操家族の犯罪(横領家族)PART2

未分類

万引き家族と言う映画があったが、そんな生易しい話しでないことに、すべてが現実のドキュメンタリーである。
操の犯罪は現在進行形であり、それも阿智村行政が深く関与していることで、すでに権力との戦いに変わっている。常識的にはあり得ない犯罪である故に、それを立証するには困難を伴ったが、幾度も争いを続ければ、ぼろを出すのは犯罪者であった。現在進行形とは、操の横領が長男の孝志に引き継がれていることだが、阿智村がそれを正当とすることは、熊谷秀樹村長が操の横領を隠蔽したことにある。
 間の抜けた村民
あらためて書き出すが、熊谷操と岡庭一雄は共産党である。昭和60年頃、操が議員で岡庭一雄が職員であるころだが、園原水道返還金の横領をこの二人が企てた。それは平成28年まで続いていたが、それらの事実を熊谷秀樹村長に告発してことの解決をお願いした。しかし、熊谷秀樹もまた共産党であって、それも岡庭一雄の後継者であれば、横領は無いものと封印されてしまった。平成29年4月、飯田警察署へ告発すれば、今度は契約書を捏造して、刑事までも騙すに至ったのは、熊谷秀樹村長である。
これを解決しようと、熊谷操を提訴して、そして村長選挙に立候補して熊谷秀樹村長の犯罪行為を村民に知らしめたが、村民は、熊谷秀樹村長を選択した。もはや戦いの相手は操や熊谷秀樹ではなく、阿智村がそれに代わるのである。
 事実の証明
操を訴えたのは令和3年8月12日であるが、熊谷秀樹村長は、私の家の水道を「水道料を支払わない」として給水停止を実行したが、熊谷秀樹村長の言い分は、「阿智村の水道である」であった。阿智村の水道ではなく園原部落住民の水道だとした事実があるに、その事実が有っての園原水道返還金なのだが、熊谷秀樹村長は一歩も引かず、阿智村の水道だと言い張っている。そう、何の根拠もないのに、言い張っているだけである。令和4年7月1日

 阿智村を訴えた
給水停止をされたなら、それは命にかかわることで、一日も早くの復旧を願い、やむなく阿智村を提訴したが、なぜこんなことになったのかと言えば、熊谷秀樹村長が操の横領を隠蔽したことにある。そう、何もかもが、熊谷秀樹村長の犯罪行為が元凶なのだ。なぜ熊谷秀樹村長が操の横領を隠蔽したのか? 今久留主総務課長はもとより、矢澤生活環境課長、井原清人地域経営課長の三名が率先して偽装工作を行ったのはなぜなのか? そのように考える村民はほとんどいない。村長のやることに疑いを持たないのは、行政に不正はないと信じる者と、共産党が多いからである。しかし、これらは犯罪であるに相違なく、操の横領が裁判において証明されたならば、その先に待っているのは熊谷秀樹村長の犯罪行為である。刑事を騙したとか、契約書を偽造したなどは小さな犯罪であって取るに足りないが、だからと言って見逃すことはない。
 自治体の損害
熊谷秀樹村長が阿智村(自治体)に損害を与えたとしたら、それは当然に熊谷秀樹村長が賠償責任を取られることだ。では、操の裁判が阿智村に損害を与えるのか? と言えば、直接的には何もない。契約書を偽造しても、刑事を騙しても、そこに損害は生まれないからだ。だが、操の横領が確定すればどうなのか? と考えれば、それは大変な状況に熊谷秀樹村長は追い込まれるのだ。操の横領は園原水道が園原部落のものだとの証明であって、阿智村の水道ではないと結論される。そうなれば、契約書によって操に支払ってきたとされる管理費や補償費は、阿智村が勝手に操に支払ってきた“使途不明金”となるのだ。令和4年7月3日

 使途不明金
行政に使途不明金は有ることではないからして、操は阿智村の金を横領してきたことになる。ただし、行政の金を横領することは、協力者なくして成しえない。このあたりが裁判において明らかになるのかと言えば、そうはならないだろう。操の横領裁判でも給水停止裁判でも、損害賠償を求めるだけで、犯罪を立証することではないからだ。では、どのようにして犯罪を立証すればよいのかは、やはり被害届が必要になる。その中で、「給水停止」は被害届が出せるのか? と、「本管切断」は、被害を受けたと言えるのか? が、焦点になるが、そのどちらも水道管の権利所在が園原住民にあると証明されなければ通用しない話である。
 争いの焦点
水道代を払わぬとして給水停止が行われた。それが違法だとして損害賠償は求められないが、行政の不法行為だとしての訴えは出来ることで、だからしての提訴である。ここでも焦点になるのは、「水道代をなぜ支払わなかったのか?」である。ここに阿智村は理由がないとしたのは当然であるが、私に理由があるとは知らなかったようである。「請求書が無かった」「亡くなった父の名での請求である」がやり取りの主題ではあったが、そこでも重要なことに、「園原水道は園原部落のものだ」「阿智村は管理費を清算して返還してきた」「その返還金を操は横領した」があった。しかし、これには阿智村は何も答えていない。だからして、給水停止が行われたのだが、裁判が始まれば、「平成28年から返還金が支払われていない」の事実が浮かび上がってくる。その時、初めて「水道料金を払わない」理由が判明するのである。
 勝敗の無い裁判
水道代の返還金が行われなくなった理由に阿智村は、「不適切な支払い」として、議会に説明しているし、この裁判においてもそれを主張してくることだ。しかし、「不適切な支払い」が、何を示しているのかが説明できなければ、不適切な支払いは理由とならない。また、阿智村は園原水道に限って「園原水道管理組合と管理契約をしている」としたが、平成28年からは、「熊谷孝志と契約」とされている。園原水道管理組合の実在は否定されているし、阿智村営水道に、個人との管理契約は存在していない。これらが給水停止裁判の最初の山場であるに、そこに操の横領裁判の行方が無くて、互いに勝ち負けはないのである。令和4年7月4日

 水道代の支払い
給水停止の裁判に勝っても負けても、水道代は払わなくてはならない。それを承知しての裁判に勝ち目があるのかと誰でも首をかしげるだろうが、この操の横領裁判に勝つことは、同時に給水停止裁判にも大きく影響する。争いの原資がどちらも「園原簡易水道」にあることがそれを示すが、被告が操と阿智村と言うところに大きな違いがある。何と言っても阿智村は行政であって、行政が間違いを犯すなどとのことが有るはずもなく、また、操の横領は確実な犯罪である。それ程大きく違うのに争いの原資が同じであることは不思議ではないか。操の横領が確実なのは、補償金の存在を操自身が認めており、その補償金を受け取ってきたと主張しているからだ。これを熊谷秀樹村長が間違いないことだとして、契約書を証拠として添付した。この事がいかほどの大罪なのかはこれから明らかとなるが、この大罪はこの裁判には何も関係がない。
 補償金は不適切
熊谷秀樹村長は、補償金の支払いを不適切な支払いとして取りやめたが、不適切な支払いであれば、今まで支払ったことを清算しなければ不適切が解消できない。支払われたままならば「取り戻せ」と議会は追求しなければならない。なのに、議会はその事すら隠蔽した。まあ、今の阿智村に道徳を説いても仕方ないが、裁判での結果に同じように取り組めば、今度は報道機関が黙っていないだろう。どちらにしても、白黒つけるのは裁判でしかできないことである。
ここで改めて補償金について話すが、熊谷秀樹村長も補償金が支払われていたことを認めているし、それには契約書が有ったとして証拠とした。では、補償金が支払われていたと言う前提において、補償金は一体誰が誰に支払ったと言うことになるのか? そのことを検証していこう。
矢澤生活環境課長は「園原簡易水道は日本道路公団の渇水による補償工事で行われた」とはっきり答弁しているので、日本道路公団から補償金が支払われたことに違いはない。では、誰に支払われたのか? が続く疑問であって、それに対しての日本道路公団は、「補償人に対して支払っている」と、これも間違いないこととしているし、弁護士法23条で申請してくれれば、それらの関係書類を提出しますとまで話してくれた。令和4年7月6日

 損害賠償金
補償金とは損害賠償金の事であるが、園原部落の住民が受けた損害は、吸水(給水ではない。議員の馬鹿どもは、吸水と給水の区別も出来ないようだ)の渇水である。トンネル工事で渇水した。これの補償を日本道路公団が行うとなれば、損害金は被害を受けた者に支払われることだ。そのことを証明できる書類は保管されていますと道路公団は言っている。だとすれば、もう答えは出ているではないか。損害賠償金は園原部落の住民に支払われたのである。
 補償金額は水道設備工事費
園原部落の住民は「補償金が欲しい」などと要求していない。渇水した吸水を何とかしてほしいと言っているだけだ。その先頭に立ったのが祖父清であって、原孝平村長なのだ。渇水した吸水を復旧するには新たな水道設備を設けることしかない。それには「水道設備が敷設できるだけの補償費を日本道路公団に求める」ことだ。日本道路公団に、「園原水道の敷設工事費に見合う金額を要求する」に尽力したのである。
 補助金と委託費
園原水道を敷設しようとすれば、まずは事業費の算定にある。それら敷設工事費の内訳書は阿智村に保管されており、開示請求で手に入っている。これを基にすれば、日本道路公団はその全額を支払った可能性は強い。全額を支払うには、たしかに渇水に値しない住戸が数件あったことで、それを道路公団が補償できることはないが、それを何とかお願いしたのが祖父と村長であったとなれば、道路公団はそれを受けたことになる。祖父が議員として尽力できることは何であったのかと振り返れば、それ以外の交渉は無いことだ。それの証拠とするのが「園原渇水害に関する覚書」である。この覚書を証拠としたのは操であるが、これら覚書があることなど操は知らないことで、いかに熊谷秀樹村長が操に協力しているのかがわかることだ。そこまで協力するは、園原簡易水道が園原住民の水道施設であることを示しているのだが、ここで一つ引っかかることが出てきた。それは、園原水道を敷設するに阿智村が工事費の一部を負担していることだ。この負担金が補助金なのか委託費なのかが判明していない。令和4年7月8日

 反対給付
委託費(国庫補助)であれば、園原水道は阿智村と園原住民の権利があるとされようが、補助金(国・阿智村)であれば、園原住民だけの権利となる。それは補助金の仕組みであるが、熊谷秀樹村長が村の水道だと言うのであれば、補助金でなく委託費だとの書類を示さなければならない。しかしそのような書類が有ればとっくに操に渡しているからして、委託費でなく補助金であることだ。
ここまで詰めればもはや村営水道だと言えなくなったが、それはもはやこの裁判では関係ががなく、給水停止裁判でじっくり阿智村の不正を追及していく。
 裁判の趣旨
この裁判は、操が横領した金を取り戻すことにある。取り戻すには操が横領したと証明することで、熊谷秀樹村長が契約書を偽造しても何も関係が無い。それは、阿智村が操を訴えているわけでもないし、阿智村を訴えても無いからだ。
操の横領を示す証拠は、操が園原部落に水道料返還金の一部を平成16年から入金していることで十分なのだ。操は単に「補償金と管理費だ」と自己理由を主張しているだけで、それの根拠の通帳を証拠としているが、園原部落に入金していることは認めている。私は、入金金額が返還金と合っていませんよと、合っていない金額を横領として訴えているのである。
操は一貫して「16万5千円が補償費だ」として、その金額を園原部落に返済してきたと言っているが、昭和60年から平成16年までは一円も入金してなく、そこの説明がついていない。また、平成16年と平成17年に30万円づつ入金しているが、そんなことはしていないと開き直っている。令和4年7月9日

 嘘を見破る
操は強く「30万円を部落に入金した覚えは無い」と主張するのは、寛とすでに話がついており、寛さえ証言しなければバレないと考えた。その30万円が通帳に記載されていても、その通帳を私から取り上げているから強気であったが、それらの通帳の写しをみなみ信州農協阿智支所から弁護士法23条で手に入れたと知れば、被告弁護士は驚くべき発言をした。「あっあ、園原部落の普通預金通帳なら提出できますよ」原告弁護士と私は思わず顔を見合わせた??
 支離滅裂
被告の反論は「平成16年に疎外熊谷寛(当時部落長)と原告章文と被告操及び被告義幸らが集まって、水道料金返還金について話し合った事実はない」と否定し、話し合っていないのであるから、30万円などの金額を返還金として支払うわけがない。と主張してきた。その上、「そんな通帳があるなら証拠とすればよい」とまで、反論されたことで、原告弁護士は「かなり強気な主張だが、熊谷さんが言っていることを裏付ける物は有りますか?あれば、ここを崩すだけで勝ち負けになりますよ」と、今度は原告弁護士が、絶対的な証拠になると言うのです。
私の記憶は確かなもので、それらを証明するにはどうすればよいのかなど端から分かっていた。「平成16年は私が部落の会計であって、それらの事の全てを把握しています。今はみなみ信州農協阿智支所になっておりますが、数年前、月川旅館を訴えたときに、昭和50年代からの口座記録を開示してくれているので、弁護士法23条でお願いすれば開示してくれますよ」と言えば、「それは裁判所を通してお願いすることだが、目的がはっきりしていなくてはダメで、何のためにその通帳の写しが必要かを示さなければならないが、間違いなく入金がありますか?」、「間違いなくありますよ。何なら、事前に阿智支所にお願いして確認を取りましょうか?」、「そんなことが出来るのか?」、「出来ると思いますよ」令和4年7月11日

 請求権と所有権と
実際に出来た。個人情報に当たらなければ確かめることはいくらでもできる。それは、平成28年度の会計も私であったからだ。平成28年にいくつかの通帳を解約しているが、それらの殆どは和美と孝志が共謀して作り上げた通帳である。そしてそれらの一切を話し、操の横領と結びつけて、「現在裁判中です」と説明したうえで、「30万円以上の入金記録があるのか無いのかだけ調べていただけませんか」とお願いすれば、それは達成された。ただし、それ以上の詳細は一切教えてくれなかったのは当然である。これで裏付けは取れたが、次には裁判官がその旨を理解してくれるのかにあった。「なぜ必要ですか?」との裁判官の声に、そんなことも説明しなければならぬことで、弁護士は少し早口で概要を話して私に振った。「平成16年は私が園原部落の会計をやっておりましたので、みなみ信州農協阿智支所の金融課で事前に調べていただきました」と言えば、裁判官は「よろしいですか?請求権にて開示請求を行いますが」と、被告弁護士に了解を取ったその時であった。「あっあ、園原部落の普通預金通帳なら提出できますよ」と被告弁護士は、慌てたように言い、「確認したら通帳は保管してあったようなので…」と、か細い声でそう付け加えたのである。
 被告弁護士の非
今更に、その様な記録も通帳もないと言い放ったのに、みなみ信州農協阿智支所から開示されると知るや、慌てて取り繕うとは呆れてしまうが、裁判官は冷静なもので、「どうしますか?通帳があれば請求する必要はないかと思いますが?」と言い、「それは原告が要求する通帳で間違いはないですか?」と、被告弁護士に再確認する。すると、「それは、間違いないとは思いますが、何しろ確認は取れていないので…ですがあることには有りますので…」と、またもやあいまいになった。
30万円の入金が証明できれば勝てるとまで言い放った弁護士である。ここまで準備して、それらは当然に第三者の証明にすぐるものはない。どちらにしても、請求は行ってくださいとお願いした。令和4年7月13日

 被告弁護士の失態
「中村弁護士は目が見えないことで、被告らの証拠をそのまま信じてしまうのではないか?」と弁護士に言えば、まあ、そういうこともあるかもしれないと軽く受け流された。確かに、あれほどの反論をしておいて、いざそれが覆されると知れば、取り繕うは、はたして誰の為なのか。これを失態と言わずして他に言葉はないが、泥棒の言い訳を反論にするは、素人でもあるまいに、であろう。
 最大の山
被告弁護士からすれば、被告としてどのような反論が出来るのかが勝負である。こちらが示す証拠の数々に、逐次反論するは裁判の流れであるとしても、絶対的な反論は「横領していない」に違いはない。「管理費と補償金を受け取っていた」は、相当なる反論であって、それも阿智村が「管理費と補償金を支払っていた」とする契約書を証拠としていれば、それら契約書を偽造だなんだと言っても裁判官には通用しない。ようするに、この反論(管理費の支払い)を覆せるだけの証拠はこちらにないのである。では、操の反論において「補償金を受け取っていた」についての反論を覆すにはどうすればよいのかと言えば、操が言うことの「補償金は16万5千円であった」を、嘘と証明すればよいとなる。ここで熊谷寛が証言すれば、それが嘘だと証明できるのかと言えば、裁判官は証言を持って事実とはされない。証言者の証言を事実とするには、その裏付け証拠が必要なのだ。しかし、16万5千円が16万5千円でなかったとしたら、それを証明する実態の証拠が有れば、完全に操の嘘は証明されるのだ。これを弁護士は最大の山だと言う。通帳記録が手に入れば、そしてそれが30万円の入金記録があったならば、大きな山は乗り越えられるのだ。令和4年7月15日

