飯田市の行政犯罪 PART1 リニア中央新幹線 佐藤市長・代田教育長は高級官僚の手先

飯田市

 2021年3月5日、今日このサイトを始めるに感慨深いものが有る。それは、人生の集大成をまとめられると言う喜びにも似た感情が沸き上がっているからだ。 このサイトに前編として、「社会の形ルールと法律の違い」から始めて六年目に達しようとしているが、四十年も前からの行政における数々の犯罪を書き記してきたことは、私の人生そのものの写しでもある。いつのころなのか、それも人が持つ普遍的な行動なのかは分からぬが、何かが狂っている気がしてならなかった。若さゆえの突っ張りか、性格が為すものなのかも見極めず、ただ思うがままの行動がいつも先にあったことはいがめぬが、一度として後悔しないのは、変わった性格が災いしているのかもしれない。 最近、「空模様」というタイトルで初出版したが、ブログをまとめるについて振り返れば、世の中の矛盾が法律や制度において引き起こされているのに気づかされた。矛盾であれば答えは出ないし法律であれば従うしかないが、少なくとも制度は変えることが出来る。
ブログは五百万字を超え、アクセスも158万にも達しようとしていますが、それらをくどくも書き続けたわけは、それら多くの犯罪の全てを知っていただきたいとの思いと、行政犯罪において国に潰される現実において、如何にしてそこに立ち向うかは、やはり、住民がこれら犯罪の根底にある矛盾に気づかなければ、何事も成せないと考えたからである。 「自治体は力だ!」「権力が全てだ!」「金がものを言う!」これらの声は内に外にあり、そこに一人立ち向かう無謀さは家族を巻き込む不安もあった。しかし、常に私の行動は不思議なほどに思った通りの結果を招いてきた。それは、何ごとにも臆さず、誰のせいにもせず、腹に一物を置いてそれを隠さず、とした立ち振る舞いにあったと自負している。
今、飯田市も阿智村も過去例を見ない状況を迎えつつあり、やがて、ブログで書き出してきたような結果となるに、それを傍観し、ただ、指を加えているわけにはいかない。私が始めて私が終わらせるとの考えはなく、如何にして最小限の被害とするかが課せられるのであって、あとはただ、天明に向け進みゆくだけである。

 思いがけない一枚の写真
2011年、かぶちゃん農園の本社は飯田市に完成した。「鏑木社長と佐藤健副市長が仲良く並んだ笑顔の写真が南信州新聞で報道されていたよ」少々昔の話だが、すっかり覚えていたようで、ケフィアの詐欺事件が勃発した頃のお茶もみ話でもあった。それから数日後か、数か月後で有ったか覚えていないが、鏑木社長の訃報が聞こえてきた。「自殺した?」亡くなったとの話しより自殺で有ったとの話がそれを広めたことは言うまでもないが、何人かは、「自殺かな?」と疑問を持つ者は当然のように居た。まあ、それはどうでもよくない話としても、そこは警視庁に任せるしかないが、どちらが真実にしても闇に葬られるだろう。
今回新しいサイトを立ち上げるについて、その仲良し写真がネット上に有るかもしれないと検索すれば、そこに驚く写真が見つかった。一瞬、佐藤健副市長の写真と見間違えたが、これは宮下一郎代議士とのツーショットであった。何も無断で掲載したわけでもなく、スパイショットでもないが、宮下一郎のホームページに掲載されている紹介写真でありました。この写真を見て「代議士であれば完成祝いに招待されるものだし、それが議員活動の宣伝でもある」とか、「しゅん工式では当たり前の場面だ」と、佐藤健副市長とのツーショットを掲載した新聞社の記者は言うであろう。だが、ひねくれた私はそうは到底みられない。この写真の意味するところの観点に思い当たる節があったからだ。 令和3年3月15日

 政界とのパイプ
社会は弁護士や報道記者であれば、企業と政治家の関係性において、何か(犯罪)が有れば、当然に政治家の存在をそこに見る。半ば既成事実として、「今度は誰だ!?」という事であるが、このツーショットを見る限り、特に愛想が良い宮下一郎であっても、この笑顔は、鏑木社長より一歩引いている。写真をそのままに見れば感じるのではないか。鏑木社長の立ち位置とその姿勢に、上下関係を感じるのだ。振り返れば、この写真は2016年10月1日の「かぶちゃん農園『柿照姫センター』1号竣工式」の一枚である。この時の宮下一郎代議士は衆議院財務金融委員長であるが、鏑木社長と政界のラインの一つとみてよいのではないか。国会の常任委員会である財務金融委員長の席に就くと言うのは相当な権限を持つのであり、仮に、「飯田市に予算を回せ」などは朝飯前のことだ。それでなくともリニアの駅をつくるに、飯田下伊那を統一する現状の力は宮下一郎にあって当然のことなのだ。まあ、少なくとも相当な金がかぶちゃん農園関係に流れたものとみて間違いはないだろう。まあ、警視庁が捜査するに、「かぶちゃんの森の発電所」や「伊那谷道中かぶちゃん村」などなど、数えきれない関連会社がある。その数えきれない関連会社の事業展開に協力してきた飯田市は、相当なる予算をつぎ込んでいるが、たとえ総務省から金が回ってきたにしても、決済は飯田市が行うことだ。そしてその関連会社ともども破産宣告したとなれば、国の金を湯水のように使った費用対効果を、議会はどのようにして監査承認が行えたのだろうか!?
    やっぱり潰される

かぶちゃん農園詐欺事件は終わっていないが、これほどの関係ある団体や組織、それに国会議員まで関与が疑われるような犯罪に対して警視庁はどのように立ち向えるのかと心配するが、ここまでになれば、もはや警視庁の出る幕ではないとも感じている。「官製談合に監査委員が組している」との告発に、「国は飯田市を潰します」との答えであった。管理官の言葉そのままであれば、かぶちゃん農園詐欺事件に絡むは、それも飯田市と言う地方公共団体の犯罪とされよう。一つだけで治まらない飯田市の行政犯罪、もはやそこを扱うは、管理官もため息をついた「検察庁の特捜」しかないのである。令和3年3月17日

 点と線を結ぶもの
飯田市の行政犯罪と言う大枠のくくりでまとめてみれば、犯罪者とか犯罪の拠点とかは大きく三つに振り分けられる。当然に頂点に立つは飯田市であるが、左の一つは国であり、右に並ぶは民間である。飯田市を扱うは市長副市長と職員、それに議会議員である。国はどうかと言えば、そこには補助金しかないが、それら補助金の決定権がどこにあるのかと言うことになろう。さて、人の金とはよく言ったものである。国の予算は人の金、たしかに国民全体の金である。その金を扱うのが官僚なのだ。人の金であれば気楽に何にでも使えることからして、その金を思い通りに使おうとすれば、高級官僚たちは何を考えるのであろうか? 年金破綻にしてもそうだが、湯水のように使われた年金のしわ寄せを受けるのは国民である。もともとに、湯水のように使われなければ年金は破綻していないのだ。そこに国民が気づかないのは、政治家が年金破綻について責任追及して来なかったからである。政治家に金が流れていたから追及できないのであって、高級官僚から忖度を受ける政府政治家が、年金制度の破綻でないものを、団塊の世代が多く若い世代が少ないのが理由だとして「年金破綻」と決めつけた。人口が多いときに多くの年金が積み立てられていれば、団塊の世代が少なくなるに破綻するはずなどない。積み立てられていた年金が官僚たちの食い物とされ、数百億のリゾートホテルや福利厚生施設を次々建設し、それらの事業費からピンハネした上に天下り先として官僚会員制度で運営していた。これらの事実を追求せず「年金破綻」と位置付けたのは、自民党政権なのだ。
高級官僚の飯の種(高額給与)では物足りないと、人の金ならばどうってことはないと、日本全国の予算付けに含みを持たせ、その含みは自分の金だとすれば、回収係が必要となる。それが、総務省から出向される出世前の高級官僚予備軍なのである。そのような視点で飯田市の行政犯罪を追えば、飯田市の右側に居た国とは総務省の高級官僚であって、それらの者の考えで、かぶちゃん農園も飯田荘も、そしてリニアの駅も、相当なる時間をかけて計画されていたのではないかと考える。だからして、かぶちゃん農園は闇に葬るとし、飯田荘は証拠を掴まれた章設計を契約解除し、官製談合も議会と相談して無いこととしたのである。だが、この様な単純な犯罪に騙されるほどやわに出来てはいない。「章設計契約解除」のそぶりを見せれば、その時点で企みがあると察しはつく、そこにおいて佐藤健が総務省に呼び戻されれば、大概の裏は見えてこよう。なぜ呼び戻されたのかって? それは、佐藤健が集金係であったからだよ。令和3年3月19日

