阿智村!熊谷秀樹村長!議案否決!!議会解散は有るか!?

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令和4年1月25日に行われた、阿智村長選挙において、新たな不正と犯罪が行われました。
まずは、阿智村選挙管理委員会井原康人選挙管理委員長に提出しました、異議申立書をご覧ください。

異議申立書
阿智村選挙管理委員会  井原康人委員長様 令和4年2月7日
提出者  下伊那郡阿智村智里3643番地イ号 熊谷章文
趣旨
 令和4年1月21日に行われた阿智村長選挙事前審査において、阿智村選挙管理委員会井原康人選挙管理委員長に、異議申立書を提出した。
 異議申立書において、被選挙人である熊谷秀樹氏と、阿智村選挙管理委員田中義幸氏には、立場を利用した不法行為があるとして、指摘した項目は、以下のとおりである。

  1. 阿智村選挙管理委員である田中義幸氏は、公金横領「損害賠償請求事件」の被告として、園原部落会から提訴されている。
  2. 熊谷秀樹村長と、田中義幸選挙管理委員は、横領の隠ぺいを目的として、水道維持管理委託契約書を共謀して捏造した。
  3. 熊谷秀樹氏と、田中義幸氏は、利害関係がある。
  4. 熊谷秀樹氏は、村長の立場を利用して、支障木補助金事業において、不正受給を行った。

これらの理由から、阿智村選挙管理委員会は、公正な選挙の管理、監視が出来ないと考え、次の通り異議を申し立てた。
「阿智村選挙管理委員会は、地方自治法、第二編第七章、執行機関第三節、第百八十四の二の1に基づき、田中義幸氏を罷免せよ。」
 「熊谷秀樹氏の、立候補届不受理を求めて、異議を申し立てます。」
 しかし、令和4年1月25日、阿智村選挙管理委員会は、それらの申し立てに対して、「県の選挙管理委員会に確認し、阿智村長選挙の執行に問題ないと判断した。」との返答において、被選挙人である熊谷秀樹氏を、阿智村長選挙候補者と認め、立候補届を受理された。
 熊谷秀樹氏の立候補届を受理されて、阿智村長選挙を実行されたのは、地方自治法に違反しており、犯罪であります。
 従って、阿智村長選挙で当選した熊谷秀樹氏は、公職選挙法に違反したことで、当選の無効を申し立てます。
 阿智村選挙管理委員会は、地方自治法に違反したことで、阿智村長選挙執行の無効を申し立てます。
原因
 私儀、熊谷章文は、令和4年1月24日、阿智村選挙管理委員会塩澤事務局長に、令和4年1月21日に提出した異議申立書についての対応を伺ったところ、「南信州地域振興局の県選挙管理委員会に確認して、問題ないとの回答を得た。」との返答でありました。
令和4年1月21日、南信州地域振興局の選挙管理委員会に、電話において、阿智村選挙管理委員会井原康人選挙管理委員長に提出した、異議申立書について問い合わせたところ、「異議申立書の内容については存じていない。」との返答でありました。
 同県選挙管理委員会に、井原康人選挙管理委員長に提出した、異議申立書及び、添付書類の一切をメールにて送付した。
県選挙管理委員会から電話が有り、「当選挙管理委員会では取り扱えない内容である。総務管理課が対応する。」とされました。
令和4年1月24日、南信州地域振興局総務管理課から連絡があり、「地方自治法違反を思料する。住民監査請求での対応が妥当。」との、返答があった。
井原康人選挙管理委員長と、被選挙人熊谷秀樹氏は、ともに共産党であることは、当人に確認した。
田中義幸選挙管理委員が、公金横領損害賠償訴訟の被告であることと、被選挙人熊谷秀樹氏が、阿智村長時の平成30年4月、支障木補助事業において、補助金不正受給を行ったこと、併せて、田中義幸氏は、支障木補助金不正受給にかかる、無断伐採を実行した智里西製材クラブの会長であることは、阿智村民全員に、文書を配布して知らしめている。
この様な利害関係が、井原康人選挙管理委員長及び、被選挙人の熊谷秀樹氏と、田中義幸選挙管理委員ら相互にある中で、熊谷秀樹氏を被選挙人と認め、阿智村長選挙を執行したことは、地方自治法に違反する。
井原康人選挙管理委員長と、田中義幸選挙管理委員、被選挙人の熊谷秀樹氏は、刑法第60条、共謀共同正犯が思料される。
 併せて、井原康人氏と熊谷秀樹氏が共産党であることは、破壊活動防止法にも抵触すると考える。

 この異議申立書に有るように、令和4年1月21日の事前審査後に、井原康人選挙管理委員長に、異議申立書にて異議申し立てを行い、「被選挙人である熊谷秀樹氏の立候補届を受理されれば、重大な犯罪になる」と、警告している。
 異議申し立て書
阿智村選挙管理委員会 井原康人委員長様  令和4年1月21日
提出者   下伊那郡阿智村智里3643-イ  熊谷章文
 趣旨

  1. 阿智村長選挙に立候補を予定されている熊谷秀樹氏について、首長の立場を利用した不法行為がある。
  2. 阿智村選挙管理委員である田中義幸氏は、公金横領「損害賠償請求事件」の被告として、園原部落会から提訴されている。
  3. 熊谷秀樹村長と、田中義幸選挙管理委員は、公金横領の隠ぺいを目的として、管理委託契約書を捏造した。
  4. 熊谷秀樹氏と田中義幸氏とは利害関係がある。

以上の理由から、阿智村選挙管理委員会は、公正な選挙の管理、監視が出来ないと考える。
阿智村選挙管理委員会は、田中義幸氏を罷免せよ。併せて、熊谷秀樹氏の立候補届を受理しないことを申し立てます。

 原因
平成29年、熊谷秀樹村長は、熊谷操氏・田中義幸氏・熊谷孝志氏らと共謀して、園原簡易水道返還金の横領を隠蔽する目的で、これら三名の者と契約書を捏造し、長野県警飯田警察署刑事課知久警部補の捜査を妨害した。
そのため、園原部落会(地縁団体登記)が、1千万円を超える損害を受けた。
平成28年3月、熊谷秀樹村長は、熊谷操、田中義幸らの横領を隠蔽したのち、園原部落会の了解を得ず、園原簡易水道の管理者を熊谷孝志と決め、契約書を締結し、金36万円を熊谷孝志に振り込みを行っているが、振込先の口座は熊谷美子のものである。
平成28年、返還金52万5千円のうち、管理費とされた36万円が差し引かれ、16万5千円が園原部落の口座に振り込まれたが、その後、一切の返還金支払いがなされていない。
 以上の犯罪にかかる証拠は、熊谷秀樹村長に宛てた公開質問状に添付してあります。
公金横領犯罪を行った田中義幸氏と、契約書を捏造した熊谷秀樹村長とは利害関係が発生しているが、その様な関係にある田中義幸氏が、選挙管理委員であることは、熊谷秀樹氏の候補者資格審査に手心を加える恐れがあることと、村長が、契約書を捏造することは、村民に危機を与えることで、許されるものではありません。
令和3年12月1日に、熊谷秀樹村長に公開質問状を提出し、熊谷秀樹氏が村長の立場を利用して行われた多くの犯罪に、証拠を示して指摘している。
公開質問状に返答するは村長の義務であることから、熊谷秀樹氏が、再選を目指して立候補されるのであれば、身の潔白を証明して為すべきだと考える。
選挙管理委員と、被選挙人の利害関係が証明された状況で、選挙管理員会が、身の潔白が証明されない被選挙人の資格審査を行い、立候補届を受理すれば、選挙管理委員会が犯罪を行うことになると危惧する。

実際の異議申立書と添付した証拠です。 阿智異議申立1回目  クリックしてご覧ください。

 大概の方であれば、この異議申立書において、阿智村長選挙が無効になる理由はお判りいただけたと思います。まあ、共産党であっても認めるでしょうね。今頃は、どのように対処したらよいのかと、それこそ秘密会議が毎晩開かれていることでしょう。
 辻褄合わせは証拠
警察のお仕事を取ってしまい申し訳ないが、警察では出来ません、ですから仕方ありません。ここにきて、「私たちもやっていますので」と、吐露したが、まあ、正義を行うのにはどうでも良いことだ。
さて、阿智村長選挙が無効だというに、そんじょそこらで始められることではないし、無効でなければ新聞も記事にしないことだ。無効とするとの考えは毛頭なく、犯罪をつなぎ合わせれば村長選挙をするしかないことで、村長選挙をしたからこそ、二つの犯罪を証明できたし、また新たな犯罪を立証することが出来た。
何度も言ってきたことに、岡庭一雄と熊谷秀樹、西の三悪人と共産党とのかかわり、それらが阿智村を支配して多くの犯罪を行った、それらすべての証拠が手に入ったことで始めたことだ。その集大成を、この阿智村長選挙に照準を合わせてきた。選挙にならなければ証明されないこと、それは辻褄合わせである。犯罪と犯罪を結ぶ意図が、岡庭一雄と熊谷秀樹に、そして共産党につながらなければ、この恐ろしい犯罪は立証できない。
 関連犯罪とその証明
1月21日の事前審査後に異議申立書を提出したは、選挙管理員会への注意勧告である。何を告げたかはその異議申立書にあるとおりで、「被選挙人と田中義幸選挙管理委員には利害関係が有る」である。何の利害関係かと言えば、「田中義幸と熊谷秀樹村長は、契約書を偽造捏造して園原水道返還金の横領を画策した。」であることで、これが犯罪と立証するために、熊谷操・田中義幸・熊谷孝志を提訴したのである。確かに裁判中ではあるが、結審すれば横領犯罪は確定する。令和4年2月11日

 選挙管理委員会
阿智村選挙管理委員会は、長野県選挙管理委員会に所属する。それが何を示すかは、阿智村選挙管理委員会では、長野県選挙管理委員会に仰がなければ何事も決定できないということだ。その順番が分かれば、阿智村選挙管理委員会を追い詰めればよいことで、そのために、1月19日の説明会で、「熊谷秀樹は犯罪者だと連呼して選挙運動するがよろしいか?」「田中義幸氏選挙管理委員は横領の被告である」と声を挙げた。それは、1月21日に、異議申立書を提出するための伏線であった。
 公の席
何事も表に出るは公の席である。これは、裁判の前哨戦であって、公の席での発言はすべて事実とみなされる。岡庭一雄や熊谷秀樹村長は、共産党化した議会や教育員会、そして選挙管理委員会との内輪のやり取りで阿智村を私物化してきた。だが、報道機関が出席する選挙では、いつもの手が使えないことで、「熊谷秀樹は犯罪者だと連呼する」と言えば、これにはそこにいた誰も彼もが固まった。異様な発言は井原康人選挙管理委員長に対しての牽制球でもあるが、熊谷秀樹が犯罪者だと叫ぶことを、熊谷秀樹の推薦者や出納責任者に伝えるためであった。事務局長には事前に告げていたが、「返事は後日でも良いですか?」を、事務局長が言うべきことではない。まあ、井原康人選挙管理委員長や他三名の選挙管理委員に裁量が無いの露呈だが、その場を仕切れない選挙管理委員長に問題が有るのではないか。
このような発言をした立候補者は全国に居ないだろうが、それほど阿智村行政の犯罪はひどいと知れればよいこと、その目的はこれから始めるいくつかの裁判にあることだ。いくつかの裁判は、そのいくつかの犯罪がすべて熊谷秀樹村政につながるに、その熊谷秀樹が村長選に立候補するのであれば、ここが最大のチャンスである。この場を利用するは考えていたことで、そのためにかかる裁判を順番に準備してきた。令和4年2月13日

 立候補しなければ叫べない
熊谷秀樹は犯罪者だと選挙戦で叫ぶとの後に、田中義幸を横領犯として裁判で争っていると発言することも準備していた。田中義幸が犯罪者だとのことは、村民にも報道機関にも伝えてあるに、それが村長選挙とどのような関係性があるのかを、それこそ公の席で明らかとすることに目的が有った。報道機関は記事にしたくとも書けないのは、犯罪が確定していないこと。これは裁判にも通じることで、判決が出なければ確定しない。だからして、報道機関だけでなく、県の選挙管理委員会も迷うことなのだ。
井原康人選挙管理委員長が「まだ終わっていない」との発言は、この裁判のことだが、ここをまともに受けてもおかしなことだ。それは、井原康人選挙管理委員長は、田中義幸が横領犯罪をもとにした損害賠償請求事件の被告であるを知っての発言だからだ。これは苦しまぎれの一言だが、これが足元をすくう。井原康人選挙管理委員長が、田中義幸は被告だと知っていたならば、阿智村選挙管理委員会が正常ではなくなる。それは、選挙の執行が出来ない失態なのだ。
 判決は選挙に関係ない
熊谷秀樹と田中義幸の利害関係は犯罪からなるものだが、これは裁判記録だけで十分証明が出来るし、何よりも、県総務課管理部が「犯罪だと思料する」をすでに県警に届けている。行政が犯罪だと思料すれば、田中義幸は選挙管理委員に相応しくない、まして、今回の阿智村長選挙を有効にすれば、判決後において、阿智村は犯罪者を村長にしたとなるし、県もその動向を認めることになる。こうなれば住民監査請求どころでないし、県もその捜査対象に含まれることだ。令和4年2月15日

 利害関係の証明
田中義幸と熊谷秀樹に利害関係が有るとした。それは、契約書の偽造と捏造を両名が行ったことにある。この証拠は契約書として残っており、田中義幸が「阿智村と契約している」と、被告の証拠とされた。馬鹿な被告であるというより、おバカな被告弁護士ではないか、園原水道が阿智村の村営水道だとの証拠がない中で、阿智村と維持管理契約書を交わしたとして何になろうか。それどころか、「これは偽造契約書です」と証明することだ。
 報道機関の判断
信毎と中日が記事とした。裁判の経過とか判決が無いままでも記事とした。これをなんと見るのかを阿智村選挙管理委員会は考えなくてはいけない。井原康人選挙管理委員長が思わず口にした「まだ終わっていない」は、裁判の判決が出ていないことを示しているが、そんなことにお構いなく記事としたのは、この偽造契約書を報道機関は手にしたからである。これ以上の証拠が有るのかと言う、社会の判断なのだ。阿智村長選挙に操の裁判など何も関係が無いことで、最重要問題は、被選挙人である熊谷秀樹と選挙管理委員田中義幸に利害関係が発生していることなのだ。
 異議申立書は手段
阿智村長選挙の事前審査の席において『被選挙人熊谷秀樹氏と田中義幸選挙管理委員には利害関係が有る』と宣言して異議申立書を提出したが、この犯罪を表に出すには異議申立書しか他に方法は無い。しかし、この内容は選挙管理委員会では当たれない。それは、阿智村選挙管理委員会が不正を行っているからだ。選挙に対しての異議申し立ては、『熊谷秀樹氏の当選を無効せよ』であるからして、阿智村選挙管理委員会は、熊谷秀樹の当選を無効にするしかない。これを無理やり有効にすれば、阿智村選挙管理委員全員が逮捕されるというとんでもない事件に発展する。令和4年2月17日

 変わらない結果
熊谷秀樹の当選を無効とすることが唯一の選択であるが、共産党はそれを許さないだろう。法律を無視する共産党では、はたして何でもできるかもしれない。選挙違反ではないとする一昨年の村議会選挙と同じく、白々しく嘘で固めるかもしれないが、今回はそのような嘘が言えないことに、『事前の異議申立書』の存在が有る。これは何をしても乗り切れないし、県の選管にも渡して話していることだ。県の選管は「新聞を読んで確認している」とする一方で、例のない事件に頭を悩ませているが、どちらにしても阿智村選挙管理委員会が答えを出さなくてはならない。その中で、村長選挙を有効とすれば、そのあとの始末は私でなく県の選管が当たることになるだろう。
 正常な委員
選挙管理委員は議会が選挙でもって選任するに、ほとんどそれは行われていない。村長が手配した4名を議会が承認するという恒例が続いている。阿智村にしては、岡庭一雄が共産党員を配置し、熊谷秀樹村長がそれを議会に出すだけだ。そのような選挙管理委員が異議申し立てを扱うに、何をか言わんである。
しかし、選挙管理委員会とすれば、全国共通の独立した機関であって、その役割は法律的に共通している。選挙に関する異議であれば、それは阿智村選挙管理委員会で判断できようが、選挙管理委員の不審、あるいは事件性などの、公職選挙法で扱えない事項については全く機能しないし、それらに関して見解を出すとなれば、公職選挙法以外の法律を扱うことになる。
このような状況にあるに、何をどのように扱うのかが阿智村選挙管理委員会が理解していればともかくも、井原康人選挙管理委員長が共産党であり、田中義幸選挙管理委員に不審が有る状況で、残り2名の委員が共産党であれば、この件を扱うこと自体が犯罪になってしまう。令和4年2月20日