 入出金記録の開示
30万円の入金記録は出てくるのか!?原告弁護士はまだ半信半疑である。「農協は何と言っていたのか?」「間違いなくあったのか?」は、幾度も確認されたが、それほどに重要な事実であることは、たしかにこの裁判の行方を大きく作用するだろう。
裁判官は開示請求を認めてくれた。そして南信州農協阿智支所へ請求すれば、一月後にそれは開示されたのであった。
裁判所から送られてきたそれらの入出金記録を見た弁護士は、「熊谷さん、記録は出ていないよ」という。一瞬耳を疑ったが、「平成18年からのものしか出て来なかった。要求したのは平成15年からのもので、これでは何の意味もない」、そうですか、平成18年であれば年度末の金の動きが分かりますよね、でも平成16年の7月ころまでに確かに入金されていますので、その記録が出て来なければどうしようもないですね。「そうだ、おかしい、なにか出せない理由があるかもしれないので事務官に確認してみる」
そうしてその日は過ぎたが、それから二三日後、「熊谷さん、分かりました。なんか、農協が平成18年に合併しており、合併前の記録がパソコンに入っていないようだとのことなので、もう少し時間をくださいってことのようだ。そんな訳なんで、出てきたらまた打ち合わせをお願いします」…、まあ、少しは落ち着いたようである。
そしてまた一月後、その開示は行われた。弁護士から電話が入ったが、「平成16年からの物が出てきたが、その年度からで良いのかな。どうも私が見ただけではよく分からないが、30万円の入金は無いように見える」、そうですか、30万円ちょうどでなく、30万円以上の記録は有りますか?、「どっちにしても取りに来てもらえますか」、で駆けつけてみれば、「熊谷さん、30万円の入金はないが…」と言う。渡された入出金記録を見れば「…」
さて、30万円の入金記録は有ったのか!?令和4年7月17日

 濃厚接触者
先日、弁護士事務所から突然の電話が入った。それは、この裁判期日の前日のことである。「すみません。〇〇が濃厚接触者になってしまい、明日の期日に出席できなくなりました」え!?驚いたが、聞けば弁護士の家族の一人がコロナに感染したようで、外出が出来なくなったようだ。外出が出来なければ期日に出席できない。出席できなければ電話会議となることで、そんな期日に私一人が出向くわけにはいかないから、期日当日は弁護士事務所で控えてほしいと言う依頼であった。
 焦点3
拍子抜けの感はそれだけですまなくあった。期日当時に弁護士事務所に出向けば、スピーカーホンで同時会議に参加が出来るとされ、それべしの電話機が用意されたが、弁護士見習いか、その扱いが出来なくあった。ガタガタしているうちに時間は過ぎたが、弁護士は別室で他の裁判が長引いているとされた。10分が過ぎ、20分が過ぎれば、いかに何でも遅すぎる。「まだ始まりませんか?」と、女性事務員に声をかければ、すぐさま弁護士に声をかけた。そして驚くことに、他の裁判のついでに進めたようで、既に期日は終わったと言う。Oh!なんてこった!?呆れてしまったが、そんな程度で済むとは期待外れでもある。「いま、期日内容をまとめておりますので、少しお待ち下さいと弁護士が言っていますのでお願いします」と言う。果たして弁護士から何が語られるのか? と、長く待てば、今度は、もう少し時間がかかるので、後日にまた来てくださいとして、後日の日時を打ち合わせた。
来期待外れも良いところであったが、コロナでは仕方ない。そして後日に弁護士事務所に出向けば、今度はモニター越しの打ち合わせであった。「濃厚接触者になってしまってねえ、申し訳ないがそんなことで…」と始まったが、弁護士が言うには「3っつの焦点に関し主張を展開する」という。なんだ、いまさら3っつも焦点があるのかよ。令和4年7月19日

 裁判官からの依頼
3っつの焦点があるは、3っつについて主張を展開せよと裁判官から指示が出たことだ。ようするに、焦点が3っつあって、それらがそれぞれに関係するもので、3っつ目の焦点を証明できれば、最初の二つの焦点が成立すると言うわけだ。その3っつ目の焦点が、「30万円の入金記録」なのである。
 すれ違い
弁護士は万能ではない。どう勝つかとの構成と展開を組み立てるのは誰も同じで誰でもできることであるが、どう勝つかはともかくも、展開は都度違うもので、そこに適用する詳細な法律も違ってくる。今ここで言う3っつの焦点とは、何も今回の裁判に限ったことではなく、どの裁判も全く同じで焦点は3っつであり、その3っつが揃う方が勝利するのである。逆に言えば、訴える方に最初の焦点二つが無ければ、負けるのではなく却下されるのだ。
却下されなくてここまで裁判が進むに、裁判官から「3っつの焦点」を提示されたというのであれば、最初の二つに何かはっきりしない焦点があるということなのだが、ここが弁護士が万能でないとの理由である。万能であれば、最初の二つをいまさら説明するは無いことだ。何が欠けていたのだろうか? それは、焦点二つが何であるのかで見えてくる。
 主観的目的
弁護士は仕事であって、法律を良く知る者だとが社会認識であるが、原告となる者は目的を持って訴訟に及ぶことで、それら目的の多くは損害を賠償されることにある。今回の裁判も同じであるは、損害賠償請求事件であることだ。個々の内容は違っても、損害を受けた者が損害を発生させた者へ請求するに、それら損害の事実を証明することと、たしかに損害を与えたとする事実を証明すれば裁判は原告が勝利するものである。令和4年7月21日

 焦点の二つ目
請求権とは、それら損害を受けた者が、確かに請求する権利があるのかどうかということだが、裁判官は、それを焦点の二番目にしたという。今更なんだと言いうことだが、これは弁護士が言うところの「請求の原資」が、返還金であるのか補償金であるのかにかかり、返還金なら園原部落会で、補償金なら個人との見解だ。なぜここまで裁判が進むに今更請求の原資が焦点になるのかと言えば、すべては熊谷秀樹村長が作成した契約書にその理由がある。
 補償金の証明
熊谷秀樹村長は、「管理費を支払っている」として52万5千円の内、36万円を管理費とした。阿智村では、園原簡易水道以外に管理費を支払っていないとされたが、この矛盾を議員が追求しない限り裁判ではこれが事実とされかねない。そして補償金を16万円5千円とされているが、この補償金について、阿智村は何の金だとの説明は何もない。ただ、補償金とされた契約書と、補償金が含まれていない契約書が存在しても、被告らに毎年支払われた金額は52万5千円である。
この矛盾はこの裁判では関係ないとされた。それは、被告らが、補償金の支払いを阿智村から受けていたと主張しているからである。ここでも被告らは補償金が何であるのかの説明を必要としないのは、阿智村が補償金として支払っているからであるが、補償金の存在が確定されれば、それは補償金の性質上、園原部落会に請求権が無いとされる。令和4年7月23日

 焦点2と3の関連
焦点2は、焦点3の展開に大いに関連することになった。ようするに、30万円の入金が証明できるかどうかで、請求の原資が決定すると言うことになる。操の返論はあくまでも「補償金を受け取っていた」であって、その金額が16万5千円だと主張している。しかし、30万円の入金が証明できれば、補償金は16万5千円でなかったことになる。それが証明できれば、操が阿智村から受け取っていた金は補償金ではないとされるのだ。補償金でないは、すなわち返還金となることで、返還金となれば、請求権は園原部落会となるのである。
 証人尋問
被告の反論主張は「補償費」でしかない。ここが崩されれば他に反論するところはないだろう。いかに契約書を盾にとっても、それら契約書が証拠とならないは言うまでもない。あとに残っているのは裁判所の証人尋問であるが、誰が何を証言すると言うのであるのか、証言も質問も原告と被告以外に存在していない。いかに操の取り巻きが居ても、窃盗集団が発言出来るところはどこにもないのだ。
これ以上の主張は無いことで、請求権が園原部落会にあるとされれば、この時点で判決は見通せる。そして最後の審理が行われるに、はたして和解の申し入れは行われるのか?が、次の焦点だ。この裁判で、和解の道は難しい。それは、横領は犯罪であるからだ。犯罪者と何を和解するのか? と、常識的に考えてみれば、 裁判官も和解の道を示すことはない。 そして操の横領も確定する。これが何より大きいのは、すでに警察に届けているからだ。判決が下されれば、判決文を証拠に被害届が提出できるし、場合によっては告訴も有りゆる。告訴すればその時点で、全く違う展開となりうるのだ。令和4年7月25日

 勝負の期日
次回期日は9月の初めころになるが、ちょうど損害賠償請求を起こして一年たった。互いの主張が出尽くせば判決へと進むのであるが、最大の山場はこの期日にあって、その主題は、「横領の有無」となる。私の成すべきことは明確だ。そう、3っつの焦点に絞って対応することで、その中でも「30万円の入金の証明」が全てである。調査委託の結果において提出された、みなみ信州農協からの入出金記録に30万円以上の入金記録が有れば、それでこの裁判の方はつく。確かにその裏付けの証明は必要であるが、部落会計に複雑なものは何もないことで、足算と引き算で十分であるのだ。
 それから
続いてなすべきことは、園原部落会(園原部落全住民参加)の請求権であるが、30万円の入金が証明されれば、その時点で補償費ではないとされる。補償金でないとなれば管理費でもなくなるのであって、それはまさに水道料金の返還金になるのだ。返還金となれば園原部落住民に返還されることで、そうなれば園原部落会に請求権があるとなる。回りくどい言い方だが、裁判とはそのような順序たてで証明されることだ。
おそらくにして、次回の期日で大半の主張や反論は終わると思われるが、この時点において、村八分の裁判も大詰めを迎えることとなる。村八分の裁判は、「なぜ共同絶交が行われたのか?」が重要視されるのだが、村八分の実際的な首謀者が熊谷孝志と熊谷菊美であることで、熊谷孝志もまた横領の共犯者となれば、共同絶交と横領裁判の因果関係が証明される。当然に村八分の裁判の結果も見通せれば、それからは、操らの横領を刑事告訴するとなる。令和4年7月27日

 村長との因果関係
この裁判の目的は、熊谷秀樹村長を横領の共犯者として立証することにあった。警察が行政に手出しできることは、個人の犯罪と立証するところに在る。ありとあらゆる阿智村行政にかかわる犯罪を告発したが、単なる告発では受け取らないと知った。今までは、どうすれば告発できるのかと考えていたが、告発を受け取らないと知れば、告発を目的としなければ良いことだ。つねに、逮捕は結果論だと言ってきた私が告発をするのは如何なものかと反省するに、それでは犯罪を先に立証すればよい。犯罪の立証を警察の仕事だと考えた私が愚かであって、何もしない警察でなく、何も出来ない警察なのだと改めた。そんなこんなで裁判も終盤を迎えるに、これから先は、操と熊谷秀樹村長の因果関係に迫るとする。
 動機論
結果を論じるなかれであれば、それはまさしく動機が何かと言うことになる。面白くもおかしくも、対義に位置するは何か? と問えば、この犯罪の起因を知ることになる。横領は単純な犯罪だ。公共の物を不法に取得すれば、必ずや犯罪は露呈する。しかし、操の横領は発覚しなくあった。それはなぜか? それも答えは単純明確となるのだ。公共の物がお金であれば、そのお金の収支は記録される。しかるに、阿智村には操が受け取っていたお金の収支が記録されていない。そう、これが操の犯罪が発覚しなかった大きな要因なのだ。しかし、この収支をこの裁判で知ることは出来ない。
対義に位置するものが横領だけでないとなれば、横領の隠蔽があらわれてくる。横領も隠蔽も犯罪であることより、横領無くして隠ぺいは行われず、隠蔽においてこの犯罪が露呈しなかったとなれば、この犯罪の因果関係は証明されるのだ。
この裁判において、これらの因果関係が証明できるのか? といえば、この裁判だけでは難しいとなる。それは、この裁判での判決は、操の横領の証明だけしかできないからだ。収支記録が手に入れば別であるが、操の裁判に関係ないとされてしまう。令和4年7月29日

 上告控訴
この裁判に勝訴すれば、私は控訴の必要はないが、操はどうであろうか? 操の最大の恐怖は言うまでもない横領犯罪の確定であって、それは岡庭一雄はもとより熊谷秀樹村長も同じことだ。では、操は負けた時、控訴を考えるのであろうか? とした時に、控訴が出来るだけの新たな証拠が有るのかが焦点になる。その新たな証拠になりうるのが、この収支記録ではないのか。
 操の根拠
操は一貫して「補償金の支払いだ」を主張している。たとえ、30万円の入金記録を示してもそこは譲れない反論だ。そして敗訴するに、控訴をするのであれば、この収支記録しかないことで、この収支記録が村から開示されれば、確かに補償金の支払いが有ったとなることだ。だが、ここで疑問が出る。収支記録がもしあるならば、この裁判で確実な証拠となることで、それでなくとも操に行政書類の数々を渡してきたことを考えれば、収支記録など訳もなく渡せたはずだ。
 偽造不可能
契約書を捏造した熊谷秀樹村長であれば、収支記録など訳もなく偽造することだ。なぜそれが出来ないのだ? そう考えれば、水道会計にその答えは有る。村営水道の会計は村の会計とは別であって、それらの入出金は明確である。収入は上下水道料金だけで、他の収入は何もない。そこに、補償金の科目が載せられるのかと言えば、それは不可能である。
では、村の会計で補償金を支払ったとするは出来ることだが、ところがどっこい、捏造された契約書は、水道管理契約とされている。そう、補償金の証明は、どちらに転んでも出来ないとなることで、残念ながら、控訴は諦めるしかないようです。令和4年7月31日

 裁判に負けた場合
裁判に負ける可能性は一つだけある。それは、園原部落会に請求権が無いとされた場合である。では、実際に請求権が無いと判断されることは有るのだろうか? そこについては、まず、請求権とは何か? から説明しましょう。請求権 とは、『他人に対し、一定の行為を請求することができる 権利 のことでありますので、操の横領を事例として組み立てれば、『操に対し、操が横領した水道料返還金を請求できる権利』と言うことになります。どうでしょうか? 請求権は有りますよね。横領されたんですからね。操は横領していないと反論していますが、それらの判断は証拠が結果を出すことです。その証拠が何かは説明しておりますので、操の横領は確定するでしょう。
 請求者は誰だ!?
操の横領の事実は証明されますが、では、被害者は誰だと言うことになります。そこで、当然として被害者は『園原部落会』であるとし、原告として提訴に及んだのですが、「園原部落会とは何だ?」が、裁判官の疑問なのです。被害者として請求できる団体であるのか? と言うことです。ここに、任意団体は通用しないのは、法人登記団体でないのが理由ですので、「園原部落会は法人登記団体にあり得るのか?」が、最初の関門です。ここは当然として、園原部落会を地縁団体として平成21年に登記しております。なぜ平成21年にこの様な団体を設立したかは、平成18年の園原部落会計が孝志であって、孝志が操の横領を隠蔽すると同時に、30万円の返還金が16万5千円に減額されていたことを知ったのと、もう一つ、孝志が別の会計から10万円を横領していたからです。いづれこの二つの横領を解決するに、個人では訴えることに出来ない犯罪であると判断し、そのためには、園原部落会を地縁団体で法人登記する必要があると考えたからです。令和4年8月2日

 権利能力
園原部落会に請求権は有るのか? とは、園原部落会に権利能力があるのか? と言うことです。地縁団体を法人登記する目的は、それらの団体で管理する土地を登記することに有ります。ここに、園原水道の設備が不動産として認められるのかが、原告弁護士の見解でもありました。しかし、水道の殆どは埋設物であることと、浄水場も建物でないため登記の必要が有りません。では、地縁団体とは何でしょう? から入りますと、「一定の区域に住所を有する者の地縁に基づいて形成された団体」とされており、共用で管理する不動産を当該団体で登記できる団体とされており、それらの登記に関して税金の賦課が免除されるとなっております。要するに、地縁団体は「権利能力無き社団(常会・自治会等)」でありながら、不動産などの登記が出来る法人格を持つ団体なのです。ここで言うところの権利能力無き社団とは、法律上の権利・義務の主体となるための資格ないことですが、地縁団体は法人格を持つことで、一定の権利(定めた規約の範囲内で権利能力を持つ)が与えられているのです。
 園原部落会の場合
園原部落共有の不動産(山林等)が有ることで、地縁団体を設立する目的としては明確でありましたが、単にそれだけを目的とすれば、操の横領が暴けないと考えつつ、規約に定める目的として、「1.回覧板の回覧等区域内の住民相互の連絡」・「2.美化、清掃等区域内の環境の整備」・「3.集会施設の維持管理」・「4.景観保持と修景」・「5.上下水道、生活用水、農業井水の管理」の五つの項目を掲げました。どうでしょうか、五番目に、しっかりと上下水道の管理が入っております。(定めた規約の範囲内で権利能力を持つ)とされていることは、これら五つの定めた目的が規約となることで、十分に園原部落会は操に対して請求権を持つことができるでしょう。(これで認められなければ弁護士の腕が悪い)参考までに追記しますが、目的の一番目、回覧板の事ですが、回覧板を回覧することは、園原部落ではなく園原部落会で決められている目的なのです。園原部落会の代表である私に、回覧板を回覧しないはないでしょう。(笑)令和4年8月4日

 偽造書類の片つけ方
請求権が認められない? そんな馬鹿な!?が万が一あった場合について、私は控訴を考えておりません。控訴でなく、請求権がある個人として訴えを変更します。どういうことかと言いますと、操の反論主張は「補償金を受け取っていた」であり、補償金を受け取る権利は園原簡易水道組合代表である熊谷操にあると主張しているからです。園原簡易水道組合の組合員は19戸(昭和46年までの水道設備利用者)であるとしていますので、その19戸に入っていれば、請求権が存在するのです。この訴えを起こせる者は少なくとも五六名おりますので、共同での請求になります。この方法を用いれば確実に勝訴できますし、請求金額も変わることは有りません。
 変わらない事実
園原部落会に請求権が無いとされた場合は請求権者の変更手続きが必要になりますが、請求権者を変えたところで、新たな証拠の必要性や、反論主張において期日を繰り返すこともありませんが、請求権者の権利の証明は必要になるでしょうし、その確認のために期日は開かれるでしょう。このような手法があることは被告弁護士も存じていますので、被告弁護士からは一度も「園原部落会に請求権が無い」との反論はありません。
被告が主張するに、嘘の反論を行えばウソの証拠が必要であることです。偽造捏造された書類の片つけは、書類の偽造を証明するよりは、偽造された書類でもって対応することです。
 訴訟の目指すとこ
なぜ私は操を訴えたのでしょうか? このことが被告らには見えておりません。しかし、熊谷秀樹村長には、しっかりと認識しているでしょう。「金が欲しくて訴えたのだ」は、熊谷秀樹村長や岡庭一雄の取り巻きに任せておきますが、読者の皆さんには分かりますよね。そう、熊谷操の横領を確定することです。これがこの裁判の最大の目的であり、これが達成できれば、損害金などあっても無くても良いのです。令和4年8月6日