 選挙戦を振り返れ
 選挙戦の前、私は牧野と佐藤両候補者の不正や犯罪を書き出した文書を配布した。近隣町村長や議会議長に至るまで。これらの行為は非難されてしかるべきで、また、両候補者にとっては選挙妨害そのものだ。だが、誰一人私を訴える者はいない。警察であっても、公の団体にこの様な文章を配布した事実を確認しているのに、私を逮捕していない。なぜなんだろう? 私の文書を受け取ったまちづくり委員長は警察に届けたのであろうか? 当然に届けることで、内容など確認しなくてもそうしなければいけないのが、この様な団体の長たる責任である。やはりと言うか、その様な届け出が為されていない。弱った。誰か一人くらいはそのような社会的常識を行う責任者は居てしかるべきだが、これでは文書配布が無駄になってしまう。私はそのようなことで悩む振りをするが、これも想定内のこと。世の中がずる賢く出来上がっているから起きた不正であって、常識が通用するのであれば犯罪など起きないのだ。
目的は別のところ
阿部知事に直訴した。だからと言って阿部知事が対処することはない。それは、別の地方公共団体であるからだ。では、なぜそんな無駄なことをするのかと思うだろうが、そう考えるような者達がいまだ多く居るからであり、そこが実態とかけ離れていることを示すためでもある。「公務員の義務」は行政法ではないが、公職(特別公務員・公務員)は、不正や犯罪と知りえた時点において告発しなければならない法律がある。県職であれば、末端にまでそれが行き届いているはずであるが、倫理に掛けるものが多く居るせいで、それらの法律は作用していないのが実態ではないか。だが、さすがに知事ともなればそれはあり得なく、事実としてその内容に当たれなくとも、警察に届くことは秘書が代行しているのだ。県庁の天辺には長野県警が棲みついている。真下の最下階に知事室はある。だからして当然に、それらの文書は県警に届いていることになるのだ。私が出来ることはそれしかなく、また、それが為されるものとしての直訴であるのだ。知事が不在でも居留守でも、そんなことは関係なく、その様な文書は必ず警察の手に渡る。警察に渡れば、逮捕するとかしないとかは、県警の判断になるのである。飯田市が潰されようとしているのに、未然にそれを防げないは県民のせいでもなければ市民のせいでもない。警察に届いていれば、すべては警察の責任になるのである。令和3年3月21日

     県会議員は県民市民の代表
 知事の責任を問うのでないことがお分かりいただけたところで、県会議員の責任について少し述べておこう。それは、知事とは違い、県会議員の飯田下伊那代表議員は、それら責任がかかることにあって、責任を取らなければならない状況にある。県会議員の役割など説明する必要もないが、地区割で定数が決められていれば、少なくとも飯田下伊那代表議員と言うことになろうし、飯田下伊那の住民も、飯田下伊那のために働いてくれるとして投票しているはずだ。そのような立場に居れば「飯田市が国において潰される」「飯田市長の犯罪がある」「議会議員も共犯している」との、文書が飯田下伊那の住民から正式に届けば、それに当たらんとして何するものぞ。それを無視して市長選に必勝の激励をすることは、少なくとも飯田市の住民をないがしろにしているではないか。犯罪に当たれなどと記してないし、解決せよとも言っていない。少なくとも県会議員であれば、その様な問題にどう当たればよいのかの判断が出来ないはずがない。知事や職員が手を下せないのは、公共団体のくくりの制約であって、何もしないのと訳が違う。だからして、県警本部に告発しているのである。県会議員であればこの様な問題を共有すべきで、特に小池議員は議長の立場にあった。それがどうだ。何一つ聞こえてこないし、放置していたと議会事務局は言っている。議会で取り組めないとすれば政治政党で動けばよいことで、だからこその政党だと考える。小池議員は自民党、小島議員と熊谷議員は民主党、川上議員は公明党として明確に活動しているのであれば、私に事実関係を確認すべきではないのか。少なくとも私はこれら4名の議員に、議員になる前からこれら犯罪は告げている。それがどうだ、ここまで表に出しても何一つやらないではないか。それが議員だとすれば、飯田市が潰されたときにおいての責任は、当然にお前たちに有る。それが県民の答えだ。
行政に不正があるのを前提とするわけではないが、不正が起きないような仕組みを作るのが議員の務めだと私は考える。行政に都合の良い条例でなく、県民の考え、市民の立場を保全する条例が必要であると考える。それを行えるのが議員であって、それがための代表議員である。国会議員の声は政党代表であることだが、県会議員や市会議員の声は住民を反映することでしかない。令和3年3月23日

      心して臨め
 飯田市行政に在るいくつかの犯罪を、確かな証拠を基に解明していきたい。それは、飯田市が行政犯罪において潰される前に、何としても成さなけべならないことである。これらの犯罪が確かにあることをまず市民は知るべきなのだが、これら行政にかかわる犯罪のほとんどに議会議員が深く関与していることで、けして議員の口から語られることはない。語られないのが何よりの証拠なのだが、語られなくとも語らなければならなくなる状況に追い込めば、それは必然として現れてくる。まあ、目に見えるようになればおしまいだが、行政法で守られている公職の者が、その行政法において裁くことが出来れば、もしかしたら市民の負担は少なくなるかもしれない。


 長野県知事 阿部 守一 殿       令和3年3月9日
 建築主、飯田市長牧野光朗の確認申請建築物、「特別養護老人ホーム飯田荘」の、建築基準法違反について
平成29年11月30日交付、建築確認、「29飯建第29-97号」の「特別養護老人ホーム飯田荘」は、1階を鉄筋コンクリート造、2階を鉄骨造とした、建築できない構造において建設されております。
既設施設でありました特別養護老人ホーム(鉄筋コンクリート造、地下1階、地上2階)は、築38年程度の構造物であり、同施設を運営する飯田市社会福祉協議会は施設の改修を望んでいたが、佐藤健副市長(当時)は、飯田荘の改築を推進し、既存施設は現飯田荘が完成されたのちに取り壊されております。
これら施設の改築事業費は国庫補助金で賄えていることに加え、終活施設として重要な役割を担っている特養施設において、この様な違法行為が公然と行われたことに関し、県民として憤りを禁じえません。ついては、特定行政庁である阿部知事の責任は大きく、この違法建築物の行政処分について、強く行政代執行が行われるよう求めます。(この続きは「飯田市 行政にかかわる犯罪の実態」のコーナーをお読みください)令和3年3月24日

 特別養護老人ホーム飯田荘が違法建築物であるとして、長野県阿部知事に送った書簡であるが、この書簡を持参するとして秘書課に連絡を入れれば、「違法建築の情報提供については住宅部にて受け付けます。つきましては、担当課長にその旨申し伝えますので、そちらに直接送っていただければと思います」とされた。少々拍子抜けであったが、言われるままでなければ致し方ない。3月9日に送付すれば、その一週間後に連絡があった。「調査を始めますので協力をお願いします」担当者は知り合いであったが、もろもろの昔話の後にそう告げられた。これから先は「飯田市 行政にかかわる犯罪の実態」のコーナーをお読みいただければと思いますが、違法建築物と断定されれば、当然に特別養護老人ホーム飯田荘は取り壊しを余儀なくされますが、それら補助金の返済と取り壊し費用は市民が負うことになります。
違法建築は犯罪でありますので、長野県は県警に告発または告訴しなければなりませんので、逮捕者が出ることになります。鈴木建築設計事務所・勝間田建設・土屋電気・飯田工業らに加え、それらに協力した関係者も含まれるでしょうが、官製談合と同じく、それらの会社は潰されることになります。
施主である飯田市はどうかと言えば、行政の「違反建築とは知りませんでした」などの寝ぼけた発言や、議会の「違反建築は県の責任だ」との言い逃れは通用しませんので、行政犯罪に進む可能性が出てくるでしょう。「飯田市が潰されるはずがない」などの、程度が低い職員や議員は危機感がなく逃げ回っておりますが、事の重大性に市民が気づかなくてはどうしようも有りません。
 違法建築の認否
飯田建設事務所建築課長に、「地下があるではないか」と追及したところ、「半地下は最初からありました」と言う。「半地下はピットで地下じゃない。地下1階があるのではないか!?」と追及すれば、「鉄骨の基礎は地下下までつながっていますので」と言う。地下では無いと否定しないところから始まったのだが、林建築課長は、私が帰るとすぐ飯田市地域計画課に電話を入れている。
建築課を後にした足で飯田市議会事務局に出向いたが、吉川事務局長が留守であったので電話を要求した。しかし、その日に電話が無く、翌日に電話を入れ面談すれば、「違反建築は県の責任だ」と、これも違反建築であると認めた言い訳を行っている。(この時、飯田荘が違反建築だと一言も話していない)議員全員との面談を求めたのだが、一週間後吉川事務局長から電話が入り「議員全員が『違反建築は県の責任であるから、章設計とは会う必要がない』と申されましたのでお伝えします」との会話が録音で残っている。公開質問状を提出するについて吉川事務局長と会えば、「飯田荘の違反建築は県の責任だと言ったのは私の個人的な発言です」と訂正している。それはどうでもよいが、吉川事務局長に限らず、議員全員が違反建築は認めているようだ。
これからの展開が面白くあるに、それら詳細を進展ごとに「飯田市 行政にかかわる犯罪の実態」のコーナーに書き出します。零話3年3月25日