 共産党でも良い
一人でも共産党でない委員が居るのであれば、この村長選挙を無効とするだろうし、それしか阿智村が助ける道は無いのだが、共産党に道徳を解くようなもので、期待する所でない。残るは共産党委員でも良いから、事態を冷静に見極める人材が居るのかどうかだ。岡庭一雄の元でなく、飯伊共産党の指導を受けることを進言する。
 飯伊共産党支部へ乗り込む
水野ちかあきが居るではないか。「市政に意見が有るならば市長選に出たらどうですか」と、私に悪態をついた男である。「私たち共産党はカナリアの声を届けています」とのたまったピンボケ大将であるが、飯田下伊那の支部長であれば、ことの事態は呑み込めているだろう。岡庭一雄村政から続く不正と犯罪の歴史は知り尽くしているし、岡庭一雄は共産党を辞めたを連発しても、阿智村共産党は岡庭一雄が仕切っているとも認めている。共産党が幻影でなければ、この異議申し立てを受け止め、阿智村共産党を指導することだ。破防法が適用されたら飯伊共産党の範囲ではなくなる大ごとではないか。
 行政の判断
選挙管理委員会は総務省の管轄であるが、各都道府県に選挙管理委員会を置いている。これは国の行政機関としての位置づけであるからして、いわゆる行政法の範囲内となる。阿智村選挙管理委員会が回答を行えるのは公職選挙法についてであるに、今回の異議申立の内容は結果的選挙違反であることだ。結果的選挙違反であれば、選挙違反であるとか無いとかは回答にならない。最低限の回答は「公職選挙法に充当しない」であるが、選挙の無効の訴えであれば、その訴えをどのように退けるのかが要点となる。行政法を遵守しない阿智村共産党が、県選挙管理委員会に相談せずしての蛮行が、果たしてどこまで通用するかが見ものである。令和4年2月22日

 馬鹿の集まり
共産党に見識無しは今始まったことではないが、どのようなイデオロギーをもってしても、法律に従わなければ犯罪になることを知った方が良い。少なくとも事前の異議申立は、このまま進めば犯罪になるとの忠告であって、それを無視した上での選挙の実行は言い訳が出来ないものだ。事前の異議申立は事前に県選挙管理委員会に届けるに、県の選挙管理委員会でもどうしようもない事態となった。選挙云々ではなく、阿智村選挙管理委員会内部の問題が露呈したからだ。選挙云々なら県の選挙管理委員会が対応するに、阿智選挙管理委員会の問題であれば助言も出来ない。まして、阿智の選挙管理委員会からは事前の相談が何も無いゆえに、何をどう扱ってよいのか、今までにない対応に右往左往するばかしであった。
 経過が事実
今回の異議申立は阿智村選挙管理委員会に行ったのは、今回の村長選に対して事前に異議申し立てを行った経過が有るからで、事前の異議申立書に対して阿智村選挙管理委員会は何も対応していないからだ。選挙前の異議申立書は行政に対する不服申し立てであり、その異議申立書を受け取った阿智選挙管理委員会は、まず、その異議申立書に対して回答しなければならない。選挙管理委員会は行政委員会の一つであるからして、異議申立書を受理できる立場にあり、また、阿智村選挙管理委員会の選挙の執行に問題ありとした異議申立書であるからして、阿智村選挙管理委員会には重大な責任が伴うことだ。何を勘違いしているのか分からないが、選挙前の異議申立書に何も対応せずして選挙を行ったのは行政法に違反することだ。事前の異議申立は1月21日であって、25日の告示まで丸三日あった。その間に阿智村選挙管理委員会が為すべきことは、異議申し立てを行った私に対して、「90日以内に回答します」と、返答しなければならなかった。令和4年2月24日

 無能な議会
1月21日の異議申立書は、阿智村選挙管理委員会に提出するに併せて、議会議長にも提出している。井原康人選挙管理委員長の宛名のままであるが、議会に提出しますと、議会事務局長を兼ねている塩澤選挙管理委員会事務局長にその旨を伝えて提出している。それは、議会が異議申立書を受け取ったことで、宛名が選挙管理委員長であったにしても関係は無い。選挙管理委員会と同じく、議会においても私に対して返答しなければならないが、いまだかつてなにもない。おそらくのこと、後になれば、「同じものだ」とか、「議長への宛名でない」とかでごまかすだろうが、残念ながら法律はそこになく、争えば結果はそれなりの答えを出すだろう。塩澤事務局長がすぐさま反応したことが、「議長への宛名になっていません」であったが、「選挙管理委員の資格について異議を申し立てている。議会が選挙で選出した選挙管理委員であるからして議会が対応していただきたい。何なら、ここで吉田哲也議長様と書き込むが」と念を押している。まあ、どちらにしても、選挙管理委員会も議会も当初の異議申立書を放置したのは間違いないことだ。
 争うしか解決しない
異議申し立ては何を指して申し立てたのかを考えることだ。答えは単純明確で、阿智村長選挙が有効か無効かである。どちらの答えを出すにしても、そこに感情は含まれない。法律に沿って答えなければ通用しない。この様な例は過去無いことで、県の選管でも見守るしかない状況であるに、阿智村選挙管理委員会では対応できないだろう。早速にそれは表れた。「収支報告書の提出をお願いしたいのですが」と、塩澤事務局長から電話が入るに、「選挙無効の異議申し立てをしているやからで、収支報告書など出す理由に無い」と言えば、「それは熊谷さんお考えで、こちらとしては出してもらわなければ困ります」と言う。押し問答するつもりは全くなく、収支報告書が必要なら、早く異議申し立てに対して回答すればよいと突き放す。ここでまたおかしなことを言い出した。令和4年2月26日

 さすがは犯罪集団
無能な族の謀は幼稚でお粗末だが、ここまで来れば笑い話になる。「30日以内でなくても…」と、塩澤事務局長が言い出した。この話が本題であるのだ。収支報告書を提出しろは電話を入れる理由であって、本当はこの話をしたかったのだ。異議申立書を提出するに、塩澤事務局長が執拗に迫ったのは、「選挙に対する異議申立書でしょうか?それとも一般の不服申し立てでしょうか?」である。ここの違いは単純に、審査期間の制限にあるだけだ。選挙に対しての異議申立は14日以内の提出で30日以内の回答となるに、不服申し立てに対しての回答期間は90日以内である。
 共産党の無能
塩澤事務局長と井原康人選挙管理委員長は、何とか選挙管理委員会内で解決しようと考えており、それが岡庭一雄と熊谷秀樹からの指示であったことで、異議申立書の提出時に「選挙に対する異議申立書でよろしいんじゃないですか!?」と、結論付けた。それではと、30日以内に回答で良いのですねと切り返せば、30日以内で回答しますと返答している。(この場面はユーチューブでご確認あれ)
岡庭一雄も熊谷秀樹も、異議申立書の内容に、選挙管理委員会での処理は不可能と知った。試行錯誤後の最中で、兎に角こちらの足元をすくおうと考えたらしい。そしての揺さぶりが「収支報告書の提出が無い」であったのだ。収支報告書を提出すれば、選挙の実行を私が認めたことになる。(法律的に)そして掛かれば選挙管理委員会での返答でことは足りる。まあ、共産党の浅知恵と言うより、嘘と騙しの思考が染みついているのだろう。令和4年2月28日

 不服申し立て
収支報告の提出を拒む場合を想定しての作戦が、「30日以内でなくても」であったようだ。その発言は、選挙管理委員会で対応が出来ないと判断したことになる。だが、選挙管理委員会は独立した機関であって、弁護士にもそれを相談することは出来ない。通常であれば県の選挙管理委員会に伺うことであるが、これまでの経過において、県に相談することが出来ない状況になっている。
 県選管に相談できないわけ
始まりは阿智村長選挙の説明会であるに、そこにて質問したは、「熊谷秀樹氏は犯罪者だと広報するが選挙違反になりますか?」である。それには、塩澤事務局長が「返事は後日でよろしいか」であった。もう一つ、「田中義幸選挙管理委員は裁判の被告であるが、選挙管理委員として資格が無いと考える」と、「田中義幸選挙管理委員と被選挙人の熊谷秀樹氏とはその裁判での利害関係が有る」を質問したが、それに対しての返答は「まだ終わっていない」を井原康人選挙管理委員長が発しただけである。
21日の事前審査が始まる前に、「県選管に確認した。被選挙人を犯罪者と広報することに問題が無いと県選管の話しであった」と、井原康人選挙管理委員長が発言した。だが、田中義幸選挙管理委員の資格と熊谷秀樹との利害関係についてはなにも返答されていない。返答されないことにおいて、事前審査の終了後、異議申立書を提出した。「田中義幸選挙管理委員と被選挙人熊谷秀樹氏とは利害関係にある。村長選を実行すれば犯罪になる」と警告をした。1月24日、塩澤事務局長は私への回答に「県に確認したが何も問題が無い」と答えているが、この事が嘘であるのは判明している。
この様な状況であるに、今更県に相談できるわけもなく、また、嘘での対処は塩澤事務局長の責任でないために、身動きが取れないのが現状だろう。令和4年3月2日

 日本には法律が有る
選挙管理委員会は独立した機関であることは、行政や議会が介入できないことにある。その中で、阿智村の選挙管理委員会に齟齬が生じた場合、住民監査請求に変わる請求が有るかと言えば、何もない。そうであれば、選挙管理委員会に齟齬が生じることはあり得ないと見るべきだろう。
この様に考えれば、阿智村選挙管理委員会がとるべき道は村長選挙の無効しかないのであるが、それが出来ない事情が共産党にある。もともとに、選挙管理委員長や委員が共産党でなければこの様な事は起こらない。田中義幸が訴えられた時点で議会は罷免していることだ。先の村議会選挙においても全くに同じ、選挙違反をどのように逃げ切るかの算段しかしていない。今回の村長選挙についても全く同じことで、熊谷秀樹を再選させる方法がとられてきただけである。
この様な経過をたどるについて、まさに計画的な犯行だと見るは当然だが、やはりここにも証拠が無いと来た。しかし、その辺りの証明方法はしっかり準備していることを忘れるな。何も準備せず、村長選挙に立候補することはない。悪人どもと全く違うところで戦っているに、村長選挙で当選できるとするほど馬鹿ではない。
 村長選挙は犯罪
共謀共同正犯との犯罪を再三口にしてきたことは、今回の村長選挙で共謀共同正犯が行われると確信していたからだ。もともとに犯罪が行われるに、それを共謀する二人以上の者が居た場合、共謀共同正犯に問われることであるが、今回の村長選挙で行われたもともとの犯罪が何かといえば、すでに共謀罪が成り立っている。
井原康人選挙管理委員長と田中義幸選挙管理副委員長と、そして熊谷秀樹被選挙人の三人が、熊谷秀樹を村長に再選しよと企んだ。これがもともとの犯罪であるし、この企みからして共謀共同正犯であるのだ。令和4年3月4日

 犯罪の立証
この犯罪を立証するには村長選挙を行わなければならない。無投票であれば、犯罪は起きないことで、彼らのたくらみはいつものように表に出て来ない。そして立候補するに、記者会見は重要な手段であった。市長選を経験するに、NHKの記者が盛んに煽ったのは、「私も市民です。前市長の不正は何であるのか説明ください」であった。今回の会見で同じことが質問されることは無い。それを期待するのではなく、不正や犯罪を記者会見で口にすることが出来ると考えていた。
 村長選挙は公式行事
村長選は市長選挙と全く同じ、地方公共団体の首長を決めることで、報道機関も同じ待遇になることだ。それであれば話は早い、立候補する理由において、犯罪が有るからだと言い出せること、政策なんて二の次で考える必要もなかった。そして始めた会見は、端から最後まで犯罪を口にした。「犯罪は記事に出来ない」「政策を話してください」と、朝日新聞と読売が喚いていたが、予定通りに事は運んだ。何が予定通りかと言えば、「証人は報道機関」と言うことだ。私が村長選に出る目的は、「阿智村の行政犯罪に立ち向かう」「共産党に支配された阿智村を村民の手に取り戻す」と、記者会見したのである。
 村民配布の目的
記者会見は12月8日を予定したが、読売新聞の都合で翌日に延ばされた。そこで少し予定がずれたのが、全村民に配布する文書である。12月7日8日9日10日と配布するに、9日では遅く感じただけのことで、大した意味は無い。
配布した文書を理解できる村民はほとんどいないだろうが、村長と議長への公開質問状だとは誰でも分かる。その質問状に返答ない熊谷秀樹村長と吉田哲也議長は、その質問のすべてが自身にかかる犯罪の指摘だとするに、返答など必要もないことだ。令和4年3月6日

 証拠をつくれ
絶対的な証拠をつくればよい。その絶対的な証拠こそが村長選挙であった。報道機関に知らせるには、確かな証拠が物を言う。それは公開質問状に添付した証拠で十分である。報道機関が食いついたのは、犯罪は記事に出来ないだけであって犯罪を否定していない。それは、村民に配布した文書と証拠だけで十分であるからだ。
続いての行動が村長選挙説明会の12月19日、報道機関の前で、「熊谷秀樹は犯罪者だと広報する」「田中義幸選挙管理委員は横領犯罪の被告である」「田中義幸と熊谷秀樹には利害関係にある」を指摘した。この質問への回答が1月21日の事前審査である。「熊谷秀樹を犯罪者だと広報しても選挙違反ではない」だけを回答とした井原康人選挙管理委員長の発言を報道機関は確認している。
 状況証拠と証拠の認定
事前審査の後に異議申立書を提出したが、それと同じものを報道機関四社に配っている。目の前で行われた寸劇を報道機関は目の当たりにしたが、それは記事とされていない。なぜなのかは言うまでもない、まだ村長選挙は行われていないからだ。その場面での確かなことは、「利害関係の証拠の添付」である。状況証拠はこれらの寸劇であって、証拠は異議申立書そのものである。その時点で警察に告発するも、犯罪がまだ起きていないであった。未遂でも犯罪だが、ここは刑事が判断できないからして、あとは犯罪が実行されるのを待てばよい。そして村長選挙が行われるに、犯罪が実行されたのである。選挙管理委員会への異議申立書は選挙に対する異議申立書であって、その請求は「村長選挙の無効」である。それは、公職選挙法での訴えではないことだ。しかし、阿智村選挙管理委員会は、執拗にも選挙に対する異議申立書として取り扱うに、30日以内の回答へと進んだのである。令和4年3月8日

 報道機関は記事にした
信毎と中日が村長選挙の異議申し立てを記事にした。記事とすることは報道機関なりの裏が取れていることであり、一昨年の村議会議員選挙違反を記事にした信毎と同じ経過である。警察が常に気にする報道機関、記事や報道が有れば警察は捜査しなければならなくなる。だが、一昨年の村議会議員の選挙違反は、告発を済ませているのに逮捕が無い。そして刑事の言い訳が「まだ引き継いでいない」である。体外にしろと言いたくなるのは世間の目、だが、私はそれにお構いなしであった。それは村長選挙に的を絞っていたからで、議員の選挙違反などは二の次であった。だからと言って放置も無ければ許すもないは、村長も議員も逮捕となれば、阿智村が終わってしまうからだ。熊谷秀樹の犯罪を確定してから7名の議員を選挙違反で告訴すればよいことで、すでに告訴の依頼は弁護士に行っている。
 回答書が届く
3月7日の月曜日、「異議申し立ての回答が金曜日に出されたと阿智選挙管理委員会事務局で確認が取れましたが、ご覧になりましたか?」と、信毎から電話が入る。金曜日に出したとて、土日の配達は郵便局で行わない。だからと言って郵便物が早朝に届くことはないが、信毎がそこまでなのは、やはり確かなことで動いている。30日以内とされた回答日であることは、選挙に対しての回答であることだが、それは村議会選挙の選挙違反と同じ回答になるは見えている。その回答書において弁護士は選挙違反と確定したのだが、今回は、選挙が始まる前から犯罪だと弁護士は確定し、県選挙管理委員会も全く同じ返答であった。
それにしても、異議申立書を受け取るに、選挙に対しての異議申立書であることを互いに確認していることは、選挙に対しての回答になるは当たり前、犯罪のことは回答できることではない。しかし、私は選挙違反だとして異議申し立てを行っていない。令和4年3月10日

