村八分の首謀者が阿智村長だった!! 村八分で横領隠ぺい工作!!

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村八分!? 今や時代錯誤も甚だしいが、阿智村ではしっかりと残っているようで、それも犯罪隠ぺい工作が目的での村八分、そこに、熊谷秀樹村長が深く関与しているというから驚きではないか。
さて、その驚くべき嫌がらせの実態を、これから詳しく明らかにしていくが、小説ではないとして、すべてが事実であることに、ここに実名にて書き出すが、これが名誉棄損に当たるなら、法律の場において対応すると付け加えておきます。
(タイトル画像は、操の次男である熊谷菊美が、村長選挙に立候補した私を妨害しようとして、選挙ポスター掲示板の横に置かれたものであります。)

 村八分の裁判
これまでのいきさつは、「村八分(人権侵害)の裁判 熊谷操の復讐!」のコーナーにて書き出していますので、まずはそちらを読まれてから、このコーナーへと進んでいただきたいが、もはや村八分は話としてではなく、裁判にかかり、すでに一年と半年が過ぎているからして、裁判状況を中心に書き出してみます。
村八分の裁判をかけたのは、村八分で人権侵害を訴えたいとの他に、熊谷操共産党元村会議員と岡庭一雄共産党元村長が共謀して村の金を横領した犯罪を暴くのが目的であります。すでに、その犯罪は県警に届けておりますが、県警の捜査前段において、阿智村長熊谷秀樹が、熊谷操の横領を隠ぺいせんがために、行政書類の数々を捏造したことで、捜査は一時中断されておりますので、この裁判が終われば、県警もまた、改めての捜査が始まることでしょう。令和5年8月8日

 村八分と熊谷秀樹村長の関係性
結論から書き出しますと、園原部落長として熊谷操の横領を暴かんとする私に対して、私を部落から追い出すことに、熊谷秀樹村長は操と通じて村八分を行ったと言うことです。まるでめちゃくちゃな話ではないかと、どなたも首をかしげるでしょうが、この悪循環が何故引き起こされたのかに目が行けば、必然的な話であることに気づいてくのではないでしょうか。熊谷秀樹村長が村八分の協力者であることは、熊谷秀樹村長が操らの犯罪の共犯者であるからで、それを村長の権力において実行されているのです。村八分がなぜ行われたのかは、私が熊谷秀樹村長の犯罪を暴いているからです。ここで、「岡庭一雄の犯罪だと言って来たじゃないか!?」と、中途半端に詳しくある者は、岡庭一雄が村長であったと思い返すことで、熊谷秀樹もまた村長だと、その様に単純に考えればよろしいことです。村八分にあっているとして、それも当然ではないかと考える村民も居るでしょう。あることないこと書き込んで、村民全戸配布して村長選に及んだと、総スカンを食らったんだから当たり前だと、実際に大した村八分じゃないと、その様に思われる村民もたくさんおられると思います。それでも、なぜあんなことをやってまで村長選挙に出たんだ? と、まして、「熊谷秀樹は犯罪者です」などと、選挙として考えられない言葉を連呼すれば、あれはやはりキチガイだと、だからして、村八分など当たり前だと、その様なご意見も有るでしょう。
 震えるのは誰だ
村八分とはなにかと、いまさらに話すことでもないでしょうが、人権侵害として訴訟を起こすに、嫌がらせ行為の数々が共同で行われたと証明されれば、それは村八分での訴えとなることであります。では、村八分としての嫌がらせ行為は、いったいなんであったのでしょうか。「回覧板の不配布」「除雪の積み上げで道路封鎖」この二点が、訴訟対象であります。そのほかの嫌がらせ行為は、「私の田へのゴミの不法投棄」「井水の閉鎖」ですが、これらは嫌がらせの事実ですが、実行者が特定できないために、訴訟対象としておりません。しかし、問題は、なぜ私や私の家族に対して、この様な嫌がらせ行為が行われたのか? ではないでしょうか。「熊谷秀樹は犯罪者だ!」と、訴え続けた腹いせに、熊谷秀樹村長が仕掛けたのでしょうか? 令和5年8月10日

 熊谷秀樹村長が首謀者の証拠
村八分実行者の真ん中に居るものが誰なのか? その者が熊谷秀樹村長なのです。熊谷操ではないかとお考えのようですが、熊谷操は熊谷秀樹村長の隠ぺい工作において逃げ延びていますので、熊谷秀樹村長がその指令を出さなければ、そこまでの勇気は無いでしょう。では、なぜ熊谷秀樹村長は私を部落から追い出すことに手を貸したのかと言えば、それは言うまでもないことで、私が部落に残れば、操の横領を確実に証明してしまうからです。操が横領したのだからそれで良いじゃないかと思われがちですが、熊谷秀樹村長にとってはとんでもないことで、偽造契約書を作成して刑事を騙したことが表沙汰になれば、熊谷秀樹村長が逮捕されることです。それを避けようとすれば、おのずとして私を部落から遠ざけるしかありません。操が逮捕されたとして、操は自分一人の横領だと白をきれるでしょうか? そんな男じゃありませんよ。逮捕されればすべて自白することで、岡庭一雄や熊谷秀樹をかばうなどは一切ありません。万が一とぼけたにせよ、それは証拠が許さないでしょうね。
 証拠収集
操の横領を確実とする証拠を集めるために、いくつもの裁判をしていることをお忘れなく。そういうこの村八分の裁判も、実際の村八分に併せ、操の横領の証拠を集めて来たのです。なぜ裁判したのかは、操の横領の証拠は、操家族と熊谷秀樹村長が持っているからで、裁判において反論しあえば、必ずしてそれらの証拠が扱われると考えたからであって、そのような展開へと進めるために、辛抱強く、少しづつ期日を重ねてきました。そして、村八分の裁判も証人尋問を残すだけになれば、負けてなるものかと考えるは犯罪者の常で、とんでもない反論と証拠が最後に示されたのです。村八分の裁判で操の横領が確実となる!?そんなことができるのかよと思われるでしょうが、それでは、なぜ私が村八分にされたのでしょうか!?令和5年8月12日

