訴えたのは、田中康夫と全く同じ「入札制度の改革」である。いかに社会秩序に必要な行政への要求、「平等性の担保」を前面にした。しかし、そこに反発するのは入札にかかわる業者だけではなく、欲得が判断基準の惰眠市民であった。
飯田市を訴えて、市長選挙に立候補して、そして裁判が進むにつれて動き出したのが入札制度の改革である。世間は私の行動を批判し、時には笑いものにして遠ざけたが、そこに恐れを抱かなければ、不正は必ず是正されるのだ。令和4年5月2日
次元の違い
三次元四次元の話でなく、また、低い高いの世界でもない。単に、考え方の違いであることだが、欲得で判断しなければ誰にでも存在する次元である。行政に不正は有ってはならぬ。不正と判断したならば、間違いとして修正すればよい。だが、市会議員にはその気がなかった。与党も野党もない議会において、市長と仲良くは、裏事情によるものと自身が疚しいに他ならない。このような考えの次元が議員らにあれば、間違いでの修正などできることではない。隠ぺい、そして市長側に寄り添い無視を決めつける。これがどこにでもあることなのか? こういう族を次元が低いと言うのであって、それ以外に表現しようがない。
公開の禁止
裁判は公開禁止とされた。このことも原告弁護士は良くあることだと意に返していないが、法律を調べるに、「公の秩序、又は善良の風俗を害する虞がある」場合には、例外的に審理を非公開とするとある。公の秩序や善良の風俗とはどういうことかの説明より、この裁判で公開停止が宣言されたことを問題視することだ。
裁判は公開が前提とされるに、その裁判が公開禁止となった。それは、この裁判の提訴理由によるものではなく、飯田市が反訴を行ったことによるのだ。このことを弁護士も理解できなくあって、被告弁護士の下平秀弘も全くそこのところにない。
私はしつこく「反訴してはダメですよ」と言い続けた。契約違反での違約金請求が時効になるなど理由にならない。下平弁護士の指示に従ってはダメだ。議会は市民側にあるもので、その議会が市民を訴えることを認めれば、社会秩序が乱れてしまう。令和4年5月4日
本当にバカ者
牧野光郎も佐藤健も犯罪者であって、議員の誰もが常識論も通じない馬鹿者ばかしである。なにも法律で物事を判断せよなどと言うのではなく、常識論でもってことに当たれと言っているのだ。
議会は何のためにあるのか!?
行政の査問、これが議会の役目であることは、議会は行政の査問せずに事に当たることは出来ないのだ。章設計を訴えるに、議会は行政への査問を行ったのか? 何も行っていない。章設計は何度もコンタクトを取り、時には質問状をしたため、時には監査請求も行った。だが、議会は何一つ応えてなく、「不正は犯罪なんだから訴えればよいではないかと」議長がのたまう始末であった。なぜ章設計を訴えるのだ? その理由が時効だとすれば、それは民法請求権における法律の一部であって、議会が判断できることではなく法律的解釈である。なのに、社会文教委員会でもって反訴を承認する。このとんでもない行為が「公の秩序、又は善良の風俗を害する虞がある」に当てはまり、裁判の公開が停止されたのである。
倫理的規範
バカ者どもに難しい言葉は通用しないからして、幼稚園児レベルで話すとするが、世の中、良いことと悪いことの区別がつかない者を馬鹿と言う。行政にしてなんでも出来ると考える者は馬鹿であり、馬鹿を行えばそれなりの罰が課せられることだ。このようなことが分からぬ者が市長や副市長であったからこの犯罪が起きた。議会はこの馬鹿どもと疎通し、この馬鹿な行為を隠した上で、なおかつ、一緒になって馬鹿を行った。これが倫理的規範に抵触したと判断したのが裁判官であるのだ。倫理的規範に抵触したとの判断は、即ち、公の秩序、又は善良の風俗を害する虞ならば、飯田市に対して法律で裁くことが出来ない瑕疵が発生したとなるのだ。これが、行政犯罪となるのだ。令和4年5月6日
まだ気づかぬ馬鹿
「原告弁護士が裁判を引き延ばしている」この言葉は、下平秀弘弁護士からだと聞くが、このレベルではこれらの話が理解できないのも無理はない。公開停止にびっくりしたが、公開停止になる前から反訴をしてはダメだと言ってきた。当時は感覚的に口にしたが、常識的に言っても、市民の立場にあるべき議会が市民を訴えようとする市長に対して理由も聞かずはあり得ないと考えたからで、まさに倫理的規範に反している。なぜこのような状況に議会が陥ったのかと言えば、始まりからして議長の取り扱いに問題があったからだ。