 村会議員選挙違反
ここに来て、村会議員の選挙違反での逮捕が無かったことが吉と出た。井原康人選挙管理委員長は、村会議員選挙の異議申立書について回答したことが、選挙違反の確定につながったことに気づいていない。「逮捕が無い」は、そのまま、「あの対応、あの回答で良かったのだ」と、判断したのだろう。そして今回の異議申立書への対応と回答へつながった。
 逆転の思考
こちらからの視点は、「村会議員選挙は選挙違反だ」と確定していることで、逮捕するしないは、告訴するかしないかの問題である。その時の井原選挙管理委員長の回答が選挙違反の証拠となったことは、選挙管理委員長が回答したと言う事実だけなのだ。選挙管理委員長が、「選挙違反ではないです」との回答が証拠となれば、今回も、井原康人選挙管理委員長が、「選挙違反ではないです」と、回答することが選挙違反になるのだ。選挙管理委員会が選挙違反ではないなどと回答すること自体が問題で、選挙違反かどうか、公職選挙法に抵触しているかどうかの判断は、警察が行うことなのだ。
 ビデオが語る
ユーチューブをご覧いただければお判りいただけるが、「私たちは公正に適正に選挙が出来るように運営してきた」と、異議申立書を受け取った後に井原康人選挙管理委員長は発言している。この言葉に、熊谷秀樹が選挙違反だ云々だとは無く、公正な選挙が出来るように運営してきたとハッキリ言っている。この言葉の意味を、少なくとも理解できるのであれば、これから先の展開が見通せるのではないか。
私は選挙違反だとして異議申し立てを行っていない。公正な選挙が行われなかったと異議を唱えている。井原康人選挙管理委員長自身もそのように受け止めていたから、公正だった、適正だったと、弁明即答しているのだ。ここに選挙違反は関係ない。令和4年3月11日

 公正適正
公正とは何か!?法律的解釈は、「資格条件にふさわしい処遇」である。では、適正とは何か!?簡単に言えば、正しいことであるが、行政や議会から独立している選挙管理委員会からすれば、「公正」が取り扱いの基本となる。
 公正であったのか!?
資格条件にふさわしい処遇が、阿智村長選挙を施行するにあたり、阿智村選挙管理委員会で行われていたのか!?が、異議申し立ての主題である。少なくとも、村長選挙施行の前に、「公正に行われていない」と異議申し立てを行っているからして、結果的に公正だったと主張するのではなく、公正でありますと、施行前に回答すべきことだ。それらを放置したことは、まさに公正でないことを示すのであって、終わってからは言い訳にもならない。
公正でないとは「田中義幸と熊谷秀樹に利害関係が有る」で、それを証明する証拠を添付するに、公正であるのならば、それらの証拠を根拠をもって否定すべきで、それを行わなければ、公正でないことを自ら認めることだ。選挙管理委員会の公正が「資格に相応しい処遇」であるかぎり、熊谷秀樹が村長選に立候補するに相応しい資格が有るかどうかを審査することで、利害関係を否定できないのであれば候補者になれないことだ。
 井原康人選挙管理委員長の責任
井原康人選挙管理委員長は、被選挙人と選挙管理委員の利害関係を指摘されたならば、まず、田中義幸選挙管理委員に対して事実確認を行い、被選挙人の熊谷秀樹に対しては「利害関係を否定せよ」と、指示すればよい。嘘でも何でも、この二人が、利害関係にないとの文書を提出していたならば、選挙は行われても有効であるかもしれない。だが、事前の異議申立書を放置して、その上、県選挙管理委員会の責任として対応したことに、もはや犯罪以外の何物でもないのだ。令和4年3月14日

 個人責任
選挙管理委員会は独立した機関であることに、行政犯罪と同じく、機関が犯罪を行うことはない。少なくとも、県選挙管理委員会は、「これは犯罪です」と、既に認めている。選挙管理委員会が犯罪だと認めるに、だからと言って対応できることは何もない。選挙管理委員会は公職選挙法にて選挙を遂行するだけで、犯罪として対応できるのは選挙違反だけである。それも警察が逮捕してからの後処理を行うだけで、それ以外何の責任もないことだ。県の選挙管理委員会も阿智村選挙管理委員会も、全くに同じ対応しかできないことで、当然に異議申立書に対しても、選挙違反についてだけしか回答できないとなる。
 二種類の異議申立
県の選挙管理委員会の対応と阿智村選挙管理委員会は全く違う立場にある。県の選挙管理委員会は1月21日の異議申立書に対処したことで、通常の異議申立書として、県選挙管理委員会では当たれないと最初から言っている。半面、阿智村選挙管理委員会は、通常の異議申立書に対して何も当たらず、選挙後に提出した異議申立書に回答しただけだ。そしてその回答に、「不服があれば県選挙管理委員会に異議申し立てが出来る」を答えとした。
これはこれでよいだろうが、しかし、1月21日の異議申立書には何も対応していない。ここがこれから問題となるのであって、その問題が、選挙の無効が中心となるのだ。「なぜ選挙が無効と言えるのか?」ここが起点になるのだ。阿智村選挙管理委員会に提出した二度目の異議申立書は、選挙管理委員会の仕組みとして進められていくだけで、選挙の無効には関係がない。しかし、1月21日の異議申立書への対応は、これから始まるのだ。令和4年3月16日

 県は指導した
「阿智村選挙管理委員会のことですので、県では答えられない」と言いながら、今回の異議申立書への回答へは、阿智村選挙管理委員会へ指導しました。と言っている。なんか支離滅裂な話に聞こえるが、実際にめちゃめちゃな状況にあるのが県選挙管理委員会なのである。対応できないが正直な話で、それでも対応しなければならない。特に、阿智選挙管理委員会から聞いていない話と聞いていてもオフレコで答えた話とがごちゃ混ぜになり、まさか私から接触が有るなど考えてもみなかったことで、そこに来て、「文書にて開示してください」との要求に、いかに県選挙管理委員会の関与をなくすのかが本音であるのだ。
 犯罪は扱えない
確かに出足からつまずいていた。「これは犯罪です」と答えたことで、「住民監査請求で対応するしかない」と追加発言でその場をしのいだ。ようするに、県選挙管理委員会は関係ないと逃げたのである。まあ、逃げるにしても返答はしたことで、今度はその返答につじつまが合わなくなったが本音である。選挙管理委員会が独立した組織であることに対応が難しいのだが、かといって担当職員が答えも指導も出来ることでもない。その様なことを承知の上での行動に、右往左往する職員に投げかける言葉はただ一つ、「告発の義務を果たしなさい」だけである。
 県で答えてもらう
阿智村長選挙で犯罪が行われたのは確かである。県選挙管理委員会も認識し、それを言葉で発したが、それらの記録が文書として残されることはけしてない。どのようなやり取りをしても、県職員であればこれから先に何が起きるのかはしっかり分かることで、何も好んで足を踏み入れることはない。公務員であればまず第一に、県の責任とならぬよう分別するから始めている。だからして文書記録を重要とするのだが、この際、県の対応はさして重要でなく、これからが県選挙管理委員会の出番となるのだ。令和4年3月18日

 異議申立と不服申立
平成28年の改正により、異議申立書は廃止され、不服申し立ては審査請求に一元化されております。このような改正はどこの自治体でも認知しているが、阿智村ではそうではなかったようで、「この異議申し立ては不服審査請求なのか選挙に対しての異議申立でよいのかどちらでしょうか!?」と、何度も促している。何を言っているのか困惑したが、まるで行政の制度を理解していない。こんな馬鹿どもが、選挙管理委員長と事務局長で、これが共産党なのであろうが、お粗末極まりない。
 異議申立二度の意味
異議申立と不服審査請求は同じであって、順番からすれば、不服審査請求を行ったうえで、その審査に不服があれば異議申し立てを新たに行うことだ。このような簡単な話であるに、二度目の異議申立書に対して「どちらで扱えばよいのか?」などあり得ない対応だ。常識的な取扱いにとやかく言われれば、こちらとしては嫌がらせか? と、戸惑うものだ。だからして、「村長選挙には不正が有るとの異議申し立ては1月21日に行っている。選挙を行ったのだから選挙に対しての異議申立である」と答えている。
 手取り足取り
1月21日に提出した異議申立書が不服審査請求である。この申立書を阿智村選挙管理委員会と阿智村議会議長に提出した。これを受けた両機関のうち、阿智村選挙管理委員会は、1月24日に「県の選挙管理委員会で指導を受けて、村長選挙の実行に問題ないとされた」との返答があった。この回答に不服があるからして、2月7日、阿智村選挙管理委員会へ異議申し立てを行ったのである。そして阿智村選挙管理委員会から回答が3月4日にあった。
ここまでが今現在の状況である。このように、異議申し立ての内容を書かずして整理すればどなたも分かることですが、阿智村選挙管理委員会では異議申立や不服審査が理解できなかったようで、二度目の異議申し立てについて、「不服審査請求ですか?」などと、馬鹿な質問が投げかけられたのだ。令和4年3月20日

 議会からの回答
分かりやすく、1月21日の異議申立書を不服審査請求といたします。不服審査請求では、90日以内での回答と改正されていますが、阿智村選挙管理委員会も阿智村議会からも回答が有りません。それはそれでよろしいが、2月7日の異議申立書に対しての回答はすでに行われた。順番が違うが、ここの整理に対して阿智村選挙管理委員会では対応が出来なかったのは確かだ。これ、行政法に抵触しますよね。まあ、今の阿智村に何を言ったにしても通用しませんが、これが権力だとはき違えるのも共産党では致し方ありません。なんだかんだはブログだけにしまして、不服審査、異議申し立てと進みましたので、これからは上級行政庁への審査請求に進ませていただきます。ただし、1月21日に提出した議会議長への異議申立書の回答が届いておりませんので、この件を議会事務局長に確認したいと考えております。
 犯罪だ!
県選挙管理委員会は、村長選挙の無効に関しては一切対応しておりません。それは阿智村選挙管理委員会の問題で県がどうこう言えないとのことですが、「これは犯罪ですので」と、何度も口にしていることからすれば、刑事訴訟法で対応せよとのことだ。県選挙管理委員会の職員がそこまで言うのですから、全くに阿智村長選挙で犯罪が行われたと認識しているのでしょう。ここで誤解ないよう話しておきますが、2月7日の異議申立書を確認して犯罪だとしたのではなく、1月21日の異議申立書を1月24日に確認して既に犯罪だと言っております。その時点で犯罪だと県選挙管理委員会の職員は認識できたと言うことになりますが、ここなんですね。この時点で犯罪だと認識したのは、いったいどのような犯罪だったのでしょうか。令和4年3月22日

 熊谷秀樹の犯罪だ
「熊谷秀樹は犯罪者だと広報する」この様に発言したのは、事前説明会の時である。この時の発言である熊谷秀樹の犯罪は何であったのかは、「村長選挙に立候補」である。村長選挙に立候補するのがなぜ犯罪なのかと言えば、田中義幸選挙管理委員と利害関係が有るからだ。どのような利害関係が有るのかと言えば、園原水道返還金横領の当事者であることと、その横領を隠蔽しようと行政書類を偽造したことにある。田中義幸選挙管理委員・井原康人選挙管理委員長と熊谷秀樹被選挙人は共産党だ。同じ党派に属するものが三人以上集まり選挙を扱えば、これも立派な犯罪となる。そして選挙が行われたから、「熊谷秀樹は犯罪者だ!」と、広報したのである。
 犯罪の証拠
田中義幸選挙管理委員の犯罪の証拠は、阿智村長岡庭一雄との契約書にある。この契約書を作成したのが熊谷秀樹村長であって、それらの証拠もこの契約書に併せ、熊谷操と阿智村長黒柳忠勝、熊谷操と阿智村長岡庭一雄、熊谷孝志と阿智村長熊谷秀樹、この様に4通もの動かぬ証拠が有ることで、これらの証拠は全村民に配布していることだ。選挙管理委員全員がこれらの契約書を実際に目にしているなかで、少なくとも、熊谷秀樹の被選挙人を認めたことが犯罪となったのである。
 田中義幸の犯罪
田中義幸は園原水道返還金の横領を行った。契約書を熊谷秀樹村長と示し合わせて偽装した。田中義幸の横領については現在裁判中であるが、判決とともに横領犯罪も確定する。同じように、熊谷秀樹もまた、村長として不法行為を行ったと確定することだ。では、確定するまで田中義幸は犯罪者でないと言えるのかと、少々疑問を持たれるかもしれないが、田中義幸が横領犯として確定されることと、田中義幸が阿智選挙管理委員であることには何も関係が無いことで、単純に、田中義幸が選挙管理委員に相応しいかどうかの問題である。令和4年3月24日

 専権事項
選挙管理委員を選挙において選任するは議会であって、選挙管理委員としての選考基準は“清潔高貴”しかない。「管理委員は、選挙権を有する者で、人格が高潔で、政治及び選挙に関し公正な識見を有するもの」と地方自治法 第182条第1項で定められているが、田中義幸が清潔高貴であるのか? と問えば、昨年の8月12日からすでにその資格は無くなっていることだ。議会はその事実を知らなかったと居直ったとしても、それは言い訳にもならないことに、「補充員」との制度が有る。選挙管理委員4名の選挙と併せ、4名の補充員選挙も同時に行われる。果たして阿智村の議会は、自治法に沿って選挙管理委員と選挙管理委員補充員を選挙で先行していたのかが、ここが最初のポイントである。
 何のための補充員
田中義幸選挙管理委員は、平成30年まで選挙管理委員長であった。ここに選挙管理委員の再任が認められるが、阿智村議会は再任を認めて選挙したとなる。このことに違法性が有るのかどうかは行政審査請求にて明らかとしていくが、今回の村長選挙において、少なくとも田中義幸が横領犯罪の被告として裁判にかけられていたことは周知の事実としている。その上で、「田中義幸選挙管理委員と被選挙人熊谷秀樹と利害関係が有る」として異議申し立てを提出したが、原康人選挙管理委員長はそれを受理している。ここで村長選挙の告示日まで中三日の余裕があったが、井原康人選挙管理委員長は、何も手当てをしていない。「まだ裁判は終わっていない」と口にしたが、それは異議申立書の提出前のことである。
井原康人選挙管理委員長が行わなければならないことに、田中義幸選挙管理委員の排除と補充員の選任にあった。何のための補充員なのか、事ある不測の事態に備えるための補充員、それが選挙管理委員会としての機能機構なのである。常識ではない、法律である。それを知らない共産党を、選挙管理委員長にした議会の責任は、いったいどこに飛んでしまったのであろうか。これもまた、専権事項だと、この私に言ってみることだ。令和4年3月26日

 共産党の思考回路
「選挙管理委員の選挙を実行した議会議事録を開示せよ」と、請求を起こしてみたが、早速にその場しのぎを行ったようだ。まずは開示された議会議事録をご覧ください。 選挙委員議事録    クリックしてご覧ください。
どうでしょうか、何かに気づきませんか? まあ、そうはいっても議会議事録がどのようなものなのかを知らなければ意味を成しませんが、村民はそんなもので、それがどうしたって言うところになるでしょうね。ですが、見る人が見れば、一見で「あれおかしいな?」と気づくでしょう。
 偽物
岡庭共産党の村政では偽造行政書類は何でもあれで、この様な偽造はお手の物であったのでしょう。脈々と受け継がれており、岡庭一雄も安心しているでしょうね。ですが、それも今の内と申し上げておきますよ。
さて、この議事録が偽物だと言う簡単な見分け方は、議事録と言うものは、一連のつづりであることです。この様に、一部の議題だけを取り上げてまとめるものではありません。以前、飯田市が市民である章設計を反訴するに、議会にその議案を挙げた一件の議事録を開示請求していただきました。その議事録は既に一般開示されておりまして、手に入れるに造作は無かったものの、その内容はさんさんたるものでありました。章設計が裁判で勝利すれば、議会はその責任をどうとるのでしょう。まさかと思いますが、佐藤市長を追求せずで、終わらせるつもりなんでしょうかね。
この様に、平成30年9月20日の定例議会での議事録は、たとえ選挙管理委員会の委員選出の一部を開示するにしても、定例議会全体の議事録が開示される中での前後が有ることにおいて、けして選挙管理委員の選出だけの議事録となることは有りません。令和4年3月28日