 被告らの言い分
菊美が「通帳を返さないのは横領じゃないか!」と叫んだことに、使用済通帳を返さなくあったとして、それを横領だと怒鳴る菊美の馬鹿さ加減は置いたにしても、私を部落から追い出そうとするは、どこに理由があるのだろうか。通帳を返せというのは操の指示であって、その理由は、操の横領の証拠が通帳にあるからで、それを私の手元にある不安からである。いつ何時横領がバレるかもしれないと、枕を高く眠られないからの事情である。そういう私も、操の横領証拠を持っていれば、枕を高く眠らせまいとする考えがあってのことだ。熊谷秀樹村長が隠ぺい工作したことは、権利の無い園原水道から水道料金を取っていたことにあり、返還すべき水道料金を操に横流ししたことは、阿智村の犯罪となっていることで、熊谷秀樹や岡庭一雄が逮捕されるでは終わらない大変な犯罪である。何としてでも通帳を取り戻さなければは、操一人の問題ではなかったのだ。
 馬鹿な奴ら
菊美が「通帳を返さないのは横領だ」と騒ぐに、そして「章文が部落会に出るのであれば、俺は出ん!」と大声をあげて退出すれば、それに続く疚しい奴らは、使用済通帳を取り上げたとして、それが何の意味があるのかも知らずにいる。馬鹿な奴らであることは、そのまま知能指数が低いことでもあるが、私が通帳を返したことで、なぜ私を部落から追い出すのかも分からない中にいる。だからして馬鹿な奴らであるのだが、私が通帳のコピーも取らずして、本当に返したと思っていることが、馬鹿の上塗りである。渋谷吉彦が操の味方をして「通帳をなぜ返さないのか、コピーを取ればそれで済むことじゃないか!」と怒鳴ったが、操の横領を私より詳しく知る者が、なぜ操の味方をするのかは、ヘブンス契約金1千万円を時雄とともに横領したことにあり、その弱みを操に握られているからだが、なんともはや、泥棒だらけの園原であることだ。令和5年8月14日

 解約したわけ
使用済通帳を預かるに併せ、4通の通帳を解約して、それらの解約通帳も預かった。なぜ解約したのかは、解約した理由にあるが、その解約の理由は、熊谷孝志が一番よく知っている。そう、熊谷孝志は、操の横領の証拠である使用済の通帳を取り戻すに目的があるのは確かであるが、そのことを村八分の裁判でも操の横領の裁判でも、一度として反論もしなければ「章文から取り上げた」とも言っていない。なぜなのか? あれほど通帳を返せと迫られたのに、また、「通帳を返さないのは横領だ!」とも騒いだ者が、一度として、使用済通帳のことを口にしていない。使用済通帳を返したにしても、その通帳を返さなかったことが村八分の原因だと一度も言っていないし、反論もされていない。不思議なことだ。使用済通帳は、返さなくても良かったのか? それとも、通帳を返せとのことは、解約した通帳だけだと限定していたのかな? 不思議な話ではないか。返せと迫った通帳はいったいなんであったのか、私でも分からなくなってきた。
 警察に行った理由
現在の村出納責任者は熊谷朋宏であるが、この男、もともと園原の住民ではない。清内路役場に勤めており、職場恋愛で養子に入った男であるからして、園原部落のことなど何も知っていない。その男が熊谷秀樹村長や操の指示に従って、同じように操の横領を隠蔽してきた。操の横領を最も知る一人でもあるのだが、何も村長の指示であるとだけではなく、何か他の裏つながりがあるのではないか。共産党だと言えば分かりやすいが、この男、菊美と二人で「章文が通帳を返さない」と言って、警察に行っている。それも、勤務中であることに驚くが、もっと驚くことに、「通帳を返せ」の通帳は、園原部落普通預金通帳のことであった。それもそうだ。「使用済通帳を返せ」では行けぬ。「解約した通帳を返せ」でも同じことだ。「普通預金口座の通帳を返せ」とでしか、刑事も会うことすらしないであろう。令和5年8月16日

 ちぐはぐな反論
「勝手に解約した」「解約した通帳を返さなくあった」この二つが、私を村八分にした理由である。では、孝志や菊美が通帳を返せと迫ったのは、いったいどの通帳のことを言っていたのであろうか? 解約した通帳を返せは、村八分の裁判での理由であることに、通帳を返せは、解約した通帳とは一言も言っていなく、単に通帳を返せと言っただけである。そして始まりは、私が通帳を返さなかったことにある。それはいつの事かと言えば、平成29年3月末のことで、なぜ通帳を返さなくあったのかは、3月いっぱいは私が会計であったからだが、それは当然のことではないか。通帳を返せと誰がどのような理由で私に言ったのかは、熊谷政幸(孝志の子分)部落長が監査に出向かなかった私を責め、なぜ監査に来なかったのか、監査が出来なかったとして、監査が出来なければ会計が閉まらない、閉まらないから通帳を返せと言っていた。そこで、監査に出向かなかったのではなく、操の水道料金返還金30万円が入金されていない事と、園原簡易水道の管理者である田中友弘前部落長が、管理を操に取り上げれれていることの解決が済んでいないことで、会計が閉まらないから監査など出来ることではないと返答した。
 通帳を返せ
通帳を返せとしつこく言われるに、通帳は警察に届けたと言えば、踵を返して帰って行ったが、この時も、通帳を返せと言うだけで、どの通帳を返せとは言われていない。そして菊美と熊谷朋弘役場職員は、警察に行き「通帳を返してくれないか」と言ったようだ。刑事に向かって通帳を返してくださいと言ったようだが、この馬鹿さ加減にあきれるが、裁判においてこの件で、菊美も朋宏も反論陳述している。「章文は警察に通帳を預けていると言っているが、お祭りで宮司に支払う金を下ろさなくてはならないので通帳が必要なんです」と言ったようだ。この話が事実であれば、熊谷政幸も菊美も朋宏も、普通預金通帳を返せと言ったことではないか。令和5年8月18日