章設計には有利
訴えた相手に対して気を使ったのではなく、飯田市議会の異常性を危惧してのことだ。より良い飯田荘の建設をとして提出した陳情書を木下克志議長が黙殺した。設計料が支払われないとして陳情書を湯沢議長に提出すれば、訴えなければ議会は動けないと言う。たまらず調停にかければ、今度は契約違反だとのたまう始末。事の経過を公開質問状にしたため提出しても返答もない。このような議会に危機感を禁じ得ないとなれば、国が言う「飯田市も潰しますよ」との一言もうなずける。
市長を訴えるに、議会が市長側に立つはありえない。章設計が負ければまだしも、勝利した時に、どのような言い訳が通用するのか? そのことがまるで分っていない。章設計が勝てば設計料の支払いが飯田市に課せられる。今の状況で、市長にたいして「市民に瑕疵を与えた」として、責任追及できる議員は一人もいないだろう。
公開停止は章設計に有利に働くは、行政にあるまじき行為が有ったと裁判長が判断したことにある。考えてもみろ、原告が訴えるに、その内容に「公の秩序、又は善良の風俗を害する虞がある」のであれば、即時却下となることを。令和4年5月8日
あり得ない行為
公開停止を裁判官が宣言したのは下平弁護士が反訴するとしたからである。それは、反訴の原資が「違約金の請求」であったからだが、違約金の請求をすると言うことは、契約解除が元となる。ようするに、契約解除が公開停止の理由であるのだ。考えてもみろ、「公の秩序、又は善良の風俗を害する虞がある」とはどういうことか。契約解除が一方的に行われた場合に、公の秩序が保たれるのか? 善良の風俗とは、社会は一般的な常識で成り立っているを指すものであって、一方的な契約解除を常識だと言えるのか? これが民間同士であれば騒ぐほどのことはない。一方的な契約解除など通用しないことで、争うことでもない。
社会の中心
行政が一方的な契約解除を行った!?これを議会は認めてしまった。この事がどういうことなのかよく考えていただきたい。民間なら、どのような理屈も屁理屈もつき、訴えられたら賠償金を支払えば良いと開き直れるが、行政に理屈は通用しない。すべてのことが行政法に詳細に記されているに、行政法に当てはまらない契約事項を勝手に解釈して実行した。契約書の書式は長野県共通であって、どの自治体でも用いるもので、飯田市もその様式に従えと指示している。その契約書の事項に反する行為を飯田市は行った。社会の中心である自治体が、自ら民法に違反してしまったのだ。
契約解除は出来ること
原告弁護士は言う。契約解除はどちらかでもできますよ。違約金もどちらからでも請求できますよ。ただし、契約書に沿っての契約解除でなければ通用しません。たったそれだけのことであるが、たったそれだけのことが出来なかったのが飯田市だ。何がそうさせたのであるのか? 何が佐藤健副市長の考えに有ったのか? 飯田高校でなければ、東大出の総務省の役人だの佐藤健が、それほどまでして章設計を敵対視するに、相当なる理由がなければそうはならないことだ。令和4年5月10日
頭が良いのとは違う
学歴が物を言う? そこにしがみ付きたいのだろうか? 市長になる? 権力を手に入れたいのか? それとも、不正が表に出るのが怖かったのか? そう、権力を手に入れるのは佐藤健本人はもとより、総務省の考えがそこに有った。リニアの駅が出来ること、それを国策と見れば、総務省にすべての計画があることだ。飯田市を天領にせずして計画は成り立たない。そこには大きなリーダーシップが必要だとなれば、佐藤健に白羽の矢が立っても不思議はない。それでなければ飯田市出身だけで副市長に送り込むなど出来ないことだ。だが、この大きな目論見に陰りが出始めたのが、かぶちゃん農園詐欺事件であったのだ。ケフィア自体に総務省とのつながりがあるに、その主力であるかぶちゃん農園が詐欺犯罪の舞台となれば計画がとん挫する危険性もある。そんな状況にあるに、30年以上も続いた官製談合が表沙汰になれば、もはや致命的だ。(この話を想像だと見るは社会の裏を知らないおりこうさんである)
木下悦夫がなぜ章設計に来たのか?