 和解が無い理由
園原部落会に請求権が無いとされた場合において、操の横領が事実でないと否定されることではなく、かえって、操の横領が間違いないものだと証明されることになります。請求権が無いとは、「操の横領に間違いはない」から導かれる結論ということです。この様な状況でありますので、裁判の論点は「園原部落会」が、請求権ある団体なのかと、操の横領の事実を証明する段階となっているのです。園原部落会に請求権があると証明するには、園原部落会が地縁団体の法人登記団体であることに併せ、権利能力無き団体ではないと立証することですが、ここに弁護士の誤解があって、園原部落は智里西自治会の下部団体と捉えていたことで、自治会は権利能力無き団体であるから、園原部落会もその様に考えていたようです。自治会と部落会は全く違う団体ですよと幾度か説明したんですけどね、まあ、弁護士ですから仕方ないです。でも、ここに来てそれに気づきましたので、準備書面で訂正するでしょう。
 5年前に出した結論
操を訴えたのは、操の横領を確定するは元より、岡庭一雄と熊谷秀樹村長の共謀犯罪を暴くことが目的でありました。5年前、熊谷秀樹村長は契約書を偽造して操の横領犯罪を隠蔽しましたが、その犯罪に対峙するにはどうすればよいのか、熊谷秀樹村長の関与を表沙汰とするにはどうしたらよいのか、園原水道を園原部落に取り戻すには何をすればよいのかの結論がこの裁判でありました。操の横領ははるか昔から知っており、私が副部落長会計になった平成16年、いやそれよりも前の平成10年頃の出来事「操が47万5千円横領している」として部落会が開かれたことで、いつか、この問題を解決しようと考えて行動してきました。議員や村長には権力が存在し、逆らえない中で起きたこの犯罪、ジレンマを抱える親たちの時代に出来なかった解決の道、その道をつくるにはどうすればよいのかは、やはり、何事も法律に基づくことだとが、結論でありました。令和4年8月8日

 知らない者はいない
熊谷操の横領を知らないもは居ません。そして、誰もそのことに口を開きません。なぜでしょうか? 知らない者が居ないのは噂話であって、口を開かないのは、「どこに証拠が有るんだ?」でありましょう。この様な世の中で権力に立ち向かうにはどうすればよいのかは、やはり証拠をつくるしかありません。権力が犯罪の温床となっていれば、そこに向かうは法律でしか対峙できないと知れば、あとはそこまでの道筋をつくればよいことです。当時、ここまで深く考えていませんでしたが、その時々に、何を成すべきかは不思議なくらい見えておりました。
 予備戦
15年前、阿智村を相手として裁判するに、身内までも強く反対された。しかし私はひるむことなく前に進んでいる。それは決心ではなく、迷うことのない行動に駆られていたからだ。「設計料を支払え」は表向きだが、そこに誰もが目を向けて、私の欲だと決めつけている。そして身内が言うに、「権力に勝てるはずがない」と「仕事が取れなくなる」であった。その様な俗世の次元に私は居なく、はるか先を見ていたのは確かであった。
 権力者岡庭一雄
熊谷時雄・熊谷操・渋谷秀逸、この三人は、岡庭一雄村長の権力の中で、数多くの犯罪を行った。それらの犯罪の証拠を集めるに、それはいつか来る巨悪との戦いにあった。阿智村を訴えたのは予備戦であったが、そこで学んだのは、「法律はルールに基づく」であった。行政が団体ならば、行政に規則あるは行政法でしかない。行政法を離脱すれば、十分に規則に反することだ。岡庭一雄の頭は行政法に向いていない、単に権力を手に入れた独裁者であると知れば、ルールに沿って物事を判断すれば、最後は法律で争えると、直感ではなく、深く心にしみ込んだのである。令和4年8月10日

 陳述書は証拠
操の横領裁判は、ここに来て反論書面は出尽くした。最大の山場は、次回の期日にあることだ。そこで私は、陳述書を用意した。二度目の陳述書であるが、それは確かな証拠になると弁護士は言う。陳述書が証拠? 一瞬耳を疑った。陳述書は経過を書き出すことで、その説明に間違いが無いとするは原告にあり、被告側は常に否定するもので、間違いや嘘は茶飯事である。そんな曖昧なものが証拠になると聞けば、なぜ? と、気になるは当然だ。「え!?この陳述書が証拠になるんですか?」、「ええ、調査嘱託で提出されたみなみ信州農協の入出金履歴に、30万円の入金があることで、その入金について説明している陳述書ですから、証拠として裁判官は採用します。証拠ですよ」なんとまあ、期待以上の説明に、それはこの裁判の終わりが近づいているのを感じるとともに、操の横領が確定するのだと、強く心に響いたのである。
 横領の確定後
私の頭は常に整理が出来ており、想定外のことが起きてもあわてることはないが、陳述書が証拠に成るとは思いもかけない収穫であった。盗伐裁判でも、二度も三度も陳述書を認めたが、証拠に成るとは知らなくあった。裏を返せば、被告らの陳述書も証拠となることで、その陳述書に嘘が認められれば、確かに証拠となることだ。証人尋問も全く同じで、裁判官の前で宣言することが、それを表している。
ここで一つの山を越えた。操の横領が事実と認められれば、この裁判の結果は言うまでもない。そこで改めて気づくは、園原水道の権利主張である。横領が認められても、阿智村に権利ある水道となれば、阿智村が示す、「管理費」と「補償費」を横領したことになる。たしかに、この裁判では阿智村は蚊帳の外だが、管理費と補償費を横領したと証明されれば、園原住民の権利ある水道とはならない。令和4年8月12日

 同時進行
阿智村との争いは、給水停止裁判にあり、それはまだ始まったばかしである。ここで、操の横領裁判が進みすぎると、園原水道の権利に支障が出るとも限らない。そこで私は、弁護士におかしなお願いをした。「この裁判、少し遅らせてもらえませんか」それに応える弁護士は、「そうだね」と、すでに私の意図を飲み込んでいた。遅らせる理由は、補償費にある。操の反論は、管理費と補償費を園原簡易水道組合の代表として受け取っていたである。そして補償費は「16万5千円だ」と言い張った。その上、「補償費が30万円だと言うなら証拠を出したらどうだ」と、私を挑発した。通帳を取り上げたことで、よほど自信があったのだろうが、裁判官に調査嘱託にて、みなみ信州農協の口座記録の開示を求めれば、被告弁護士はその強気な態度を一変し、「いや、通帳が出てきたので、こちらで提出してもよろしいが」と、早白旗をあげた。裁判官と原告弁護士は驚いたように顔を見合わせ、私に視線を送る。「調査嘱託でお願いします」私はただそう言った。
 補償費は消えた
この時点で、30万円の入金記録は確定したも同然であった。30万円の入金記録が通帳履歴にあり、その入金記録の根拠を私が説明すれば、補償費は16万5千円でなく、30万円となるのだ。補償費が30万円になれば、阿智村が言う管理費36万円は、22万5千円となる。
操の根拠はこれで崩れ去り、横領が確定する。そしてこの裁判も終了するのだが、この裁判をかけた本来の目的は、「園原水道は園原住民の権利ある水道だ」を証明することで、操の横領が確実となっても、権利が確定しなければ意味が無い。たしかに、園原部落会を認定地縁団体だとしても、請求権が認められるとは限らない。
補償費は消え、操の横領が確定しても、阿智村が、管理費と補償費でないことを認めたことにはならない。令和4年8月14日

 録音の効果
令和元年12月10日、その日に部落会は開かれたが、その部落会は、井原清人生活環境課長が、操の家までの水道管を入れ替える説明会を開くとの連絡であった。それを聞いた時、私は思わず録音することを決めた。それは、操の横領を隠蔽するための工作だと直感したからで、この場で矛盾を追及して録音で残せておけば、いつか証拠になると考えた。
 筋違い
園原水道が園原部落住民の水道だと熊谷秀樹村長は確認していた。村が敷設した水道でないことも知った。ならばどうするか、村の水道としなければ成らないと考えるはごく当たり前のことだ。この話を持ち掛けたは操の方である。操はすぐに井原清人生活環境課長を呼び寄せ、自宅裏にある中間貯水層までの配管を村がやれば、名実ともに村の水道になるとしたのだが、そこに口実が無かった。そして探したのが浄水場の集水が不足するとの無理やりと、起きてもいない漏水を表向きとした。
これを実行するに事業計画を立てず、また予算も概算として大きな金額が示される説明に、それらの矛盾を追求したのだが、さすがに「五か年計画に入っています」との、井原清人生活環境課長の回答に、それ以上の追及は出来なくあった。(井原清人生活環境課長を追及しているときに、孝志が突然「通帳を返せ!」と怒鳴っている)
五か年計画に入っているなど無いことで、それを証明することを必要として、吉川優議員に一般質問をお願いしたのであるが、その答えが「10か年事業計画に入っている」であった。笑い話でもあるまいが、それが通るのが阿智村議会であることだ。
この様な愚かな工作が何事もなく実行されることに恐ろしさを感じるが、今の阿智村には、これが異常とする思考が働いていない。それどころか、議会が一緒になって操の横領隠蔽に協力している。令和4年8月16日

 録音の行き先
操の横領裁判で、弁護士にこの話をすれば、録音は必要なしと言われたが、給水停止裁判での弁護士は、非常に有効な録音であるとされ、それは証拠となっている。そして録音はそれだけではない。熊谷秀樹村長との話し合い、井原清人生活環境課長、極めつけは給水本管を無断で切断された件での話し合い、これらの録音は相当なる録音であって、この録音をもとにして組み立てれば、すべての状況証拠は証明されることになる。
 相関図の意味
ずいぶん前のこと、操の横領を相関図にしてあらわしているが、その相関図を必要とするのは、操と村長との関係性であることだ。村長は岡庭一雄から熊谷秀樹へと続いているが、村長としてかかわったとの証拠が偽造契約書にある。契約書を偽造して操の横領を隠蔽したが、それは操と村長とのかかわりを証明する証拠となっている。まさに相関図を熊谷秀樹が裏付けてくれたのだ。この裁判において偽造契約書の捏造を暴いても大した意味は無いと弁護士は言っていたが、契約書の偽造を暴くより、この偽造契約書を利用して、村長と操の共謀を証明する方が有効なのだ。ここで勘違いしてほしくないのは、操と村長を刑事告発するを目的として共謀を証明するのではなく、この横領犯罪を事実とし、この横領がなぜ行われたのか、そしてなぜ何十年も続けることが出来たのか、その上、監査員が園原水道の返還金を監査しなくあったのはなぜなのかを、審査請求にて、国に調査をさせるために偽造契約書を証拠とするのである。契約書の偽造判断は国であって私がやるべきものではない。

 最後の抵抗
みなみ信州農協の園原部落本通帳の入出金記録は、被告操らの手元にも届いている。すでに30万円の入金を確認し陳述書をしたためたが、被告弁護士も入出金記録について何らかのコメントを出さなくてはならない。「通帳なら有りましたので提供してもよろしいが」と言ったが、「30万円を部落に入れる?」「四人で話し合いをした?」「そんな証拠があるなら見せたらどうですか」と、被告準備書面で反論した被告弁護士は、すっかりその勢いが失せていた。その証拠が明らかとなった今、被告弁護士からどのような言葉が出るのであろうか。それとも、何も言うことが有りませんと、すなおに認めるのでしょうか。どちらにしても次の期日では、何らかのコメントを出さなければならないのは確かである。
 返還金は30万円
操は「返還金ではない補償費だ」「補償費は16万5千円だ」と主張してきた。それが、16万5千円でなく30万円であったと証明された。ここで操の主張はすべて崩れたことになる。この時点で操から新たな主張が出なければ、裁判は終結へと向かうことになる。はたして操からまだ反論主張が有るのかと言えば、実際には何もない。だが、操に反論主張が無いとしても、このままに出来ない事情に、村長との契約書の問題がある。そう、契約書には「管理費36万円」「補償費16万5千円」と分かれており、返還金ではないとしているからだ。ここで主張しないと、「補償費ではない、管理費ではない、水道料金の返還金であった」と、操が認めることになる。裁判に負けても絶対に譲れないのは、「補償費を受け取っていた」であり、補償費であったとしなければ、これらの契約書は、偽造捏造されたとされ、熊谷秀樹村長の共謀が立証されることになる。だからして、何としてもは、操より熊谷秀樹村長の方が強いのである。令和4年8月20日

 補償費とは何か
盗伐裁判を思い返していただきたい。敗訴しても控訴するに、何としても平川成泰が植えた木にしなければ成らないことに、阿智村が補助金を拠出していることにある。渋谷晃一や熊谷秀二が困るより、熊谷秀樹の責任問題となるのが困るのだ。そのように、この裁判も、熊谷秀樹が操の横領を隠蔽したことが表に出るのが困るのであって、操が裁判に負けることを何としても阻止したかったのだ。
 とんま
操の横領を隠蔽する目的で契約書を偽造捏造するのであれば、村の控えだけでは無理なことで、操本人に契約書が存在していなければ何の証明にもならない。まあ苦し紛れの弁明であるが、契約書を証拠とするのであれば、契約書の内容が操の主張と整合しなければ、契約書はもろ刃の剣となる。契約書には、管理費と補償費で分けてあるのと、管理費だけのものが有る。ここで契約金額が同じであれば、補償費とは何だ? の疑問が出る。操は「道路公団の補償費だ」と弁明した。そしてその補償費は、渇水する前の園原簡易水道組合に支払われる金で、その金を受け取ってきたのは操が園原簡易水道組合の代表であったからだと反論された。好き勝手な言い分はそれなりにぼろが出ることで、これを否定するところに原告は無い。補償費が操の言う通りの性格であるのは阿智村が契約書で認めているからして、阿智村がその説明をするところにある。「補償費とは何ですか?」は、原告でなく裁判官の疑問なのである。操の言うところの補償費が16万5千円であっても、それが30万円であったとされても、補償費の実態が明らかにならなければ、誰に請求権が有るのか? に戻るだけなのだ。令和4年8月22日

 阿智村が証言者
操の横領は30万円の立証で確定することだが、補償費が事実となれば、請求権は各個人にあり、補償費が存在しなければ、園原部落会に請求権が存在することになる。ようするに、補償費の判断において損害金がどこに誰に払わるのかが決まるのだ。補償費が事実となれば、損害金の支払いは19戸(上の組と東組)に支払われることになるのだが、19戸は今現在10戸しかなく、その中に熊谷操も田中義幸も熊谷政幸も渋谷吉彦も含まれているからして、実際は6戸以下となる。
 補償費の損得
平成28年2月に操の横領を出納室長と矢澤生活環境課長に告げた後、今久留主総務課長は慌てて操との管理契約書を作成している。その時に、補償費の存在は無い。その一月後、この契約書の存在を熊谷秀樹村長に聞けば、「契約書などありません」と答えている。しかし、翌年6月には、田中義幸との契約書を刑事に見せており、その契約書はこの裁判で被告の証拠とされた。だが、田中義幸との契約書には、補償費の細目が掲載されていないのだ。 義幸契約書     クリックしてご覧ください。
契約日が「平成16年4月1日」とあるは、平成16年2月末に操と義幸と寛の四人で「30万円をl部落に入れろ」と話し合った後に「議員報酬以外に公金の受け取りは出来ない」と告げたことで、操は慌てて義幸の口座に振り替えている。「3.委託業務の金額」として、「委託費は年額525千円とする。」とあるのが何よりの証拠である。
この契約書は偽造されたものであるが、偽造を証明するより、「契約書では525千円が委託費になっています」「補償費とはどこにも書かれていません」と、否定することが有効な反論なのだ。問題は、補償費が有ったのか無かったのかが、操の横領確定後に争う項目なのである。令和4年8月24日

 悪さの付け
悪いことをすれば、必ずその付けは回ってくる。その悪しき例がこの裁判にある。「村長が横領犯罪に加担した!」そのように報道される日は近いうちにやってくる。
この犯罪の複雑さには、やはり阿智村の行政が深く関与してしまったことにある。行政が言うことは裁判官でも信用するもので、そこを切り崩すにはそうとな証拠を必要とするし、それらの証拠が有ったにしても、行政書類が優先されることに変わりはない。要するに、確かな証拠は行政書類にあると言うわけだ。私が手に入れた証拠の全ては行政書類である。それらの多くは偽造されているが、行政書類であれば裁判官はそれを証拠として採用する。ここで何も偽造と証明する必要はなく、行政書類に間違いがあることを示せばよい。それらの行政書類に間違いが無いとするのが行政であるは当然で、行政が間違いを認めることは、行政書類が証拠にならないとなるのだ。
操は多くの行政書類を証拠として提出されるに、それらの証拠が操の横領を否定する行政書類であったにしても、行政はこの裁判には関係が無いことで、大した証拠にはならないのだ。いわゆる、熊谷秀樹が操に協力して多くの行政書類を操に渡しても、操の横領には全く関係が無いと言うことだ。「阿智村との管理契約書が有ります」これが証拠ですと言って5通もの契約書を証拠としたが、それらの契約書の写しは阿智村の行政書類であって、操の契約書ではないことだ。原告弁護士が「阿智村はこのような契約書を行政書類にしている」と裁判官の前で言ってはみたが、「行政が契約書を偽造するわけがない」と被告弁護士が反論してもきたが、操の横領が消えることは無いのである。しかし、この裁判の根幹は「園原水道の権利」がどちらにあるかであって、それはまさに、給水停止裁判に大きく関係することなのだ。
 同時進行の意味
給水停止裁判と操の横領裁判は、どちらも園原水道の権利が根幹にあることで、操の横領裁判だけでは園原水道の権利が園原住民にあることが証明できない。ここを乗り切るためには、もっと多くの行政書類が必要であり、その中でも、昭和47年の園原水道敷設工事図面を手に入れる必要があったのだ。それを手に入れようと開示請求(給水を止められた話し合いにおいて、熊谷秀樹村長から「村営水道だとの証拠が有る」との発言を受けた。)を行ったら、そこで「設計図も有りますよ」との発言を受けた。だが、開示請求で設計図を得たにしても、それは私の証拠とはならないのであった。令和4年8月26日