      代田昭久教育長のコロナ感染の事実
「私が感染源者だと言うのは誹謗中傷だ!」と、報道機関に声を荒げたと言うが、公人が誹謗中傷を受けたと言うのであれば、公にそれを否定しなければいけない。それが公人の最低限成すところであるが、議会がその事実を隠蔽しようと最後の議会で寸劇をまたもや興行したようだ。
在る報道機関が取材に来た。「ブログを読んでいますが、ブログでは代田教育長が感染源者だと書いてありますがその根拠を教えていただけませんか?」と言う。そして「代田教育長は『感染源者ではない誹謗中傷だ』と仰っています」と続けた。
ブログを読んでの取材であればすべてを話せるが、「公開質問状の会見に出られなくて申し訳ありませんでした。他の取材が入っておりましたので」と前置きされたから、ブログなのか質問状の内容でよいのか迷ってしまう。まあ、堂々たる取材姿勢はいつものことで、考えて答えるほど頭が回らない。
完全なる根拠が有れば報道すると言うが、完全なる根拠もその裏が取れないと言う。これでは話が前に進まない。タイミングよく、吉川議会事務局長から電話が入った。それは、公開質問状への返答期日(3月15日)であったからだが、その内容はさんたんたるものでありました。「あのう、公開質問状の期限が今日と言うことで電話を差し上げました。議員全員、質問状には返答しないと言うことになりましたので、そういうことでお願いします」と言う。馬鹿を言っちゃあいけない。「何を寝ぼけているんだ。私は湯沢議長に質問状を提出している。議長への質問状に、議員全員が返答しないとのことで、それもなぜお前が代弁するんだ」まあ、返事はないものとしていたので構わないが、その質問状の取材を受けている最中に、あまりのタイミングの悪さにいら立った。
保健所に聞いた

代田教育長が感染源者だと言うことは保健所に直接聞いたことであって、その事は公開質問状に書き記しているが、取材に来た報道機関には質問状を渡してないので、直前に読ませて取材を受けることにした。「議会は代田教育長に弁明させるようですよ」記者は言う。だからして頭が回りだした。「代田教育長に自分が被害者だと言わせて終わりにすると決めたようではないか。それで質問状へ返答しないとするのはあまりにもでたらめじゃないか!」ちょっと切れた。吉川議会事務局長は慌てた。それへの返事が面白く、それにて少しかまってあげた。「誰に聞いたんですか!?」、「誰?何を言っているんだ。議員は何人いると思ってるんだ?23人だぞ、23人がみんな同じことを考えていると思うか?」、「▽◇。//aこ👍…」何か言ったと思うが、捨てセリフを言って電話を切った。令和3年3月27日

 書くに書けないもどかしさ
報道機関とはさすがなもので、代田教育長が感染源者までは調べていたようだ。だからして私に裏を取りに来たと言うわけだ。「ブログに書かれておりますが」は相当なもので、それこそ誹謗中傷であればブログは終わっていること。だからして何かを知っているのだとしての取材であろう。だが、「保健所に聞いた」は、裏ではない。報道機関が保健所に取材できないからだが、それでは記事に出来ないのか? とは少し違う。記事にするのかどうかと、記事に出来るのかは別なことで、私から裏が取れなくあったにしても、議会が正当に代田教育長に質問すれば、それは事実を話さなければならない。そのような前提がすでに行われそうだとして、私に取材に来たのだ。
だが、正当な議会は存在せず、代田教育長を被害者だとしての筋書きは出来ており、陳謝と言う陳腐な寸劇において治めてしまったのだ。それが飯田市の現実なのだが、それでよいとする議員らは何を考えているのだろう。4月の改選に近くあることが足かせとなっているのであればまだ良いが、そこを追及できないほど不正に絡んでいるとしたら、やはり飯田市は終わってしまうだろう。
    報道機関殿、裏は取れますよ
私に取材に来た報道機関は、多くの根拠を持っていた。中央通り3丁目や4丁目をボカシも入れずにニュースで取り上げるなど見事なもので、すっかりと代田昭久の足取りを追っていた。代田教育長と同席していた3名がそのまま感染するに、その3名が誰から移されたのかは言うまでもないだろう。報道機関がそこまで知るに、議員らのだれ一人その事実を知らないなどはあり得ない。だが、23名もの議員は、代田教育長は被害者だとして片つけてしまったようだ。市民にそれらの声は聞こえていないが、それがバレないなどと甘く見ない方がよい。また、再選せずの議員らもよく聞いておけ。辞めたとして助かる道は無いものだ。想像できないほどの行政犯罪になるに、そこに責任を取らなくて済むほど世の中甘くはない。(詳しくは本日の新しいコーナーと他のコーナーで書き出します)
さて、「保健所に聞いた」を事実にするに、報道機関はブログを読んでいるとした。だからして目にも入るように伝えておく。「保健所との会話記録は録音してある」さあどうだ。これを追求する報道機関であればそれを渡すが、生半可な姿勢であればブログの世界にしておいた方がよい。令和3年3月29日

 裏の裏
東京都の非常事態宣言が解除されたことに反応する飯田下伊那の住民を見ていると、不思議な感覚に陥る。東京が解除されれば飯田も安心となるのかが不思議なのだ。上っ面を見るのが染みついているかのようだが、その様な捉え方が代田教育長のコロナ感染をそのままに受け止めてしまうのだろう。「ホステスから移された」は、飲み屋での定番であって、それが東京の夜の世界でコロナが広がったように飯田の住民は思い込んでいるから、代田教育長の嘘を信じてしまうのだろう。そこに来て、「フィリピンのホステスだ」は、日本人でないからコロナにかかるは当たり前だという概念と、「フィリピンの女と同棲している」とうスキャンダルでとどめを刺してしまう。まあ、代田昭久の作戦勝ちだと言うことになるが、それを信じ込ませたのが佐藤市長の偽装であって、後押ししたのが市会議員らであるのだ。この程度で騙される市民感覚も確かにあるが、報道機関の報道の仕方にも原因があると私は思う。代田教育長とW半の二人、それにフィリピンの同棲女、これらの足取りをはっきり掴んでおり、それに沿って放映までしているが、そこから先を伝えることはしない。個人名を出せないとかの問題ではなく、4人が立ち寄った店名を放映しているのであれば、「1月13日感染の4人は、同じ飲食店を利用したようです」と報道すべきなのだ。それであれば、それ以上の感染を心配するに保健所の調査が裏付けとなるし、東中学校や浜井場小学校を特定地域に含めた訳も市民は理解できる。それから先のことは「教育長、感染源者としての責任を」と、議員らは追求しなければならなくなるのだ。
 新たな疑惑

ここまでの事実の中で、佐藤市長が県のコロナ感染情報を操作する必要はない。「公務員」を「特別公務員」とすることも必要ないし、「代田昭久教育長が感染しました」から、臨時記者会見を開けばよいことだ。ホステスから移されたとか、そのホステスがフィリピンの女が代田昭久と同棲しているなどの事実はどうでも良いことだ。それをなぜ情報操作したのか? と疑えば、どうしてもコロナ感染者情報の備考欄が空白であったことに気づいてしかるべきだろう。1月15日の4名感染者にも順番で番号が振られており、その前後の感染者の番号と順番につながっている。だが、肝心の備考欄が空白で、誰(番号)の濃厚接触者なのか、新たな感染源者なのかが記されていない。保健所の報告には、少なくとも代田教育長の番号が他の3人の備考欄に記され、その番号の濃厚接触者と書かれているはずだ。令和3年3月31日