 証拠とならず
偽造偽装がお手の物であれば、もう少し考えて偽造していただきたい。子供だましでも恥ずかしいですよ。しかし、この様な暴挙はこれ自体が犯罪ですので、決して許すことは出来ません。そのために、まだ必要な議事録を開示していただきましょう。「平成30年9月20日定例議会の議事録全般の開示請求」いつものように、塩澤議会事務局長に請求を行ったが、まさかと思うが開示しないとする手段に出るかもしれない。ここは何を言っても通用しない共産党、あり得る話として構えているが、これ以上の不正を増やさない方が良いと忠告はしておこう。
さて、ここで、選挙管理委員の選出選挙の議事録をなぜ要求したのかに少し触れておく。選挙管理委員の選挙が行われたのかはどうでもよく、実は“補充員”の選出が行われたのかを知りたかったのだ。このことは村民は理解しておらず、選挙管理委員の補充員がなぜ必要なのかと言えば、選挙管理委員の不測の事態に備えることである。
 選挙せずは不適切
今回開示された議事録をまがいでないとしても、その内容には多くの不適箇所がある。まず、選挙せずして推薦での先行であることだ。選挙が前提の選挙管理委員選出に、まず立候補者を村民に求めなければならない。これは農業委員の選出と同じであって、推薦から始める選挙管理委員選挙は無いことである。
次の問題点とすれば、推薦人の選考である。田中義幸、井原康人、川口秀夫、田中栄一は前回の選挙管理委員と同じ、これは推薦でなく再任であることだ。そのような行政法は無いからして、不正とみなされるのも当然であろう。
ここでもう一つの法律違反がある。「共産党」の委員が少なくとも二人いることだ。(実際には全員)選挙管理委員は「清潔高貴」であるとともに、同じ政党に属するものが二名以上は禁止されている。ついでにもう一つ、補充員もまた共産党である。清内路の原文広は高坂美和子の手下であって、毎回議会傍聴に出ているからして選挙管理委員として不適である。この様に掘り下げれば切りがない不正が議事録で分かるが、最大の間違いはその補充員にあるのだ。令和4年3月29日

 最大の間違い
最大の間違いが犯罪を証明するのだが、読者の皆さんはお判りいただけたでしょうか?まあ、共産党には分からないからこのような不正が平気で出来るのだ。
最大の間違いは田中義幸選挙管理委員を続投させたことにある。少なくとも事前説明会において「田中義幸は横領犯罪の被告である」と井原康人選挙管理委員長に告げている。そして、これらのことは村民全員が1月10日には知っていたことだ。その様な状況にあれば、「選挙管理委員に不測の事態」が発生したことになる。選挙管理委員に不測の事態が起きた場合、選挙管理委員会は補充員を充てなければならないが、それが行われなかった。そう、この事が最大の間違いであるのだ。
 訴えの原資
田中義幸が選挙管理委員に相応しくないと、井原康人選挙管理委員長の喉元に突き付けたが、なにもそこで、「まだ裁判が終わっていない」などといきむ必要は全くなく、田中義幸に辞職願を提出させ、議会へ補充員の繰り上げを報告することだ。これを行うのが選挙管理委員長であるのだが、支配思想の共産党には、この様な知識も見識も備わっていない。選挙前になぜ阿智村選挙管理委員会に異議申し立てを行ったのか? 選挙後もなぜ異議申し立てを行ったのかは、この様な考えが有るのだが、異議申し立ては事前通達であって、答えを求めるものではない。そこにどのような回答が為されても全く通用しないどころか、それがこの様な不正の証拠となるのである。
そう言えば、塩澤事務局長に伝えた「井原康人選挙管理委員長は、選挙前の異議申立書に対しての対応や回答がないことの理由を明らかにせよ」と「吉田哲也議長への異議申立書でないとするのであれば、その申立書を返還せよ」に、なにも返答がない。令和4年4月1日

 法律的対処
異議申立書において村長選挙の無効を訴えたが、それを阿智村選挙管理委員会は回答を示し、議会は無視をした。これから進むことは法律に基づいて争いを行うことになるが、異議申立書と言う初期段階に躓いているのは阿智村議会である。経験の無さは取り返しのつかない事態へと進むは必至であるが、どうすればここまで馬鹿が行えるのだろうか?と、不思議でならない。吉川優前議員が幾度も口にしていた「どこか違う世界に居るみたいです」「国が違うと言うのか噛み合うところが無い」が、思い起こされるが、少し現実の世界に呼び戻してあげようではないか。
 同類な阿智村選挙管理委員会
県選挙管理委員会の話によれば、「関与も指導も出来ない」と伝えていたと言う。それはそうだ。「これは犯罪です」と口にしたのは県教育委員会で、それをそのまま阿智村選挙管理委員会へ伝えるわけにはいかない。「相談には乗りました」の相談は、「熊谷秀樹候補を犯罪者だと広報することについては、裁判事例を渡しています」これは最初の異議申立書提出前のことで、選挙無効のことではない。要するに、塩澤事務局長が言った「県に確認しています。選挙の実行に問題ありません」との発言は、まったくの嘘であったのだ。このことを塩澤事務局長に伝えれば、「私は言っていません」と開き直っているが、この件に対しては、県がすでに公文書で事実を伝えている。そこには、犯罪者だと広報する件についてでしか対応していないと記されているのだ。塩澤事務局長が言った言わないはどうでもよく、阿智村選挙管理委員会は、最初の異議申立書を無視したと言う事実が確認されただけである。この段階で、二度目の異議申し立てに対して回答が有ったにしても、異議申し立てに対する行政法上の違法は阿智村選挙管理委員会側にあることで、だからして、今ならまだ間に合う、井原康人選挙管理委員長名で、最初の異議申立書に対しての対応を行うことだと伝えているのである。令和4年4月3日

 いらぬ親切
井原康人選挙管理委員長に返答させろと伝えて三週間がたつに、吉田哲也議長への異議申立書を返せと伝えて同じく三週間経ったが、未だかつて返答はない。どうも塩澤事務局長の段階で止まっているようだが、無視するのは共産党のいつもの手で、それを踏まえてやっているが分からないようだ。間に事務局長をおき逃げても、少なくとも県選挙管理員会からは、「議会の責任」と伝えられているはずだ。全くに異議申し立ての意味をはき違えているのだが、理解できない者たちに何をかいわんやでもある。現実は、県選挙管理員会から「犯罪だ」と、それこそ注進されたことが響いているのだろう。
 昨日今日
4月4日の10時ころか、塩澤事務局長に電話を入れた。「議長に出した異議申立書はどうなっているのか?」、「あれは選挙管理委員長に出したもので、議長への異議申立書ではありませんので」、「そうか、それでは返してもらえるのかな?」、「返しますよ」、「議長がそう判断したと言うことでよろしいか?」、「いいえ、議長に出したものではありませんので、議長が判断していません」、「そう、どちらでも構わないが、返してくれるのならそれで良いよ」、「送りましょうか」、「郵送ではだめだ。取りに行くが都合はどうだ」、「今日ですか?何時ころですか?」、「開示請求の費用支払いも有るので、5時前には顔を出すよ」、「分かりました」、「それと、井原康人選挙管理委員長への最初の異議申立書について、井原康人選挙管理委員長からは何か返答は有ったのか?」、「いいえ、それは異議申立として一緒で、選挙管理員会から回答していますので」、「そういう受け止め方か?まあ、その件も今日一緒に説明するから」、「ちょっとよろしいですか?」、「いいよ、なんだい」、「私ことですが、今度退職しましたので」、「退職?定年か?もうそんな年なのか」、「ええ、事務局長は続けますが、ただの職員になったので」、「そうか、それは良かったじゃないか、これからが大変だから、再雇用の身であれば責任の所在が変わってくる」令和4年4月5日

 4時40分に事務局
塩澤事務局長は「まだ用意していませんので少しお待ちください」と、異議申立書をファイルから外していた。議長への異議申立書ではないとか、返しますであればファイリングが不自然であるが、そんなことも気になるのは話しの過程が不自然であったからだ。「退職ですか、浪合いでしたねえ」から「塩澤名は浪合いに多いが、治部坂開発のころの塩澤村長とか、確か教育長も居たよな」赤い時計台がシンボルだったレストラン、それを黒い屋根に塗り替えた教育長の独断は、彼が元村長の息子だと聞いたが、伊藤村長との確執も、いろいろ騒がしい村だったよな。一方的に話せば、ただ頷くばかしでなく、伊藤村長の印象は悪いようだった。とりとめもない話に終止を打ったのは、「録音するがよろしいか」
 吉田議長の対応
「異議申立書を吉田議長は内容を確認した上で返せと言うことでよろしいか?」、「ええ」、「もう一度確認するが、1月21日に提出した異議申立書であるが、選挙管理委員長に提出した後に、あなたに『吉田哲也議長に提出します』として、報道機関も居る前で渡しているが、それでも議長に提出した異議申立書ではないと言うのだな」、「議長宛てとなっていませんので」、「そのことはどうでもよいが、その様な経過を議長は確認して受け取っていないと判断していると言うことでよろしいか?」、「はい結構ですが、異議申立書は不服審査請求ですので、今回の異議申立書は何も処分されていない事での申立書ですから…」、「それは分かっているよ。処分事項についての異議申立書は選挙後に選挙管理委員会へ提出し回答を得ている。1月21日の異議申立書は、行政法改正後の不服審査請求に基づいて提出していない。ようするに、一般論としての異議申立であって、その内容は村長選挙で犯罪が行われると言う告発である」令和4年4月7日

 犯罪予見
「え!?告発ですか?」、「そうだよ。異議申立書の内容に『田中義幸と熊谷秀樹には利害関係が有る』と書いて、告発しているんだよ。だから県選挙管理員会へも告発したし、警察にも告発した。犯罪なんだから当たり前ではないか」
 見当違い
逃げのために異議申立書とのお題目にこだわり過ぎたようだ。だからして異議申し立ての内容を理解せよとか、犯罪だと言ってきたのであるが、何を検討違いしたのか。だいたいに、行政や議会へ犯罪の告発をしても意味がない。村長選挙で犯罪が行われようとしている。だから選挙管理委員会は、犯罪とならないよう被選挙人熊谷秀樹の審査を慎重にせよと、そのような内容にしてあるではないか。異議の異議とは行政処分への不服に限らず、不作為に関して申立が出来ることだ。阿智村選挙管理委員会で村長選挙を利用した不作為が見受けられれば、異議申し立てをしなくて何とするのかだ。(本当に共産党は頭が悪い)
 理解できないは共産党
この経過を理解できない者は共産党しかいないだろう。異議申し立てを不服審査請求と同じと捉えるからして、すでに外れている。県選挙管理委員会の職員らはこれを不服審査請求にかかる異議申立書だと見ていなく、最初から犯罪だとしてかかわりを避けている。どうしてこのように理解しないのか? 少なくとも自治法の中にいるのはお前たちで、行政法はバイブルではないか。刑事が告発状を受け付けないのは、まだ犯罪が行われていないからだと幾度となく話したがまったく意に介さない。挙句の果てが「議長あてではない」とか、異議申し立てには回答したと、終わった話にしている。これで済むと思っているのが嘆かわしいが、この展開は想定してのことである。これからどうするのかは、いくつものやり方があるが、その先にあるのが、選挙管理委員の選出についてである。令和4年4月9日

 思想犯
1月21日の異議申し立てに報道機関四社が居た。そのどこにも異議申立書を渡し、その前で異議申立書を読み上げた。二度目の異議申立書を記事としたのに、最初の異議申立書の件を記事にしたのはどこもないが、なぜ、二度目を記事にして最初を記事にしなかったのか? と考えてみるべきだ。
 犯罪は記事に出来ない
村長選立候補表明をもう一度ユーチューブでご覧いただければ一目瞭然です。そこで記者たちが口をそろえて「犯罪を言われても記事に出来ません」「政策をお願いします」としつこく言っています。そのとおりで、どんなに恐ろしい犯罪でも証拠が揃っていても、記者会見であったにしても犯罪を記事とできません。当たり前の話です。
このように、1月21日に阿智村選挙管理委員長に提出した異議申し立ては犯罪であるからして、報道機関はどこも記事としなかったのです。報道機関や県選挙管理委員会の職員らが最初の異議申立書を一瞥し、犯罪であるから記事に出来ない。犯罪であるから対応できないと判断したことに、阿智村の選挙管理委員会は犯罪と理解していなかったと言うことになります。(実際は理解して対応できなかったに過ぎない)県の選挙管理委員会でも対応できないから、阿智村の選挙管理委員会でも対応しなくても良いと思うかもしれないが、世の中そんなに甘くない。異議申立書を報道機関の前で受理したかぎり、それに回答せずして行政は成り立たない。吉田哲也議長も全くそうで、塩澤事務局長に無理やり断らせたにしても、仮に、議長宛てでないと開き直っても、阿智村選挙管理委員長に異議申立書が提出されたならば、議会がそれに当たらなくて何とするのかである。令和4年4月11日

 犯罪は告発せよ
「1月21日の異議申立は告発である」この様に塩澤事務局長に伝えれば、驚くように聞き返した。「異議申し立ての内容は、選挙管理員の犯罪を指摘して、村長選挙でまた犯罪が行われると、井原康人選挙管理委員長に告発したんだよ」続けざまに言えば、「そうですか」と、今度は気の抜けた返答ぶりだ。何も分かっていない。それもそうだ、田中義幸を委員のままにしているのなら、何が悪いんだ!、共産党だとは失礼じゃないか!と、この様に論点がずれるのだ。
 後に引けない
熊谷秀樹村長よ、熊谷泰人市会議員に「ここまで来たら引くに引けない」と言ったそうだが、後に引けないと勘違いしているのか、それとも開き直っているのか、どちらにしてもそれでよい。お粗末な奴はその先が見えないことで、そこに追い込むには確かに楽しいもので、権力を馬鹿が使えばの見本として、広く後世に残して進ぜようではないか。共産党とは失礼ではないかと言った、共産党の井原康人選挙管理委員長、後に引けないのに逃げ出してはダメだ。それこそ熊谷秀樹村長と同じく、引くに引けないとして出てくることだ。二度目の異議申立書の提出を受けて、「公正に適正に行って来た」と言った限り、最初の異議申立書についても、きちんと返答すべきである。ここに返答できなければ、告発を受けたのに、なにも対処しなかったとなり、二度目の異議申立の回答は通用しなくなる。
どうも、選挙管理委員会が扱える法律が公職選挙法だけであると、狭く考えるようにしているようにみえるが、公職選挙法に抵触した場合、選挙違反だけで終わらないことを考えるべきだ。何が原因で公職選挙法に抵触したのか? とね、その様に考えれば、刑事訴訟法も同じように、抵触するとすれば何が原因であるのか?と考えて、「田中義幸選挙管理委員が横領犯罪の被告」であることを思い出すことだ。令和4年4月13日

 目的は村長
村長になるは一つの解決策、村長選挙に立候補するは犯罪を暴くこと、そしてそれらの行動は、すべて村長に向けてのものである。熊谷秀樹など問題ではない。村長の立場が無くなれば、ただの共産党の小間使いしかない。
 駆け込み
共産党と言えば、今回の村長選で面白い話を聞いた。一つは、「岡庭のやろううまく隠しやがって」で、この言葉は、全村民に配布した文書において、ヘブンスそのはら白澤社長との偽造契約書を用いて、両財産区と神坂神社の地代を横領したことにある。さすがは共産党と、理解できたことは褒めてあげるが、そのあとがいけない。この偽造契約書を理解したのは、岡庭一雄の不正に気付いている共産党であって、ある程度、阿智村共産党でも意見を言える立場だと見るが、所詮他人事として傍観するどころか蓋をした。要するに、飯田市下伊那地区委員会の方針、「岡庭一雄は辞めたことにせよ」に、忠実に従っている。
二つ目は、「まだやってくれるのはありがたい」である。これは共産党の下っ端(年配者)から聞こえたが、この言葉は、熊谷秀樹の立場を強調していることで、また、聞こえよがしに投げつけているからして、「岡庭一雄の犯罪を熊谷秀樹が隠ぺいする」は、阿智村共産党の方針であることだ。「まだやってくれる」は、「こんな状態なのに」が前提にあることで、こんな状態は、私が混乱させたとする返し言葉として、村長選で三選を目指すとした阿智村共産党の大義名分なのである。
三つめがある。これは同級生の話であるが、「阿智の知り合いに会って話を聞いたが、みんな分かっているんだけど、怖くて応援できなかったと言っていた」この怖いは二種類あって、当然に共産党が怖いのだが、それは、誰が共産党だとも分からない、壁に耳あり障子に目ありと言っているのだ。令和4年4月16日