 阿智村の証拠
阿智村が「これが村営水道の証拠です」と反論して来なければ、設計図など何の役にも立たない。それが裁判であることに、操が提出した5通の契約書にあることに気づいていた。操は「契約書が有る」と、阿智村の控えの契約書の写しを証拠としたが、これは操の証拠では無い。これを証拠とするのであれば、阿智村が「熊谷操と契約しています」と証明することであり、5通の契約書の内容がそれぞれ違うことに、それらの説明と根拠の書類を添付しなければ、証拠として採用されないことだ。では、阿智村がそこまでのことを操の裁判のために行えるのかと言えば、それは不可能であることを被告弁護士は承知しているし、裁判官も求めていない。それらの証拠が正しくあってもだ。
 逆転の証拠
偽造契約書にその説明はつかないとの結論もあるが、仮の話として、阿智村がそれら契約書を説明したとして、絶対的に必要な説明は「補償費の支払い」である。操が横領ではないと主張するに、「管理費を受け取っていた」「補償費を受け取っていた」としているが、5通の契約書のうち、補償費があるのは2通だけである。なぜ2通の契約書に補償費が含まれているのかの疑問より、補償費とは何であるのか? との説明と根拠が必要になる。阿智村に説明がつかなければ、それは横領だとする逆の証拠となるのだ。
今まで、熊谷秀樹村長に「補償費とは何ですか?」と聞いたことは無い。それは、裁判にかけるまで、補償費など聞いたことがなかったからだ。「水道料金の返還金は部落に入れろ」と操に話をつけた時に、操は「管理は俺がやってきた15万円は管理費としてほしい」と言っただけで、補償費のほの字も出ていない。平成28年、操の横領を熊谷秀樹村長に告げた時も補償費の言葉は無かった。そして、刑事を騙した田中義幸の契約書にも、補償費など記されていない。令和4年8月28日

 説明できない補償費
操の裁判は単純である。横領したかしないだけの話だ。52万5千円が、平成28年まで毎年支払われてきたのは村が証明しているし、その金を操が受け取ったのも操は否定していない。あとは、操が受け取るべき金であったのかなかったのかの問題で、それを解明するのが「補償費」なのだ。補償費なら操が受け取ることが出来るのかは置いておき、補償費が何の支払いであるのかが証明できなければ、操の主張も一部は通用する。
 架空の論点
裁判官側から見れば、補償費などは解明することでもない。阿智村が補償費として操の支払っている事実と、操が補償費を受け取っている事実が有れば済むことだ。だからして、補償費がどのような金であるのかと、操に支払う金でないことを原告が証明しなければならないのだ。だからして、まずは補償費が存在するのかしないのかから始めているのである。
これまでの経過をたどれば、補償費が存在したとするのは阿智村であって操は一度も補償費は有るとは言っていなかった。しかし、行政書類として補償費の存在を肯定されれば、まずは補償費があるとして操の横領を証明することから進めてみた。それは、「操の返金額は30万円であった」との主張だ。それに対して「補償費は16万5千円である」が操の反論であった。これを切り崩すに証拠となる平成16.17年度の通帳は被告側の手にあって、入手するには、弁護士法23条の申請であったが、ほどなく金融機関から開示された。それをもとに30万円の入金を確認することが出来、それを明らかとした準備書面は次回期日までに提出できることになった。令和4年8月30日

 阿智村の嘘
補償費であっても、操らの横領は確定することだが、補償費であると裁判官が認めてしまえば、管理費は正当な支払いになってしまう。ここを乗り切るには、次なる作戦が必要になってきたが、この作戦は、この裁判が始まる前から準備をしていた。その作戦とは、「水道代を払わない」である。一見無茶な話に聞こえるだろうが、水道代を払わなければ「払え」とくるはずで、そこでもめればと言うより、もめさせるにはどうすればよいかと言うことだ。たかが水道代、だが、払わなければそれなりの理由が必要だ。操の横領は阿智村の金をだまし取ったことではない。園原部落への水道料返還金を横取りしただけである。熊谷秀樹村長へもその様に伝えてきたから、村は、管理費と補償金に分けて隠蔽したことだ。しかし、その支払いが平成28年度分を最後に止められてしまった。「返還金が無ければ水道代を支払えぬ」を理由にすれば、水道代を払わないは十分通用する話である。そして始めてみれば、給水停止という手段に出られたことで、議会との話し合いを求めたが、肝心な熊谷秀樹村長が静かになってしまった。これでは村と争えない。争えなければ返還金であることが証明できないと少々焦ったが、操の裁判を進めれば、「補償金とは何だ?」にあわせて、「管理費を支払う理由は?」が当然出てくると考えた。それは、今久留主課長がつくった支払明細に、「組合委託は園原のみ他にはない」という吉川議員のメモがあったからだ。
 書面が語る
操を訴えるに、手に入らないもので最も重要なのが、操の個人通帳である。阿智村が、昭和61年から返還金を振り込み続けた操の通帳である。この通帳に、56万5千円の入金記録が有れば、それで終わりである。確かに補償費の支払いであれば、52万5千円が一度に振り込まれるもので、16万5千円でないとなる。これで横領は決定する。同じ日に、管理費として36万が振り込まれていれば、管理費は存在して、補償費は16万5千と証明される。だが、操はこれらの通帳を証拠としていない。令和4年9月1日

 操の個人通帳
操は、補償費が16万5千円だとする証拠だとして、個人通帳を証拠としたが、この通帳の存在に驚いたのは私である。何より、その通帳をまずご覧いただこうか。 操の個人通帳     クリックしてご覧ください。
 補償費の証拠?
昭和62年からこの通帳は存在しているようだ。現金として19万5千円を入金しているが、これを補償費だと操は言う。現金現金と続いて、令和元年から「スイドウダイ」と記録されている。平成2年1月に、「スーパーMMCへ」として54万円余りが移動されているが、補償金だとしても、この時点で横領したことになる。当然に、園原部落の会計にはスーパーMMCなどの定期預金は無い。それが分かっているのになぜ操はこの通帳を証拠としたのかは、平成2年だと民事における横領は時効となっているからだ。それと、「俺は園原簡易水道組合の代表であって、補償費を受け取る権利がある」として、主張したのである。ようは、「横領ではない」として、この通帳を証拠としたのである。
 偽造契約書との整合
平成5年から平成9年まで「ヤクバヨリ」と記入されるが、平成5年と言えば、黒柳村長と操の契約書が突然現れている年度と一致する。開示請求で黒柳村長との契約書の開示を求めたが、阿智村では不存在とされた。しかし、被告弁護士は、「私が熊谷秀樹村長から仮受けた」として、その契約書の存在を主張している。(これ、凄いことですよ)令和4年9月3日

 引き継がれた個人通帳
平成10年から「ヤクバヨリスイドウ」に変わり、平成12年には「ヤクバヨリ」に戻り、それ以降は記載が無い。つじつまが合わない通帳であるが、唯一つじつまが合うのが、平成17年3月16日と平成17年7月20日である。何とつじつまが合うのかと言えば、平成17年2月末、操と義幸と寛と私との四人で水道料金返還金の話をしたからだ。その話し合いにおいて毎年30万円の入金を約束したが、その実行は平成18年3月までである。平成18年2月20日、この通帳はその日をもって終わっている。なぜその日に終わらせたのかと言えば、平成18年4月から、この口座を引き継いだ「園原部落特別会計」が、熊谷和美部落長と熊谷孝志会計の手で始まったからである。
 №2の通帳
阿智村の支払い明細(今久留主総務課長が吉川優議員に渡した書面)には、平成16年から田中義幸の口座に振り込んだとされているし、実際に、義幸の妻正子が現金30万円を水道料金返還金の金だと届けていることで、間違いなく阿智村は義幸の口座に振り込んでいる。それは良しとしても、それまでの振込先口座はどこの誰であったのか? 支払明細によれば不明とあるが、この「操の個人通帳」からすれば、この通帳に振り込まれた形跡はない。だとすれば、この通帳は操の個人通帳であるは間違いないことになり、この通帳を№2とした、№1の通帳が存在しているはずだ。横領の証拠になる通帳であれば、№1の通帳を操は提供するはずがないが、阿智村であれば操の№1の通帳を明らかにすることは出来る。この裁判では阿智村は第三者であって、それが操に数々の行政書類を開示請求無しで提供していることからして、裁判官に「不明」だとか「紛失」などが通用しないことは言うまでもない。令和4年9月5日

 分けられた通帳
操の個人通帳に「ヤクバヨリ」として16万5千円が振り込まれているように見えるが、この入金が阿智村役場から直接振り込まれていないとすることに、入金日の日にちがそれぞれ違うことにある。4月にある毎年の監査を経て振り込まれる公金は、4月の末であることを知っていた方が良い。だからしてこの通帳は、操が阿智村から振り込まれてきた金額の一部を引き出して入金したものである。しかし、操はなぜこの手間のかかる作業をわざわざしたのかと言う疑問が出てきた。52万5千円が確かに管理費だとすれば分ける必要はないし、また水道料金返還金だとしても腑に落ちないことだ。(この疑問は後に解決する)
 補償費の通帳ではない
操はこの通帳を「補償費を受け取っていた通帳だ」「この通帳は平成18年から部落で管理されてきた」だから横領ではないとの反論をしているのだ。この主張は「平成16年と平成17年の部落会計への入金は30万円であった」で覆ることになるのだが、補償費ではないとは言えないのも事実である。操が補償費だと言っても通用しないが、阿智村が補償費だとした契約書が存在することで、補償費だとの説明は阿智村でなければできないことになる。しかし、この裁判では阿智村は第三者であって、今のところ応えるところにない。では、補償費ではないとするには、いったいどうしたらよいのだろうか。
 特別会計
この問題を解く一つの鍵に、操は自身の個人通帳を「園原部落特別会計」としたことにある。個人通帳であっても名義が自由な時代の預金通帳ならば、園原部落の名前が入ったにしてもおかしくはないが、操の目的は何であったのか? として推察すれば、操が園原部落に説明したことが理由にあると思われる。操が園原水道返還金について一貫して言ってきたことは、「俺が管理してきた」である。実態が無くともその様な言い分が有れば、園原部落とて返しようがない。だからして平成23年の水道事故(塩素流失)後に、「長年管理ご苦労様」として交代させている。令和4年9月7日

 補償費が無い
この通帳に「スイドウダイ」と記入していることは、操自身が水道代の返還金であることを示しており、補償費ではないと証明している。操は部落会でも話し合いでも、一度も補償費などと口にしていない。水道事故の時も、水道の返還金だとか、管理は俺がやってきたとしか言っていない。そして管理費を15万円はほしいと要求している。自身で約束した管理費15万円を36万円にした時点ですでに横領は確定することで、次回の期日べ操が反論できるのであれば、「管理費は36万円であった」との、具体的な証拠を示すしかない。平成28年3月に横領を指摘した時点において、今久留主総務課長が証拠としたのは「園原簡易水道組合代表熊谷操」であって、管理費を52万5千円とされていた。補償費が有るのであれば、また、操が今久留主総務課長に契約書を偽造せよと指示したにしても、補償費と管理費に分けろと言っているはずである。なによりも、平成16年の園原簡易水道組合代表田中義幸との契約書には「管理費52万5千円」とされており、補償費の一文字も無い。この契約書を被告弁護士は、「村長から直接もらった」と証言した限り、阿智村は補償費の存在を認めることは出来ないのだ。
 補償費を受け取る理由
昭和63年開設の個人通帳を証拠とし、「これが補償費の証拠です」とした限り、それを間違っていましたと取りさげることは出来ない。そこにおいて、被告弁護士は反論の趣旨を変えるであろうが、原告としては、補償費であるのか無いのかは決定的なことであって、おいそれと応じられない。だからしてこの通帳の不備を責めていくのだが、元々にこの通帳には不自然極まりないことが有る。それは、この通帳の開設が昭和63年であると言うことだ。令和4年9月9日

 三年の誤差
今久留主総務課長が作成した支払明細は、昭和60年から支払いが始まっていると記されていたが、操のこの通帳の開設日は昭和63年だ。通帳記載は嘘を言わない。管理費だ補償費だと騒ぐ前に、阿智村からの支払い期日が合わないことをどのように説明するのか。今の状況は、阿智村は園原水道に関わる支払いを昭和60年から始めているに、受け取り者だと主張する操が「63年から受け取っておりました」では、二年分の支払金が不明となる。
 証拠不採用
この二年間の不明を指摘していないのは、こちらに証拠が無いからだ。この不明を明らかにするを目的として、みなみ信州農協に園原部落の本通帳の開示請求を行ったが、昭和60年からの開示は出来なくあった。あまりにも古い記録であることと、当時はコンピューター管理でないために倉庫の中で眠っているとのこと、相当なる時間、例えば二三カ月の猶予をいただければ開示が出来るかもしれない、が、みなみ信州農協の回答であった。昭和60年からの開示を求めたのは、昭和60年に園原部落通帳に阿智村からの振込記録があったのを私が確認していたからだが、その通帳は熊谷繁部落長の要請で返していた。
昭和60年の園原部落通帳が開示されなくあったが、その代わり、平成16年3月から平成18年の3月までの記録は開示されたことで、操のウソ「補償金は16万5千円だ」を暴くことが出来た。9月9日の期日において、「原告の主張に反論が有れば、次回期日前に準備書面を提出してください」と裁判官から被告弁護士に伝えられたが、ここで被告弁護士は「ああ、横領は絶対にしていないので」と、なんとも弁護士らしからぬ言葉が発せられた。どちらにしても、操が補償金の受け取り通帳だとした「園原部落特別会計代表熊谷操」の通帳は証拠となりえなくなった。令和4年9月11日

 どうする操
操の横領を否定する者は、今や阿智村中にもいないであろう。あとは本人が認めるかどうかだけである。この裁判において否応なしに証拠が挙がるに、裁判が終わったあとを考えるべきではないか。たしかに、横領してましたなどと言うはずもないが、補償金であれ、管理費であれ、また水道料金の返還金であれ、16万5千円でなかったことは、操の反論主張は否定されるのだ。
 被告の反論構成
被告弁護士が組み立てた反論主張の根幹は、「渇水被害を受けた園原簡易水道組合の19戸は、公団の補償金を受け取る権利がある」である。これは絶対に変更できない主張であることは、この反論主張が崩れれば、もはや裁判を続けるところにない。今後の展開であるが、被告側からしてみれば「横領はしていない」の被告弁護士のささやきにあるように「横領ではない」との主張を強めると思われるが、実際に横領ではないとする証拠は何もないだろう。万が一にもあれば、それはこれまでの期日で提出されていたことだ。
 補償金は有った
16万5千円が崩れ去った以上、あとに残るは「補償金である」ことの証明だ。今までに、操は一度として補償金などの話はしていない。訴えられて初めて「補償金を受け取っていた」「補償金を受け取る権利は渇水した園原簡易水道組合の19戸だ」と主張するに、それは平成29年に刑事を騙した偽造契約書と偽造支払明細に基づくことだ。あの時、刑事を騙せとの指示は熊谷秀樹村長であるが、実際の偽造内容を指示したのは当然操である。操とて何も根拠が無くて支払い内容を指示できないとなれば、当時(昭和46年)の道路公団との交渉を基にするのは、これもまた当然のことではないか。
操の答弁書に「公団は責任を認め、阿智村が敷設する簡易水道工事費用の一部を負担した」「19戸の中には、『本来なら補償費は我々がもらえる金員だ』と主張し、阿智村が公団から受け取った金員を19戸に支払うよう求め続けてきた。」とある。令和4年9月13日

 公団が負担
水道工事費の一部を公団が負担したとあるは事実であるが、一部負担(1千万円強)したのは阿智村であって、公団は6千万円余り負担している。公団の負担金は渇水した園原住民への補償費であり、当時の園原住戸は37戸在ったが、渇水していない住戸(7戸)へは補償費は支払われていない。しかし、祖父清は園原部落全戸の水道を要望しており、公団の補償費で足りないところを阿智村が負担したことである。この経過については被告操も同じく供述していることであるが、操の主張は、「補償費は個人の権利であるから、19戸(園原簡易水道組合)の分の補償費を返してもらって来た」と言っている。これを原告である私は反論するところにない。なぜならば、操への支払いは村が勝手にやっていることで、園原部落会は補償費を返せとは訴えていないからだ。
 補償費の事実
公団が渇水した園原住民の各戸へ補償費を支払うとされたのは、操も私も、そして園原部落の全員が理解していることであるが、その補償費を元にして園原水道を敷設したいと阿智村にも公団にも要望したことも全員が承知してのことである。園原水道を全住戸に敷設するに事業費が足りなくあったことも事実、そこで公団に、「もっと補償額を上げてください」とお願いしたことである。公団はそれに応えており、工事が完了した時点で、「覚書」を阿智村と交わしている。その覚書には「補償はこれで終わりである」と「今後の管理は阿智村が行うこと」が記されている。(この覚書は被告操が添付しているが、阿智村の保管書類である。なぜこの書面が操の手に入ったのか?)補償費額は公団への開示請求で明らかとされるが、間違いないことに、一部負担は阿智村の方であることだ。令和4年9月15日