飯田荘の設計入札は平成28年9月13日に行われた。契約は9月18日で、地域計画課と飯田荘の最初の打ち合わせがもたれたのが10月6日である。その翌日に、平井監督員から電話が来て、「実施設計しないのであれば契約を解除する」と言われている。平井隆志、この男は地域計画課の中でも最も下っ端であって、設計技術者でも何でもない。
平成28年10月9日、今度は木村理子係長から電話が入り、「実施設計を行わないなら契約を解除する」とまた言った。木村理子、この女は始末が悪い。養子の旦那は同じ市職員だというが、平井隆志の上司だとして、また建築確認業務を扱うとして、高慢であって愛想もない。この様に、三日も明けずして、「契約解除だ!」と口にしているのである。今思い起こせば、この時点で飯田市は、章設計を契約解除したことになる。令和4年5月12日
持ちこたえた章設計
藤本設計が下について鈴木設計が落札されるとして及んだ特別養護老人ホーム飯田荘の設計入札、それを章設計が落札した。章設計への契約解除は、この時点から始まっていたのである。それほどに、官製談合が根付いていたのだ。
業務妨害
寺澤保義健康福祉部長が「飯田市は大きな自治体だ!」と豪語して、飯田市が決めたことに文句を言うなと凄んだが、このようなことを牧野市長も佐藤副市長も知るところにない。官製談合が根付いていたのは、確かに鈴木設計と建築課(地域計画課)の癒着がもとにあるが、地域計画課が鈴木設計に入れ込むは、綿半からの金の流れがある。元々に綿半と地域計画課との癒着が設計事務所協会への官製談合につながるに、地域計画課の職員が力を持つのに時間はかからない。「いうことを聞け!」は、地域計画課が計画した通りの設計をせよと言うことだ。地域計画課の計画は、すべてが綿半の資材につながることで、そこで生まれるリベートが回りまわってくるものだ。それら不正の是正に正面切って取り組んできた章設計が飯田荘を落札すれば、それは地域計画課にとって許される状況ではなかった。何としてもは、地域計画課はもとより、綿半も鈴木設計も最大の案件となっていたのだ。
そのような状況で章設計がより良い飯田荘の提案をすれば、それは章設計外しの最高のタイミングとなったのだろう。一にも二にも、「飯田市の計画に従え」として、従わなければ契約を解除すればよいと、このような筋書きが始まったのは、飯田荘との打ち合わせ、10月6日の翌日であった。
飯田荘との打ち合わせで決まったことは、「居室を東側に向ける」「鉄骨造を止めて木造にする」「敷地を平らにする」の三点だけである。これを地域計画課の平井隆と木村理子は、「飯田市の計画に沿っていない」として、契約解除を口にした。そしてその日から、章設計への業務妨害が始まったのである。令和4年5月15日
原章の酷さ
業務妨害は続いた。どのように続いたのかと言えば、章設計の提案を受け付けないから始まり、測量データー等の建設地資料の提供を止め、挙句の果てがボーリング調査への直接妨害(中止せよ!撤去せよ!)であった。これらの陣頭指揮を執ったのが、原章長寿支援課長である。何でもできるとの判断は共産党に支配された阿智村と同じであるが、職員同士、何か通じるものが有るのだろう。現副市長の高田修は、部長時代にこの局面に対応し、「章設計のいう通りに設計させればよいのに」と発言していることからして、絶対に譲れないとした疚しさが原章長寿支援課長に有った。それは、藤本設計との官製談合の窓口となっていたからだが、それでも最後には、「章設計のいう通りにしてください」「設計工期も章設計の都合でよい」「設計料も追加します」と木下悦夫建設部長に言わしめたのには、やはり、これらの不正が佐藤健副市長にまで及ぶ状況になったからである。
道化師になった木下悦夫
「章設計の言うとおり設計してください」「設計工期は章設計の都合でよい」「設計料も増額します」こんなうまい話を聞けば、誰だって黙って頷くはずだ。そういう私はこの話を聞いて気持ちが悪くなった。自分でも不思議だが、この話を聞いて怒りが込み上げてきたのだ。そして放った言葉が「帰れ!」である。この時の怒りは相当なもので、その怒りの源が何であるのかも分かっていた。散々に、熊谷泰人議員は木下悦夫建設部長を買っていた。土木に有る不正を正した人だと自慢げに話す様子は、いつの間にか私も木下悦夫建設部長を信用し始めていた。そして飯田荘にまつわる官製談合にも熊谷泰人議員とともに取り組むに、そんな男がこんな発言をしたことが、私には許せなくあった。だめだ、お前たちがそんなことでは不正はなくならない。そんな気持ちが怒鳴り声となったのだ。「私と交渉をしてはだめだ」「こんな話は必ず表に出る」「お前は熊谷議員をかばえるか!」立て続けに放つ怒号は、正直自分に対してのものであった。令和4年5月17日