 返せは普通預金通帳
裁判ではっきりさせたいのは、「普通預金通帳を返せ」と、これら三人は言っていたことだ。刑事から電話が入るに、「お祭りで必要な金が下ろせないと言っているが、熊谷さんは預かっているんですか?」であるからに、「ええ、3月いっぱいは私が会計なので預かっていますが、4月に入ったのでいつでも返せますよ」と答えただけである。そして通帳を返すに、「通帳を返せよ」は、普通預金通帳であったと言うことだ。ここになんか問題が有るのか? であるが、それは双方の弁護士共に、「通帳を返せは解約した4通の預金通帳だ」と解釈していることにあるが、それでも初めのうちは「通帳をなぜ返さなかったのか」と私ん向いていた。そう、普通預金通帳をなぜ返さなかったのか? と、あたかも警察に被告らが行ったのは、普通預金通帳ではないかと解釈していたのだ。確かにそうだ。菊美と熊谷朋宏は、普通預金通帳を返してくれないと警察に行っていたのである。ここに菊美と朋宏の誤解があったのかと言えばそうではない。熊谷政幸部落長が、「章文は通帳を返さない」と普通預金通帳を返さないと伝えてたのだ。私は確かに言った。「通帳を返してくれ」の政幸の言葉に、「警察に届けた。通帳は返さない」とね。
 馬鹿な奴らはいつものこと
「警察に届けた」は、操の横領を届けたのであって、そこに普通預金通帳も解約した通帳も関係がないが、「通帳を返さない」は、使用済の普通預金通帳のことである。それを普通預金通帳と政幸は解釈したようで、章文は通帳を返さないになった。そこには、使用済普通預金通帳を含めた政幸の腹積もりがあるが、だからと言って、使用済の普通預金通帳を返せはさすがに道理が通らないし、警察云々でもないことだ。被告弁護士の反論では、「通帳を警察に預けたと言わなければ、大の大人がそろって警察に行くはずがない」と、如何にも私が通帳を警察に預けたと言ったとしているが、私から言わせれば、「大の大人が揃いも揃って、警察が通帳を預かると思うのか?」である。馬鹿に付ける薬はないと言うが、馬鹿には警察もお手上げのようである。令和5年8月20日

 返してほしい通帳
操が返してほしい通帳は、当然として使用済普通預金通帳である。なぜかは、使用済預金通帳に操の横領の証拠が有るからだ。その通帳を持っている限り、操は枕を高く眠れないと言うことなのだが、だからして、何としても取り返すは、相当に策を講じたらしい。ここで重要な脇役が一人いる。その男が熊谷朋弘(役場職員)なのだが、熊谷秀樹村長の指示において操の横領を最初から隠蔽してきた。この男が私に代わって部落長になるに、私に向かって通帳を返せと言えなかった。「通帳を返してくれない」として、警察に行った張本人であるのだが、返せの通帳が普通預金通帳であれば、その普通預金通帳が返れば、使用済通帳や解約した通帳を返せとは、いまさらに言えなくなったのだ。そう、使用済通帳を返さないに、警察も何もかもない。では、村八分の裁判において、私を部落から追い出した理由は、令和元年12月10日の生活環境課長の井原清人の「園原水道一部敷設替え工事説明会」のあとに、「解約した通帳を返さないのは横領だ!」の、熊谷菊美の暴言から始まっている。普通預金通帳を返した平成29年4月初めから令和元年12月10日まで、今の一度も通帳を返せは無く、また通帳を返せの理由も無いことだが、なぜ急にこのような発言が有ったのかは、当然に操と熊谷秀樹村長の謀略にあった。
 園原水道一部敷設替え工事
この工事を突然に始めるに、井原清人生活環境課長は5カ年計画事業に含まれていると前置きしているが、そのデタラメは、吉川優議員の議会一般質問で露呈している。忘れた方は古いブログをご覧いただきたいが、では、なぜ急にこのような配水管入れ替え工事を行うことになったのかと言えば、園原簡易水道を阿智村が敷設したとの実績をつくりたかったのである。たしかに、配水管の敷設替えを行えば、阿智村が阿智村の費用で敷設したとなる。ようするに、園原水道が道路公団の補償工事で行われたと熊谷秀樹村長が認識しているからだが、それは同時に、「道路公団からの補償費は園原簡易水道の代表熊谷操に昭和60年から返還してきた」とのつくりばなしの裏付けに必要な工事であったのだ。令和5年8月22日

 解約した通帳
操の横領を詳しくするは別のコーナーで進めますので、村八分の裁判に戻りますが、私が解約した四つの通帳は、四つの通帳ともに不審が有ったからに他ならない。解約した四つの通帳の内訳については、「園原部落特別会計」「園原部落特別会計№1」「園原部落特別会計№2」「修景事業」であるが、まず一番の問題として、「園原部落特別会計」の通帳であるが、この通帳は平成18年に突如として開設されていた通帳である。何の通帳なのかと言えば、どことも分からぬところから毎年16万5千円が振り込まれているだけの通帳であるのだが、その疑問は直ぐに解けた。それは、園原水道浄水場の管理を田中友弘から取り上げた熊谷操が、「公団からの補償費返還金」だとして、振り込んでいる通帳なのである。振り返れば、平成16年2月末、熊谷寛部落長と会計である私が操の家に乗り込んで、「水道料金の返還金を返してください」と直談判したときだ。「村からは45万円もらっているが、俺が水道の管理をやってきたので15万円はもらいたい。残りの30万円は部落に入れる」と約束させたこと、その約束はその年にはたされたが、翌年の私が部落長の時は、田中正子(義幸の妻)が農協へ直接届けたことで、30万円は会計である和美に届けたが、その金は操の戻されており、口座には一円も振り込まれていなかった。しかし、その通帳を見れば、平成18年の振り込みには、繰越の記載があり、881,347円の金額から始められている。不思議な話だ。繰越? 88万円? 何が何だか分からなくあったが、少なくとも、和美会計に私が直接渡した30万円の金はその通帳にも記載が無かったのである。熊谷政幸会計から通帳の引継ぎを受けるに、何の通帳化とその説明を求めれば、「俺には分からん。友弘さから引き継いだだけだ」とのたまう。その時確かに横領を確信したのであった。そして阿智村の出納課に出向けば、「熊谷操園原簡易水道組合代表者に、毎年52万5千円支払っています」と、躊躇なく答えられたのである。その時は、平成29年の3月であるに、来年度は会計であれば、まずは熊谷秀樹村長に告発するとして始めたのである。一年間は待った。熊谷秀樹村長を信用する時間としてだが、それは私の建前であって、部落長になれば私一人で解決できるとしたが、早速に熊谷秀樹村長から指令が出たようで、操は私の部落長就任を阻止したのである。ならばどうするか、それは通帳を解約して、証拠として私が持ち続けることにあった。令和5年8月24日