 もう一つの怖さ
ブログを読んでる村民は今は少ない。それは、誰が共産党だかの情報を得られていないことと、村長選挙が終わっての焦燥感と安堵感であるだろう。3千票もの大差は共産党でない村民の票が熊谷秀樹の三選を望んだものだが、そこには経験したことのない選挙の裏返しでもあることだ。「熊谷秀樹は犯罪者だ!」の広報は衝撃と言うより嫌悪感で受け止められているし、文書配布による「阿智村が潰される」とのことは怒りであるが、「西の谷の問題でなぜ村民が被害を受けるのだ」との、無分別が生み出したものだ。その怒りは、阿智村が潰されるを実感した怖さであって、文書配布の内容を否定するのではなく、事実として受け止めた結果の分別なのだ。行政不正が何であったにしても税金が変わるわけではないと、それが村民の分別基準なのであろう。だからしての「こんなことはどこでもある」であって、自身に降りかからなければどうでもよいとなり、まして事を荒立てる私が悪いということになる。これは飯田市でも全く同じであったが、唯一違うところは、阿智村が共産党に支配されている現実までも、それでよいと判断されたことにある。
 国家主義
警察官になるに、最終関門は共産党の調査にある。遠い親戚にまで調査の手は伸び、そこがクリアできなくて警察官には到底なれないことだ。身辺調査に厳しくあるは法律ではなく、簡単に言えば国家主義的思想であって、警察組織の本質でもある。岡庭一雄が共産党だからとして私に近寄ってきた県警は、ここまで共産党に支配された阿智村を見て何を思うのか。官製談合を野放しにし、贈収賄も見逃して、その結果が今の阿智村である。同じ行政機関だとして捜査が出来ぬなら、国家主義的思想はやめることだ。これほどの犯罪に証拠をつけて全村民に配布するに、なにも出来なくあれば警察は確かに不要となる。何が一番怖いのかと言えば、これほどの犯罪を捜査しない警察に対しての不安が村民にあることだ。令和4年4月18日

 選挙妨害はどこ行った
中傷ビラが選挙ポスター掲示板横に置かれていたことで警察に届けたが、刑事は「これ、やりますので」と言ったが、もう3か月が過ぎた。たいして気にしなくあったのは、選挙妨害としても一人の犯行であり、また犯人も分かっていれば話の糧で十分だと考えていたからだ。ただし、警察へのコンタクトとしてはとても良い辞令になることで、それはそれで使いようが有ることだ。刑事は、「指紋認証しますので」と、証拠として持ち帰っているが、仮に指紋が出なくとも、また、逮捕に進まなくとも、村長選挙において私への選挙妨害があったことは事実となる。熊谷秀樹と田中義幸の利害関係をもとにした村長選挙の無効は、いづれ大がかりな法廷訴訟へと進むことになるが、法律での争いには、この様な些細な事件であったにしても、事実認定として重要なのだ。
 不服審査請求の準備
ここまでの経過の中に、選挙後に、井原康人選挙管理委員長に提出した異議申立書には回答が届いたが、その回答に対して何らかのアクションを起こすことはない。それは、選挙管理委員会の役目は既に終わっているからだ。それよりも、選挙前に提出した異議申立書に対して何ら返答がないことで、この申立に回答が有るのか無いのかにおいて今後の展開が変わってくる。だからして塩澤議会事務局長に、何度か催促をしてみたが「委員長には話してあります」「告発だと理解していませんでした」「回答を出すと言っていますのでお待ちください」と、この様に変わっている。そうこうするうちに、すでに90日を過ぎてしまったが、異議申し立てに対しての期限内の返答がない場合は、それらの事実を認めたことになると言うことを知らないようだ。期限内に返答がなければ、不服審査請求を上げることが出来るのだが、ここに、期限内での返答があった場合でも、その回答に不服があれば、不服審査請求が起こせるとなる。どちらにしても、4月20日の本日から90日以内に、阿智村議会へ不服審査請求を挙げることになる。令和4年4月21日

 争う場所
最初の異議申立は犯罪の告発であるとしたが、阿智村選挙管理委員会の受け止めはどうでもよいことで、県の選挙管理委員会ではハッキリと「犯罪なので関与できない」「お答えするところもない」「公職選挙法でしか対応できない」と回答されている。どういうことか? そんなに難しい話ではなく、公務員が「犯罪です」との発言を額面通り受け止めればよいことだ。刑事も公務員であれば見解は全く同じことで、阿智村長選挙において犯罪が行われたことに疑いの余地は無いのです。
 立証の仕方
では、犯罪だからとして刑事はこの犯罪で逮捕するのでしょうか? と考えれば、それはなかなかに難しいところが有りますね。まあ、私が被害届を出せばそのような展開も考えられますが、刑事はそれほどこの犯罪を重要視していませんし、私もまた村長になりたいわけではないので、あまりメリットがありません。熊谷秀樹はもっと恐ろしい犯罪をいくつも行っているわけであって、この程度で村長を失脚させても意味がありません。熊谷秀樹が逮捕されるときは、当然に岡庭一雄とその取り巻きも同時に逮捕させなければ、阿智村は守れません。ですから、村長選挙で逮捕者を出すとのやり方でなく、村長選挙で犯罪が行われたことを自治法において立証することが必要なのです。
 自治法違反も犯罪
刑事の逮捕は刑事訴訟法に基づく犯罪でありますが、自治法違反も立派な犯罪であって、それにおいて処罰もされますし、刑事訴訟法に基づいての行政告訴も出てきます。ですから、阿智村長選挙における犯罪は、逮捕を望むより、自治法違反として進めることが良いのです。そしてそのように進めるために、選挙前にも選挙後も、異議申立書を阿智村選挙管理委員長に提出したのですが、これは行政訴訟を見据えての段取りであって、ようは、いかにして騒ぎ、どのように証拠を集めるのか、そして国に知らせるにはどうするのかと、このように考えての行動であります。令和4年4月23日

 民主主義における直訴
国から県へ、県から村へ、この形態に沿って直訴するとすればどうすればよいのか? 簡単である。逆の形態をたどればよいことで、陳情と同じように進めることだ。陳情とは、上位の者に実情を説明して善処を要請するものであるから、それらを行政法に沿って進めればよいとなる。住民(村民)が何かを陳情しようとすれば、まずは議会であろう。議会への陳情は当たり前の行為であるが、議員にその気がなければ前に進まないし、特に、阿智村の議会は共産党に支配されているからして、その方法は不可能となる。ではどうすればよいかが今回の異議申立で、これからの進めが不服審査申立なのだ。それを知ってか知らずして、選挙後の異議申立だけに報道機関も反応し、また、阿智選挙管理委員会も30日以内の回答となった。その回答には「30日以内に県選挙管理委員会へ異議を申し立てることが出来る」として、あくまで選挙に対する異議申立で処理がなされている。しかし、県選挙管理員会は、これは犯罪なので関与できないとの対応であった。
 行政不服審査申立
選挙前の異議申立に返答がないではないかと塩澤事務局長を責めれば、退職で気楽になったのか、すんなりと、井原康人選挙管理委員長を促したようだ。そして3カ月以内ぎりぎりの今月22日付で回答が届いた。中身はどうでもよいが、この回答をもって不服審査申立を行うのである。4月22日から数えて三か月以内での期限は、7月23日まであるが、その間にやるべきことは、田中義幸の横領犯罪を確定することにある。その確定には裁判での証拠としての契約書、これを阿智村では存在すると開示されたが、その契約書に沿って田中義幸に、阿智村から52万5千円が振り込まれていれば、熊谷秀樹村長と田中義幸選挙管理委員の利害関係が成立する。令和4年4月25日

 利害関係の証明
行政不服審査請求するに、何が不服かが減資であるが、それは言うまでもない。井原康人選挙管理委員長からの回答である。「選挙違反ではない」この様に書かれている。何か変ではないかい? 田中義幸選挙管理委員は横領犯だと訴えて、今現在裁判が進行中ではないかとして、田中義幸は選挙管理委員として相応しくないと告発しているのに対して、選挙違反ではないとは返答にもならないが、それはどうでも良い。結果論として、田中義幸選挙管理委員を続投させたのが犯罪となったのである。これを犯罪だとして警察に届けても、確かに犯罪だが証拠がないとされる。その証拠をつくるにはどうすればよいか。それは不服審査請求において、阿智村選挙管理委員会の不法行為を証明することにある。
 審査請求先
阿智村選挙管理委員会の処分(回答)についての不服申し立てであるから、申立先は阿智村選挙管理委員を選挙で選出した議会となる。今の議会は共産党に支配されているからして、何らかの策を弄して審査請求を却下するのは目に見えているが、所詮能力が無い議員どもであって、まともな対応は端から期待するもではない。不服審査請求に答えないと議会が却下すれば、その先は上級行政庁への不服審査請求となることだ。まあ、私も確信犯でそこまでの展開に進ませるようにしているのだが、仮に、阿智村議会がまともな対応にて対処が為されるのであれば、まずは選挙管理委員全員を懲戒処分とした上で、阿智村長選挙の無効を宣言するしか道はない。この様な事を共産党議員がやれると思うかい? 令和4年4月27日

 ごまかしは通用しない
阿智村選挙管理委員会は井原選挙管理委員長の独断でもことは足りるし、そこに違法性は全くないことで、選挙管理委員長の権限範囲であることだ。だが、一歩離れれば、井原康人個人の責任となることに、最初の異議申立書は効かせている。そこに気づかないで最初の異議申し立てを無視したのだろうが、そこが共産党のお粗末なところである。
 宣戦布告
事前説明会での追及後、「あなたは共産党でしょう」に、井原康人選挙管理委員長は感情的になり、「私を共産党だとは失礼ではないか」と力んだ時点でこの駆け引きは終わっていた。冷静に対処できなくなったのだ。たしかに、「田中義幸選挙管理委員は横領犯罪の被告ではないか」の始まりは、そこに居る誰しもが固唾をのんだのであって、その空気感は察して余りある。普段どころか、このような場所で発せられる内容ではない。報道機関などは、まったく何を言っているのか整理もつかず、その先に聞き耳を立てていたのではないか。それほどのことなのに、井原康人選挙管理委員長は「まだ判決は出ていない」と、さも、裁判が終わらなければ関係ないとの言い方であるが、私はその言葉を聞くに、(あれ?即答にしては中身が有る)と、瞬時に思っている。
 知っていては不味いだろう
田中義幸選挙管理委員が横領の犯罪者として訴えられているのを知っての即答であるが、さすがにそれは不味いだろう。知っていれば事前に対処すべき選挙管理委員会である。「清潔高貴」という、最大であり最小限の資格が選挙管理委員の選任条件であるに、そこに抵触していると、井原康人選挙管理委員長は白状したも同じことだ。あまりにも唐突な場面において、思わず本音が出たのであろうが、知っていての発言に、「まだ裁判が終わっていない」との発言は、裁判の結果いかんで見解や対応が違うと言ったことになる。令和4年4月29日

 非常識な奴ら
これらのやり取りについて、共産党でない選挙管理委員長であったとしたら、「田中義幸選挙管理委員の交代」を議会に申し入れることである。事前審査に異議申立書を用意して出向いたが、そこに田中義幸ではなく、補助員が座っていたのであれば、私は異議申立書を提出出来なくあった。ある面思い通りだが、そこが共産党の欠点であることに疑いの余地は無い。共産党でなければ、「被告が選挙管理委員ではいかにしてもまずい」となることで、何のための補助員なのかと言うことだ。この当たり前の手法を実行できないは、単に同情ではなく、その考えに思い至らぬと言うことである。
 地方自治法
選挙管理員会は公職選挙法において管理運営されるのであるが、選挙管理委員は特定公務員であるからして、地方自治法が適用される。ようするに、選挙管理員(委員長も含む)が不法行為を行ったとなれば、当然犯罪としてくくられることだ。
今回の事件においての犯罪は二種類あり、その一つは行政法違反であるが、この犯罪を今の状況において証明することは困難である。だからして不服審査請求を行うのだが、請求には、「処分についての審査請求」と「不作為についての審査請求」の両方があり、そのどちらにも当てはまるかを検討することになる。
処分についての審査請求には、異議申立書に対しての回答をもってしてとなるのだが、異議申し立ては選挙前と選挙後にも行われていることで、ここに、不作為か作為の見極めが存在する。令和4年5月1日

 不作為審査請求
不服審査請求に作為は存在しないが、作為であるのか不作為なのかを見極めるには、不服審査請求を行うことにある。異議申立書に対しての回答に不服があるとすれば、犯罪の告発に選挙違反ではないと答えたことにあるが、犯罪とは刑事訴訟法に基づくことであり、公職選挙法で扱われることではない。犯罪は、作為での犯罪と不作為の犯罪に分かれるが、不作為の犯罪に識別される公職選挙法は結果的事象で判断される。また、選挙管理員会が選挙違反でないと判断したとしても、刑事訴訟法では作為の犯罪となる。しかし、選挙管理員会の回答に不服があるからと言って、そうは簡単に不服審査請求は行えない。まずは、審査請求にかかる事象を明確にする必要があるのだが、そこに村長選挙を当てはめるのではなく、公権力の扱いが何であるのかを示さなければ成らない。
村長選挙に対する異議申し立てに「選挙違反ではない」とすでに回答されているが、選挙違反だと異議申し立てを行ったことでもない。
 刑事訴訟法
選挙前の異議申し立ては、「選挙管理委員と被選挙人に利害関係がある」である。利害関係がある中で村長選挙が行われれば、それは刑事訴訟法にかかる犯罪となるからで、選挙が行われなければ犯罪とならない。選挙が行われないのは無投票であることに、それでは犯罪は表に出て来ない。いわゆる、立候補して選挙を行わせければ犯罪が立証できなかったのだ。そして立候補するに、「このままでは犯罪になりますよ」と異議申し立てを行ったのは告発であって、その事実が明らかな中で選挙を実行すれば、作為を持った犯罪となる。
この時点で警察に行ったのは、選挙管理委員と被選挙人に利害関係がある中で選挙を行うのは犯罪ではないのかを確認することであって、それに対して刑事は「まだ選挙が行われていない」との言い回しをした。令和4年5月3日

 選挙後の異議申立
選挙後の異議申し立ては、「利害関係を認識したか?」を確認するためである。利害関係を認識していたと証明できなければ、選挙の無効も犯罪となるも無いことで、一番の焦点なのだ。最初の異議申し立てに対して、井原康人選挙管理委員長は「まだ結果が出ていない」と、裁判が終わっていないことを口にしたが、それは確かに認識したことではあるが、口にしただけでは証拠とならない。この発言をいかにして引き出せばよいかとすれば、井原選挙管理委員長に直接対応させることである。だからしての選挙後の異議申立書であって、それは不服審査請求でないと確認させたのだ。不服審査請求は公権力の行使に対するものであるからして、まずは、公権力の行使に当たるものを明確にしなければいけない。しかし、選挙管理委員会に公権力の行使が有るのかと言えば、そこは争える法律が無いことだ。
 公権力の存在
井原康人選挙管理委員長は、「選挙違反に当たらない」とを選挙後の異議申立書の回答としたが、これは至って権力が無いを示すことで、異議申立書の内容に当たれないと証明したことになる。それも、県選挙管理委員会にあえぎを求め、最高裁判所の事例を参考に応えているところを見れば、県選挙管理委員会が言うところの、「これは犯罪ですので対応できません」が、まさに選挙管理委員会が対応する事件でないことを示している。また、「選挙管理委員は議会が選任していますので」との文言を添えていることは、選挙管理委員会には公権力が存在しない、議会の介入もないことを示している。(県選挙管理委員会とのやり取りは文書でもって開示されている)令和4年5月5日