裁判は既に終盤
章設計の訴えは設計料を支払えである。それは、契約書に沿って履行した成果物の請求に有るが、飯田市はこの請求に対して絶対に反論できないことは、成果物を受け取っているからだ。もともとに、散々妨害をしたのも設計させないを目してのことで、成果物などあろうはずがないと高をくくっていた。だからしての平井隆志監督員の「設計工期が終了しますので成果物について打ち合わせをお願いします」のメールであり、返信しても電話をしても、設計工期が終わる日まで無視を続けたのだ。そして契約解除通知は発送された。これで章設計はずしが成功したと喜んだのは、誰あろう牧野光朗市長であったのだ。牧野光朗は間を置かず、飯田信用金庫上飯田支店に「違約金を支払え」とのFAXを入れている。既成事実として、違約金が支払えられれば契約解除は成立するのであるが、このあたりが飯田市(市長副市長はもとより幹部職員)の考えの浅いところである。契約解除すれば違約金が支払えられると、飯田信用金庫であれば可能だと思い込んでいるとこだ。行政にありがちな考えであるが、社会には民法が有るとのことを知らないようだ。飯田信用金庫が飯田市の指定金融機関だから何でも言うことを聞くとの思い込み、そして契約解除が一方的に出来るとの考えの浅はかさは、何をとっても驕りからくるものだ。
牧野市長がなぜ動いたのか?
牧野市長はこの一件に関与してなかったが、章設計の契約解除にゴーサインを出し、あまつさえ違約金を支払えと、当時の信金森山理事長に直接電話を二度も三度も入れている。尋常でない行動を振り返れば、「地域計画課と飯伊設計監理協会の官製談合」しかそこに無い。ようは、私が遠山地域計画課長に放った一言、「これ以上妨害したら官製談合を告発する」が、まともに響いた結果である。この経過がこの裁判の裏事情であって、飯田市はそこに触れて来ない。道義的なことは裁判に直接関係はないが、契約解除する理由の説明がつかない飯田市に、これらのことを陳述すれば、いったいどのような反論が出来るのかである。令和4年5月19日
契約解除通知
「飯田市の意向でない設計」「契約解除の有効性」が最初の焦点であった。これらは既に結論は出ている。飯田市の意向でない設計のうち、「鉄骨造を木造にする」「居室を東側に向ける」の二点については、互いの主張に利害が無いことで特に争うところにないが、「敷地を平らにする」「既存間知ブロック擁壁を撤去して直擁壁にする」「段差を利用して機械室電気室を設ける」の三点は、いずれも飯田市は否定したにも関わらず、現場はこの三点が応用されていた。これに対しての飯田市反論は「設計変更は当たり前だ」であった。そして勝負もあった。
契約解除の有効性
飯田市は盛んに契約解除通知は平成29年2月1日に送付したと主張して、その有効性を主張したが、契約解除通知は平成29年2月15日に章設計に届いた。郵便局が配達したが留守であったので期限内留め置いたと通知したとの証拠を飯田市が添付したが、届いていないことは事実とされ、契約解除通知の有効性は崩れたのである。飯田市は未練がましく、2月1日の日付で送達しているのは認めてくれと主張しているが、大した問題でないことは、2月1日は、飯田市が言うところの契約期間が過ぎていることで、契約解除が期限内で有効と主張するのであれば、設計期限の延長を飯田市が先に認めなければならないとしたイタチ返しになっている。
この様に、契約解除する理由も無ければ契約解除の有効性も認められないとなるのだが、この件で章設計がやり取りすることはもうないが、裁判が終わった時に、契約解除が法律的に認められない、または違法行為だとなるに、議会は事前に契約解除を事実として反訴を認めた経過がある。このことを、章設計は黙して終わらせることは出来ない。令和4年5月20日
残る焦点
市民を訴えると行政が議会の承認を得るに、議会は市民に何も事情を聴いていない。この異常性に市民は気づかないが、裁判が終われば、ここを問題として申し立てを行う。だからしてなんだと思われるかもしれないが、このようなことを許してしまえば、議会制民主主義が損なわれてしまう。