 触れない何か
コロナ感染情報の個人情報を公表できないとするは、感染者に対して思わぬ弊害が出たからに他ならない。だが、感染者名を公表しなければなおさらに、感染者が特定できてしまう恐ろしさが田舎にはある。いわゆるお隣さん感覚で、人より早く知りたいとのおかしな感覚が輪をかけ、SNSの時代が後押しするのだ。茶飲み話が楽しみの世代にとって、子供や孫から聞かされる新鮮な情報は自慢であってそれ以外なものはない。「差別をやめましょう」などと騒げば、火に油を注いでしまうのだ。そこが牧野光朗前市長の失敗とするところで、個人情報と差別の使い方を間違えたのである。
感染者を保護するような処置や対策は間違いである。少なくとも感染者はそれなりに自己責任を感じるもので、今更名前が知れたってどうってことはないと、まあ、開き直りでなく、それが唯一取れる責任と感じるものなのだ。それより、自身が感染したことで、どれだけの迷惑をかけたかの自責の念が強く働き、被害が少ないように
と願っているはずだ。二次被害が出た場合において、それら責任のなすりが来るを恐れるのではないか。だからして、牧野光朗前市長の失敗は、「感染源者の行動範囲」を隠蔽したことにつきる。誰が感染したと言うより、感染が広がらないのを優先しなければ、保健所の追跡調査が意味をなさないではないか。
今回、代田昭久教育長のコロナ感染を保健所に聞いて感じたのは、「保健所の追跡調査は完璧」と言うことだ。先へ先へと手を打ってるのを知れば、それが安心材料であって、また、感染者の行動範囲や濃厚接触者を把握していると聞けば、どのように気を付ければ良いかと判断できることになる。牧野前市長のコロナ対策失敗を生かせる状況になかったのは職員の能力不足と隠蔽体質にあった。「ユーミンで感染が広がった」との事実を公表しないことで、あるお店が噂において潰れてしまった。なぜ公表しなかったのか? と今更ながらに後悔すれば、職員のつまらぬご注進がそこにあったのだろうし、ユーミンが潰れてしかるものと考える市民もいただろう。だからして、牧野光朗を選挙において結論を出したのだ。令和3年4月2日

 腐った野郎
佐藤健市長は保健所の情報に手を付けた。これはもはや犯罪である。保健所からの報告に忠実に従えば、少なくとも小中学生に感染するはなかったし、500店舗の飲食店を時短要請する必要もなかったはずだ。これが、市民が選んだ市長であるに、飲食店のほとんどが、佐藤健を非難するはどうしてか。
飯田市のコロナは昨年の3月27日に始まった。飯田下伊那の住民はそれらに恐れをなし、ある重要な事実に気づかずにいた。だからこその牧野前市長のコロナ対策失敗、何がそうさせたのか? それは、飯田市のコーナーをご覧あれ。
沈静化
コロナは正直触れたくはない。よその県であってほしいし、飯田まで来ないでと思うは誰しもがもの、だからして少しでも早く忘れたいと思うのかもしれないが、誤った情報にも気づかないのはやはり報道機関のせいではなかろうか。
飯田に初めてコロナが来た時の二次感染は一抹で治まるが、あとに残した傷は大きかった。それがどうだろう、正月明けの「代田教育長コロナ感染」の報はうわさとして瞬く間に広まり、二次感染の多さも比べ物にならないが、沈静化も早かったと感じるのは私だけであろうか? 佐藤市長の緊急記者会見は、何も代田教育長が感染したとして開かれているわけではない。飯田駅前から続く一定エリアの飲食店に時短要請する会見と、長野県がそれら店舗に一律4万円の営業補償するというものであって、代田教育長がコロナに感染したという情報は、遠慮がちな記者の質問にうなずいているだけである。
記者会見ユーチューブを多くの市民が目にすれば、私と同じ疑問を抱いたかもしれないが、ここまで仕組まれた記者会見に報道機関は協力し、あまつさえ、「公民館の会議で感染した」とまでの記事を掲載した新聞もあった。時短要請を受けた飲食店関係や周辺住民は「ホステスから移された」が事実であって、それはまだ近づく情報かもしれないが、「会議で移された」を事実と捉えている市民がいるのは、誤報記事の影響でしか考えられない。誤報で有名な田舎新聞のなせる業なのだが、誤報が通用する市民感覚には、都会も田舎も関係ないということでよろしい。まあ、代田教育長と佐藤市長の作戦勝ちでもあるが、そこを追求できる記者が居ないのは、それこそ田舎の表れである。どこかの誰かが「飯田高校が一番だ」とのたまっていたが、それがこの状況を生み出しているのだ。「腐った野郎」は代田昭久や佐藤健だけではないようだ。令和3年4月4日

 ある店主
「教育長でしょ!あの人は」「なんであの人にあんな多く投票する市民がいるのよ!」「飯田高校が一番だなんて、あんな選挙は聞いたことがない!?」と、代田教育長のコロナ感染から発展する話の始末は、「うちの娘も飯田高校だが、バカ女でどうしようもない」と、飯田高校を自慢して選挙に協力した娘を嘆いていた。
飲食関係から足が遠のいたのはコロナの影響であるは間違いないが、丘の上が閑散したのは代田教育長がコロナに感染したに他ならない。それを許せないとの感情は、『あの人は教育長でしょ』であり、『ホステスと同棲していた』が引き金になっている。だが、一歩郊外に出れば「代田教育長は公民館の会議で感染した」がまかり通っており、代田教育長が被害者だと認識する市民は多い。お粗末な新聞記事のおかげだが、そうとばかし言っていられない事情も見え隠れする。丘の上の話が広まったにしても、どちらに転んでも代田教育長は被害者なのだ。なぜそのようになってしまったのかと言えば、佐藤市長が情報操作したからである。それらの裏を公開質問状にしたためたが、それでも隠蔽するのが議員らである。私はこの議員の態度を不思議に思う。いい加減な議員ばかしだと思う前に不思議に思うのだ。どうして代田教育長を追及できないのだ? なぜに議会で陳謝させてことを治めてしまうのだ? そこには公明党議員も居れば、その様なことを追求しなければならない共産党議員も居たはずだ。なぜだ? どうしてだ? それを市民に問うても、やはり同じように首をかしげる市民も居れば、議員感覚と全く同じ態度の市民も居る。飯田は不思議なところだ。市民団体が存在しない理由もそこら辺に在るのだろう。
考え直せ
リベートを受け取りに、裏金を運んだのが事実に聞こえてこなくても、商社の接待を受けていても同棲しているホステスに移したのも、それらのすべてが表に出てなくとも、そして真っ赤な嘘の「被害者」であったにしても、「教育長として責任を取れ」と、どうして言えぬ。教育長にどのような理由があったにしても、生徒に感染させた原因は代田昭久にある。それだけで、責任を取り辞職すべきではないか。いつから議員らは倫理まで扱うようになったのだ。市民はお前らにそんな権利を与えているのか!?令和3年4月6日

 市会議員選挙
四年前、たしかに市会議員選挙改選に期待した。熊谷議員再選に向けて、牧野市長と対峙せよと迫った。「章設計への妨害を止めさせよ」「佐藤副市長が約束したとおり、地域計画課を解体させるよう迫れ」「言うことを聞かなければ不正を表に出すと脅せ」この三つの条件を要求するのであれば、お前を応援するとした。約束は果たされなかったが、応援した。少なくとも当落線上の票は私の同級生が駆け回ったものだ。それから何かをしたのかと言えば、章設計から離反しただけだ。この狡さは何も熊谷議員だけでないのは分かっているが、議員が大切なのだろう。多くの票は確かに期待表であって、地元のために何かをしてくれたが評価でもある。だが、有権者も忘れていないか? 何かを期待する前に、清廉潔白な議員で居てほしいと。信用が第一で、その信用に対して応援するのが本来の選挙。マニュフェストは政党が叫ぶもので、市民をしあわせにすると約束するのが公約だ。くさい物の蓋を開けるのが議員であるは、市民の平等性を担保する唯一の手段。それが、仲良しクラブの要望ばかし聞いていてはどうしようもない。この様な議員ばかしであるから、私の公開質問状に何一つ答えられないのだ。
期待する新候補者
23人の議員のうち、15派が再選を表明した。質問状に答えなくとも、再選しなくても、犯した罪からは逃れられない。何をほざくと言うなかれ、何もかも、すべて国は知っている。来るべき時に、なるべくして成るのは当然であるが、何も知らなく立候補する者に、今飯田市行政と議会の中で、何が起きているのかは届けなくてはならない。新人12派が揃ったと言う。その中で、共産党や公明党はどうでもよい。この様な団体は市会議員として相応しくなく、それこそくその役にも立たたない。だからして、残りの新人候補者に、質問状と今までの経過を記した文書を持参した。それらの状況と感触を報告するが、これらの行動に対して期するものはなく、ただ騒ぐことに意味があるとの思いである。令和3年4月8日