 簡易水道の意味
園原水道の事業主体は阿智村である。それは当然だ。一部負担にしても税金からなるもので、阿智村が簡易水道として県に申請しなければ認可が下りないし、実際に県への申請書も証拠とされている。では、阿智村が事業主体であるから阿智村が敷設した水道で阿智村の権利ある水道なのかと言えば、そこは全くに違うことだ。なぜならば園原簡易水道として申請しているからだ。どういうことかって? そこが分からないとこの話も分かりませんよね。簡易水道とは、その名前の通り「簡易」な水道という意味で、水道事業でないのです。水道事業でなければ村営水道ににならずして、実際に阿智村は昭和47年当時は水道事業を行っていなかったのです。大野簡水も昼神簡水も、そして園原簡水も、独立した水道設備であったのです。唯一園原水道が阿智村内の他の水道設備と違うのは、全額補助事業での簡易水道で無かったことです。それも当然ですね。日本道路公団が補償工事として設置した水道設備ですからね。
 阿智村が認めていること
給水停止における私とのやり取りで、熊谷秀樹村長は「村営水道だ!」として、水道代を払わぬ私の家を水道を停止しました。これは、まったく阿智村の言うとおり、村営水道であり、水道代を払わなければ水道は止められます。ですから給水停止の裁判で、私が勝訴することは無いのです。勝てもしない裁判に何を求めているのかは今の段階では書けませんが、まあ、操の横領に関することとしておきましょう。
さて、話を戻しますが、簡易水道であっても水道料金を支払うのは当然のことで、阿智村における簡易水道のすべては水道料金を納めておりました。しかし、園原簡易水道は、渇水被害を受けた住民の補償費を基金として敷設されておりますので、それら水道設備の権利は園原住民に有ったのです。令和4年9月17日

 水道事業化した阿智村
「『昭和60年に阿智村全地区の簡易水道が水道事業化されましたので、園原簡易水道も村で管理したい。水道料金は徴収しますが、必要経費を除いてお返しします』この様な話が部落に来た」私は最初からこのように説明しておりますし、操の横領を告げた時も熊谷秀樹村長に言っております。そして、操を訴えた訴状にも、この様に陳述しております。そして阿智村もこの事実を否定していません。
 経過書類は村の中
園原簡易水道を村営水道にしたいというわけだ。常識的に、水道代が徴収されるとなれば、冗談じゃないとなるは当然のことであるし、阿智村も水道料金を徴収するとなれば、各戸と契約することになる。これらの話を整理するに、行き当たりばったりでは出来ないことで、事前の調整が必要なことは言うまでもない。そこでだが、操はこの時村会議員でないことで、阿智村は操に一切話をしていない。では、この話しを園原部落にかけるには、いったい誰を窓口にしたのかと言えば、その時の智里西地区代表議員の渋谷勲(母方祖父)である。祖父清は引退しており、祖父渋谷勲は私の父にこの話を持ってきた。父はその時の部落長であった渋谷武彦(吉彦の父)とともに話を受けて、部落会を開いて周知している。「上の組と東組の共同水道の補償費だ」と操は文句を言っているが、村では必要経費を除いて返還しますと約束しているのだ。これほどの経過があるに、また、園原簡易水道を村営水道にするに、経過書類が無いなどはありえなく、間違いなく役場に保管されているが、開示請求したとしても、阿智村はそれを成さない。弁護士法23条を行うにしても、阿智村は拒否できるのだ。裁判官に調査嘱託を申し込むにしても、操の横領との因果関係を証明できなければ無理であるし、横領の確定には関係ないとされる。令和4年9月18日

 補償費の支払先
園原簡易水道が敷設されたのは昭和47年であるが、阿智村が村営水道事業を立ち上げたのは昭和49年3月でありますので、村営水道は園原簡易水道敷設後に設置されたことになります。また、公団の補償金員をもとに敷設工事を行っていますので、園原簡易水道の所有権は園原住民となります。しかし、阿智村は昭和60年に園原簡易水道を村営水道にしたいとの申し込みがあって、それ以降は阿智村村営水道の管理下に置かれることになりました。しかし、園原簡易水道の所有権を手放したわけではありません。
 補償費が証明する物
日本道路公団に行って、園原部落住戸の渇水に対する補償について話を聞いたことは以前に書き出しておりますが、公団によれば「補償費は補償する方にしか支払われません」と言われております。当然の回答ですが、それをもとにして補償費の取り扱いを考えてみるに、補償費は各戸均等な金額であったと思われます。共同水道が有ったにしても、湧水や井戸であっても、渇水であれば同じ条件であって、またその補償費をもとにして園原部落の水道設備を敷設するとなれば、同じ金額で無くて根拠は成り立ちません。しかるに、敷設工事費の費用大半を補償金で賄うとなれば、それは工事費の概算が先に有ることで、それらの金額が確定するに併せ、園原住戸全員の総合計額として補償費に変えたと考えられます。この想定が正しくあることは、園原簡易水道の所有権が園原住民に有ることの証明にもなることで、また操の横領の確定にもなることであります。
補償費の支払先はあくまでも渇水被害を受けた園原住民であることに違いなく、便宜上にて、園原簡易水道の敷設申請を行った阿智村に支払いがなされたものであることは、いましばらくすれば、日本道路公団(NEXCO東日本)から示されるものであります。令和4年9月21日

 返還金の証明
園原簡易水道の所有権が園原部落に有ると証明するために、操の横領裁判も給水停止裁判も始めたことであります。熊谷秀樹村長は、「園原水道は村営水道だ」と一生懸命力説しておりますが、村営水道だと言うのであれば、その証拠を見せろと迫ってみても、証拠とやらは何一つ出てまいりません。当たり前でしょ。村営水道であることイコール阿智村の水道であることではありませんからね。村民もその理解が出来なく、村長が言うところの村営水道で判断されているようですが、村営水道とは水道事業を行う団体の名称であって阿智村ではありません。水道敷設工事を行うに、阿智村は国からの補助金を得るために簡易水道敷設申請を行うのであって、その敷設された簡易水道の管理運営を昭和60年から始めただけであります。水道設備の所有権は存在していなく、その管理運営を行う団体が村営水道なのです。
 所有権の存在
園原水道が日本道路公団の補償において敷設されたことは操も認めていることで、操は、昭和60年から阿智村の管理になって水道料金を取るのだから、補償金を返してもらっているだけだと主張しています。これが正しくあれば私は裁判に負けるでしょうが、操の横領に変わりは有りません。しかし、操の主張が通ることであれば、阿智村は昭和60年に園原水道を取得したことになりますので、それを証明しなければならないでしょうね。そこででありますが、熊谷秀樹村長が刑事を騙す手段として偽造契約書を作成した訳ですが、そこで補償費と管理費に分けたことにどのような目的があったのでしょうか? 察するに、それらの分け方は操の考えで行われていますので、補償費は確かにあったと言うことになりますが、それであればなぜ「補償費を返す」とされたのでしょうか。補償費は園原水道設備の工事費に持ち入れられたことで、園原水道を村営水道にするにしても、村営水道では水道設備の所有権を求めていないことで、それに対する対価も用意できることではありません。令和4年9月23日

 裏の裏
ここでまた岡庭一雄が登場しますが、読者の皆さんもだいたいの想像が出来ることでしょう。この補償金の支払いこそが、岡庭一雄の謀略なのであります。考えてもみてください。昭和60年と言えば、黒柳忠勝が村長であったのですよ。黒柳村長が「園原水道は村営水道だ」なんて言いますか? 「補償金を園原住民に返す」なんてできますか? よく考えてみて下さい。行政ですよ!
 平成6年まで黒柳村長
昭和62年、父典章は教育長であったが、操の横領を知ったのは原武平収入役からの話である。原武平は建設課長を経て収入役になっているが、園原部落へ返金される水道料金返還金が操の口座に振り込まれていることを知り、父に相談したという。父は、昭和60年時の部落長であった熊谷千美に話を聞けば、「水道の管理は俺がする」と操に言われて、通帳の印鑑を渡したという。操はその印鑑を用いて部落預金通帳から振り込まれていた返還金を引き出している。(通帳記録に有り)
岡庭一雄が環境上下水道課長の時に、私は水道課に乗り込んで「操さは議員だから公金は受け取れないじゃないか」と、水道料金返還金のことを聞いているが、その時の係長熊谷宰光は「これは特別な支払いです」と、おかしなことを言っていた。(この時には契約書など存在していなかった。宰光に聞けば、今でも覚えていると思うが)
平成23年の塩素機故障事故において操を追求した時にも、岡庭一雄は熊谷義文議員(当時は職員)に「操さは議長になったので、義幸さに管理を変わってもらったんだ」と言わせている。このように、園原水道に関することに岡庭一雄が常に登場するのを見れば、水道料金の横領は岡庭一雄の協力なくしてなりえないものである。令和4年9月25日

 補償金の真実
水道料金の返還金を操が受け取ってきたことが横領犯罪なのだ。だとすれば、操が受け取ってきた公金は、返還金で無い! としなければ成らないのが熊谷秀樹村長の考えとなる。そのために「園原簡易水道組合」という架空団体をつくり上げ、その代表を熊谷操とし、水道料金返還金でなく管理費の支払いとしたのだ。これは平成28年3月に行われているが、その時の契約書はたしかに管理費の契約書であった。
平成29年3月末、熊谷秀樹村長に操を警察に訴えると脅している。そして刑事が調査に向かえば、「田中義幸との契約書が有り、今までの支払い先に間違いが有ったと言っています」と刑事は話している。その裏を取るために、吉川優議員は熊谷秀樹村長から契約書の写しを手に入れた。それは田中義幸との契約書であり、刑事が確認した契約書と同じであると思われるが、そこにも「管理費の支払い52万5千円」と記されている。(この契約書は裁判で被告操の証拠とされている)
 補償費が出て来ない
吉川優議員は、一般質問に合せて今久留主総務課長に園原簡易水道への支払明細を求めたところ、その書面に初めて補償費の文字が記されており、その金額が16万5千円であった。このつじつまが合わない話に私は操との契約書の開示請求を求めたところ、それは平成28年に示された契約書ではなく、管理費36万円、補償費16万5千円に分かれている契約書であった。田中義幸との契約書と操との契約書、同じでなければならない契約内容に違いがあれば、どちらの契約書が正しいかとの話になるが、これを操や義幸が説明したところで証明できないし、また、阿智村にその説明を求めることは、この裁判では出来ない。どちらの契約書も正しくないと証明するには、補償費の存在を証明することで、その補償費が、何の目的で誰から誰に支払われたのかを明らかとすることである。令和4年9月27日

 詐欺犯罪
園原水道返還金ならば単なる横領であるが、補償費の横領となれば様子は違ってくる。いわゆる金の出所が違うからだ。水道料金返還金であれば村営水道維持管理の会計からの支払いで阿智村の支出ではないが、補償費の支払いを受けていたとなれば、水道維持管理の会計ではなくなる。水道維持管理は水道料を徴収しての運営である限り、支払いは水道に関する支払いしかできないことだ。補償とは損失を補うことであって、仮に水道敷設事業で損失が発生したにしても、そこに持ち入れられる金は阿智村からの支払いになるからだ。操は、「園原水道は園原住民19戸の補償費で敷設されたとし、その補償費の返還を求めて受け取ってきた」と主張している。それが事実であれば、阿智村から支払いがなされていることだ。阿智村の支払いであれば監査もその様な了承がなされていることで、あいまいな書類は存在しないとなる。
 補償費の支払いに契約が必要か?
まずは、水道料金の返還金に契約書は必要か? の疑問から始めてみよう。それは、熊谷秀樹村長に操の横領を告げた平成28年3月の事であるが、熊谷秀樹村長は真っ先に「契約書なんてあるんですか?」との場違いな質問を私にした。なぜ場違いなのかと言えば、それは私の質問であることで、行政の定期的な支払いが30年も続くに、契約書が無くての支払いはあり得ないからだ。この時熊谷秀樹村長は何を言いたかったのかと言えば、まさに、「契約書が無いのだから返還金と言えないじゃないか」と言うことだ。この時点で、管理費と補償費を支払っていたのであれば、また、刑事を騙した契約書が存在していたならば、熊谷秀樹村長はこの様な質問を私にしていない。
次に、「補償とは何だ?」から始めれば、「損害賠償として財産上の損失を金銭で補塡ほてんする。」であるから、行政が補償を行うにはどうすればよいかと言うことになろう。これを単純に行うには、契約を交わし、議会承認を経て、行政書類として監査を受けるとなるが、これを阿智村は今まで何もしてこなかった。令和4年9月29日

 国家賠償
行政が補償をする場合、国家補償制度を用いることとされていますが、阿智村は園原水道にかかる補償をこの法律に基づいて行っているでしょうか? 阿智村行政が園原住民に損害を与えたのであれば、その損害の補填をしなければ成らないが、阿智村が何か損害を園原住民に与えたのでしょうか? 損害を与えたのは日本道路公団であって阿智村ではありませんし、日本道路公団は国がつくった外郭団体であるが行政ではありません。
 補償費は公団
日本道路公団は、園原住民各戸の水道設備の水源が枯渇したことで、その補償を各戸にした。ここに阿智村は何も関係はない。平成31年3月議会で、吉川優議員の一般質問に応え、「道路公団が園原水道を敷設した時の特殊な補助金」と矢澤生活環境課長が答弁しているが、阿智村も道路公団が園原水道を敷設したと認め、補助金を特殊と表現している。ようするに、阿智村は園原水道を敷設していない、補助金に関しても阿智村の取り扱いでないと言ってるのである。
訴訟においてはじめてこの事実が表に出たが、園原水道は阿智村が敷設したのではないのと、補償は道路公団が行ったとされる。これで補償費の存在とその補償費が園原水道の敷設費に持ち入れられたと証明されるが、それであれば、阿智村が操に払い続けている補償費は一体なんであるのか?
支払われるべき金員でないことは確かになったが、なぜ支払うようになったのかを解明しなければ、操の犯罪の種別が確定されない。横領なのか詐欺なのか、水道料金返還金であれば横領となるし、補助金だとされれば、阿智村を騙しての詐欺犯罪となる。果たして操はどちらを取るのか、それがこれからの展開で明らかとなるだろう。令和4年10月1日

 村か共産党か
操の犯罪は思わぬ展開を迎えることになるが、この犯罪の裏を知るほどに、阿智村共産党の裏事情が見え隠れしてくる。岡庭一雄一辺倒であった阿智村が、熊谷秀樹が岡庭一雄の犯罪を隠蔽することで、阿智村共産党内に亀裂が起きた。熊谷秀樹を擁護する共産党の殆どは智里東地区の者であるが、熊谷秀樹の後援会は岡庭一雄を守っているのではなく、阿智村共産党を守っているのだと弁解している。それに対して岡庭共産党は、熊谷秀樹村長のつまらぬ部分で上げ足を取っているようだ。それが議会でも話題であって、佐々木幸仁と岡庭一雄の彼女である櫻井久江が中心であるようだ。
 認めた熊谷秀樹村長
そんな内紛も置いてはいけないが、操の横領において、熊谷秀樹村長がこの犯罪を隠蔽したことは大変な状況であるに、この問題に対しては、阿智村共産党として取り組んでいるようである。「契約書を偽造せよ」は、確かに岡庭一雄の指示であるが、証拠の上では熊谷秀樹村長の犯罪である。管理費の支払いはともかくも、補償費を支払っていたとの契約書はいただけない。今更に、「その契約書は間違いであった」と、どこかで聞いたセリフを繰り返されたにしても、裁判の舞台は議会ではない。
操の裁判での証拠であれば、熊谷秀樹村長はそれに関係することは無いが、補償金が園原水道の補償金でないと判明すれば、操は管理費の名のもとに阿智村からだまし取ったとなる。操一人でそんな操作は出来ないことで、当然に職員の協力者がいたとなる。これは行政犯罪ではないし、また、時効にかからない犯罪でもある。今のところこの裁判で熊谷秀樹村長は関係するところにないが、裁判が終わればとんでもない状況になるだろう。
園原水道にかかる補償金の取り扱いがどのようなものであったかは、道路公団に聞くしかないが、この裁判でそれを求めることは出来ない。令和4年9月3日

 架空の話し
では、補償金が園原水道の補償金であったとなれば、いったいどういう展開に進むのかと言えば、これは大変な事件になるに違いが無い。阿智村の会計で補償金を返還するなどありえないからだが、熊谷秀樹村長が操らとの補償金の契約書が有ることから、これは熊谷秀樹村長と熊谷操が園原水道補償金返還と称して、阿智村の会計から引き出したことになる。これを熊谷秀樹村長が「私が偽装した物です」と白状すれば熊谷秀樹個人の犯罪になるが、これは園原水道の補償金で間違いはないですとなれば、行政犯罪となる。
 先が見えていない被告弁護士
園原水道の管理費と補償金の支払いに契約書が有るとして、「被告らは横領していない」として三通の契約書を証拠として提出された。それに対しての反論は、「阿智村の行政書類ではないか」と指摘し、本人が所有する契約書を証拠とせよとしたが、それには答えず、「村長から直接渡されたものだ」と、被告弁護士は反論してきた。おバカな弁護士だ。三通の契約書が阿智村の行政書類だとなれば、村長が作成した契約書だと確定されることになる。操の横領が確定すれば、同時に熊谷秀樹村長が共犯者であったとなるのだが、そこが読めない弁護士は、阿智村のためではなく、操のために反論しているのであるが、結果は最悪となる。ご丁寧にも、村長から直に渡された物だとして熊谷秀樹村長の署名と捺印までされていたが、被告が手に入れた物だと弁解すれば、操の横領だけで済んだのであるが。令和4年10月5日