さて、公開停止の状況で、裁判での詳細及び証拠の数々を掲示できないが、被告飯田市の反論にある「飯田市の意向でない設計」については、ことごとくその主張を否定したが、このような反論をすること自体が、「成果物を受け取った」ことを認めることで、ついては、「契約解除」も無効とする反論である。契約解除を通達したとするに成果物を受け取るはありえないことで、受け取った成果物が飯田市の意向でないと反論するは成り立たないが、それでも意向でない設計だとしつこく主張された。だが、完成した飯田荘が章設計の提案通りだとするに、もはや言い訳も通用しないようだ。
ホント、公開停止でなければ公開したい気持ちであるが、このようなやり取りは設計時に散々行ってきており、それでも章設計を契約解除しなければならない理由の方が問題なのだ。議会もそうだが、木下克志議長に陳情書を提出するに、何もせず放置した。その上、設計料が支払われないと二度目の陳述書を提出すれば、今度は裁判にかけよ清水勇議長が言ってきた。こんなでたらめばかしなのに、飯田市は大きな自治体だと言うのであるから開いた口が塞がらない。まあ、裁判では何も取り上げることはないが、このようなやり取りが元に有るからして、飯田市の反論のすべてを切り崩せるのである。令和4年5月22日
工期の延長合意
契約解除については、解除通知が平成29年2月14日に送達されたのを飯田市が認めたことと、成果物を2月3日に飯田市が受け取っているとして、契約解除通達の争いは無くなった。もともとに、工期が過ぎてからの契約解除など通用しないし、理由もなく、一方的な契約解除が通用すれば法律など必要がない。まして、一方的な契約解除を行政が行ったことが公開停止の理由にあるに、今もって行政や議会は気づいていない。
最高裁は憲法判断
下平弁護士は「長く引き伸ばされたのは原告弁護士のせいだ」と、議会に言い訳しているようだ。この話、見方によれば、議会は相当に気にかけていると言うことにもなる。そんなに早く結果が欲しいのか? 最高裁まで行くといきんでいたのではないか? 市民を裏切り、行政の立場で反訴まで承認した議会である。法律違反をいくつも重ね、そこに来ていまだ争いを続けるとなれば、確かに公開停止が物を言うことになる。もっと勉強せよ。弁護士など法律家ではないと気づくべきだ。「公開停止」がなぜ行われたのかが分からなければ、公開停止とは何なのかを調べることだ。裁判官が発令するは法律に基づくことでないとし、それは憲法にての判断だと知ることになる。
裁判が長引いたのは、まず下平弁護士(市行政の要望)が、口頭弁論を引き延ばしたことに有る。つづいて、「飯田信用金庫から陳述書を提出する」と嘘を言い、半年延ばされた。その間にコロナ禍になり、原告弁護士は出廷できなくあった。その様な状況において、裁判官の通達において異例な処置(電話期日)で期日が開かれることになったのである。この様な経過が有るに、原告弁護士のせいで遅れているは、流石に聞き捨てならないセリフである。令和4年5月24日
陳述書
「飯田市の意向でない設計」を最後として飯田市の反論は底をついたようだ。今後の焦点は、「工期の延長合意」であるが、これを端的に証明する証拠は互いに存在しない。本来、工期の延長は契約書において為される性質のものであり、再契約を行わなければならないことである。これらの条項は当然契約書(第18条から第20条)に記されているが、飯田市はこの条項を遵守していない。
「契約書第18条に沿って提案してください」と言ったのは、遠山地域計画課長である。飯田市はそのことを否定していない。章設計は、「契約書第18条から第20条に沿って提案します」と提案書類を飯田市長に提出した。だが、飯田市は盛んに「章設計は工期の延長と基本設計料の増額を要求してきた」と反論しており、その様な要求を繰り返し飯田市の指示に従わなかったことを理由として契約解除したのだと言う。章設計は基本設計料の増額を要求したのか? この事が争われていないのは、基本設計は実施設計に含まれる設計図であることと、「基本計画からやり直せば費用が掛かります」と注進したことが記録されていたからである。
原章と木下悦夫