 園原部落特別会計№1
操の横領裁判では、操は「園原部落特別会計」の、昭和62年開設の通帳を証拠として、「昭和60年から道路公団の補償費返還を園原簡易水道組合の代表として村から受けてきた」と反論し、平成18年に繰越として通帳を新しくしたのだという。確かに一理あるし、実際に園原部落特別会計の通帳が昭和62年から存在していれば、証拠としても通ることだが、そしての問題は村八分にあることで、被告らは、「園原部落特別会計は部落で管理してきたものだ。それを勝手に解約したのは許せない」が村八分の理由だという。まあ、この話しはとりあえず置いて、次なる解約した通帳は「園原部落特別会計№1」なのだが、この通帳は、毎年の2月11日、信濃比叡広拯院伝教太師像の前で行われる火渡り行事の場所代を入金している通帳である。この火渡り行事の売り上げは40万円近くあるのだが、御多分にもれず操が横領していた過去がある。その横領が発覚したのは、操に代わり父が園原奉賛会の会長になって火渡り行事を仕切った平成12年頃のことにあった。売り上げの38万円を村上住職に渡せば、「私はお金をもらったことが無い」と、驚きの発言をしたのだ。父のこと、操をとがめるわけではなく、村上住職と話をつけた。「これからは売り上げの全ては広拯院に渡すが、そのうちの10万円を場所代として部落に入れていただきたい。その場所代を人工賃として部落の人たちの出役の費用とする」と。なんともまあ、父らしい解決の仕方である。さて、その様な経過において、場所代の10万円が園原部落に入るのだが、この金は部落一般会計ではなく、また出役費用は部落人工とも違うことで、別の口座を設けるようにと父から指示された。その時の部落長は操の子分の田中義幸、部落会計が熊谷寛であり、私が書記であったが、義幸に渡せば操へ渡る懸念があることから、寛と私が開設していた。(この話は、平成16年2月11日のことです。)令和5年8月26日

 今度は孝志が横領
園原部落特別会計№1(火渡りの通帳)の通帳を解約した訳は、熊谷孝志が火渡りの10万円を5度にわたって横領していたことが判明したからである。どのように横領を見つけたのかはごく簡単なことだ。火渡り通帳の残高が異常に少なくあったからだ。平成16年2月に開設するに、それまでの場所代(18万円)から始めていることで、そこから13年も経てば150万円以上の収入が有るはずだ。確かに人工代として(一人5千円で10人まで)半分は支払うに、それでも80万円以上は残る計算となる。それにお札やお守りの売り上げも加えられることで2,3万の売り上げでも2,30万円は残る計算になるからして、100万円以上の金額に達してない残高であれば、誰でも気づくことである。今まで10年以上も気づかず監査が通ったことにも問題はあるが、これほど単純な横領はない。そこで誰を疑うかは孝志しかないが、孝志が会計を初めて受け継いだ平成18年度(和美部落長)を調べれば、早速に10万円が消えていた。それだけではなかった。人工代も支払われていないし、お札やお守りの売り上げも収入されていない。また、人工代の支払いがあると思えば5万円以上が支払われている。誰に追加で払っていたのかと言えば、操の人工代であった。操は信濃比叡広拯院の総代であって主催者側であるに、人工代を受け取ることはあり得ない。たった5千円の金額だが、それでも横領するは操ならではのことである。場所代の横領は一度だけでなく、二度三度五度とあった。たしかに火渡り通帳へ入金せず普通預金通帳へ入金した年度もあったが、それでもそこに孝志の影が伺えれれば孝志の関与は拭い去れない。親父は親父で横領を続け、その横領隠蔽の目的で孝志を会計や部落長にさせる。操の横領は用意周到されたとんでもない犯罪であった。弁護士は言う。「わずかな金額ですが」この程度の金額を横領してどうするのだ? と言うのであろうが、そう、10万20万、わずかな金額でも公金であるは間違いない。令和5年8月28日

 これも孝志が横領
園原修景事業の通帳がある。この通帳は、両区から支払われる修景事業補助金の収支通帳であるが、この通帳の管理は修景委員の会計である田中義幸であった。あったとは、すでに義幸は修景委員でなくなったと言うことだが、その始末があまりにも出来すぎていた。ようするに、「息子が部落のお付き合いをするので委員もやめる」として、通帳の返し先が孝志である。泥棒に追い銭であるが、この経過を私は聞いていなかった。平成28年3月末に会計を熊谷政幸(孝志の子分)から引き継ぐに、修景事業の通帳の末尾(監査後)に9万円の支払いがあるを見つけた。「これはなんだ? 監査後に何の支払いをしたのだ?」と聞けば、しどろもどろに「これは孝志兄い(兄いと呼ぶのは子分の証拠)から言われて下ろした」と言う。「なんの金だ?」、「…それは…孝志さんに聞かなければ…」、「聞かなければって言ったってお前が聞いていなけりゃどうしようもないじゃないか。領収書はどこよ?」、「まだ領収書はもらってない」、「何!?」、「…」、「領収書も無くてなんの金だか分からないのに支払ったというのか!?おい友さ(田中友弘部落長)、部落長に話が有ったのか?」、「ないけど…」もはやこの時点で孝志の横領だと気づいたが、ここで詰めればごまかしされると考え、「なんの金だか通帳に記帳して、領収書をもらっておけ」と言うにとどめておいた。しかし、それから私を部落長から外すまでの間に、領収書は届いていない。たかだか9万円の金員だが、横領の手口がお粗末すぎる。この様な事が目の前に起きれば、鶴巻荘の支配人として30万円を横領したのは確かな話しと再認識したが、それと同時に、30年も鶴巻荘に居れば、30万円程度の横領ではなかったと、これも改めて思うところである。この親にしてこの子ありだが、この子にしても親が分かるとは、まさに正体を見せてくれたものだ。
 特別会計園原修景事業
私が解約した4つの特別口座は、園原部落特別会計・園原部落特別会計№1・園原部落修景事業の三つの通帳と園原部落特別会計№2であるが、園原部落特別会計№2の通帳は平成19年に開設されていたところを見れば、孝志が部落長の時である。何のために開設された通帳なのかは、横領隠ぺい工作のためであることは、その金の動きで分かった。そしてこれら4つの通帳全てにおいて、操と孝志が横領していたのである。令和5年8月30日