 公権力の行使
不服審査請求するに、まだ不服は出ていない。阿智村選挙管理委員会に異議申立書を提出したのは、異議を唱えてだけである。しかし、異議を唱えたことで不服が何であるかは、阿智村選挙管理委員会も承知できたことである。
ここまでが阿智村選挙管理委員会に対しての準備であることは、これから先は阿智村議会を相手として進めることになる。この問題「選挙管理委員と被選挙人の利害関係」を阿智村議会がどのように対応するかが、その先を決めることになるのだが、もう一つ、阿智村議会は対応しなければならないことがある。それは、最初の異議申立書を提出した時に、「吉田哲也議長にも異議申立書を提出します」としたことだ。これを頑なに「議長名が無い」「議会への提出と認めません」とされ、回答を拒否したことである。
 転ぶ先
ものは考えようだが、行政や議会がそのような優柔不断であることは許されない。受け取りを拒否したことがどのような結果になるのかを考えていないようだ。確かについででの提出であり、正式でないとされればそれでよいが、対応しないと回答しないでは全く様子が違う。対応しないは門前払いであって、議会であればそれで通用するが、かりに対応したとして、選挙管理委員会と同じく回答も出来たことことになる。その時点で回答されていたならばそれ以上、議会への接触は断たれていたことだ。併せて、選挙管理委員会と同じ回答であれば尚さらに、あとはいちゃもんとしかとられないだろう。または、異議申立書として対応された場合において、却下の手続きを取られたのであれば、これも同じく今後の接触が立たれたもので、まして不服審査請求でないとなれば、もはや手の打ちようがなかった。しかし、天が味方か運に恵まれたのかはともかくも、吉田哲也議長の見解は、「受け取っていない」と、これもまた判断しがたい返答であった。令和4年5月7日

 公権力が行使された
不服審査請求を行うに、公権力の行使が先に行われていなければならないが、選挙管理委員会は公権力の行使に当たる公務員ではない。それであれば、選挙後の異議申立書への回答は公権力の行使でないということになる。それこそ県選挙管理委員会が言うところの、対象外の案件と言うことだろう。だからして、選挙後の異議申立書への回答をもって不服と出来ないことだ。では、公権力の行使が行われていないのか? と考えるに、選挙前の異議申立書に対して何も対処されなかったことは確かに問題定義としては成立するが、阿智村選挙管理委員会が公権力の行使をしたとはなっていない。この様な状況であれば、不服審査請求に持ち込むことは困難であって、この問題を解決しようとすれば、やはり行先は警察しかないことになる。
 権力に立ち向かう
ここまでのことは読めていたから警察に告発したのであるが、事件はまだ起きていなかった。選挙が行われたことにおいて犯罪は確かに行われたのだが、それを立証する証拠が無いことは、警察に言っても無駄である。では、どうすればよいのかと言うことになるのだが、何も手立てがなくて騒いだりしない。簡単な話、証拠がなければ証拠をつくればよいことだ。そしてその証拠は不服審査請求で行政の是正を促すことに用いるのではなく、犯罪の証拠として、堂々と警察と渡り合うのである。
なぜこのような回りくどいやりかたになるのかと言えば、犯罪者たちが権力の座に居て、犯罪に対して権力を行使しているからに他ならない。犯罪者たちの権力は行政法に伴うからして、地方自治法の中でことを進めなければならない。令和4年5月9日

 議会への申し立て
選挙前の異議申立書への回答がないとの執拗な請求に対して、井原康人選挙管理委員長から回答が届いた。これが始まりである。
選挙管理委員会は選挙の執行事務を取り扱う合議制の機関であることは、選挙以外に関して答える義務も権限もないことを示しているが、選挙に関しての異議申立書には回答する義務がある。だからして選挙後の異議申立書には回答がなされている。しかし、この回答に不服があるとしてそれ以上に進めようとしても、県の選挙管理委員会も同じ回答になるとの話であれば、もはや、選挙管理委員会での対応はここで限界を迎えた。だが、この様な経過が文書として記録されたことは、今後の不服審査請求において大きな原資になることである。
つぎに、最初の異議申立書であるが、これは選挙前の提出であって、それも選挙への異議申立でなく、選挙管理委員の不適格を指摘したことであるからして、それに対応しなくあった井原康人選挙管理委員長の責任は大いにある。
ここの焦点は、やはり、「田中義幸選挙管理員は横領裁判の被告」であるという現実だ。確かに裁判は終わっていないし、また、横領犯罪者として逮捕もされていない。しかし、「選挙管理委員は清潔高貴な人材」が選任される要件であることに関し、田中義幸が清潔高貴だと判断できるものは何もない。田中義幸が選挙管理委員に選任されたのは2年ほど前だと聞くが、同時に補助員の選任も行われているところを見れば、補助員は何のために選任するのか!?が、問題となることだ。だからして吉田哲也議長にも異議申立書を提出したのだが、これを受け取っていないと来た。
 いちゃもんと取る村民
この犯罪に対して、異議を唱えることも警察に告訴することも私でなければできない。阿智村行政と議会で行われている多くの犯罪を告発するために村長選にも出たが、村民の答えは余分な騒ぎであった。選挙管理委員会への異議申立も、単なるいちゃもんで通っているだろうが、少なくとも県選挙管理委員会では「犯罪なので取り扱えない」とした結論が出ていることだ。行政機関である選挙管理委員会からその様な発言が出ることは、この騒ぎもまた犯罪として立証していくことになる。令和5月11日

 さて、いよいよ不服審査請求に入る状況になりましたが、まだ請求期間まで二か月以上あることと、弁護士が忙しいとのことで、しばらく時間がかかりそうです。まあ、阿智村相手の訴訟につき、まだ他に二つの訴訟を同時に進めており、また、弁護士もそれぞれ三人おりますので、おいおいにして選択してまいろうかと考えております。その様な状況ですので、不服審査請求が準備できましたら、このコーナーを再開してまいります。

 状況が変わりましたので、ご一報申し上げます。
村長選挙における阿智村選挙管理委員の不正の訴えについて、操の横領裁判をお願いしている弁護士に依頼をしておりましたが、弁護士の個人的な都合において、引き受けることが出来ないとされました。まあ、それはそれなりで特に困ることではありませんが、二さんの弁護士(飯田)にお願いをしたところ、「私では出来ない」とか「忙しい」を理由に断れております。そんな中で、或る法律事務所にコンタクトを取ったところ、とにもかくにもお話をと言うことになりまして、十分な時間の中で話し合ったところ、対応できますとのことになりました。この際と言うか、まだほかの訴訟物件とも関連していることで、それらの多くを説明したところ、村長選挙の不正についての訴えは勝ち負けの裁判ではなく、地方自治法違反として上級行政庁への訴えとなることで、違憲状態が示されるだけであるとの説明を受けました。要するに、国が「是正しなさい」と阿智村に通達されるが、選挙の無効は地方自治法にはないと言うことです。分かりやすく言えば、選挙管理委員の総入れ替えが行われるだけだと言うのです。その上で、十分に求める結果は出ますが、成果としてそれが良いのかどうかと言えば、あまりお勧めいたしません。それよりか、今お聞きしたほかの訴えに的を絞って、そこをしっかりやったらどうでしょうかと、かなり踏み込んだお話をいただきました。
弁護士を変えて気づきましたが、得手不得手があると言うより、本質を見抜く能力があるのかどうかだと思いましたので、今後の阿智村の訴訟については、この弁護士に依頼することにいたしました。
そのような経過でありますので、訴えの準備が出来ましたら、改めて新しいコーナーでお知らせいたします。令和4年6月28日

緊急速報!! 
阿智村】阿智村議会がリニア人事案巡り関連予算案を否決!!議会解散しか道はない!!
阿智村のリニア整備対策室長に民間人を登用する人事案を巡り、村議会は6日、関連する予算案を否決した。議長を除く11人による起立採決の結果、賛成3、反対8で反対多数となった。
同室は村が4月に新設し、現在は副村長が室長を兼務。村は民間の金融機関から派遣を受ける形で民間人を室長に充てる方針を示し、派遣元企業に支払う負担金651万円を盛った本年度一般会計補正予算案を6月議会に追加上程した。

 リニア整備対策室
今年の4月に新設されたばかしのリニア整備対策室の室長人事を巡り、関連予算を議会は否決したと言うが、今年4月のリニア整備対策室の設置はどのような目的で設置されたのかが不明である。世論的には「何をいまさら設置するのか?」ではないだろうか。熊谷秀樹村長の考えに違和感があるのは、岡庭一雄村政からして、リニアに関しては共産党が中心になって反対論議から始めているからだが、春日地区に残土処分場をとの要望もまた、春日中関地区の共産党である矛盾を抱えていた。清内路地区に斜坑が出来ることで、その残土処理場を巡る争いと、リニアそのものに反対する共産党の旗印がかみ合わず、それらの付けに村民はただ振り回されていただけだ。
この様な背景にあるが、そこに来て、この4月にリニア整備対策室を新設することは、やはりなにか違和感を禁じ得ない。議会と村長のやり取りに目を奪われているのはおろかな村民であって、なぜ今頃にリニア整備対策室を設けなければいけないのか? に、気づくべきではないか。令和4年7月11日

 議会は承認した
今年の4月に新設されたのであれば、議会はその必要性を審議して承認していたことになるが、それらのことは詳しく村民には知らされていない。また、副村長が室長として兼務しているのであれば、この2か月ばかしで人事を入れ替えるは通常ではないことだ。それらを鑑みれば、リニア整備対策室として独立させた理由は他にあると考えられる。はたして、熊谷秀樹村長の考えは、いったいどこにあったのだろうか。
 民間人の登用
村は民間の金融機関から派遣を受ける形で民間人を室長に充てる方針を示し、」鍵はこの言葉の中にある。ここでの重要ポイントは、「民間の金融機関から派遣を受ける形で」の“受ける”という意味の解釈だ。たしかに南信州新聞の記事は信用に値しないが、まさか文書をつくることはないとして、“受ける”は、阿智村が要求していないと取れる言葉であって、民間の金融機関の方から提案があったのではないのか? と想像できる。これはたしかなことだろう。これが熊谷村長側からの要望であれば、馬鹿でもあるまい事前に議会対策をすることである。それをしなくあったから議会は「聞いていない話だ」と、理由がつけられての否決なのだ。
民間の金融機関だと記事はぼかしているが、民間の金融機関は飯田信用金庫しかない。議会での否決であれば堂々と名称をあげればよいことだが、なぜ南信州新聞は飯田信用金庫と書かなくあったのだろうか? ここに遠慮するは共産党新聞には関係が無いことで、隠す必要もない。何かがおかしく感じるのは私だけであろうか? どこにでもある議会と村長の対立だと見るは不自然で、どちらも共産党であれば、こんなことでもめるはずはないのである。令和4年7月13日

 立場を変える
そもそも、飯田信用金庫の職員がリニア推進対策室長になること自体がおかしな話だ。飯田信用金庫側からして、新設されるリニア推進対策室の室長になったとして、どんな利益が有るのかと考えれば、考えられる常識的なところは何もない。だとすれば、全く持って眉唾な話であって、誰が何の目的でリニア推進対策室を設けたのか? との振り出しにもどってしまう。
 三すくみ
話しを整理してみれば、どうも肝心のリニアが宙に浮いている。まず、リニア推進対策室を新たに設ける目的があるのか? である。JR側からしてみても、阿智村のリニア対策課が室に代わっても何ら関係が無いことで、決めるものも決まるものも何もない。すでに斜坑工事は順調に進んでおり、工事に支障は出ていない。ならば、阿智村と言うより熊谷秀樹村長だが、自身の政策とするリニア推進対策室が、何を目的として設置されたかである。JR側に関係ないとすれば、熊谷秀樹村長に明確な目的が有るはずだ。何かありますか? 議員の一人でもよい、どなたか熊谷秀樹村長の目的を理解しておりますか? 議会とのやり取りで、賛成反対ばかしが目に付くが、議会は議論をするところであって、議論の論点が交わされていないに、何故に採決がなされたのか?聞けば、残土処理の場所が土砂災害危険地域であるとかいうが、それらのやり取りが議会に持ち込まれたとしても、それ以前にリニア推進対策室は設置されていることだ。この様な状況であれば、議会はリニア推進対策室の設置に反対でなかったことになる。
どうやらJRを含めた三すくみの状況にはないようだ。単純に、室長が飯田信用金庫からの派遣では駄目だとのことになるが、さほど大した議論が交わされていないに、この人選だけを取り上げての否決は、3月議会で承認された、リニア推進対策室は一体なんであったのか?令和4年7月15日

 因果関係
議員の連中は分かっているのであろうか? 村長の人事案を否決することは、リニア推進対策室の設置をも否決したということを。おバカな村民は騙せても、これが通用するのは民主主義ではありえない。
 裏事情
現在の村会議員の内訳を記せば、この騒動がなぜ起きたのかが分かることである。答えを先に言えば、岡庭一雄派の議員と熊谷秀樹側の議員の争いであって、共産党の内紛なのだ。
・吉田 哲也   共産党  岡庭一雄派 浪合 議長
・桜井 久江   共産党  岡庭一雄派 清内路 副議長
・佐々木 幸仁  共産党  岡庭一雄派 上中関
・小林 義勝   共産党  岡庭一雄派 駒場
・唐沢 浩平   共産党  岡庭一雄派 下中関
・大嶋 正男   共産党  岡庭一雄派 伍和
・熊谷 義文   不明   岡庭一雄派 智里西
・熊谷 恒雄   共産党  熊谷秀樹派 智里東
・井原 光子   共産党  熊谷秀樹派 智里東
・田中 真美   共産党  岡庭一雄派
・吉村 金利   不明  伍和
・井原 敏喜   公明党  駒場
リニア推進対策室長の人事を否決したのは熊谷秀樹派を除く8名の議員である。もうこの構図で分かるではないか。熊谷恒雄と井原光子は、熊谷秀樹後援会と智里東地区共産党から熊谷秀樹村長を助ける役目として選出されており、上中関地区の佐々木幸仁は岡庭一雄の子分であって、下中関の唐沢浩平は岡庭一雄の要請において出馬している。大嶋正男と櫻井久江は古くから岡庭一雄と深い関係にある。小林義勝はまさに岡庭一雄のシンパであった。吉田哲也は羽場睦美を知ればそれ以上言うことはないし、熊谷義文も共産党系の岡庭一雄新派であるし、操の横領にも深く関係するに、熊谷秀樹側につくはずがない。令和4年7月17日

 1/6
12名の議員のうち、共産党が少なくとも10名も居るに、選挙権がある阿智村共産党は400名もいない。この異常事態をどうとるのか? これを異常とせずして、この話は続かない。共産党に支配された阿智村を普通のことだとして見られる村民に説いても致し方ないが、このリニア推進対策室の室長人事が、岡庭共産党と熊谷秀樹共産党の内紛とみるは正常な村民であることだ。木を見て森を見ずの言葉とおり、リニア推進対策室の設置が行われた本当の理由を知るべきではないのか。
 岡庭一雄の巻き返し
リニア推進対策室長の人選を取り上げて右往左往しているが、問題はそこではない。リニア推進対策室長が、なぜ飯田信用金庫の職員であったのかに疑問を持つべきだ。熊谷秀樹村長は、端から飯田信用金庫の職員を室長にするとしてリニア推進対策室を設けている。なぜか? ここが最大の疑惑であるに、そこに気づかず否決ばかしを騒いでいる。騒ぐのは岡庭一雄の巻き返しであるが、そこが何かと分かる村民は少ない。熊谷秀樹村長が、飯田信用金庫の職員をリニア推進対策室長にするに相当なるメリットが阿智村にあるのであれば、熊谷秀樹村長は議会を解散することだ。それが出来ない状況と分かっているのは岡庭一雄であって、飯田信用金庫の職員が室長になろうとも、そこをに大した意味を持っていない。熊谷秀樹村長が再選するに、佐々木幸仁は立候補を画策していた。なぜか? 同じ共産党であるに、内輪の争いは出来ないと分かっているではないか。佐々木幸仁が共産党ではない? 今時そんなあほは居ないようだが、共産党を割れないから立候補できなかっただけである。ここで知るべきは、佐々木幸仁は岡庭一雄の第一の子分であると言うことだ。子分と言うことは、おこぼれも相当あったと言うことで、行き着く先は同じところとなることだ。令和4年7月19日