 南信濃 西森六三
遠いから郵送した。会いたいとは思わない。南信濃の現職は「湊 猛」話したこともなければ会ったこともないが、不正や犯罪とは遠いところにおり、質問状も意に介さないだろうが、何かが起きているのだとは感じているだろう。だからして郵送するに、読めば畑湊猛に話を聞くだろう。
ネットで検索すれば「整体師」と出た。詳しく知れば、2005年の飯田市合併時に増員議員選に立候補しているともある。整体師は最近生まれた言葉で、民間資格において開業できるとあるが、やはり、それ相応の知識と技術はついて回るもので、体の原理を知り、その人に会ったケアを行うものとされている。私自身、同級生に整体師がおり、数か月に一度お世話になっている。人の体にさわれば、話もする。懇意になれば親身にもなる。そのような人が議員を目指すは一物を感じるもので、それなりな期待は抱かせよう。16年も前に議員になろうとした。変革の時に動けるとは頼もしい限りだ。
このような人なら、送付した文書を読めば総枠を知るだろうし、何をすべきかは言われるまでもないだろう。確かに選挙運動として叫ぶことはできないが、後援会では話題の中心とするのではないか。令和3年4月10日

 佐藤道成
一番最初に会った。私のことを知っていた。それもかなり詳しく。この人に最初に会おうとしたのは、以前の勤め先が南信スバルであったと知った時だ。確かにどこかで会っているような気がしたが、それは中学の親友が南信スバルに勤めていたからだ。親友秦野正一は8年前癌で亡くなった。
会えて話が出来たことは幸運であった。この人の考えは一朝一夕にあらず、人生そのものが行動に出ている気がした。以前、牧野光朗の対抗として市長選に出るとして決意した経過が有ると言う。それが何より物語っており、軽く目を通した文書において、「議員らは、なぜ返答しないんですか?」と、素朴にも単純明確に言い当てた。そう、それがなぜ出来ないのか? そこに闇が存在し、それが飯田市が潰される要因なのだ。
生い立ちや交友関係まで話してくれたが、それは腹に一物が無く、失礼になるかもしれないが、私の行動によく似ている。ブログを読み続けていると言っていた。交友関係に私との接点も多くあった。だからして期待してやまないが、なるべき人に成っていただきたいのが選挙である。
伊賀良地区の候補者は4人も居る。野崎直仁は問題外だし、公明党の宮脇邦彦は当選するから出馬している。残るは、現職新井信一郎。この男、親が伊賀良の土着権力者であって他に何もない。熊谷議員から聞くに、「綿半は寄付をしているから使うのは当然だ!」と、公言してはばからないと言う。だから飽きられたのか、なるべくして後援会幹部は離れたのか? レクサスに乗ってゴルフ三昧が不評を買ったのかは分からないが、野崎直仁とは仲が良く、ユーミンでの懇談姿が幾度も目撃されている。令和3年4月12日

 関島百合
松尾で無所属で立候補を表明しているが、木下容子の後釜だと言う。社会党である。おっとっと、社会党は既に死語、社民党が良いのかもしれないが、飯田下伊那でも残っているらしい。同級生と同じ常会であるを知り、家まで訪ねたが留守であった。同級生に文書を託しておいたが、数日後近くに行ったので様子を聞いてみた。「お前のことを知っているって言ってたぞ」「話したことが有るとも言っていた」はて、思いがつかない。昔の知り合いかもしれないが、選挙事務所が出来たと言うので顔を出すことにした。
 やはり社会党
ガラス越しに見える姿に見覚えは無い。軽いあいさつで言葉を交わすに、「〇〇さんから文書をいただきました」「その件ですよね」「出かけなければいけないんで」と、そそくさの仕草が嫌に気になる。奥の方で年配の男が私を見定めているが、いかにも社会党の雰囲気を醸し出している。やはり、同じように見えるは同じような人たちだからと、妙に納得する。しかし、関島百合氏に見覚えが無い。はて、どこで会ったのか? 何を話したのか? と巡らせているうちに、「先輩議員の方たちがいらっしゃるのに」と言った。もうこの一言で十分である。話にならない女と見た。社会党でも社民党でもどうでもよいが、だからしての社民党だと、これも同じように納得したのである。
 思い出すその姿
用事があると、時間に合わないと、それはやむを得ないが、何か言い方が出来るはずで、それが結論を言ってしまえば取り付く島もない。要するに、はしごを外されたのであった。帰りの車で思い出したのは、確か新聞記者だと聞いていた気がした。そうか、市長選での取材に、選挙事務所に顔を出していたあの女ではないかと気づいたが、それこそ尚さらに、社民党で新聞記者ではもはや話にならないことに気づかされたのである。令和3年4月14日

 小平 彰
鼎下山の木下克志の後釜だと聞くが、そこはどうでもよいし、特に期待することでもない。まあ、とにかく会うことだ。そして文書を渡せばよい。常識があるから立候補するのであって、議員に成れば現状を把握することから始めるのは誰でも同じこと。
何人かの知り合いに選挙事務所を聞けば、元竹寿司の跡だと言う。そこに向かうが看板もなければ気配もない。何週回ったであろうか。何度信号で停まり確認しても、そんな様子は全く見られない。あきらめた。そして小平彰評を聞くことにした。「人物? 知らないなあ」「あいさつ回りには来たよ」「下山で出るって話だ」同じ言葉を聞くだけであったが、人物評価は挙がっていない。若いせいもあるだろうし、決めつけられていないことは良いことだ。
自宅を探した。なんとまあわかり辛いが、小さな看板が立っていた。東側に回れば、なんとなくそんな気がしてチャイムを鳴らした。「はあ~い」奥さんらしき声のトーンで、そして玄関ドアが開けられた。感じの良い奥さんで、受けごたえもかしこまっていない。気さくとも違うが、話しやすい人である。マスク姿では気づかないと思ってあいさつしたが、話の内容と名前を言えば、気づいたようであった。「主人はあいさつ回りに出かけておりまして、いつ帰るとも言えないのですが」それはそれで、こちらが勝手に出向いただけのこと。簡単に説明して文書を渡したが、受け止め方は簡略でなく、ある程度の状況は知っているようだった。やはり、市長選に出た意義は少なからず影響を与えたようである。
木下克志は、私の義兄の妹の旦那である。義兄は市会議員に成るのを快く思っていなかった。それは応援するとかの意味ではなく、議員に向いてないのに、野心が強すぎると感じていたのだ。議員に野心は必要だと、私自身も思っているが、義兄が感じた野心は疚しさを出してはならないと言うことで、野心が見えてしまうと見透かされると言う意味である。そこに行けば熊谷泰人議員の持つ野心は全くに違う。何のために議員に成るのか、地元のために尽くせるのかの自信が野心であって、それをわきまえている。残念なところは、議会と行政の振り分けを一緒に捉えてしまうことにある。それは、国家公務員を20年も続けた経験からなるもので、行政側の考えで物事に当る与党のようなものだ。令和3年4月16日

 佐々木博子
問題はこの女性候補者だ。何が問題なのかと言えば、福澤清を選対委員長とした。今まで、現職の議員を委員長にするなどあっただろうか? ここに最初の不自然さを見たが、福澤清とてそうではないか。橋北で三期12年もお世話になったのに、後ろ足で砂をかける行為だと、考えないのであろうか? 不正に関与した福澤清とはもはや拭えないだろうが、汚れた足でも平気なようだ。佐々木博子と福澤清の関係を聞けば、「福澤清の選挙を手伝った関係だ」と言う? 鼎上山が選挙区だと言うが、数年前に母親と二人で移り住んだようだ。ただ、羽場曙町が本当の地元だとしてあいさつ回りするのは、苦しい状況が見て取れる。女性票がかなり見込めると思われるが、浮動票が頼みの綱とみている。
直面する不正や犯罪に立ち向かえるのかとみれば、それは全くに気配がないし、さわれることもできないだろう。特に、福澤清の評判がよろしくないに、私の文書を捨て去る太々しさは、ほかに向けていただきたい。

 橋爪重人
票田が少ない下久堅で出ることは小林真一と競い合うということになる。片や公明党であればとの考えは地元ではあるようだ。上久堅の同級生の案内で面談したが、まあ、まとまった票は集まるのではないか。かいつまんで話した飯田市の不正に、出ばなをくじかされた感も見て取れた。今起きている現状を知れば、右往左往しようとも取り組まざるを得ないだろう。信金と綿半の関係者が選対の中心であると言っていた。さんざんに、信金と綿半の不正を話した後にだ。まだ若いが、そう、考えも若すぎる。これでは不正議員らに取り込まれ、声を上げることもないだろう。正直期待に値しない。令和3年4月18日