 あなたならどうする
部落の通帳に横領の痕跡を見つけたとき、あなたが会計であれば、いったいどのような事をするのかは、やはり人それぞれであるのであろうか。私はここまで待った。そして村八分最後の準備書面において、これらの横領の全てを明らかとした。ここまで待ったのは、操の横領と孝志の横領を隠蔽するために私を村八分にしたのだという、状況証拠を証明するためでした。令和元年12月10日、私は有る準備をして部落会に出向いているが、その準備とは、井原清人生活環境課長への追求を録音することである。「浄水場から操の裏にある中間槽までの配水管を敷設替えします」との説明会に、その目的が何であるのかを察しており、追及することで園原水道が道路公団の補償で敷設されたを証明するためであったが、たしかに井原清人生活環境課長から「私は村営水道(村の水道との意味)だと聞いています」と話している。ここで追及するに、村営水道とはまさに村営であって、村の水道だとは言っていない。言葉尻をつつくのではなく、園原水道が敷設された経過と、園原水道がいつから村で管理するようになったのかを井原清人生活環境課長に部落全員の中で認識させることにあった。そして追求すれば、「5か年事業計画に入っています」としっかり答えたのには驚いた。5か年事業計画はこの年度において発令され、それは村民全戸に配布されているが、一カ所として園原簡易水道の一部敷設替えは載ってはいない。それがどうかではなく、一部布設替え工事が緊急に行われる目的を明らかとするに、5カ年計画を持ち出したのは、明らかに返答に窮したからである。しかし、目的が無ければ配管図面も測量図もなく、コンサルタントに相談したと言うに資料ひとつない。このお粗末さを録音に収めれば、それはもはや孝志や菊美の感情を逆なでるに十分であった。「通帳を返せよ!」孝志は我慢できずに本音を吐いたが、村が帰ったとして収まるはずもない。「通帳を返さないのは横領だ!」の、菊美の発言に驚いたのは馬鹿さ加減であって、ここに便乗しない手はない。騒ぐに任せておけば、言い争いに負ける状況になったのは菊美と孝志であって、私が詳しく説明しようとすれば、今度は「章文さが部落会に出れば俺は出ん」として出ていった。このことを、私がどうにかしようと考えることも気持ちも無いが、ここですでに孝志も菊美も通帳が返らないとの思い知らされたはずである。令和5年9月1日

 なぜ通帳を返したのか
なぜ返したのかは、熊谷繁(寛の長男)部落長が「操さと俺の親父と章文さの三人で、部落会で話をさせるので、通帳を返した方が良い」と言ったのもありますが、返せば私を部落から追い出そうとするのが目に見えていたからです。(繁は証人尋問でそのことを認めている。)通帳を返せとされてコピーを取ったが、繁には「コピーを取っていない」として渡したのは、操と寛が部落会に出てくるなどありえないからである。(ここまで詳しく書くのは、村八分の裁判はすでに終了しているからだ。)

 9月5日午後1時半から、裁判所において証人尋問が行われます。熊谷富美夫令和3年度部落長、熊谷文彦(園原下平)森林組合参与(陳述書を私にも被告へも書いていることから、裁判官が「忖度の可能性があるから呼びなさい」との指示で証人とされた。)三浦洋子みなみ信州農協阿智支所長(被告側で陳述書を書いていますが、その内容に不審が有り、これも裁判官からの指名です。)そして最後に熊谷菊美が証言しますが、これが最大の見せ場です。とにかく嘘の積み重ねですし、私の娘をひき殺そうとしていますので、追認で訴えました。
傍聴はだれでも自由ですし、8月29日にも二三の傍聴者が居ました。これで終わりですので、ぜひお出かけください。
 今のところ、孝志の横領の事実を知る者は被告らの中にはおりませんので、その事実を知る面白さが有りますのと、熊谷義文村会議員には、裁判で使われた孝志の横領の証拠等を送付して、「傍聴をしてください」と伝えていますが、出てきませんでした。義文は操の横領を昔から知ってしますが、操の後継者ですから、孝志の新たな横領を知ってどのような手を打つでしょうか。「裁判が終わったら、二人で穏便に対処しましょう」と伝えています。それしかできないし、それをやらなくあれば、義文を違う場面で追及しなくてはなりません。

 通帳を返したわけ
平成29年3月末、熊谷秀樹村長に「操の横領は警察に届けます」と伝えたのは、熊谷秀樹村長が隠ぺい工作していたことで、警察を入れなければ解決しないと考えたからだ。だが、まさか刑事まで騙すとは思わなくあって、それが現実となるに時間はかからなくあったが、そのような予感はしており、そこでとった行動が、解約した特別口座通帳と使用済普通預金通帳を返さないことにあった。なぜ解約したのかは、孝志と和美と政幸の横領がそれら特別口座通帳にあるのを見つけたからで、この通帳を返さなくあれば、いつかは操の横領を解決できると考えたからだ。刑事を騙したと熊谷秀樹村長は安心したであろうが、刑事もそんなに馬鹿ではない。これ以上の捜査を続ければ、行政犯罪を確認してしまうことで、だからこそ、県警本部は知久刑事を任期途中で移動させた。それでなければ、「熊谷さん、行政犯罪だけは絶対に許さないでください」なんて、私に頭を下げるなど無い。行政犯罪であれば県警もしり込みすると、それは、園原ビジターセンターの官製談合で十分に経験していた。行政犯罪にさせずに操の横領を解決するには、民事における争いしかないと、その時すでに判断していた。民事で争うには証拠が必要で、それらの証拠は使用済預金通帳と解約した特別口座の通帳4通だけでは間に合わない。ならばどうすればよいのかは、とにもかくにも争いを起こすことである。しかし、横領の争いは沈着してしまい、それ以上進めることができなくあった。だが、通帳を返さなければ操も孝志も枕を高くして寝られない。いつか必ず馬脚を露すと踏んでいたが、何かがなければ何もなく、また、時効7年も迫っていた。そこにタイミングよく、「園原水道一部敷設換え説明会」の連絡が来た。これは使えるとして、井原清人生活環境課長を詰めれば、孝志は思わず口走った。「通帳を返せよ!」…そんな通帳を返してしまえば、次に何が起こるかは、私を部落に近づけまいとすることだ。しかし、仮に私を部落から追い出したとしても、それだけでは訴えられない。ならばどうするか、それは組長であった私が次の組長加藤政章に、それとなく私の不安を話すことにあった。加藤政章の大家は私であるに、すでに孝志らに取り込まれている加藤政章に「回覧板はおそらく回されない。それはとても困るので、最後で良いから、捨てるだけのものだから、内緒で私に回してくれ」と頼んだのである。その頼みに対して、「財産区の金はみんなの物ではないですか!」と、思ってもみなかった悪態をつかれたのだ。これは使えると、その時確信したのである。令和5年9月3日