 村営水道の会計
水道料金の取り扱いは阿智村の会計ではない。そのことに無頓着なおバカな職員はさておいても熊谷秀樹村長自身が気づいていなかった。(それらの会話はユーチューブで公開している)この程度で村長なのだから呆れるが、まあそれはさておき本題に入る。まず、管理費でも補償費でも、その会計は村営水道の会計から支払われていなければならない。だからして熊谷村長も平気で契約書が偽造できるのだが、これが阿智村の会計から支払われているとなれば、最悪の結果を招くところである。
 操の受け取り
契約書が偽造だとの証明は難しくない。阿智村長でなく村営水道管理者ではないかですむことだが、偽造契約書を村長がつくったとして犯罪ではないからして、偽造だと騒いでも熊谷秀樹を失脚させることは出来ない。しかし、偽造した契約書で不法行為をおこなえば、それは審査請求にあたれる。では、偽造契約書でどのような不法行為が行われたのかと言えば、「横領犯罪の隠ぺい」であることだ。それでは、この隠ぺい工作を行ったと証明するにはどうすればよいのかと言えば、やはり、操の横領を確定することにある。早く言えば、操が横領犯罪で逮捕されることなのだ。まあ、そうはいってもいきなりに逮捕されることは無いからして、逮捕される状態に持ち込むことなのだが、その状態をつくるのが裁判であって、この裁判で横領が確定すれば、ようするに裁判に勝てば、操を逮捕させる状態になるのである。では、裁判に勝てるのかと言えば、それはそう簡単でないことに、偽造契約書の存在があるのだ。
堂々巡りで偽造契約書に戻ってしまったが、問題は、裁判官が契約書を偽造だと決めつけられないことに有り、また、偽造であるのかどうかは、この裁判では重要なことでないのである。令和4年10月7日

横領の実態

阿智村の会計から出ている金であれば、それは横領とは言えなくなる。ここが問題なのだが、阿智村はそのことをハッキリさせていないのだ。たくらみがあってのことではなく、単に、水道会計が別であるに気づかなかったことで、結果的にハッキリできなかったのだ。
補償金であれば阿智村の金になるし、管理費であれば村営水道の会計になるに、管理費と補償費で一つの契約書であることで、どちらともいえない状況にあるが、これは隠ぺい工作で露呈した阿智村の内部事情であって実際のところにない。何が事実かと言えば、村営水道の会計から支払われていることだ。阿智村の会計から支払われているのであればこのような操作は出来ないし、監査も受けなければならないことで、如何にでたらめな監査員だとしても、何十年も続けられることは無い。
 横領で確定
金の出所が村営水道の会計からとなれば、これは間違いなく横領である。ただし、補償費だとの操の証言と補償費であるとする契約書が証拠となれば、村営水道の会計からだまし取ったことになり、詐欺犯罪も追加される。詐欺犯罪が追加されることは警察の介入があってのことだが、裁判が終われば、騙された県警は黙っているとは思えないので、まあ、任せておけば良いのではないか。
熊谷秀樹村長が偽造契約書を作成して刑事を騙したことで、村長の犯罪になると行政犯罪を心配した。それが阿智村会計からの支出でないと判明したことでひとまず安心したが、行政犯罪にならぬとも熊谷秀樹が村長の立場を利用して操の横領を隠蔽したのは大変な事実だ。このことに、いったい村民はどのように考えるのであろうか? さんざんに村民に知らせたのに。令和4年10月9日

 給水停止との関係性
操の横領を指摘するに園原部落の役員らは私を村八分としたことで、村八分と操の横領の関係性を訴えてきたが、この村八分が熊谷秀樹村長と示し合せで行われていたことに衝撃を受けた。ここまでやられるは覚悟していたが、さすがにタッグを組まれれば被害は甚大である。村八分の行為として回覧板の不回覧がさほどに影響がなかったのは、森林組合や農協には出入りしていたし、お役作業に声がかからずとも井水や道路整備も常に行っていたことにある。それだけではない。下平組の防火水槽の管理や草刈りは数十年続けている。消防団や村に何度言ったにしても、一度として草刈りをしたことはない。父が消防団長の時に、土地の一部を提供して設置された防火水槽であるに、下平組はありがたいとも思っていない。まあ、これらのことは村八分の裁判で証拠としたのでよいが、何かが間違っていることはたしかである。
そんな中で行われた村八分であるが、その村八分の延長戦として給水停止が行われたことに、熊谷秀樹村長が大きく関係しているのが判明したのである。それは、操を訴えたことで熊谷秀樹村長が給水停止を実行したことにあるが、操を訴えれば、やがて横領犯罪が確定するが、その結果がなにを招くのかと言えば、「園原水道の権利」に行きつくとなる。「請求書が無かった」とか、「父親の名前のままではないか」と騒いでも、水道代をなぜ支払わないのかの理由を熊谷秀樹村長は知っている。それがやがて表に出るとの恐怖を抱いているなかで操を訴えたからして、熊谷秀樹村長が手を打つべきことは、水道代を払わせる以外にないとなる。熊谷秀樹村長が対応しなければならないことに、「園原のA氏が水道代を払わないので給水停止をしても良いか」と、井原清人生活環境課長に議会で承認を取らせたことにある。まだ一度も支払わないなどと返答していないうちに給水停止は決定されていた。このことは、まさに操と示し合わせの村八分行為であったのだ。令和4年10月11

 給水停止の目的
熊谷秀樹村長と二度目の話し合いの席で、熊谷村長は議会を交えて話し合いを行うことを了承したが、その約束は果たされていない。令和2年7月14日の二度目の話し合いは、当日に給水停止が実行されたのであって、それに異を唱えて熊谷秀樹村長に直談判したのであるが、その給水停止執行命令書を見れば、村長印は無く、また井原清人生活環境課長が勝手に作成した書面であることを熊谷秀樹村長は認めたことで、給水停止が出来なかっただけのことだ。しかし、問題はその時点で村道内に止水弁を取り付けたことだ。なぜ村道内に止水弁を取り付けたのかと言えば、私の家に給水本管が引き込まれていると知っていたからである。
 給水装置
阿智村がつくった水道設備であれば本管は村道内に敷設されていることで、給水を必要とする住戸は、その本管から給水装置を取り付けてメーターBOXを設置する。しかし、園原水道は阿智村がつくった水道ではないことで、本管が直接各住戸まで敷設されている。昭和60年、阿智村は園原水道を管理するする目的で量水器を設置したことであって、量水器は各住戸内の本管に直接設置されている。私の家は園原東組の最下部に位置し、万が一のためにゴミ抜き用の別配管が設けられていた。このゴミ抜き用の本管は外水道として日常使用していたことで、量水器を撤去して給水を止めたにしても関係ないところに在った。熊谷秀樹村長が契約書を偽造して刑事を騙したことで、私はその事実「道路公団が補償費で敷設した水道だ。だからゴミ抜き用の別配管が家にはある。そんな村営水道は他にないだろう」と、熊谷秀樹村長との最初の話し合いで告げていたことで、「量水器を撤去しても水道は止まらない」として、村道内を横断している本管に、止水弁を取り付けていたのである。これ、確信犯ですよね。令和4年10月13日

 手の内を明かす
「ゴミ抜き用の本管が別にある」この様な事を熊谷秀樹村長に告げるのは、まさに手の内を明かしていることだ。黙っていれば、相当な証拠となるものを、私はあっさり話している。勝算があってのことなのか? 単に間抜けであったのか?
 止水弁の取り付け
ゴミ抜き用の本管があることを知った熊谷秀樹村長は、井原清人生活環境課長に命じて、熊谷泰人旧宅から私の家につながる村道内を横断する本管に止水弁を取り付けた。その工事を行っているときに泰人が偶然通りかかったのだが、井原清人生活環境課長に何をしているのかと聞けば「水道料金を払わないので給水を停止するんです」と言ったそうだ。「おい、ちょっと待てよ。ここで本管を止められると俺の家(別宅)まで止まってしまう」、「どういうことですか?」、「章文さんのメーター前から接続しているんだよ」このやり取りがあったのが令和2年7月12日なのだが、たしかに、押印が無い給水停止執行命令書を発行された二日前のことである。ようするに、熊谷秀樹村長は話し合いをする気はなく、すでに給水停止に走っていたのだが、ゴミ抜き用の本管があることを話さなければ止水弁を取り付けることは無かったのである。
どうでしょうか、皆様の家の前の村道に、止水弁が取り付けられていますでしょうか? 村営水道であれば、給水を行う義務は村営水道に有ります。本管に止水弁を取り付ける行為は、阿智村水道事業条例に沿って行えることなのでしょうか? 水道代を払わぬとして給水を停止できるとの条項は有りますが、それは給水装置(量水器)の撤去に限られております。その給水装置の撤去を行う前に村道に止水弁を取り付けているのですからね、驚き以外何もありません。令和4年10月15日

 なんでも出来る村長
岡庭一雄と言い、熊谷秀樹村長の共産党村長は、ホント、何でもやっちゃうんですね。「言うことを聞かなければ殺す!」それが阿智村の行政なのです。何か大げさに聞こえますか? 水道を止めると言うことは、生命の危険を伴うのですよ。水道代を払わなければ水道を止めると脅し、そして実行されたのです。これを訴えて争うに、阿智村に正当性が有ると思われる村民が居れば、それは阿智村共産党でしかおりません。私は「水道代を支払いません」とは言ってなく、「操の横領裁判の判決がでるまで待ってください」とお願いしているだけです。操を横領で訴えたら水道が止められた。それだけのことです。
 泰人は村長に会った
令和3年11月9日に、既得権ある本管が切断されて、泰人の家の水道も止められてしまった。(そのやり取りの録音はユーチューブで公開中)そして泰人は熊谷秀樹村長と井原清人生活環境課長に会った。「園原水道は公団の補償工事でつくられた水道だ」「操の横領は園原住民はみんな知っている」と、その様に話せば、驚くことに、「ここまで来たら引き返せない」と、熊谷秀樹村長は言ったそうだ。そして話し合いは決裂したが、ここまで来たらの発言は、泰人が言うところの園原水道と操の横領は認めたということになる。ここが重要なのだ。泰人は阿智村住民ではないが園原に家が在る。そして園原水道の権利も有る。ここまでは私と全く同じ状況であるに、私と唯一違うところがあるとすれば、泰人は市会議員であることだ。私が話し合いを求めるに、熊谷秀樹村長はそれを二年間無視してきたが、泰人が話し合いを要求すれば、それは果たされた。それであれば、同じ行政法を遵守すべき公人の立場において話し合いは行われたことになる。園原水道が公団の補償工事でつくられたことも、操が水道料金返還金を横領していることも、公人の言葉として互いが確認したとなれば、それは公式となるのである。令和4年10月17日

 非公式
今年、泰人は井原清人生活環境課長とその件で話したと言う。井原清人生活環境課長は、泰人の前では素直になるらしい。まあ、義父の前と言うこともあるだろうが。泰人が、「水道を繋げてから裁判は裁判で争えばよいじゃないか」と言ったところ、「ダメな、村長が絶対繋ぐなと言っているんで」と答えたと言う。絶対に繋ぐなであれば、切断せよは熊谷秀樹村長の命令だとなるが、給水停止執行命令書で量水器を撤去はともかくも、他人の土地に侵入して水道管を切断すれば、これは違法行為で犯罪となる。井原清人生活環境課長も、職員の立場を強調するのは、泰人の土地に無断で侵入するは泰人との個人的な考えで行ったことで、そこが泰人も強く言えないところになっている。どちらにしても、市会議員としての対応ではないようだ。
 もう一つの問題
泰人の旧宅の量水器BOX内で本管を切断し、そこに黒パイプを接続して泰人の別宅に臨時に給水を行っているが、その臨時配管を通すに、熊谷寛の土地を通らなければならない。井原清人生活環境課長は寛に会い、その了解を得て配管したが、泰人までの給水本管が私の敷地内から接続されていることで、裁判が終われば、元に戻ることになる。その場合、園原水道の本管が私の敷地内まで配管されていると証明されることになるのだが、それであれば、園原水道は村営水道であっても阿智村が敷設した水道設備ではないとなる。それを避けるために熊谷秀樹村長は、黒パイプの臨時配管の位置に水道管を新たに敷設するとして議会で承認を受けたようだ。令和2年、操の家まで本管の入れ直し工事を行ったのと全く同じ手法であるが、そこまでして阿智村が敷設した水道だとしたいらしい。この話しは訴える直前に泰人から聞かされていたが、操の横領を隠蔽した付けがこの始末である。令和4年10月19日

 寛に手紙を出す
泰人が熊谷秀樹村長に会った時か、井原清人生活環境課長との話しで出たことなのかは知らぬが、新たな配管を行うとして準備が始まっていたのは確かである。それを阻止したいが手立てはなく、提訴が早く行われることを期待していたが、準備が整わなくあった。それはそれとして、重機の故障により泰人旧宅の前で道路をふさぐに、これではさすがに工事は出来ないとしていたが、それは思わぬ状況を生み出すことになった。
 農作業が出来ない
村道上に重機が置き放しになっているとして、交通課のおまわりから移動せよと来た。移動したいし修理もお願いしているが、修理屋の都合で延ばし延ばしされていると弁解すれば、おかしなことに、村道と言っても名ばかしであるのに交通の邪魔だと言う。この村道を利用する者は私しか居ないが、他に誰が使うのかといえば、寛しかいない。村長が寛を使ったのだろうが、寛も寛で私と話が出来ないようだ。それほどの後ろめたさが寛には有るが、そうは言っても村に言うほどでもないし、農作業が始まる時期でもなかった。だからして寛に手紙を書いたのだ。「重機は故障して動かせないが、泰人と相談して新たな給水管の配管工事をさせまいとしているので、協力していただきたい」と、そのまんまの事実を書き出した。そして、農作業のトラクターの侵入には、泰人の別宅前の通路を使用してくださいとしたが、寛はそこを利用せず、「重機を置かれて田んぼが出来ないので農協へ頼んである稚苗を断った」と、言いふらされている。
経過の話しであるが、いまだ泰人の家まで給水管を敷設するとしているようだ。だが、泰人の別宅前には寛の土地があることで、そこは村道内でないので泰人が給水装置(給水引込工事)を行わなければならないが、寛は貸すことも売ることも拒否していると言う。令和4年10月21日

 何も出来なくなった村長
仮に寛が承諾したとしても、泰人はその工事を行うことは無い。いままでは、個人的な関係で井原清人生活環境課長の立場も尊重していたようだが、操の横領の実態を知るにつけ、それこそこれ以上この問題に介入することは無いだろう。住民監査請求にかかるような案件に市会議員とすればけっしてかかわることは無い。その辺りが熊谷義文議員との資質の違いではないか。
 ジレンマ
ここまで来たら引き返せないと熊谷秀樹村長は泰人に言ったとのことだが、なんとまあ情けない男であるのか。引き返せないとはどういうことか? 引き返せないとは、「追い詰められている」ことで、「戻ろうと思っても戻ることもできない」と、精神的に追い詰められていることだ。誰のせいでもない。自ら追い込んだことではないか。
操の横領を告発された村長がその犯罪を隠蔽する!? この考えられない行為を行った者は誰なのか!? 偽造契約書をつくって刑事を騙したのは誰なのか!? 操の横領裁判に公文書を許可なく提供したのは誰なのか!? 行政代執行の手続きをとらず給水停止執行命令書を発行して給水停止をしたのは誰なのか!? 既得権ある給水管を破損し、給水停止執行命令書無しで給水停止を行ったのは誰なのか!? 他人の土地に無断で侵入し、他人の所有物を破損したのは誰なのか!? そこまでのことをしておいて、「ここまで来たら引き返せない」はないだろう。抜き差しならぬ状況は熊谷秀樹村長自らが起こしたことで、身動きが取れないジレンマが発したのであろうが、市会議員の前での発言は、すでに表に出ていることだ。村長を辞するだけでは収まらないと今のうちに進言するが、ここで開き直ったにしても、抜き差しならぬはすでに司法の場での結果でしかない。令和4年10月23日

 横領裁判は前段
重機の修理は田植え前に終わっているが、寛が田植えをできないとしても、それを重機に振るはお門違いである。寛が一言、「事実を話せ」と、繁に言えば済んだ話であるのは、操の横領がここまでの経過に及んでいたからだ。たしかに、操の横領を私と同じように詳しく知るは寛であって、その寛が部落会に出て、私に賛同すれば間違いで済ませれたことかもしれない。なぜそれが出来なかったのかは寛の性格によるが、吉彦と一緒になって『やり方が間違っている』と、私を非難するのはお門違いではないか。そういえば、吉彦の父親武彦さんは、操の横領を部落長として追及した過去がある。それを聞き及んでいても操の横領を隠蔽する吉彦の考えは理解できない。互いに知られては困る事情があるようだが、こいつらには良心の呵責など持ち合わせていないのだ。
 詐欺と横領の違い
操の横領は「水道料金返還金」を不法に横取りしたことだが、操はこれを横領でないとした。訴える前は「そんなに多くは無い」と、1千5百万円の金額を否定していたが横領は認めていた。それがどうだろうか、裁判で争うに、横領でないと言うのである。まあ、当然と言えばそれまでだが、問題は横領でないとする根拠に「受け取っていたのは管理費と補償金である」としたことにある。管理費が村営水道にあること自体が矛盾であるが、熊谷秀樹村長は「管理契約をしている」として、契約書が証拠とされた。この契約書が偽造であることは証明済であるが、偽造であろうがこの裁判では問題ではない。しかし、管理費以外の支払いに、「補償費を受け取っていた」と、操は主張するのである。「公団からの補償費だ」とのことも、熊谷秀樹村長は、それを認めて同じく契約書を偽造している。さて、管理費であれば村営水道の会計からの支払うで済むことだが、実際に、村営水道の会計から支払われていると確認した者は誰も居ない。令和4年10月25日