章設計は工期の延長を要求したのか? 章設計が要求したのは、契約してから最初の打ち合わせが行われた日までの19日間は飯田市の都合であるとし、その分の日数を考えていただきたいと、最初の打ち合わせにお願いしているだけである。なぜ19日も遅れたのかと言えば、落札すべき鈴木設計が章設計に代わったことで、それらの善後策を飯田市が行っていたからだ。その結論が章設計を契約解除するであって、その実効策が「基本設計に従え」であるのだが、ここをあまり主張すれば、その様な不都合が飯田市に出ることである。令和4年5月25日
証人尋問
陳述書の段階に入った。それは、最後の焦点「工期延長の合意」の有無に互いの証拠がないからである。飯田市は、原章と木下悦夫と遠山広基の三人から陳述書を提出するとあった。私としては、平井隆志監督員と木村理子係長の陳述が良いのであるが、それは叶うまい。こちら側は私の外に誰か必要かとの原告弁護士の話に、しいて上げれば熊谷泰人市会議員が居るが、木下悦夫建設部長が当社に来た時の話しくらいしかないと答えれば、「木下建設部長は章設計に行ったことは認めており、工期延長の話しも否定していないのでとくに…」と言う。
そして相手方から陳情書が届いたと連絡が入ったのだが、それを見れば、原章と木下悦夫の陳述書しかなかった。なぜ、どうして遠山広基は陳述をしなかったのか? それを察するに、気の弱い性格からしてか、それとも病弱であるが故のことかと言えば、最後に残るは良心の呵責に耐えかねての事でしかないと、私はそれとなく良い方に受け止めている。
裁判官の前に立つ日
5月13日、期日は開かれた。その様子がメールで入るに、気になる文面が有った。「尋問について 原告側は熊谷さん。被告側は、原さんのみ申請されているが、木下さんについては延長の合意にかかわっているので尋問をする必要がある。原告被告双方申請で尋問を行う。」 ? 木下悦夫が尋問を拒否? なぜなんだ? 原章などどうでもよいが、木下悦夫が出廷しなければ飯田市の反論が証明できないではないか? と不思議に思い、木下悦夫の陳述書を読み返してみれば、確かに尋問を受ければ嘘がバレてしまうような内容である。それほどひどい陳述書を副市長までやった木下悦夫が書いたと思えないが、木下悦夫が書いていないとなれば、証人尋問に出廷は出来ることではない。(これらの陳述書を公開したいが、公開停止であるので終わるまで待っていただきたい)令和4年5月27日
証人者
飯田市と章設計の争いに、証人者と成るべき者の立ち位置とすれば、私と木下悦夫でしかない。章設計の社長の下での責任者は私であって、飯田市長の下の責任者は木下悦夫建設部長である。お互いが同じ立場であることは、それ以上の責任者はいないことだ。これを司法側から見れば、この二人が実質的な原告と被告の立場にあることになる。その木下悦夫が証人尋問に出廷しないはあり得ないことで、裁判官はそれを許すことにならない。
出廷命令
木下悦男を証言者にしたくないは飯田市にあって、それは木下悦男が証言することを恐れていることになる。何を恐れるのか? それは言うまでもない、最後に残った「工期延長の合意」である。「工期延長の合意は有ったのか?」 それが、木下悦男が章設計に三度訪れた経過の中にあるのだ。この経過を木下悦男は陳述書に認めたが、その内容は相当に事実と違う。そのような陳述書を提出したとして、それを証人尋問で追及されれば、木下悦男などひとたまりも無いだろう。なぜなら、裁判官の前で嘘は言えないからだ。
お粗末な被告弁護士
被告弁護士が、「飯田信用金庫から陳述書を提出します」としたのが、昨年初めごろであるが、飯田信用金庫は章設計の保証人であって飯田市には何も関係が無い。そのような関係にあるに、なぜ飯田信用金庫から陳述させようとしたのかは、「章設計は違約金の支払い義務がある」を証明させるために、飯田信用金庫に債務の証明をさせようとしたのだ。確かに飯田信用金庫はそのような債務証明をつくり、それを被告弁護士は議会に提出して“反訴”の承認を経ている。その流れの中で飯田信用金庫に陳述書を作成させようとしたが、いかに何でも裁判官に嘘は言えない。だからして、飯田信用金庫は陳述書の提出を拒否したのである。
この様に、通常では考えられないようなことを被告弁護士は行うのであるから、木下悦男の陳述書を代行するなど朝飯前だ。令和4年5月29日
被告は弱い
悪いことをしたのだから訴えられているに、世間では当たり前にそう取るのが裁判であるが、被告が行政であれば、世間は全く逆に見る。
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