 人権侵害
回覧板を回さぬとして、それは対したことではないと、まして人権侵害で訴えるなど常識外のことだ。と騒いだのは、阿智村の村会議員だという。訴えてみれば、いろんなことが見えてくるし、それから新たな犯罪も見つかることだ。そしてその考えは見事に当たり、手に入らぬとあきらめていた証拠が手に入った。その証拠? それはまだブログで公開することは出来ないが、少なくとも、熊谷和美と熊谷孝志、熊谷政幸と熊谷孝志、熊谷孝志と熊谷菊美が関与した横領の証拠である。そしてこれらの証拠と、原告弁護士が、「帳簿の偽造」「二重帳簿」「使途不明金」を指摘した準備書面の写しは、すでに熊谷義文村会議員に渡している。熊谷義文村会議員になぜ渡したのかは、園原部落の代表議員であるからだ。熊谷義文村会議員は昨年度の部落長であるに、被告らが私の不誠実を訴える証拠として使われたのは、部落長が管理する私から取り上げた使用済通帳と解約した特別口座の通帳であるに、それに加えて同じく部落長が管理する会計帳簿であるからして、熊谷義文部落長が被告らに渡したことであるからだ。熊谷義文村会議員がこの裁判に深く関与した。そこに、これ
ら横領の証拠が熊谷義文議員に渡れば、これら三名の横領は熊谷義文議員が責任を持って解決することであるからだ。
 繁の嘘
熊谷繁はこの証言で二つの嘘をついている。一つ目の嘘は、「親父から聞いていない」「誰からも聞いていない」と、操の横領の話を知らないと否定した。これは全くの嘘である。父親から聞いていなくとも母親は言っている、「孫も読んで呆れている」とね。操の横領は父親寛より母親の方が詳しく知っていることで、また、寛に代わって部落に出てくるに、散々に私は操の横領を話してきている。二つ目は、村八分の裁判に及ぶ前に園原の山中で私と出会った時の会話についてである。この時、キノコ採りで会社の社長と息子の三人で出かけ、その帰り道を車で下って来た時に、キノコ採りに歩いている繁とばったり出会った。私は車中で、繁はその横に腰を下ろし、「調停をかけるがどうだ?」と言えば、「今回のことは孝志さが全部言い出したことです」と言う。「それは分かっているから調停での俺とお前は出来レースでいこう」との会話をしたが、この「孝志さが言い出したこと」とを、「言っていません」と改めて否定した。令和5年9月5

 和晃の大嘘
繁が嘘を言ったのは、既に「山中であったのは事実ですが、その様な事は言っていません」と、準備書面に書き記されていたからだ。自分が書いた準備書面に嘘偽りが無いと証言前に確認されて「はい」と答えている限り、いまさらに「孝志さが言い出したこと」とを否定しなければならない。まあ、この様な嘘はどうでもよいことで、判決に差し障ることではないが、問題は、なぜ嘘をつかなければならないのか? と言うことだ。それも簡単な話しであるは、孝志が怖いからである。孝志が怖いのは、どうもみなさん同じようで、操の圧が相当に効いていることだ。私の味方をすればいじめられる。その嗅覚が相当であることで、孝志の悪口を陰で言っていたとなれば、必ずや仕返しをされるからだ。この辺りは時雄と全く一緒、西地区の悪党にたてつく者は、私のように家族までもが被害を受けるのである。(吉彦も全くそのような仕打ちにあっている。それは時雄が嫌われている頃に、吉彦が時雄の子分として威張り散らし、総スカンを食らっていた時だ。義文議員はハッキリ言っている「俺はどうしても吉彦さはダメだ」とね。そしてのけ者扱いは吉彦もそれとなく気づき、孝志に媚びを売るようになった。それが私への怒鳴りに変わるのであった。)
 繁の真実
繁の証言で重要な事実が判明している。それは、「配布物や回覧板を回すななどの話を部落会で話したことは無い」と、ハッキリ言った。それは、回覧板を回すなの指示が孝志から出されていたことを示している。渋谷吉彦と加藤政章の陳述書には、繁が部落長の最後の総会で「令和2年3月25日の部落総会で、原告章文のところへは回覧板を回さないと全員一致で決めたことです」として、回覧板を回さないのは部落総意であったと、いかにも部落長の繁が決めたことだと陳述していた。繁はその陳述書を見ていないのは、弁護士との打ち合わせは孝志と菊美だけで行われていたことにある。知らぬうちに、繁が首謀者だとされていたのだ。かわいそうな繁であることは、今回の被告第一番は、熊谷繁であったことだ。令和5年9月7日

 証拠の捏造
操の横領裁判でも多くの捏造証拠が使われているが、この村八分の裁判でも全く同じに、孝志と菊美は捏造証拠のオンパレードである。それらの捏造に役場職員三名が加担しているからして大変な騒ぎになるは目に見えているが、まずは、被告二番目の田中和晃の嘘から始めていこう。
 田中和晃の嘘
横領犯田中義幸の長男であるから推して量るべきだが、この男自身が横領したことではない。操の横領に加担したのは義幸だけでなく母の政子も同じであるに、確かにやるせない話である。親として息子に言えず、子として親に聞ける内容でないことに、この罪深さがどこにあるのかと言えば、すべては操に行きつくことだ。そして孝志に従い、言われるままに私たち家族を村八分にした。その上で被告になるに、事実が言えるところは何もない。そして始まる証人尋問では、最初にして最大の嘘は、「令和2年3月25日の部落総会で回覧板を回さないようには総意であった」と、陳述していたのだ。原告弁護士が質問するに、「この陳述書はあなたが書いた物に間違いありませんか?」では、「はい」と返事をしている。「では聞きますが、総意と言うのは、出席者一人一人に確認を取ったと言うことでよろしいですか?」では、「…そうだと…」もはやこの時点であいまいだ。「いや、総意と言うのは出席されていた方の全員が賛成したと言うことになりますので、全員が回覧板を回さないことに賛成したのですか?」、「…それは…」、「いかがですか?」、「そうだと思いますが」、「では、出席者19名であったようですがその19名は園原部落のどのくらいの出席になるんですか?たとえば、1/3とか、過半数以上だとか?」、「ん…27戸くらいあると思います」この様な質問をするのは、すでに繁が「回覧板の不配布の話はしていない」と否定しているからで、もはやこの時点で和晃の嘘は明白になったのだ。ま、嘘で固めた陳述書を出すなど馬鹿な事をしたものだと思いますが、実はこの陳述書は孝志が都合よくまとめ、中村弁護士の方から依頼したである。だからして、最初の一つに躓けば、あとは言うまでも無いことだ。令和5年9月9日