 下平恒夫
下伊那農業高校の後輩であるようだ。専業農家で農業政策を中心においての出馬は、さすがのものとみる。初対面での感じもそのままで、人当たりもよく考えもしっかりしている。竜丘地区とすれば大票田だが、三人出ているから厳しいという。あいさつ程度で文書を渡して話したが、大概のことは知っているようであった。「当選しなければ」は、農業政策にあることだが、当選すればやらざるを得ないは理解しているようだ。「親子二代が居れば」の話は、農家としての継続に自信を示す。今の飯田市に理念を持っての出馬は理想的でもあるが、これから起こる変化においては少し遠い夢だ。ただ、できもしないことを公約に挙げるほかの候補者より、優れていることに違いはない。

 筒井誠逸
座光寺から突然の出馬である。大票田の座光寺が荒らされることに危機感を感じたのかと思えばそうではない。何か違うところで動きがあったようだ。会社に訪ねるに、やはりあいさつ回りで忙しく、奥さんが相手をしてくれた。感じは良い。そしてわきまえても居た。設備工事の社長会長としての実績は大きくあるのだが、やはり、建設業界の一員として、常識的な考えであることはいがめない。その常識が飯田市の不正の根幹なのだが、この年代でこの立場だと、まったくもって体制派の考えにあることだ。文書を渡して奥さんと話せば、感が良いのかある程度の噂なのか、受け止め方は深くあった。まあ、議員となって直面すれば、勝たれることは何もない。はたして、後ろめたさだけでも感じてくれればよいが。令和3年4月20日

 他はどうでもよい
橋南で奥村晃好が出るとした。なぜか、忘れていて文書も足りず、かといって調べても探り当てることが出来なかった。橋南? 原勉から後に誰か居たのだろうか? ハラベンは後継者も残さず、自身の肩書や再就職先に奔走した奴だが、橋南での候補はやはり居ないと見た。選挙事務所の報が聞こえないと思えば、出馬断念したようだ。要するに、後援会が立ち上がらなかったと言うことになる。自力で出れば先が開けるに、その様な気骨が無ければ騒ぐでないと言いたい。
 共産党や公明党
こんな奴らはどうでもよい。党を名乗って市会議員の選挙をするなと言いたい。くその役にも立たない政党を盾に選挙しても、公明党だ共産党だとの議員活動は国政でやっていただきたい。だいたいにして、不正を行った牧野や佐藤市長を何一つ追及できなく、市民を証拠もなく訴えるような政党にいったい何の価値があるのか。
腹立たしいが、当を借りれば当選できることが卑しくある。

 下馬評
特に期待するものは何もないが、せめて現状を知っていただきたいと文書持参で面談するに、やはり、当落線上にいる者は見えてくる。下馬評とはいかぬにしても、要素は十分にあるものだ。三人落ちの議員選に沸き立っているかと思えばそうではない。すでに選挙は決まっており、いつものようなお祭り騒ぎにおいての下馬評は、正直覚めても居る。そんな中で、現職が一人落ちると私は考えている。
 貧乏くじ
落選する者は落選することで、当選しようとの意気込みでの落選は貧乏くじかもしれない。人のことを言っているのでなく、市長選、村会議員戦に続いて立候補した自分の話である。「市長に成る」として選挙をした。「立候補する」として村会議員選挙に出馬した。似ているようで非なるものだが、そこは当人でなければ分からないだろう。当選しようとか、落選するのではないかと考えたことは一度もないが、人は、「当選できっこない」「落選するのは当たり前」との判断で、貧乏くじとは言っていない。そんなところで市議選を見れば、「貧乏くじは誰だ?」が、いつものように始まっている。この差を感じない者を私は鈍感だと思っている。令和3年4月22日

    選挙結果
お待たせしたが、下から順番に名前を挙げておこう。「野崎直仁」伊賀らに移り住んで四年足らず、「今年は100万円赤字する」として、荒廃地を取得して米を百表作っているが、市は何度頼んでも何も助けてくれないとして、私のところに来た。高々三年の農家経験で、すでに音を上げたご仁である。自分のことを考えての立候補、それは既に見透かされている。十数票取ればよいところではないか。
二番目、南信濃の「西森六三」地元ではなかなかの有名人物であるらしい。それだけの行動力は今の飯田市に刺激を与えられると期待するが、何分地元表が少ない。また、身内の協力が見えないと、新人では難しいのではないか。500はいかないかもしれない。
さて、三番目であるが、新人二人は決まっているとして、三人目は現職の落選になると思われる。たしかに、三人目も新人として読めば、下久堅の橋爪重人は厳しい状況にあると思う。小さな票田で公明党の現職がいる。公明党は厄介で、創価学会の票だけだとみれば間違いで、「地元代表だ」としての選挙戦を振り返ればわかるだろう。まあ、上久堅のほとんどは橋爪に流れるとすれば、最後の席は拾うと思う。
佐々木博子は複雑である。女性票を期待するは新人関島百合も同じこと、しかし、関島百合は社民で木下容子の後継である。いわゆる組織票は安泰となるうえで、情勢票の上積みもあるだろう。関島は毛賀地区で木下徳康と争っているが、木下徳康は評判が悪い。当初は木下徳康が三番目とみていた。
木下容子は羽場地区で熊谷泰人と二度も争っており、二度が二度とも木下容子が圧倒している。その分熊谷泰人は票の上積みを期待しているようだが、それほど地元票は木下容子に行っていなかった。少し絡みすぎてしまったが、女性票を浮動票とみるのは間違いで、独身である佐々木博子は女性受けはしないものだ。
ほかの新人で気になるは、やはり佐藤道成ではないか。伊賀ら地区は大票田だが、ここで4人の立候補はさすがに多い。たしかに野崎を無視しても、公明党の新人宮脇邦彦は強くある。そうなれば、後援会組織を持たない佐藤道成は厳しいものとなるだろう。
だが、そこのところを深く考えれば、佐藤道成はなぜ出馬したのか? に疑問を持つべきだろう。顔役、土着権力の強い特殊な伊賀良地区、上郷出身で伊賀良北方に居を構えてもよそ者だ。そのような爺のいじめはひどくあって、それも周りは当たり前にとらえているのが現状だ。そのような地区で4期も当たり前として新井信一郎が居る。軸権力者に逆らい、向こうを張って出馬するには相当の覚悟と信念があると思われる。
三人目の現職は、新井信一郎だと私は見ている。それでなければ、飯田市はつぶされるにふさわしいはずだ。令和3年4月24日

 選挙結果
市会議員選はやはり地区票の集計であった。土着風潮は歴史的なものなのかと考えさせられるが、地元の代表となれば、市会議員はそれでよいのかもしれない。
これから話題になるは議長の席である。当然に会派のぞみは熊谷泰人を推薦し、会派未来は伊坪隆を推すだろう。福澤清の後釜は佐々木博子、三人の会派は継続することになる。社民は二人、共産党も二人、この辺りは問題でないが、公明党がどう動くかにかかる。永井一英を議長推薦するのも見えてくるが、のぞみと組するのは歴史的で、前期と後期で分け合う線が妥当案だ。会派未来が四人になれば伊坪隆の目も浮上する。まあそうなれば、会派未来を消滅させるのが条件となろう。どちらにしても、会派のぞみが熊谷泰人と新井信一郎に割れなければの話だが。
 最後の議会
飯田市としては最後の議会になるだろう。何を書いているのだとお𠮟りを受けるかもしれないが、行政犯罪はそのような結果しか出ないのであって、法律で対処できない犯罪であると知れば納得がいくだろう。今までを当たり前だと見るは、不正や犯罪が行政や議会であっても知らない顔をすることだ。何をどうしようと勝手ではないと思い知り、子供たちに何を残すのかを問えばよい。令和3年4月26日

 知らないでは通らない
佐藤市長と議会議長への公開質問状を新人議員に渡している。これまでにその経過を書き出しているが、踏み込んだ話はしていない。議員に成ったとして、すぐにこれらの問題にあたる必要はないが、いづれはすべての事件について対応せざるを得なくなる。そこまで頭が回る新人議員は一人も居ないし、前期の議会で解決したとされれば、たとえ気骨がある議員であっても取り付く島もない。
公開質問状を新人候補者に配るにおいて、無駄なことだと考えなかった。少なくとも事実は知ったこと、文書を横に置いても知った情報となる。これから何が起こるにしても、知った事実を放置するか取り組むかで、その後を市民が評価するだろう。現職議員後援会は、「うちの議員」と前置きし、「地区代表だ」「地区のために頑張っている」との思いれで私を批判する側にいるが、結果はそのままに返っていくだろう。
民主主義の根幹である選挙は人権の一種であるが、選挙において選ばれた議員は住民の権利(人権)を遵守するのを目的としなければならない。住民の権利は多種であるが、議員に託す地域の課題は、多くある権利の一つでしかないことを住民は知るべきだ。社民党系が口にする「議員は飯田市全体の課題に取り組むべきだ」は、あるめん的確な指摘であるが、それを推し進める能力に欠けている。公明党はどうかと言えば、公明党ほど中途半端な党は実にない。最大の理由は、自民党と同調しながら中国とのパイプを維持しているからだ。「中国へは布教活動しない」との密約を交わしているのが何よりの証拠であって、その様な宗教活動を重視する公明党には期待するところが何も無い。それこそ「人権」を主張しようものなら「創価学会の信者になれ」と勧誘されるだろう。令和3年4月28日