 立候補できたわけ
熊谷秀樹は犯罪者だとして、それらの証拠とともに村民に配布した。犯罪者でなければ私を名誉棄損で訴えればよいが、それをやらなくしてもどうでもよいとは限らない。400人もいない共産党だけでこの事態を乗り切るには、「岡庭一雄村政で行われた犯罪だ」が必要であり、岡庭一雄の後始末に乗り出したが共産党としての大義であることだ。ある共産党員の言葉を借りれば、「秀樹さんはまだ村長をやってくれると言っている。ありがたいことだ」であって、不正や犯罪などとの感度は毛ほどもない。ご覧のように確かに毛はないが、顔を見れば狡さは十分感じ取れる。この顔でなければ契約書や公文書などの偽造は出来まい。
 背比べ
たしかに直接な犯罪は岡庭一雄が行ったことばかしだが、それら犯罪を隠蔽したのは熊谷秀樹である。どちらが悪いとかの次元ではないが、共産党にはそれが重要であるようだ。熊谷秀樹が立候補できるはその大義しかないことで、岡庭一雄の顔色を見ながら、足りない背を高くしたのである。共産党の大義をそのまま見たとしても、熊谷秀樹はこの八年間でどのような実績を積み上がたのか? 振り返れば、西の三悪人の謀に右往左往していただけで、そして西の三悪人の欲するままに村税を垂れ流しただけだ。これが共産党の求める村政であるならば、阿智村が狂っているとしか言いようがない。
村長選挙は今年の始まりであるに、早々としてリニア推進対策室の独立かと飯田信用金庫の職員を派遣とした。あまりに性急な事案であることは、村長選にかかわる何かがそうさせたことになる。それは何か? と思い当れば、飯田信用金庫にかかる事案が村長選挙であったことになる。果たしてそれは何であるのか? 令和4年7月21日

 村民配布文書
村民感情と違うところにこの謀略が有るとすれば、そして飯田信用金庫が気にするところは何なのかとして振り返れば、村民配布の文書にそれは表れている。それも確かな証拠とともにあれば、リフレ昼神と鶴巻荘の消えた5億円ということだ。それらを明らかとした文書と証拠を全村民に配布すれば、もはやそれ以上の公開は無いことだ。公開された犯罪であれば、もはや隠せないとしても証拠を隠滅しようと考えるは犯罪者の常である。だからして、証拠の隠滅に飯田信用金庫の職員を送り込もうと考えたとしても不思議はない。
 金はどこにある
阿智村の金庫は飯田信用金庫駒場支店であるに、その飯田信用金庫からリニア推進対策室長に職員が派遣されるというが、どこをどのように切り取ってみても、飯田信用金庫の職員がリニア対策に力を発揮できると考えられない。それであれば、何のための飯田信用金庫だと言えば、リフレ昼神と鶴巻荘の金の動きを操作するためだと考えられる。特に、鶴巻荘の積立基金5億円のお行方不明については、小林義勝議員が「死んでも話せない」と強調するに、死ななくて済む方策は何かと言えば、隠ぺい工作しかない。
 処分出来ないもの
熊谷秀樹村長は、リフレ昼神と鶴巻荘5億円基金についての行政書類は改ざんや償却で処分していると思われるが、唯一、処分出来ないことに、金の動きがある。ここだけは偽装や隠ぺいは決してできない。飯田信用金庫としてもそうだ。金貸しが商売であれば、金の動きはごまかしようが無いのである。では、どうすればよいのかと犯罪者は考えるもので、消すに消せない証拠であれば、つじつま合わせがそこに必要となることだ。出来るかできないかはともかくとしても、そこを詳しく調べるに、どうしても専門家が必要となる。金の動きを知る専門家は誰だと言えば、金融マンしかそこにいない。令和4年7月23日

 他の理由
飯田信用金庫の職員が必要な理由があれば教えてくれ! 熊谷秀樹村長よ、なぜリニア推進対策室長に飯田信用金庫の職員を充てるのだ? その説明が村民になされていなく、議会がリニア推進対策室の新設を承認したのはなぜなのか? それが今となって、「信金の職員を室長にすることは反対だ」と否決したのは、どのような理由が議会にあるのか。村長の議案を否決するは相当な事で、それこそ議会解散もあることだ。それほどの否決を行ったのに、それ以降、熊谷秀樹村長も議会側にも、何の動きも無いのはどういうことか。村長人事予算を否決すれば、他でそれを賄うことなど出来はしない。リニア対策室の設置そのものが否決されたことだ。村民もたいがいにすべきである。これほどにデタラメな行政と議会の蛮行に目をつぶるとは、民主主義などあるものではない。どこまで腐れば気が済むのか、こんな村、やはり潰さなくてはどうしようもない。
 否決は良策
岡庭一雄派と熊谷秀樹派の争いは、阿智村共産党の内部抗争である。熊谷秀樹村長は、リニア対策室長に飯田信用金庫からの出向者を充てるとの考えだが、これらの目的が私が危惧するところに在ったとなれば、それはまさしく岡庭一雄の命取りになるものだ。リフレ昼神も鶴巻荘の消えた5億円の基金も阿智村の犯罪である故に、それが立証されれば熊谷秀樹村長は主犯となるが、岡庭一雄も全くの首謀者となる。これがバレないと思うのか、少なくとも熊谷秀樹村長は、その危機に面しているのを感じている。だからして、議会の否決は私にとって良策であった。令和4年7月25日

 首を洗え
もう、熊谷秀樹村長は、首を洗う時期に来ている。盗伐裁判は上告審にあるが、もう少しで終結する。勝っても負けても、違法な補助金の事実は消えることはなく、この裁判において立証される。この後に続くはなんであるか。それは審査請求にあることだ。
不服審査請求
熊谷秀樹村長は多くの間違いを行った。それらの間違いは、民間であればすべてが犯罪である。民間の犯罪であれば、告発告訴で犯罪の責任を取らすことは出来るが、行政が行った場合は、審査請求において、その解決を上級行政庁に求めなければならない。
盗伐事件の内容からして、上級行政庁が長野県になるのか国になるのかまでは分からないが、どちらにしても公平性が高い審査であることだ。これは、弁護士でなければ当然に扱えないが、弁護士が扱うとのことは、不服申し立てが正当になることは言うまでもない。
では、不服申し立ての要件は何であるのかだが、一つは『補助金の不正受給』である。これには、単純な不正受給と作為的な不正受給の二つがあることで、それに合わせて補助事業そのものの不適性がある。単純な不正受給は村長の責任となるは当然で、これだけでも辞職案件にあたるは間違いがない。そして、作為的な不正受給であるが、この行為に詐欺犯罪があることで、この詐欺行為を村長が分かっていての不正受給であれば、これは村長個人の犯罪となる。そう、犯罪となるからして、この時点で熊谷秀樹を告訴することになるのだが、逮捕となれば、書類送検を待つまでもなく、辞職は当然のこととなる。
さあ、大変なことになってきた。高が盗伐として、智里西地区のもめ事として片つけてきた付けが、この時点でまったくに逆転し、そして村民に降りかかるのだ。ざまあ見ろとまでは言わないが、さんざんに忠告してきたことを思い出していただきたい。反省するは村民にありで、恨むなら岡庭一雄と熊谷秀樹でとどめておきなさい。令和4年7月27日

 補助事業の不適正
「事業そのものが間違いった」と、議会に説明して終わらせたというが、冗談よしこさんで、間違いだと分かっていて継続すれば、それは阿智村の不正事業と言うものだ。岡庭一雄村長が始めたにせよ、それを継続してきたのは熊谷秀樹村長だ。盗伐事件が表に出なければ、いまだにこの補助事業は続いていた。それを考えれば、盗伐事件が表沙汰になっての事業中止は隠蔽工作以外にない。どんなに否定しようが隠そうが、補助金として支出された金は戻っていない。
 裏事情
熊谷秀樹村長が「事業そのものが間違いだった」として、この補助事業を中止したのかが分からない。たしかに勝野公人議員はこの件を表に出したが、それは勝野公人議員の最後っ屁とみるはいささか怪しくある。ここでは、特に補助事業が間違いなどとは言ってなく、熊谷秀樹村長が隠蔽工作に走るのはおかしくないかと言っていることだ。ようするに、岡庭一雄と熊谷時雄が役場に乗り込んで、櫻井建設課長を恫喝して無理やり補助事業としたことを追及しているのである。この様な事実があるのに、この事実を表に出そうとした勝野公人議員に対して、熊谷秀樹村長が「どうかその質問はやめてくれ」と、櫻井建設課長を勝野公人議員に差し向けたことを暴露した。なぜ隠すのか? 悪いのは岡庭一雄と時雄ではないのかと、まあ、議員として最低限の良心は有ったようで、多少頓珍漢な内容でもあるが表に出した。それが表に出てしまったことで、熊谷秀樹村長が事業そのものが…と答弁したのである。この件がこれ以上騒がれないことに、もはや過去のことだと忘れ去ろうとしているようだが、ところがどっこい、盗伐裁判が終われば必然としてそれは表れる。令和4年7月29日

 三つの責任追及
責任追及にはそれら責任の範囲を示すことから始まるが、盗伐事件においての熊谷秀樹村長への責任追及内容は三つある。「申請者の土地ではないと知っていた」「県道沿いの土地だと知っていた」「補助金を支払った」この三つの責任は、それぞれに相手方がいることで、それも相手方がそれぞれ違うということだ。
 1.「申請者の土地ではないと知っていた」
熊谷好泰自治会長は、渋谷晃一から提出された補助金申請書をそのまま村に提出すれば、申請者の土地ではないと差し戻された。申請者の土地ではないと村が確認したことで、それをどのような事情にせよ申請書を受理したのは熊谷秀樹村長である。裏事情は岡庭一雄と時雄が恫喝したようだが、それは裏事情であって村長責任とは別次元、まあ、熊谷秀樹村長が訴えるならともかくも、それでも誰も相手をしないことだ。
この責任は重い。これで盗伐騒ぎになって裁判へと進んだ。要するに、盗伐裁判の本来の要因はここにある。
 2.「県道沿いの土地だと知っていた」
支障木の補助要件は生活道路への障害が基準であるに、県道沿いの樹木が邪魔になるからとしても、村がかかわることではない。仮に、智里西自治会からそのような要望があれば、建設事務所に渡りをつけることだ。県道だと知らなかったでは済まされないことに、中山間整備事業花桃の里事業橋の架け替えにそれは有る。ここを言い訳とするならば、相手は県であることで、熊谷村長の責任は逃れられない。
 3.「補助金を支払った」
智里西自治会からの補助金申請において、それら伐採が終了したとして、村は検査を行ったうえで補助金を支払った。この支払いの監査も行われているが、監査委員は一応として、申請者の土地だと確認したことになる。仲間内の監査委員であるからして事情は知るが、形の上では熊谷秀樹村長が監査委員を騙したことになる。令和4年7月31日

 監査請求
他人の土地、県道であるを知っていた熊谷秀樹村長、その上での補助金支払いは犯罪である。刑事事件へと発展させるには、監査請求は欠かせない。監査請求は、住民訴訟を前提として弁護士に依頼する予定である。
 熊谷秀樹の程度
この男の思考回路に疑問を持つに、「引くに引けない」と、熊谷泰人市会議員に返した言葉の中にそれはある。引くに引けないは、追い詰められて逃げ場を失いつつも後戻りできない最悪の状況を示すのだが、熊谷秀樹は、この言葉でもって、今更園原水道だと認めることは出来ないとの意味で使っている。馬鹿と言えばそれまでだが、この程度の思考で村長が務まるようである。周りも周りで議員も議員だからして、村民もまたしかり、村長であれば何でも許されるようだ。熊谷泰人市会議員もこの言葉を聞かされて、もはや介入できない状況と知ったようだ。
ここまで来たら引き返せないは、盗伐事件にも対応したようである。盗伐であると知りながら補助金を支払ったことで、もはや後戻りが出来ないと判断したようだ。そう、この判断が間違いであるのだ。私はこの補助金が支払われるまで、この盗伐を表沙汰にしなくあった。それは、補助金を支払えば、犯罪が確定すると判断していたからで、窃盗として逮捕するは警察の仕事、村民としてやるべきことは、不正受給の追求である。盗伐と知っていた。要するに、申請者の土地でないと知って居ての補助金支払いは言い訳が出来ない事実。それこそ、追い詰められる最大の事実なのだ。だが、ここで頭の良い村長であれば、というより、正常な思考回路を持つ人間であれば、「補助金の返還」を求めるものである。補助金の返還を求めて返還されたならば、他人土地だと後で知ったと言い訳できることで、櫻井建設農林課長一人を厳重注意で済ませたことだ。何よりも、私が住民監査請求を起こせなくなる。令和4年8月2日

 馬鹿につける薬
馬鹿だから犯罪を行うことが出来るのだろう。正常な思考を持つ者であれば、悪いことをしようなど考えも無いことだ。なぜ熊谷秀樹はこれほどの馬鹿なのか? 岡庭一雄に振り回されるというより、確かに村長の椅子にしがみついている。それほど村長を続けたいは、よほどのことうまい汁が吸えるのだろう。そうでなければ、共産党の上下関係しかないことで、たしかに現状は
、岡庭一雄派と石原衛派に分かれての醜い争いが垣間見れる。村民はこの争いに気づかずにいるが、やがてどちらもボロが出ることで、今更ながらの後悔になるだろう。
 盗伐裁判上告審の状況
さて、ここで盗伐裁判の控訴であるが、どうも世間で忘れられているようだ。よそ事の感覚は分からぬではないし、西のもめ事の一つだと片つけようも無理からぬことだが、必ずしっぺが返されることでもある。その時になって慌てぬように、現状を少々知らせておこう。
まず、双方が控訴したことの内容を整備しておくが、原告は「盗伐された樹木の損害金が認められない」の不満を控訴している。切られた樹木のあと片付けなどで1/3程度の損害金は認められて勝訴したが、盗伐された樹木がすでに転売されていることで、その被害額の確定が出来ないとの理由であった。それを不満とするに、私は自分の山の樹木の内から、盗伐された樹木と同年代の樹木を8本伐採し、その測地を証拠として損害額を確定した。現物の証拠は説得力があり、それは確かな証拠として控訴出来たのである。これに対しての不備は指摘されないし、被告からの反論も無かった。弁護士は言った。一回か二回の期日で済みますと、しかし、事態は思わぬ状況に展開したのだ。令和4年8月4日

 お助マン
最初の期日が終わった時、弁護士から連絡がきた。「裁判官が相手に助け舟を出した」何のことか飲み込めなくあったが、「被告が植えたとする樹木をもっと主張せよ」との話があったようだ。被告の控訴理由は「平川文男の土地だ」であって、樹木を植えたとする主張は申し訳程度である。上告審は平川文男の土地を主張せよでなく、「平川成泰が植えたと証明できますか?」とのことであった。思わぬ展開に原告弁護士は慌てたように「平川成泰が植えたと証明できるのかねえ」という。そんな訳は有りませんよと言っても、話しだけではどうしようもない。
そう、裁判が始まって一年が経とうとしていたが、形勢不利だと見た被告弁護士は開き直りともいえる場外乱闘を持ち出した。そして裁判は長期戦となったが、判決は全く原告の勝利となったのだ。原告渋谷さんは控訴など考えてなく、やっと終わったの思いであったが、原告弁護士は、「損害木の損害が認められないなどあり得ない。見積の根拠が明確でないと言っても、被告の見積金額まで認めないはおかしな話だ」と言う。そして、見積の根拠をしっかり出せば、控訴しても必ず勝てる。私は控訴を勧めるが、熊谷さんは見積の根拠を出せますかと来た。この時点で何をどうするかは見えていたが、私は原告ではない。「渋谷さんがどう考えるのか、電話して聞いてみます」と言えば、「いや、渋谷さんには私から話したい。判決の説明もあるので、私から話します」と、すでに控訴へ向かっていた。
数日後、渋谷さんから電話が入るに、渋谷さんは憤慨していた。「金の問題ではない。こんなバカげたことを許してはいかん。熊谷さんには迷惑をかけるかもしれないが、ぜひ控訴していただきたい」力強い言葉において控訴は決まったが、しばらくして打ち合わせるに、「相手も控訴しましたよ」と、ここで下がるはずがないとは思っていたが、必死なのは熊谷秀樹村長だと、改めて認識した。令和4年8月6日