 最悪の嘘
村の回覧板を回さなくしたのは田中和晃だと証人尋問で明らかになったが、流石の和晃も孝志に指示されたとまでは言わなかった。たしかに言えないが、回覧板が回ってこなくなったのは和晃が部落長になった令和2年4月からで、吉彦や加藤政章の陳述と全く整合している。繁が知らないところで、私への嫌がらせが始まったのだ。さて、それはさておき、次なる質問は和晃の陳述書にある「自治会に入っていない人には村から直接配布されると知っていましたので村にお願いをしました」から始められたのだが、敵もさるもの引っ搔くもので、相当なる偽装証拠を用意していた。まずは田中和晃の陳述書をご覧あれ。田中和晃陳述書   クリックしてご覧ください。
 回覧板の不配布
この陳述書はでたらめばかしですが、最悪なでたらめは末尾にある「4 原告は部落が甲第4号証の文書を発出して以後、阿智村からの配布文書が届かなくなったと言っているとのことですが…」から「…村に対し、配布、回覧物直接郵送するよう依頼しました。」で、「自治会に加入しない住民に対して村がそのような措置を取ってくれる…」から「村の担当者である原宏卓氏が原告方への郵送の手続きを失念いていた…」この三つの嘘である。令和5年9月11日

 甲第4号証
甲第4号証とは繁部落長と和晃部落長が連名で「部落との付き合いは不要」と記された文書でありますが、この文書を発出してからすぐ村に依頼したと主張しています。この文書を発出したのは令和2年4月も中頃のことで、すでに村が毎年4月初めに行われる行政嘱託員の全体会議が終了してのことです。田中和晃が本当にそのような考えで村に依頼をするのであれば、行政嘱託員(部落長)を一堂に介して回覧板や配布物の配布の仕方を説明する会議の後に、直接配布をお願いすればよいことで、この外にとられるべき手段は無い。何よりも、自治会と部落はなんの関係性もないし、自治会は村の配布物を扱ってはいない。(この辺りは飯田市の自治会とは全く違います。)そして続くのは、村総務課に出向いた訳ではなく、たまたま出会った役場職員原宏卓にお願いしたというのである。
 嘘と判明
田中和晃の陳述書を見てすぐに、私は原宏卓に会いに行った。そして録音を取っていた。原宏卓は阿智村授産所の所長になったというが、総務課の係長からの移動であれば相当に村長の受けが良いようであるが、聞けば、中関の住民だという。たしかに共産党だ。これは手ごわいかと思えば、やはり嘘はうまくなかった。録音しますと了解を得て、田中和晃とはいつ頃どこであったのですか? といきなり聞けば、「え―と…えーと」で後が続かない。エーとは考えていることで、いつにしたらよいのかとの戸惑いである。そして「ん?覚えていないのですか?」と聞けば、「いつだったか…」と、またもや頭をかしげるに、「陳述書には令和2年の6月頃だと書いてありますが、田中和晃とどこであったのですか?」と言えば、「あーどこであったか場所がどこかは判らないですが…」と、これもまた返事になっていない。ここで原宏卓の陳述書をご覧あれ。原宏卓陳述書   クリックしてご覧ください。令和5年9月13日

 録音の効果
録音しますと言えば、嘘つきはみな緊張する。原宏卓の陳述書を見ていただければ、既に勝負はついていた。「令和2年の6月頃だと書いてありますが」と、私は嘘を言った。それに頷いて話し始めたのである。「西へ、何の用事だったか忘れたけど、その時に和晃さんと会いました。」どこであったのですか? と聞けば、「どこであったのか…場所までは覚えていませんが」ときた。おどろいた。何の用事で西地区に行ったのかも覚えていなければ、どこで会ったのかもわからないという。これをまともに信じるものがいれば、それも全くにお仲間だろう。
 原宏卓の証人尋問
「原宏卓さんですか、この方も承認に呼ばれたら如何でしょう」とは、裁判官の言葉であるに、原告の承認招へいを裁判官が勧めるなど聞いたことも無い。(熊谷文彦森林組合回覧物担当者も裁判官は呼べと言った。それは、「熊谷文彦さんは両方へ陳述書を出していますので、忖度(被告側)が考えられます」が理由であった。三浦洋子JAみなみ信州阿智支所長も同じく裁判官は呼べと言ったが、異例尽くしの証人尋問になった。)
原宏卓は証人尋問を前に、唐突として証拠を二通出してきた。まずはその証拠をご覧あれ。原宏卓の証拠   クリックしてご覧ください。令和5年9月15日

 総務課長の指示
原宏卓は今度は明確に言った。「令和2年4月13日に熊谷菊美さんが経営する農協の店舗の前で田中和晃さんと会った時に章文さんのところへ直接配布してほしいと頼まれました」この発言に驚かなくあったのは、用意周到されているなと感じたからである。私が直接出向くなど考えていなかったことで、そこでのやり取りは彼には記憶でしかないが、その中で「いつ会ったのですか?」「どこであったのですか?」「何の用事で西へ行ったのですか?」「平日でしたか?」の追及に何も答えられなかったことと、録音されていたとの記憶は相当であったに違いない。だからして周到に、それも詳細にわたって証人尋問に備えていたのだろう。そして最も質問されては困ることにも、それは十分現れていた。「原さんの陳述書は中村先生の依頼で、中村先生がまとめた陳述文書を確認されて署名されていますよね。其れで間違いは無いですか?」まさかこのような質問をするとは聞かされていなかったが、まさかのまさかで、思いもよらない発言が原宏卓から出た。「はい、そうですが、章文さんが来られた時に録音されていましたので、その時も言ったのですが、総務課長に指示されて、私たち職員は上司の指示に従うのは当然のことですので、それで弁護士の先生に…それで陳述書を…。」なんともまあ、余分なことまで話してくれたものだ。原宏卓がなぜここまでの話をするのかは、当然に私が聞いているからである。どこで会ったかいつ会ったかもわからぬに、和晃から私のところに配布物を直接送るとのことは確かに聞いていたとのたまうに、それで担当職員に伝えるのを忘れたと言い張るに、では、「この陳述書は誰の指示で書いたのですか」と聞けば、総務課長から指示されましたと、それだけは迷うことなくはっきりと答えている。それが録音されているからして、ついつい、聞いてもいないことまで話したのだ。しかし、この余分な発言は今後に役立つことで、「総務課長に指示された」は、裁判記録として残ったのである。令和5年9月17日