 何のために公開質問状を提出したか!?
章設計がごたごた言っているとか、市長選のしこりだとか、その程度において後援会へは説明しているだろうし、市民もまた、その様な事への関心も示さない。大体にして、最初の公開質問状に返事が来ないものを二度まで出すことに、異常性や馬鹿らしさと言う概念でとらえられていると思う。どのような関心ごとでも、噂と同じ、のど元過ぎれば何とかで、選挙が終わればそんな話はどうでも良いことになる。
 砂を嚙む
公開質問状の当事者は、佐藤健市長・代田昭久教育長、現職議員等であるが、彼らは砂を噛んでも十分に味わっていることだろう。再選した議員においても全くその状況にある。仮にも議員で、それら質問状に二度まであたれば、とても無視できる内容ではない。報道機関とて同じこと、質問状での質問は既に行われている。「返答しません」との回答は二度ともあったが、それが質問状への正式な回答となっている。何よりも、質問状を受理して、それら内容を鑑みての回答であるに違いはなく、公開するしないも、いつものように関係は無い。市長や議員が質問状に見合った返答が為されなくとも、または、それら質問の工程や否定が無くとも、回答は行われている。
例えば、「代田教育長はコロナの感染源者だ」とのことは質問ではなく、「代田教育長が感染したことを公表しなかったのはなぜか?」が、質問なのである。それに対して報道機関は「教育長さんが感染源者ではないかと言われておりますが?」と質問し、「誹謗中傷だ」と代田教育長は答えている。これは外野の声であるが、議会はそれにすっかり反応した。令和3年4月30日

 体裁の整え
議会は形態であって答えを出せるものではない。形だけを整えば、それで通用する。答えを出すのは議長であって、その答えには責任が伴う。うがった言い方であれば、「湯沢議長は責任を取った」と言うことになる。「癌で半年だ」とは、嘘ではないがそれほどでもないようだ。議長を最後にも格好はよい。だが、後継者については全くに不自然であった。「どういうことか?」一連の騒動、とくに、市民(章設計)を訴えることに意見を言った同級生は、「裁判でハッキリしてもらえばよい」との返答に力を落とした。そして、「癌でもうやる気がないようだ。話にならない」とも言っていた。
第三者か見ても、湯沢議長の返答に首をかしげるだろう。市民を訴えるに議会の承認が必要なのは、議会は市民側の査問機関であるからだが、湯沢議長はそれら経緯や経過を社会文教委員会にまかせ、議長として判断していない。それを同級生が指摘したのに対して、判決でよいとしたは、議長としてあり得ない。
 市長側に立つ議会
少し騒ぎが起きれば、「首長と議会は両輪である」などとのたまうが、そんな機能性は飯田市議会に存在していない。どの議員も不正に染まりすぎて、市長や職員側で判断しているのが現状である。社会文教委員会で最初に起きた不正は、「章設計を契約解除する」を、認めてしまったことにある。このあり得ない事実があるために、そしてそこで責任を取らない議員が居たために、すべてが狂ってしまったのだ。 令和3年5月2日

 誰が一番悪い
一番悪いのは牧野光郎前市長であるが、この男は犯罪までの頭が回っていない。総務省から言われれば、代議士から声がかかれば、それに応えるのが市長だと考えている。佐藤健を副市長にしたのも総務省の声がかりだ。ケフィアかぶちゃん農園とともに突然やってきた。詐欺事件が起きれば早々に引き上げさせ、警視庁の捜査に手心を加えさせる裏の力は総務省にあるが、あとの始末に市長にさせるとは、世の中高級官僚で動いているのが見えてしまった。ここでやっとこ気づいた牧野光男、自分の首が危ないと見るや変わり身は早かったが、総務省の力にはかなわぬと見た。そして、いまは主犯になろうとしているが、唯一の逃げ道は秘密を厳守することにある。
 私の秘密
いくつもの不正が絡みついたために、何が秘密かさえ分からなくなってしまった。一番の秘密は何であったのか、それは私と佐藤健しか知らないであろう。そして私はその秘密を暴露するに、しっかりと裏付けを取っているのだが、あまりの犯罪に、世間がついてこれないところがある。分かりやすく書いても信じないのがなりよりだが、どんなに難解なパズルであっても、PCに組み込めば答えは完全に出てしまう。つたない文書であっても、すべての事実を書き込めば、いづれ答えを導いてくれるのだ。令和3年5月4日

    契約解除の理由
契約解除に明確な理由がないから訴訟になった。ようするに、契約解除の本当の理由が分かれば、それが秘密だということになる。案外に答えは単純明確で、過去の書き出しにすべての答えがあるのだが、ここまで書き込んでしまうと、正直私自身が整理つかないところに在るようだ。
そういうわけで、簡単明瞭に整理すれば、章設計を契約解除するに、「どうしても契約解除しなければならない」との結論に至ったと言うわけだ。「どうしても」は、契約解除しなければ困ることが有ると言うことになる。その困ることが何かと言えば、「犯罪が露呈する」以外にない。ずいぶん物騒な話になってきたが、物騒どころか「佐藤健は犯罪者」だと決めつけ、このコーナーを始めている。何も初めてのことではない。市長選の前、佐藤健の後援会に、「佐藤健はかぶちゃん農園詐欺事件の被疑者である」と文書を送り付けている。どうだ、相当な話ではないか。だが、ここで気づいていただきたいのは、後援会に送り付けた佐藤健の犯罪は「かぶちゃん農園詐欺事件」であって、章設計を契約解除するに至った「犯罪が露呈する」とは何も関係ないことだ。かぶちゃん農園詐欺事件は、佐藤健の経歴の中で浮かび上がってきた想定であって、それが経過的に被疑者と断定できる状況になったということである。確かに想定だが、その想定に至るについて、警視庁の情報が伝わってきたのは確かである。私の書くことが想像の世界であるならば、佐藤健は後援会に約束したとおり、「章設計を名誉棄損で訴える」を実行すべきではないか。令和3年5月6日

 露呈する犯罪とは
平成28年12月28日、のちに副市長に成る木下悦夫建設部長は章設計と交渉した。ここに、熊谷泰人議員の同席が有った。これが章設計を契約解除する始まりになるのだが、ではそれまでの経過の中において、犯罪と言えるようなことが飯田市行政側にあったのか? と言うことになろう。
確かに居意地悪をされた。その原因は、「章設計が、飯田市の意図する設計落札業者でなかった」からだ。何とかして追い出そうとされたのは事実で、それらは振り返って読み返せば、事細かく書いてある。確かに不正はあった。福澤清議員と吉川建設の役員が、「藤本設計に飯田荘の設計をさせろ」と口利きを佐藤副市長にしたのも事実、抜け駆けだとして怒った鈴木設計が、業界談合で落札候補者になり、藤本設計を下請けとしたのも事実。これらの裏には「飯田市の設計料は3.5%」との官製談合が存在していたのも事実。だが、これらのことが露呈するとの危険性は、木下悦男建設部長が間に入り奔走したことで一応のおさまりを得た。だからして章設計に交渉に来たのだ。
 何を交渉した?
「設計工期はいつまででも良い」「鉄骨造を止めて木造にしてください」「敷地を平らにして段差をつくらない提案も採用します」「基本設計が必要ならやってもらって構わない。設計料は払います」このように、驚くほどの譲歩を見せているが、なぜこんな甘ごとをわざわざ言いに来たのであろうか? 要はそこである。そこが何かということで、章設計へ行って交渉せよと指示したのが、佐藤健副市長だったのだ。令和3年5月8日   
   