 補償費の出所
操が言うところの補償費は、日本道路公団が渇水した園原住民に支払われた金員である。ここは被告も原告も変わるところは無いが、操の反論はこの補償費を園原簡易水道組合の代表として受け取ってきたというのである。それをもとに組み立てているからして、補償費を支払う契約書が必要になったと言うことだが、その前に、操が受け取ってきた金員の内から、補償費を16万5千円としたことの説明が必要になったのである。「16万5千円の根拠は?」とされるに、「昭和62年から19万5千円で途中から16万5千になりました」との通帳を証拠とされたが、16万5千円の根拠にはならない。しかるに、阿智村が16万5千円だと決めたのだとすれば、操にその説明は不要となる。だからして、今久留主総務課長に作らせた支払い証明と田中義幸との契約書を基にして、新たな偽造契約書(黒柳村長)を証拠として反論されたのだが、その契約書には確かに16万5千円が補償費だと書き込まれているが、残念ながら、操が証拠とされた園原部落特別会計代表熊谷操の通帳には、黒柳村長地の補償費の金額は、19万5千円と19万円の二種類であった。(黒柳村長との契約書をご覧あれ 操の契約書1  )黒柳村長最後の年、平成5年に日付を合わせ、16万5千円としたごまかし努力は大したものだが、水道料金返還金は昭和60年から始められていることを忘れていないか?
さて、問題の補償費の出所であるが、契約書によれば「阿智村」とされている。これが阿智村村営水道事業会計からの支払いならまだしも、万が一阿智村の会計からの支出であれば大問題だ。架空の金を阿智村は支払い続けていることになる。まさかと思うが、ここを確認した議員が誰もいない事に不安を禁じ得ない。
阿智村の会計からでなければ阿智村村営水道事業会計からの支払いになるが、では阿智村村営水道の会計で、この補償費の扱いをどのように処理されているかが問題だ。どっちもこっちも問題だらけだが、行政の会計であれば、明らかな説明がつかなければならない。令和4年10月27日

 村営水道と補償費
操が主張する補償費の存在は、「道路公団から阿智村に補償費が支払われた」熊谷秀樹村長の説明は「園原簡易水道は全額阿智村が負担した」であるからして、補償費を阿智村が預かっていると言う話である。そんな馬鹿なことは無いが、裁判では通用してしまうのだ。
 行政が認める
どんなに小さくとも、そして共産党に乗っ取られても地方公共団体の行政であることは、すべてのことが事実となってしまう。行政が「補償費を預かっている」と言ったわけではないが、「補償費を返還している」とした契約書が証拠とされていれば、補償費を預かっていることになる。そして操が反論するに「園原水道は阿智村の水道になったので補償費を返してもらってきた」であるからして、証拠と反論が一致するのである。
司法と行政が分立していることは、行政の執行に司法が介入できないことで、司法が行政に対して何かがあることは、憲法に違反する事件に限られるのだ。飯田市の裁判のように、行政に不法行為の疑いがあれば、やはり裁判は公開停止へと向く可能性があり、また、不法行為が明確となれば、いわゆる行政犯罪へと進むことになる。何が問題かと言えば、阿智村行政が「補償金を預かっている」としたことにある。
 言い逃れが出来ない
行政はすべてが書類であると言ってきたが、偽造であろうが無かろうが、阿智村行政は「補償金の返還」を行ってきたと行政書類で証明した。この事実だけはどこまで行っても変えることは出来ない。操の横領裁判で証拠とされたことは、操がこの裁判で負けた場合、「補償金の返還」は事実となって、不法行為が証明される。この不法行為を私が黙って見逃すと思われますか? 私は阿智村行政に起きた多くの不法行為と今まで戦ってきたのです。操の横領などその多くの不法行為の一つであって、その始まりに過ぎないのです。令和4年10月29日

 主張を変えた被告弁護士
補償費とは何であるのか、私はこの裁判を始めるまでわからなくあった。確かに吉川優議員が今久留主総務課長に支払い証明を求めるに、その証明内訳に「管理費」と「補償費」があった。そしてその支払い証明にある補償費の金額16万5千円と同じ金額が「園原部落特別会計」に、平成18年から毎年入金されていた。しかし、その通帳にも補償費の文字は何もない。16万5千円は、「スイドウダイ」「水道代」「アチムラカイケイカンリシャ」などと記されているがこれらが補償費だと証明できることではない。被告弁護士は、この通帳が補償費の受け取り通帳であると反論主張されたが、それらの入金に「現金」と記されていることで、補償費が村から支払われるに現金の取り扱いは無いのではと反論すれば、「それは私にはわからない」と、もやは言い訳の言葉しか出て来なくあった。
 補償費は誰の金
補償費とは補償金の事であるが、補償金の取り扱いは国税庁で区分される税法上の用語である。税金のかかる補償金と税金が掛からない補償金が有ることでの区分であることは、補償金の支払いを受ければ税務申告の必要があることになる。当たり前のことだが、では、今回の場合、補償金は誰から誰に支払われた補償金であるのかと言えば、日本道路公団から園原住民に支払われた補償金である。この時点で、阿智村の関与は全くない。しかし、園原住民はその補償費で園原水道を新設するとした。そして阿智村に園原水道の新設を願い出た。阿智村はそれを受け、園原簡易水道として県に申請したのである。もはやこれ以上の事実はないし、横領した操もその事実を認めている。操は「補償費を返してほしい」と阿智村に議員の立場で申し込んだのだと言う。令和4年10月31日

 横領共犯熊谷秀樹村長
操の反論主張を整理すれば、「阿智村から補償費を返してもらっている」であるし、熊谷秀樹村長も「補償費を返還しています」とした契約書を操に提供している。吉川優議員の質問に、「不適切な補助金返還であるから取りやめた」と答弁しているが、契約書まで存在する補償費を不適切とする根拠はどこにあるのだろう? まあ、共産党議会への答弁を掘り返してみても無駄であるが、不適切で取りやめた補助金返還がまだ続いていたとしたら熊谷秀樹村長もさることながら、議会はどう答えるのであろうか? それが事実となれば、熊谷秀樹村長は議会に嘘をついたことになる。
 従犯罪
平成28年3月、私は熊谷操の横領を熊谷秀樹村長に告発した。熊谷秀樹村長はそれを隠蔽し、平成27年度分の返還金は園原部落へ振り込んだとする支払い証明書を吉川優議員や刑事に見せて、「今まで支払先に間違いが有りましたので園原部落に振り込みました」と釈明した。「補助金とは何か?」との吉川優議員の質問に答え、熊谷秀樹村長は「園原住民の渇水被害による公団から支払われた特殊な補助金だ」と説明した。そして「不適切な補助金返還であるから取りやめた」(議事録による)と付け加えている。たしかに、支払い証明においても平成28年度分から「補助金16万5千円」の金額は消えており、かわりに、熊谷孝志に「管理費」として36万円が毎年支払われている。さて、これを議会は認めているのだが、驚いたことに、16万5千円は平成28年度分以降も「園原部落特別会計(スイドウ)」の口座に、熊谷操が現金を入金している。その上、今回の裁判において操は、「16万5千円は昭和60年から続いている補助金だ」と、主張している。令和4年11月2日

 熊谷秀樹村長の嘘
村長になれば嘘をつけるのか!?嘘つきが村長になったのか!?さて、あなたなら熊谷秀樹をどう考えますか? 熊谷秀樹の最大の嘘は、「村長になれば岡庭一雄の不正が分かると思った」ではないでしょうか。その様な嘘で私に近づき、そして岡庭一雄の不正を隠蔽した。これほどの嘘をためらいもなく口にできる男が村長で権力を握れば、いったい阿智村はどうなってしまうのでしょうか。まったくに、その権力が私個人に降りかかっており、この村八分においても、熊谷秀樹村長が裏で糸を引いていました。
操の家まで園原水道の配管を敷設替えすれば、それは阿智村の事業で行ったとのことで、村営水道だと主張せんがため、それは来るべき操の横領露呈に備えての伏線である。そこで追求すれば、今度は通帳を返せと孝志が迫る。あまりに準備周到なのは、その通帳が有れば阿智村からの出金が分かってしまうことで、操より熊谷秀樹村長が困るのがその通帳であることだ。だからして、部落から追い出そうは熊谷秀樹村長と利害が成立することで、ついては刑事を騙したとのことも証拠が無くなると言うわけだ。浅はかな奴らの考えそうなこと、だからしてこちらも準備していたが、やはり裁判は不可欠なもので、村八分の裁判において、操の横領証拠が手に入ったのである。
 存在した通帳
熊谷繁部落長に返した通帳の全ては、二つの裁判において存在が確認された。ついては、これら通帳がどのように存在してきたのかを明らかにする必要がある。村八分の被告らと言っても孝志がやっていることだが、「勝手に解約した」の言い訳で「水道返還金」「火渡り」「修景事業」の三つの通帳をその証拠とされた。この三つの通帳が何故つくられたのか、そしてどのような理由で解約したのかの説明は私しかできない。令和4年11月4日

 除雪をしない
もう一つの嫌がらせ行為が発覚した。これも阿智村が関係することで、さっそくに建設農林課に電話を入れた。そして i 職員を呼び出し内容を告げた。「ゴミを投棄された例の田んぼのことだが、コメに異常が出ている。中部公衆医学研究所で検査したが、どうも塩カルの被害が考えられる」、「そうですか?義文さんの田んぼも道路わきにありますが、そんな話はありませんが」、「義文のところはガードレールがあるじゃないか。私の田んぼにはガードレールが無い。それに昨年のゴミの投棄から防犯カメラを設置しているが、孝志か菊美が運転する車が塩カルを撒いてるのが写っている」、「分かりました。うちにも検査表をいただけますか」、「ああ、当然そうするが、塩カルの被害は5年前から続いている。その時も中部公衆で検査をしているので併せて提出するよ。どちらにしても今年の冬から私の田んぼの前では塩カルをまかないでくれ」、「そうは言われても塩カルを撒かないのかとの苦情もあるんで」、「それとこれとは違う話だ。塩カルが田んぼに入る部分はほんの5,6メーターじゃないか」、「分かりましたが、どっちにしても少し待ってくれませんか、…、…」
 お門違い
分かりましたは良いが、少し待ってくれとの話で、まったくに見当違いの話がついでに出た。「…、除雪のことですが、章文さんのところはもう除雪しないと菊美さんが言っているんで、そのことも含めて一緒に話をしたいと思っています」!?…!?
一瞬、何を言っているのか理解に苦しんだ? 「なに!?菊美が除雪をしない? おい、何を言っているんだ? 菊美は村八分の裁判での被告であって、村が委託している除雪で妨害行為をやったんじゃないか、それが除雪をしないなどの話に…」、「はい、どっちにしても近いうちに連絡しますのでそれまで待ってください」令和4年11月6日

 操の力
除雪は、平成8年頃から菊美が請け負っている。そして塩カル撒きは孝志が請け負っている。5年の契約更新で公募が行われることだが、そんなことはお構いなしの議会のようだ。西地区住民はそんなことは知らないし、何か言えば操に叩かれる。そんな状況が25年も続くに、今もなお操の力は健在のようだ。
 職員の質
「首長の指示は絶対だ」ある町の職員であった同級生の言葉であるが、それが頷けるのは政治活動の範囲内であるは言うまでもないが、阿智村の場合は全く違うところにそれが有る。不正であろうが犯罪であろうが、村長の指示に惑うことなく従っている。中には、率先して不正や犯罪をほう助した職員もいる。なぜだろうか? 岡庭一雄の力がまだ存在している。まだというより、熊谷秀樹が岡庭一雄の後継者だからだ。「岡庭一雄の村政に疑問が有る」と熊谷秀樹村長は宣うが、それは熊谷秀樹の言葉ではなく、岡庭共産党に背く石原衛共産党の智里東地区住民の考えである。確かに不正も犯罪もあったが、それらの不正や犯罪を正そうとすれば、阿智村共産党の内部分裂につながることだ。行政利権の殆どを阿智村共産党員が手中にしていれば、熊谷秀樹は阿智村共産党を向こうに回せない。
建設農林課の Ⅰ 職員は共産党ではないが、「菊美さんが除雪しないと言っている」を疑うことなく私に言えるのは、行政の委託業務の制度を知らない現れであって、また菊美の言い分をまともに受け止めていることでもある。係長の立場での発言であれば、建設農林課の考えでもあることだが、「おい、菊美は村八分の裁判の被告だぜ? それも村八分の実行犯ではないか」と、そこまで言っても惑うことない対応に、やはり常識的な考えは阿智村職員にないようだ。令和4年11月8日

 裁判の被告
「田中義幸選挙管理委員は裁判の被告ではないか!?」井原康人選挙管理委員長は「まだ裁判は終わっていない」と答えた。同じようなことだ。そんなことはお構いないのが阿智村の行政と議会なのだ。行政法上、議会法上、選挙法上問題ないとしても、道義上と言うか、道義にかなわなくてなんの行政であるのか? 議会は行政の何を査問するのか? 監視が最大の役目であるに、その議会が行政の暴走を後押しするとは何たることか。裁判の被告が選挙管理員などと聞いたことが無い。何のために予備委員を選出しているのか。私が騒いだことで、田中義幸選挙管理委員を2年あまして後退させたが、もともとに、被告になった時点で予備委員に代えることである。井原康人選挙管理委員長は田中義幸が被告であるを知っていた。ならば、井原康人選挙管理委員長の責任を追及すべきは議会ではないのか。
 除雪委嘱
菊美は平成8年頃から村道の除雪を行ってきている。阿智村から除雪の委嘱を受けているのだが、この長い期間菊美一人が除雪委託を請け負ってきたことに問題が有る。菊美が除雪を請け負って数年後、私の家まで続く村道の除雪は一切行われなかった。父は怒り、村に電話をすれば、「除雪機が回転できない」との回答であった。そのことは菊美も村八分の裁判で明らかにしているが、父の怒りは端的な事ではなく、父が村会議員に立候補したその年から除雪が行われなくなったことに対しての怒りである。道路が狭いとか、回転できないなど一切なく(今回の裁判でも明らかにされた)菊美の感情で除雪しなかっただけだ。そして今回も、操を横領で訴えたことでの除雪の積み上げ、だからこそ村八分となっている。
軽々な Ⅰ 職員の発言に、もはやそこでの解決は無いと悟っているが、裁判が終わるとか負けるの話しでなく、菊美の感情にまともに受け応えする職員の考え方に呆れるばかしなのだ。令和4年11月10日

 裁判の要点
操の反論は、「管理費を受け取ってきた」「補償費の返還を受けてきた」であります。管理費は36万円だと、補償費は16万5千円だと言うのです。困ったことに、阿智村も「熊谷操の言う通りです」と、契約書(偽造)までつけて操に協力しているのです。この通りであれば、操の横領は無くなりますね。何しろ契約書は行政書類なんですからね。たしかに、契約書は双方の了解を示す書面であって、行政書類として存在しなければならないものだが、同時に被告操側にも同じ契約書が存在しているものである。操は自身が保管する契約書を証拠として提出しているのであれば、私はかなり不利になるのですが、どういう訳か操は阿智村から手に入れた契約書を証拠として、無実を証明しています。これが警察であれば「どこから手に入れたのか!?」で手錠がかかりますが、民事ではそういう訳にはいかず、「開示請求なしの書面は無効ではないですか?」の反論にとどまり、裁判官もそのことに大して目にとめていません。契約書が偽造であろうが、阿智村の行政書類であろうが、契約書が有れば、それはそれで通り過ぎてしまいます。ようは、補償金と管理費の支払いが操の主張する補償費であるのか、また、管理費は園原水道の管理に支払わてたものなのかの事実関係の証明の否定肯定の争いなのです。
 操の証拠
操の反論に持ち入れられる重要な証拠はすべて行政書類です。それも、開示請求を行わなくなく阿智村から手に入れています。中には、私が契約書や園原水道にかかる書面の開示請求に対して「不存在」とされた書類でさえ、さも自分が保管していたと言いたげに操は堂々と証拠としているのです。「これは阿智村の契約書の写しですね」「なぜ自身の契約書を証拠とされないのですか?」と原告弁護士が質問すれば、それには答えず、「熊谷秀樹村長から私自身が直接いただいた」と、被告弁護士はのたまい、熊谷秀樹村長のお墨付きが用意されたのです。令和4年11月12日

 おんぼろ弁護
契約者の甲と乙が互いにかわす契約書は、甲と乙の契約書の双方が揃わなくては何の証拠にもなりません。ですが、阿智村は行政であって、行政が契約書を偽造するはずが無いと言う固定観念が裁判官に有ります。それは、行政書類であれば、その存在は認めるとされますので、契約書が偽造だとか捏造だとかの次元は全くに取り上げられません。ただし、操の証拠としても取り上げられないので、契約書の存在が判決に影響することはありません。それとおなじく、開示請求の問題が有ります。横領裁判だけでなく、盗伐裁判でも村八分裁判でも、多くの行政書類が開示請求無しに裁判の証拠とされました。この件に、原告弁護士らは行政法に違反する行為として捉えておりますので、然るべき時期にそれなりの対処が行われるでしょう。
 解明されたもの
まずはこの契約書をご覧ください。 水道施設管理委託契約書  クリックしてご覧ください。
契約日は、昭和52年4月1日であります。黒柳村長と熊谷操の契約書ですが、この契約書を見るに係が「岡庭」となっている点に注目してください。阿智村長黒柳忠勝も熊谷操も自身で署名してなく、始まりから終わりまで同一人物の書体であることから、おそらく岡庭一雄が書いた物でしょう。この契約書を証拠として、「阿智村と管理委託していた」と主張されましたが、この契約書、まさかの真坂で、手に入ると思ってもみませんでした。令和4年11月14日