 公務員の資格
原宏卓に直接会いに行ったのは弁護士の指示ではなく私の独断である。なぜ会いに行ったのかは、陳述書の中身もあることだが、一番の目的は「公務員は陳述書を書くことは出来ない」を、原宏卓に伝えることであった。この様な常識を阿智村職員は知らないようだ。それと言うのも、菊美の除雪妨害で村八分の嫌がらせ行為として訴えるに、その原因として、「自宅裏の村道を除雪しない」と、平成28年冬から毎年村に苦情の電話を入れていたが、その都度、「村道が狭くて除雪車が入れない」から始まり、「花桃の枝が邪魔で除雪車が侵入できない」に変わり、枝をすべて落とせば今度は「聞いていない」となり、そして「菊美さんに直接言ってください」で、最後は「主要道路ではない」となった。そして裁判沙汰となれば、建設農林課の市村職員から、菊美の弁解に沿う形で陳述書が提出されたのである。市村職員とは親しくあるに、村に出向いて公務員の立場を説明するに、やはり陳述書でも何でも、村長から指示されれば書かなければならないと、切実な思いが語られたのである。「熊谷秀樹は市村君を守ってくれるか?」村長が指示したと言いますか? と聞けば、「絶対に私のせいにされます」と、正直な答えが返ってきた。この話も録音しているが、職員が異常ではなく、熊谷秀樹村長が異常なのではなかろうか。こんな話をしても阿智村の住民は、「悪いのか?」で済ますのではないか。
 人間性の問題
それでも裁判官の前で「上司に従う」の発言に驚いたのは、上司うんぬんより前に公務員であるを忘れているようだ。公務員は上司に従うのではなく、公務員規則に従うのである。いわゆる、行政法において公務員は守られているのであって、その根幹に公務員の平等性がある。誰か個人の依頼に上司に伺うは有るとしても、裁判に係る案件に上司の命令だとする考えは、公務員としてはあり得ない。表に出れば、公務員資格に抵触し、辞職は免れないことだ。市村職員はそれに気づき、はや自己防衛にて準備されているようだが、原宏卓は全くにそこに無い。なぜか、市村職員は共産党ではないからだ。令和5年9月19日

 原宏卓のもう一つの違法行為
原宏卓は証拠を捏造した。まずは、その捏造証拠をご覧いただきたい。原宏卓の偽造証拠   クリックしてご覧ください。
この偽造箇所が何であるのかお分かりいただけたでしょうか。また、何のためにこの様な偽造を行ったのかも併せて考えてみてください。そこには、熊谷秀樹村長の思惑が見え隠れしていますよ。
 職員を使う馬鹿者
原宏卓がこの証拠を捏造しなければならない理由は、田中和晃の証言を事実とすることなのです。回覧板を回すなとしたのは孝志であって、和晃はその指示に従っただけではあるが、元々に、回覧板を回すなとの指示は、加藤政章が孝志に注進したからである。組長を加藤政章に引き継ぐに、「回覧板は回されないと思うので、最後で良いので回してくれ」と言えば、早速に孝志に報告され、孝志は和晃に指示したというわけだ。このことは、繁の証言でもはっきりしたが、繁は部落長として回覧板を回さぬことに関与は無かったというより、知らなかったのだ。村八分の最大の嫌がらせは回覧板の不配布であって、意図を持っての嫌がらせであれば、もはや判決は見えている。だからして「自治会に入っていない住民には村から直接送付すると聞いていたので村に配布をお願いしていた」との弁解反論が始まりである。その反論に、自治会は回覧板配布に関係ないと言えば、こんどは、原宏卓に依頼していたのだとをつくり上げた。それでも、私が原宏卓に会いに行ったとなれば、そこであいまいな返答になったと聞けば、また、録音していたともなれば、原宏卓の証言は全くに功を成さないと、中村弁護士が気づいたのであろう。だからして、とんでもない証拠を後出しして、原宏卓の証言前に合わせたと言うことだ。令和5年9月21日

 目的に気づいた熊谷秀樹
中村弁護士は高齢であり、それも目が見えないが、それを補うのは息子である。司法試験に落ちて弁護士ではない(飯田信用金庫に勤めていた)と聞くが、この息子が反論の組み立てを行うものだからして始末が悪い。だからして、この様な馬鹿な証拠をつくり上げるのである。

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コメント

    • 2023.09.03

    飯田市みどり台に親に建ててもらった家を粗末にして
    近所付き合いもせず
    園原でも近所付き合いも出来ず
    悲しい男だね

  1. 緑台ですが、晃一、お前の叔母百恵さんの家が在り、今はお前の従弟が住んでいますが、その従弟が近所付き合いできていないようですよ。息子は緑台の常会長を一昨年やったばかしです。
    園原、というより東組ですね。泥棒ばかしの組員と、いったいどのようにお付き合いが出来るでしょうか。
    加藤政章は泥棒ではありませんが、泥棒ばかしの部落に驚いて出て行ったのです。この村八分の被告とされ、その事実にやっと気づいたようですが、少し遅かったようですね。

    • こうじ
    • 2023.09.04

    困りましたね
    ブログ書き込み
    晃一さんでないのに
    急に晃一さんに文句言って
    ストレス溜まってますね😅

    • 晃一
    • 2023.09.04

    晃一さんもびっくり‼️
    書き込みしてないのに
    😅

  2. 渋谷孝人・渋谷秀文・熊谷浩治・熊谷和美・渋谷晃一・渋谷吉彦…まだ他にもいますよ。西地区に限ってですがね。
    孝人は月川旅館の一件で時雄の恐ろしさと酷さに気づいたようですし、泥棒はしていませんので他の者とは全く違います。

  3. そうそう、秀文も泥棒はしていませんので、他の者とは全く違います。
    晃一には「鉄砲で撃ち殺せ!」との前科がありますので、最も悪質ですね。
    他の地区では、何といっても熊谷秀樹ではないでしょうか。

    ブログの内容に批判していただきたいですね。頭が悪いんですかね?
    いづれにしても、もう少し内容のあるコメントをいただきたいものです。

    • 章文
    • 2023.09.07

    回覧板を回さないと全員一致で決めたことです」として、回覧板を回さないのは部落総意であったと、いかにも部落長の繁が決めたことだと陳述していた。?
    文章おかしくありませんか
    部落総意であるのに部落長が決めた?

    • 総意として部落長の繁が決めたとのこと、分かりませんか(笑)☺
      しかし、部落長の繁は知らないと証言した。それが問題なのです。
      繁が裁判官の前で嘘は言いません。孝志と違いますからね。
      ならば、吉彦と加藤政章が嘘の陳述をしたことになります。
      さあ、これでも繁は孝志の指示に従うでしょうか!?

    • 章文
    • 2023.09.11

    章文も情けない男だね
    おまえの息子と同じ世代の若者にイチャモンつけて
    地区で跡取りで頑張っている若者達に、、、。
    典章さん、しげみさんがいたら
    ショウゴ君に文句言っているようなおまえに
    一言、言うと思うよ「いい大人が情けない」😢

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