    交渉は決裂していない
木下悦夫建設部長はまとまる話だと考えていたと思う。それは、熊谷議員が前触れもなく当社に来て出迎えた様子からでも分かるが、二人の間では解決した話であったようだ。だが、私は断った。それも、章設計と交渉してはならない、交渉することではないと断っている。要するに、交渉する話ではないと言うことだ。章設計は設計業務を請け負っており、よりよい提案をしていることであって、それが何らかの条件になることはない。だからして、いろいろな条件のうち、設計に関していない件について断ったのだ。そう、「設計工期はいつまでも良い」について、「9月18日の契約において、10月末まで市の都合で延期された分だけの延期で構わない」として、2月いっぱいまでの延期をお願いしている。「基本設計料は必要ない」基本設計として実施設計を行うので、基本設計の話はどうでもよいと伝えている。
なぜ契約解除に走ったのか
「鉄骨造を止める」「敷地を平らにする」他にあれこれ提案を採用すると話されたが、それらは平井監督員と飯田荘の担当者との三者で検討していきたいとお願いしている。だからして交渉は交渉でなくなっただけで、決裂したわけではない。副市長を首になった木下悦夫であるならば、もはや何も気にするところはないだろうから、事実を知りたくば聞けばよい。
木下悦夫建設部長は、とんでもない事実を私から聞かされたのだ。だからして、それをそのまま副市長に伝えるは、結論として、章設計を契約解除するしかなくなったのである。この件は、熊谷市議から聞かされていたが、熊谷市議自身も、これが原因だと分かっていない。(そこが恐ろしい)令和3年5月10日

   本日11日は、飯田市コーナーの更新日ではありませんが、ある方からコメントが有りましたので、少し説明いたします。
飯田市も阿智村も、日々書き出すコーナーは今までの継続でありまして、くどくもありますが、いままで書けなかった部分を書いているつもりです。有料コーナーを設けたのは、資金難の為では毛頭ありません。警察に伝えられない事や証拠内容などを書き出しております関係上、警察や報道機関が閲覧できないコーナーとしております。
警察に逮捕させることや解決を目的としておりませんし、市長に成って不正を無くしたいとも考えておりません。市長に成るは、二次産業や三次産業への特化選挙に異常性を感じ、農林業に目を向けるべきとした考えからであります。行政における不正は確かにどこにもありますが、それを当たり前とする住民感覚に目を向けなければ、本来の社会が成り立たないでしょう。反省すべきは住民であって、犯罪者一人一人に罰を与えることではありません。
いたるところ、阿智村も飯田市も犯罪が多すぎて、またそれら犯罪に係る者たちが行政の執行権者であったり議員であったりで、とても複雑であります。確かに分かり辛いのは有りました。分かりやすく書けば、その先を知りたくなるのはどなたも同じでしょうが、私はその先が見えており、それを避けたいがために混乱させようと考えていました。ですが、阿智村も飯田市も、もはや限界に来ている状況でありますので、これからは、現状現況に合わせて書いていく所存であります。
 訴訟
今現在、章設計は飯田市と争いの中にあり、裁判と言う最終手段において結果を求めております。損害賠償請求ですからお金においての結果となりますが、今回の裁判については裁判官から公開の停止が為されております。(ネット検索で『裁判公開の停止』で検索すれば、いかに大変な状況なのかと判断できると思います)そのような状況において、飯田市との裁判に関する内容は書くことが出来ません。
近いうちに阿智村で三つばかし提訴いたします。ひとつは『土地無断使用』もう一つは、園原部落をあいてに『人権侵害』です。特に、『土地無断使用』の裁判は、行政犯罪や岡庭一雄の犯罪、熊谷村長の犯罪、それに、へぶんすそのはら白澤社長の犯罪など、盛り沢山に出てまいります。これも有料コーナーにて新たに始めたいと考えております。ほかには、盗伐裁判の判決後に補助金詐欺として提訴しますし、園原水道について、水道料の返還を求めて裁判を起こす予定です。これらの訴えにおいて、その裏にある犯罪の立証を求めることを目的としています。
 飯田市の有料コーナー
議会に提出した質問状の内容を『飯田市行政にかかわる犯罪の実態』、佐藤市長に提出した質問状の内容を『佐藤健飯田市長の犯罪』で提示し、それに併せて書いております。すべて犯罪でありますので、いずれ住民訴訟を起こしたいと考えておりますが、そこまで進めるに、何分議会議員が市民側に居ないため協力を得ることが出来ません。開示されるべき文書も拒否されております。また、新人議員に質問状と関係文書を渡しておりますが、誰もかも、見向きもしない有様です。「よくモチベーションが続くなー」と、なかば揶揄ともとれる発言が寄せられますが、一人戦うに辛さは有りませんが、困難さはどうしてもついて回ります。正直、裁判費用も大変ですし、貯金もそうあるわけではありません。法治国家でありますので、国民に与えられた権利を行使したいのですが、行政にある証拠が手に入らない限り、訴えることも出来ません。どなたか、応援した議員に、必要とする文書を手に入れていただけるようお願いできればありがたいのですが。
 市民団体
飯田市には市民団体が有りません。長野市にも松本市にもオンブズマン団体は有りますが、どういうわけか飯田市だけにオンブズマンは有りません。どの市民団体も弁護士がその中心的立場におりますので、早く言えば、飯田市にはそのような弁護士が居ないと言うことです。オンブズマンの役割は『行政の不正をゆるすな!』でありますので、『行政と争っても勝てるわけはない』と言う飯田市の弁護士たちでは、もともとに、金儲けだけが目的なのでしょう。 

 犯罪があるから解除された
わたしが、知りすぎた男になったのだ。藤本設計の口利き不正や、綿半と地域計画課の癒着を騒いだのは熊谷議員である。そこに章設計は何も介在していない。熊谷議員が勝手に騒いだのである。そこの始まりが、今回の市議選において、会派のぞみが分裂するきっかけとなっている。
 犯罪を質問した
有料サイトで公開質問状に目を落としていただければ、すべてが分かるでしょう。そう、私は隠されている犯罪を質問しているのです。このような質問状を受け取れば、議員誰一人受けごたえ出来るはずがありません。いつものように、返答がないことを承知のうえで、質問しているのです。どうしてそんなことをするのかは、やはり追い詰めることであって、窮鼠猫を噛むではありませんが、どこかで逃げ道をつくっておけば、そこに向かってしり込みするでしょう。一度退散した猫にもはや現役としての力はなく、また、自分を守ろうとして必ず人のせいにするでしょう。そうなれば自然と口は軽くなり、正直になれるものであります。公開質問状は公開しなくても十分にその効果はありますし、烏合の市民に何を問いかけても無駄であって、そこに期待を寄せるものでもありません。そんなわけで、近いうちにもう一度、新しい議会に質問状を提出する予定があると申し上げておきます。令和3年5月12日

 会派のぞみ分裂の裏側
5月1日付けの南信州新聞で会派のぞみの分裂記事を目にしたが、少し驚くとともに、その裏に見え隠れする汚物が何であるのかは、十分に伝わった。会派のぞみの分裂を市民はどのような目で捉えたのだろうかと思えば、そこに対して関心を寄せる者はほとんどいないだろう。よくて、「議長選に絡んでいるな」くらいだろうが、実は、そこが最も重要な事なのだ。議長選に絡む? と成れば、新しい会派の代表が熊谷泰人議員(8名)と清水勇議員(6名)であることに違和感を覚える。会派のぞみの古株は新井信一郎であるが、この男はとかく評判が悪い。古田芙士元県会議長でさえ「あのバカ小僧が!」と、他陣営を回っていたほどだ。会派のぞみであれば、熊谷泰人議員が議長になることは他の会派議員も認めるところで、それが分裂したとなれば、新井信一郎を議長にとの動きが会派のぞみで出たと言うことだろう。
表向き
ここまでの推察はある程度の市民であれば想像がつくだろうが、「そんな程度で分裂か?」 と考えれば疑問がいくつも出てくる。前期と後期で分け合えばよいではないかとなるからだ。8名と6名での会派と成れば14名であって、選挙前の12名より2名も増えている。圧倒的な力の政治が出来る会派となるに、分裂はそこに意味をなさない。であれば、分裂に公明党(3名)や会派未来(3名)の思惑が作用したのか? との疑いも出るが、会派のぞみから副議長の座を与えられることで、前議会を無難に乗り切っているからして、この二つの会派も影響が無いことである。
表向きは「発展的分裂だ」(熊谷議員)と公言しているが、そんな生易しいことで分裂までの熱量を持ち合わせる者はいないだろう。だとすれば、何か途方もない理由がその裏にあると言うことだが、それを勘繰れば、まず、「熊谷議員と清水勇元議長の仲たがい」に目を向けてはどうか。それに加えて、清水勇元議長と武村圭史議員は社会文教委員会で疎通していたことにも気づけば、分裂の理由は、これからの議会運営をどちらが握るかにかかっており、その最たる目的は、議長として過去を清算するのか隠蔽するか、ハッキリとした理由がそこに存在しているはずだ。令和3年5月14日

    選挙違反が出た
令和3年5月14日、信濃毎日新聞・南信州新聞に「市議選選挙違反」の報が載った。新人議員の後援会が事前運動したらしい。報道機関がハッキリ書くは、違反者が任意同行を求められて飯田警察署の取調室に居ると言うことだ。

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