 訴えの趣旨に合致
「熊谷操が村会議員に成った時に、それまで園原水道を管理していた熊谷千美さんから管理を取り上げ、園原部落の印鑑を持ち出して勝手に管理契約を行った。」これが訴えの趣旨の始まりです。この趣旨について操は否定しておりません。しかし、この管理契約書の日付を見れば、昭和52年4月1日であります。操はまだ村会議員ではありませんので、つじつまが合わないことになりますね。ですから、この契約書は岡庭一雄が偽造して後日つくったものであります。(岡庭一雄の行政書類の偽造はこの頃から始まっていたのでしょうね)また、操は「平成5年に黒柳村長と契約した」とする契約書(これも後付け偽造)を証拠としており、それ以前の契約書は無いと回答していたが、二回目の答弁で、この管理契約書が提出されている。まさか手に入ると思わなかったのは、横領隠蔽の裏工作に用いた行政書類であるからだ。(黒柳村長の3期目に原武平収入役が誕生したが、この偽造契約書において操の横領を父に告げたのである。だいたいに、役場の用紙を用いて契約書を作成すること自体あり得ない話ではないか)
祖父清が「園原水道が必要だ」として、原孝平村長と道路公団に陳情したのが昭和45年で、園原水道が道路公団の補償工事で敷設されたのが昭和47年です。祖父清は昭和47年疾病で引退していますが、母方祖父渋谷勲が議長として引き継いでいました。渋谷勲が引退して操が議員となるのはその数年後ですので、議員に成った時に、岡庭一雄と企んで横領を始めたのです。
 もう一つの矛盾
熊谷秀樹村長は「村営水道だ」「阿智村が全額負担で敷設した水道だ」としていることです。ですから「契約書が有る」として、操にその契約書4通を提供し、また、平成5年以前の契約書が無いとの指摘に、この契約書の写しを証拠としたのですが、ここに大きな矛盾が二つも現れました。議会答弁で、「日本道路公団の補償工事として園原水道は敷設された」との議事録と、今回の「水道施設管理委託契約書」がその矛盾なのですが、嘘に嘘を重ねてきた付けが回ってきたのでしょうね。令和4年11月16日

 矛盾が犯罪を暴く
この二つの矛盾を解明すれば、操の横領も熊谷秀樹村長の共犯も立証できることになります。日本道路公団の補償工事として園原水道は敷設された」は、議会での答弁で、それも議会便りにおいて全村民に配布されておりますので、これを否定することは出来ません。 吉川議員の質問  クリックしてご覧ください。
日本道路公団が補償工事として敷設した水道がなぜ村の水道となるのでしょうか? 道路公団はどこに補償をしたのでしょうか? 真っ先に疑うのはこの部分ですが、村営水道であっても道路公団が敷設したのであれば、園原水道の権利は村には有りません。また、道路公団が補償費を払うのであれば、補償する相手に払うことでしょう。(ここは公団に確認済)阿智村が補償される相手であれば、阿智村は渇水した共同水道や湧水で生活してきた園原住民の水源の確保と、共同水道を阿智村が敷設したと証明しなければなりませんが、この答弁では全くに違います。(吉川優議員はこれらの疑問を追加質問する予定でしたが、井原清人生活環境課長に「ルール違反だ」と耳元でささやかれ委縮してしまい出来ませんでした。)(月川旅館の村民説明会で勝野公人議員が時雄に詰められ、返答できなかったのと同じ状況です。)
 「水道施設管理委託契約書」の矛盾
昭和52年4月1日の操の契約書ですが、この契約書を本物とするに、昭和52年の契約日が一つの焦点でしょう。園原水道が完成したのは昭和47年です。阿智村が園原水道を管理していたのであれば、昭和47年から管理契約が必要になってきます。それが6年も過ぎて突然に管理が始まったとなれば、阿智村にその理由が必要でしょう。園原部落では、昭和60年まで熊谷千美さんに管理をお願いしておりますので、村が管理を行っていたのであれば熊谷千美さんとの契約書でなければなりません。この様なつじつまの合わないことに村長は何も答えられない状況ですが、水道の裁判においては、この矛盾に明確に反論されることでしょう。令和4年11月18日

 熊谷千美の話し
熊谷千良さんは昭和47年から園原水道の維持管理を行っている。そしてその契約書が阿智村に存在している。昭和62年ごろ、操の横領を父は表に出しているが、その時の部落長渋谷武彦(吉彦の父)は、水道料返還金を操が受け取っていることを問題とし、「水道の管理は千美だが、どういうことか?」と千美さんに話を振った。そのときに、千美さんは「俺が操さに代わってもらった」と言い、その場を収めようとしている。これは確かに事実であって、千美さんに「俺が管理することになったので代わってほしい」と、操は押印させていることは父からも聞いていた。
 判明する交代劇
もう一度操の維持管理契約書を見てもらいたいが、委託期限「昭和52年4月1日から昭和53年3月31日」の一年間の契約期間であることに注目していただきたい。通常、委託契約に関する契約期間は5年であって、それらのことは他の契約書を見ても明らかであるし、職員を経験した者であれば十分承知していることである。だが、この契約書の契約期間はたったの一年間だ。それであれば、昭和53年4月1日から昭和58年3月31日までの契約書が存在していなければならない。
この答えは簡単である。阿智村長と千美さんの委託契約書の契約期間がまだ一年残っている状況で、操は千美さんに交代を申し出たと言うことだ。途中交代であるからして印鑑が必要であって、その了解を得たとしてこのような間尺に合わない契約書となったのだ。
これはこれで良いとすれば、重大な事実がここで判明する。それは、昭和53年までは熊谷千美さんが阿智村と管理契約をしていたと言う事実である。昭和47年に園原水道が敷設されているが、それから熊谷千美さんが委託管理をしていたとなれば、その管理費用は村から支払われていたのであって、何よりも昭和60年から委託管理が始まっていたわけではないことになる。ならば、水道料金の返還金と委託管理費は関係ない支払いになると言うことだ。令和4年11月20日

 もう一つの確認事項
昭和47年から委託管理が始まったとして、委託管理期間が5年間であるとして、それならば昭和52年に管理期間は終了となる。ならば、昭和52年の契約書は間尺に合うことで、何も千美さんの印鑑など必要が無いとなるが、操は昭和52年の契約書においてどのような反論をしたいのかがぼやけてくる。確かに操は千美さんから印鑑を借りたとか、千美さんから管理を代わったとかのことは一度も話していない。そのようなことを話せばこの契約書が間尺に合わなくなることと、千美さんが先に管理していたとのことが事実になってしまう。
「千美さんが園原水道の管理を行ってきた」と私は主張しているし、操もまたその主張を否定していない中で、昭和52年の契約書が操の証拠とされた。その意味は今後の展開にどのような意味を持つのであろうか。
 阿智村の説明
この合わない契約を明確に出来るのは阿智村しかない。ようするに、熊谷秀樹村長が事実を話せば、この疑問は簡単に解けるだろう。しかし、熊谷秀樹村長は操の共犯者であって、刑事を騙した張本人、だからこその偽造契約書の作成であるし、これらの行政書類が簡単に操に渡される。開示請求なしで行政書類が公の場に出回れば、当然に社会は乱れてしまう。行政にあるまじき行為は行政において質すことしかできないが、必然的にそこまでの結果を求めることを宣言する。
この様に、昭和52年の契約書は疑問だらけにあるが、実は簡単にその疑問は解ける。いや、すでに解けているが、問題は、昭和52年の契約書を用いて操は何を言いたかったのか? こちらの主張に対しての反論だと思われるが、何を否定したかったのか? そこが明らかにならなければ、疑問を解いたとてその先が見通せない。令和4年11月22日

 契約書の意味
「昭和52年には操と阿智村の委託管理契約書が存在していた」として、園原水道が敷設された昭和47年から操が管理を続けてきたと主張している。ならば、昭和47年の委託管理契約書が存在していなければならないが、そこに大きな間違いが有る。それは、園原簡易水道が完成したのは昭和47年10月17日のことであることから、その日から昭和48年3月31日までは仮り使用期間であると言うことだ。そこに管理者を充てられないのは行政年度が始まらない単純な理由だが、だからこその委託管理契約書であって、園原簡易水道の委託管理契約が昭和48年4月1日から始まったことを示している。回りくどいが、昭和48年4月1日の委託管理者は当時の部落長熊谷千美さんであって、その契約期間は昭和53年3月31日までの5年間であったのだ。阿智村には熊谷千美さんとの契約書が存在しているが、それを開示すれば、操の横領どころか熊谷秀樹村長の共犯も発覚してしまうことで、あくまで「昭和52年から委託管理していた」とする操の契約書を証拠としたのである。
 情報提供
ブログにこの様な事を書き出せば、当然にこちらの手の内を見せたことになるし、弁護士も困惑するだろうが、操の関係者や熊谷秀樹村長がこのブログを見て策を練ろうとするは今までも同じ経過をたどってきた。事実に勝るものは無いし、それらの事実に反論することは、やがて事実を認める結果となるのは、行政は書類が全てであることと、書類に間違いが有っても修正できないことに有る。「昭和48年4月1日から昭和53年3月31日までの委託契約書を提示せよ」と要求すれば、阿智村はそれに答えるしかないのだ。ただし、この裁判での被告は操であって、操にこの様な請求は出来ない事でもないが、操は応じる必要もない。令和4年11月24日

 補償金の嘘
「水道料の返還金を横領した」が訴えであることに、操は管理費と補償金を受け取っていたが反論である。しかし、ここまでで、管理費用は水道料金の返還に関係しないと判明した。さて、これで一角を崩したが、操はまだ気づいていないだろう。変わることのない事実はこれからの展開に大きく作用するは言うまでもないが、もう一つの事実、補償金の受け取りについては、はたしてその金額が大いなる意味を持つだろう。
 返還金が安すぎる
結論から書きだせば、水道料返還金の金額が不明である。今までの経過に、52万5千円を返還金額としてきたが、現在の園原住民が支払う水道料金の合計額は200万円程度であることに、ここに管理費(操が言うところの36万円)を差し引けば160万円が返還金となるはずだ。ここに、浄水場の再整備費が過去に有ったにしてもそれらの事業費には補助金が当てられていることで、一概に、経費とされることは無い。どんなに経費として引かれても、100万円を下回ることは無い。このような考えに基づけば、操は毎年100万円以上を受け取っていることになる。(平成16年頃の水道料金合計は160万円程度と判明している)
 補償金額
操は「阿智村が水道料を取るのであれば、共同水道の権利者は補用金の返還を受け取る権利がある」として、園原簡易水道の代表者として毎年16万5千円を受け取ってきたと主張しているが、これが全く嘘の反論だとするに、受け取る権利者が不明確なのと補償金額の未確認がある。操が言う共同水道の権利者19名だと言うに、園原部落にはほかに20名余りがいた。では、その20名の人たちには補償費が支払われなかったのかとでもいうのであろうか? そしてその20名の人たちは、昭和47年から水道料金を払ってきたとでもいうのであろうか。令和4年11月26日

 自白せよ自首せよ
平成29年4月に警察に告発したが、この時点で警察が捜査していたら、今頃操は、お勤めを済まして娑婆の空気を感じていたはずだ。捜査とは操に任意出頭を求めることだが、刑事はそれをしなくあった。操を引っ張らなくて何の捜査であるのかと刑事に詰めよれば、阿智村からの支払いを先に確認しなければならないと言った。そう言われれば確かにそうだ。「部落に金が入っていない」としての告訴であって、阿智村から支払われているのかどうかは分からない。先に出所を確認すれば、「支払先が間違っていました」と、阿智村は弁解した。
 自白せよ
刑事に告訴するに「園原水道の管理費を横領した」と私は言っている。それは刑事に水道料金の返還金であると説明しても、まったくに要領を得ないからだが、刑事は詳しく知りたいとして、担当課はどこかと聞いている。この時に、補償金のほの字も出さなかったのは、補償金の話を操は一度も口にしていなかったからだ。それがどうだろう。操を民事で訴えたら、「補償金の返還を阿智村から受けていただけだ」と反論されたのである。何でもありの開き直りだが、そう考えれば、「補償金の返還」でなければ争えないと判断したとなる。ならば、「補償金」が何であるのか、そして補償金が返還される金員であるのかを明らかにすれば、もはや争うところにないとなる。
さて、横領と管理費が関係するは操の言い訳であったと証明されるが、そうなれば、操が受け取ってきた金は補償費なのか水道料金の返還金でなのかと、いくらの金額が操に支払われてきたのかが今後の焦点となる。私の訴えは「水道料の返還金横領」であって、その金額は毎年52万5千円支払われてきたと主張している。操側の証拠として、阿智村は「管理費と補償費の支払い」を元にし、52万5千円だと行政書類で示しているが、阿智村が証明したことではない。令和4年11月27日

 補償費返還のウソ
行政が「補償費を返還する」などとの契約書などつくれるはずはないが、熊谷秀樹村長は何でもやってしまう。まあ、岡庭一雄の後始末なのだが、なぜ隠ぺいしたのかと言えば、行政としてできないことをやったからだ。さすがに補償費の返還契約書までは偽造しなかったが、逆に言えば、契約書が無ければ操に支払うことは出来ない。
 覆らない事実
「園原水道は公団の補償工事で布設された」この事実を否定する者は誰もいない。この事実に争いが無いことは、阿智村行政も議会も事実としており、公式に認めているからだ。(行政書類として残っている)この裁判での訴えは、「水道料金返還金を横領した」であるが、操はこの訴えを全面否定し、「管理費と補償費を受け取ってきただけだ」と反論した。しかし、管理費は水道料金返還金と関係なく支払われていることが判明したことで、(次回の裁判期日で明らかとされる)残る操の反論は、「補償費を受け取ってきた」だけになることで、ここに「補償費の返還の事実」が今後の争いとなる。
問題は、阿智村が「補償費を支払ってきた」と認めていることにある。行政が補償費を返還することはあり得ないが、裁判では通用するのは「行政書類」という事実である。偽造でも偽装でも行政書類であれば、裁判官はそれを証拠として受け入れることで、これを偽造だ偽装だと証明しても何ら解決には至らない。
ならばどうするか? それは簡単なことである。「補償費とは何だ?」を、最大の焦点とすればよい。操に「補償費とは何だよ!?」と説明を求めればよいのだ。何も私が補償費に言及することは無いし、その補償費が何であったのかも知らないことだ。補償費を受け取ってきたは操の主張であるからして、裁判官に補償費とは何であるのか、そしてなぜ操が受け取ってきたのかを説明すればよい。補償費が最大の焦点であることは、本人にしか説明は出来ないことだ。令和4年11月29日

 金額が根拠
「昭和62年から16万5千円を毎年受け取ってきた」と主張しているが、では、受け取るべき補償費の全額は一体いくらであったのか? そして、阿智村は平成28年度から補償費の返還を取りやめているが、補償費は全額操に支払い終えたのであろうか?

6 Blog

6 Blog

飯田市と阿智村の行政犯罪の事実を発信しているサイトです。有料コーナーにつきましては、特定機関及び、不良者の閲覧を防止するためであり、個人情報の保護のために設定いたしました。閲覧料はひと月100円です。安心してご利用ください。

関連記事

特集記事

コメント

この記事へのコメントはありません。

6 Blog

6 Blog

飯田市と阿智村の行政犯罪の事実を発信しているサイトです。有料コーナーにつきましては、特定機関及び、不良者の閲覧を防止するためであり、個人情報の保護のために設定いたしました。閲覧料はひと月100円です。安心してご利用ください。

最近の記事

  1. 阿智村の行政犯罪と日本一の星空 岡庭一雄元村長と熊谷秀樹村長の両共産党員が阿智村を乗っ取った!

  2. 阿智村議会議員選挙 選挙違反は共産党!選挙違反は逮捕!

  3. 飯田市の行政犯罪 PART1 リニア中央新幹線 佐藤市長と代田教育長の不審な関係

新着 オススメ 特集記事
  1. 阿智村の行政犯罪と日本一の星空 岡庭一雄元村長と熊谷秀樹村長の両共産党員が阿智村を乗っ取った!

  2. 阿智村議会議員選挙 選挙違反は共産党!選挙違反は逮捕!

  3. 飯田市の行政犯罪 PART1 リニア中央新幹線 佐藤市長と代田教育長の不審な関係

  1. 阿智村の行政犯罪と日本一の星空 岡庭一雄元村長と熊谷秀樹村長の両共産党員が阿智村を乗っ取った!

  2. 阿智村議会議員選挙 選挙違反は共産党!選挙違反は逮捕!

  3. 飯田市の行政犯罪 PART1 リニア中央新幹線 佐藤市長と代田教育長の不審な関係

  1. 阿智村の行政犯罪と日本一の星空 岡庭一雄元村長と熊谷秀樹村長の両共産党員が阿智村を乗っ取った!

  2. 阿智村議会議員選挙 選挙違反は共産党!選挙違反は逮捕!

  3. 飯田市の行政犯罪 PART1 リニア中央新幹線 佐藤市長と代田教育長の不審な関係

TOP