 二回目の期日
上告審の期日が先日行われた。これで大丈夫だとは思うがとの弁護士の言葉に反するように、まだ控訴は続くようである。「上告審は、だいたい一回で終わる。よくやって二回だ。それは数が多いからで、時間をかけるほど余裕が無いのだ」とは、弁護士の言葉、経験のない私はそういうものですかと頷いたが、なぜか三度目が行われる。それに対して弁護士の言い訳は無いが、問題は、長く続くと言うのは決め手に薄いからである。主張を切り崩せるほどの根拠が互いにないのかもしれないが、ここで気が付くに、被告弁護士は何でもありの要諦であるが、原告弁護士は自身の論理にこだわっているように感じる。経験から為せるものだと分かるが、それが正解なら期日が繰り返されることはない。相手は負けまいとするに、こちらは勝つことにあまりこだわっていない。「負けても良いですよ」と言えば、勝たなきゃ意味が無いではないかと強く言われるが、私には矛盾した答えが最初からある。
 正すと質す
正すは間違いを直すことで、私の考えはどうもそこにある。誰が悪いのかは二の次で、間違いが正せられれば修復できるとの考えだ。一方で、質すは判らないことを明らかとすることで、裁判はまさにそこにある。この様な姿勢で裁判とすることに、もしかしたらやり方が間違っているかもしれないが、今までさんざんに、そうならないように対応してきたつもりだ。それは何もこの裁判に限らず、操の横領も阿智村相手の訴訟も同じことで、間違いとして取り組んできた。なのに、行きつく先は質すとなって、この様な争いになるのだ。正すことが難しくあるのは、誰もがどこかでやましくあることで、質すが必要なのは、人の心に触れないからだ。
質すことは簡単だ。それはすべての問題に答えがあるからなのだが、被告らは必然として、その答えを曲げてくるものだ。被告の答えが間違っていれば、それはもはや正せることにはならない。令和4年8月8日

 出さない根拠
盗伐裁判において、私が用意した証拠のいくつもを、弁護士は提出していない。弁護士に言わせれば簡単な話で、必要が無いからだと言う。そう言われれば仕方も無いが、それでも何かの役に立つようで、準備書面の参考資料にはなるようだ。それで十分であって、それ以上のものもない。
そんなこんなで、盗伐裁判の控訴審も最後の詰めを迎えているようだ。弁護士が言った気になる言葉、「裁判官が相手に助け舟を出した」であるが、それを深く知るには、やはり、相手に何を求めたのか? で、それを詳しく聞いてみたが、その内容に少々がっくりした。がっかりでなくがっくりであるは、肩透かしを食らったもので、相手の控訴理由が希薄であったことの助け舟らしい。「平川文男の土地である」「平川成泰が植えた樹木である」が、相手方の控訴理由だ。その理由の根拠が乏しいと、もう少し根拠をもって主張せよ! で、あったようだ。弁護士は、控訴審はだいたい一回の期日で決まることが多いと言い、その訳は、事務方が訴状内容をまとめて判決がすぐに出せるよう準備するからと言う。だからして、準裁判官が、相手方にそのような助け舟を出すことは珍しいことだとして、不満を口にしたようだ。まあ、よくとれば、差し戻しのようなものだと思えばよい。「平川文男の土地だをもっと主張せよ」は、全くない。「平川成泰が植えた主張の根拠を示せ」であることは、土地の争いは無いと示している。
この様な状況で一審の判決を振り返れば、確かに土地の争いは却下されている。それを基にしても、樹木を植えたのは誰かと限定されていない。単に、損害額の計算根拠が乏しくあって、樹木の損害金は算定できないとされていた。弁護士もそれをもって「樹木の損害額が認められない判決は無い」と控訴したのだ。令和4年8月10日

 根っこの掘り出し
切られた樹木の根の片付けは認められている。金額にして約100万円程度であるが、この判決に対して「山にある木は、伐採しても切り株はそのままだ」として、切り株の片つけの費用が認められたことに、反論控訴している。これに対して、準裁判官は取り上げていない。それは、切り株の片つけに費用が掛かるのは当然としたことにある。一見、間尺に合わない判決だと思われるかもしれないが、そこには十分な理由がある。
 切った者は誰だ
土地の所有者争いは、渋谷徳雄さんと平川文男の戦いだ。そして、植えられていた木の争いもそこにあるが、では、木を切った者が誰かと言えば、渋谷晃一である。残念ながら、渋谷晃一は、土地や木の所有権に対して参加していない。それであれば、木を切ったことでの損害は、木を切った者の責任となることだ。
ここで土地の争いに戻れば、平川文男の土地と証明出来ないことで、登記上の所有者、いわゆる渋谷徳雄さんの土地となる。これが一審の判決にあるのだが、仮に、平川成泰が植えた木だと証明されたにしても、木と土地の因果関係は無いとされる。
この様な判断がなされたことで、木を切った渋谷晃一の責任として、「切り株費用は被告が支払え」となったのだ。
切り株の片付け費用、この損害は、高裁の判決に関係なく渋谷晃一が負うものであるは、土地の所有権が渋谷徳雄さんにあることが前提ではあるが、平川文男側に時効取得が認められないことも関係している。令和4年8月12日

 時効取得が認められなかった訳
時効取得とは、20年以上それらの土地を占有していることにあるが、平川文男には、20年以上の占有が認められなくあった。なぜか?
古い謄本を証拠に家があったと反論しているし、一審で敗訴しても当時の写真(家)を証拠として控訴もしている。なのに20年以上の占有は認められなかった。原告弁護士に話しを聞けば、「一審では、謄本より前に家が建っていたとして20年以上の占有を主張していたが、それでは家を壊した後に木を植えたとが合わないことで、被告は木を植えた時期に合わせて修正している。それだと、20年以内の占有になってしまい、時効取得が認められなくなった。家を壊せばその時点で占有実態が無いとなる。そういうことだよ」ん、なるほど、よく理解できたが、災害で家が流れたことを棚上げにし、家を壊したと主張を変更し、壊した後に木を植えたとしたが、切り株の年輪と合わなくなった。上手の手から水が漏るというが、策を弄して自らこぼすとは、天罰と言うよりほかにない。
 控訴の差
渋谷晃一も控訴するに、一審の判決を不服とするは、「平川成泰は渋谷ゆきゑから土地を買った」と「飯田に引っ越すに、家を壊して木を植えた」のすべてが否定されたことによる。それを不服とするに、新たな証拠が無い中で、熊谷秀樹村長は、渋谷晃一に当時の航空写真や近影写真を提供している。これらの写真は後ほど公開するが、このような写真は役場が保管するもので、常識ではありえない証拠である。操の横領の裁判においても、多くの行政書類を開示請求なしに提供しているが、裏を返せば、それほどこれらの裁判にかけるは、被告らより熊谷秀樹村長であることだ。
まあそれはいつものことで構わないが、それほど協力すれば、負けた時のしっぺ返しはより大きいと知らせておく。令和4年8月14日

 控訴に足りず
準裁判官が、被告に助け舟を出すとのことは、控訴理由の証拠に乏しいことだと知ったが、被告弁護士はその助けに乗じ、控訴利理由を少し変更してきた。
「平川成泰の家が渋谷ゆきゑの土地にまたがって建てられていた」と「澁谷ゆきゑの土地と澁谷薫の土地に植えられていた木は平川成泰が植えた木だ」と、一審の反論と全く違う主張に切り替えてきた。「またがって建てられていた」との一審での反論は、「澁谷ゆきゑの土地に建てていた」であって、澁谷ゆきゑがこの地を離れる時に成泰が買い受けたと主張し、公図に家の形まで書き込んでおり、それに添えられていたのは古い謄本であった。しかし、謄本にある番地は澁谷ゆきゑの土地に隣接している渋谷貢の土地であって、澁谷ゆきゑの土地の番地ではなかった。このことを指摘すれば、そこに返される反論はすでになく、また、間違っていたも通用しないこで、何を思ったのか、「澁谷ゆきゑから土地を買ったのは間違いないことで、木を植えたのは平川成泰だ」の反論に主観を置き換えた。
 心証が悪い
いかに何でも自ら用意した謄本であるに、その謄本で嘘が暴かれるとのお粗末を演じたが、そこでの心証に、判決結果は当然のことであった。家が有ったとして時効取得を狙ったのだろうが、その結果が敗訴であるからして、平川文男で裁判を続けること、いわゆる控訴は出来なくなったのだ。そこで渋谷晃一に控訴させるとしたが、控訴の主張が希薄なことで、準裁判官に「内容を持って主張せよ」となれば、今度は、「澁谷ゆきゑの家にまたがって建てられていた」と主張を変えてきた。そして、航空写真や当時の写真を証拠として再提出されたのである。その上、「平川成泰が木を植えた」として、熊谷章と原勇の二人の証言を添えてきた。令和4年8月16日

 引くに引けない盗伐犯罪
渋谷晃一がここでするに、熊谷秀樹村長の後ろ盾が無ければできないことだとお判りいただけただろうか? いまいち信じられないと言うならば、ここで渋谷晃一の反論書面をお見せする。まずは、渋谷晃一が手に入れたとする、平川成泰の住宅の写真から公開いたします。(平川住宅 クリックしてご覧ください。
この写真は教員住宅を撮ったものであるが、提供者「原睦雄氏」は眉唾である。実際に原睦雄から手に入れていたものであれば、一審にて証拠として出されたことである。それが、控訴して、尚且つ、「控訴理由が乏しい」と指摘されてから「写真が有りました!」は、いかにも不自然で、この半月余りで用意できることではない。そのように想定すれば、この写真の鮮明さと年代からして、高価な写真機で教員住宅を中心に撮ったと思われる。このような写真を必要とする、あるいは保管を目的とすれば、阿智村で保管していた写真と考えられる。もう一つ、個人所有であればアルバムに張り付けることで、それも60年も前の写真であれば、もっと劣化しているものだ。
 嘘も身を亡ぼす
欲は身を亡ぼすというが、嘘も全くに同じ、嘘の証拠は身を滅ぼします。この写真を持って「平川成泰の住宅は総二階の大きな住宅で、澁谷ゆきゑの土地にまたがって建てられていた」として、公図にまたがって建てられていたとした建物の大きさを書き込んで主張を変えてきたのです。皆さんはこの写真を見て、そして渋谷晃一の主張を読めば、きっと「たしかにそうだなあ」「写真に写っているからなあ」と思い込んでしまうでしょうが、私が設計者であることを思い出していただければ、この写真から何を読み取るか想像できるのではないでしょうか。令和4年8月18日

 悦楽
嘘を暴くのを楽しく感じるのは私だけかもしれません。裁判という非日常のなかで嘘を暴くに麻痺したせいか、この程度のウソが高裁でも普通に行きかうことにやるせなさを感じたのかもしれません。さて、それでは被告らのウソを、順番に暴いていこうではありませんか。
 何でもあり
まずは、被告渋谷晃一の陳述書と証拠の数々をご覧ください。 渋谷晃一陳述書   クリックしてご覧ください。
高裁に、このような嘘の陳述書提出するに、どこまで行けば気が済むのか。この文書を知らぬ者が見れば、信じてしまいそうな嘘がいっぱいある。さて、順番に暴くとしたが、めんどくさいので一度に暴くことにします。まずは、この陳述書と、先日添付した「平川住宅」の写真を見比べてください。令和4年8月20日

 絶対的な嘘
絶対的な嘘から説明しよう。平川住宅に「撮影日昭和38年」と有りますね。これ、全くの嘘であります。なぜならば、昭和34年の伊勢湾台風で、平川成泰の家は消失しているからです。なによりも、渋谷晃一は一審において「伊勢湾台風で消失したので、家が在った後に植樹をした」と主張していますしね、台風で流されたことは私も記憶していますので、渋谷晃一が知らぬとしても、平川文男は知っていますよ。仮に、「昭和38年の写真」と言うのであれば、その根拠を示したうえで日付を書き込まなくては証拠となりません。弁護士はこの写真を否定するまでも無いと言っておりますが、念には念を入れて反論することにしましたので、まず、 平川住宅写真関係     を、クリックしてご覧ください。
説明資料4は、平川文男の家が渋谷ゆきゑの土地にまたがって建てられていたと主張し、公図を基にした敷地に家を当てはめておりますが、平川住宅の写真と、説明資料4の建物の大きさを比べてみてください。何か不自然ではありませんか?
たとえ被告であるにしても、ここまでの嘘を並べることに、被告弁護士の判断力を疑いますね。高裁の裁判官を馬鹿にしてはいけません。建築士でなくとも、建物の大きさや位置関係は判断できることですよ。忘れましたか? 平川成泰の古い謄本の写しを、晃一、お前が一審で証拠として添付したものですよ。その謄本に記されている登記面積は、1階10.5坪、2階10坪と記されていますよ。令和4年8月22日

 建築士が相手
論より証拠、その謄本をお見せしますが、その前に少し予習をしておきます。説明資料1の写真では、災害前ですので河川側の整備が出来ておりませんが、説明資料2の写真では、災害後に河川が整備されたことが分かります。これほどの整備が行われているのに、災害後まで平川成泰の家があったとするのは辻妻が合いませんね。
つぎに、説明資料4ですが、この図面は公図をもとに書き足していますので、道路と各土地の関係に間違いはありません。晃一は今まで「澁谷ゆきゑの土地を平川成泰が買って家を建てたと主張し、澁谷ゆきゑの長男建典の元へ登記を移してもらえるよう出向いている」としていたが、この図面を見れば、道路に面している土地は澁谷薫の土地であるから、澁谷薫から購入していなければ、それもつじつまが合わないとなる。それに澁谷薫は飯田に転居していたから、難なく交渉できたはずだ。
 かまどがポイント
平川成泰が家を建てたのは渋谷貢の土地、4083-9であると、晃一の証拠、謄本で示しているが、ここに建てられていたのは晃一も認めざるを得ないことで、当初は渋谷ゆきゑの土地、4083-14に建てたを修正してきた。まあ、それは良いとするが、この図面にあるように、かまどの跡が有るからそこまで家が建てられていたとするは、あまりに横着ではないか。なぜかまどが有ればそこに家があると言えるのか? その根拠が何も示されていない。ここに渋谷晃一のウソがあることに、私の年代の方なら既に気づいたと思うが、どうでしょうか。「かまど」とはなんだ? この時代、かまどを住居に必要とされたのはどのような理由であるか? 歴史的考察でかまどを紐解けば、この図面のでたらめが見えてくる。
 かまどの位置
かまどが渋谷ゆきゑの土地にあったとするならそれはそれでよいが、そこまで家が建てられていたはあまりに無理な注文である。かまどとは何だ。火を焚いて鍋や釜を掛け煮炊きするものであるが、そんな物を設備するに、八畳二間のどこに置くのかである。当時のかまどは家の外に設けられ、雨風を防ぐために庇が設けられていた。その時代を知らぬ者が、何をほざくのであるか。令和4年8月24日

 横取り
確かに平川成泰の家は有った。それは謄本でも写真でも証明されたが、謄本でも写真でも、澁谷ゆきゑの土地に家が建てられていたとの証拠は何もない。渋谷ゆきゑがこの地を離れたのを良いことに、そこにかまどをつくったと証明したまでだ。
 智里4082-15
この土地を「両区総代(本谷園原財産区と自治会)が所有していた渋谷ゆきゑ名土地を売却した昭和39年に校長住宅を建てた」とあるが、何かおかしくないか? 自治会がなぜ昭和39年に有るんだ? それに、財産区と自治会が一緒の団体なのか? そして何よりおかしくあるのは、澁谷ゆきゑ名土地であれば、公共団体に売却して校長住宅が建てられたその時点で土地の名義は移っていることになる。公共団体に名義が移るということは、澁谷ゆきゑの署名と押印が無ければ登記は移らない。財産区に土地代が支払われていたにいても、両区で土地の取得は出来ないことであるから、総代の署名と押印では登記は移らない。
 渋谷ゆきゑは居た
澁谷ゆきゑが離婚しても、澁谷ゆきゑの住所は智里村であって、それからしばらく泰阜村の岩手屋土建で賄い婦をして生計を立てていたことは、泰阜村に養子に出された渋谷徳雄さんが証言している。それであれば十分に説明はつくことになるが、智里4012―8の土地売買が行われた昭和40年まで、澁谷ゆきゑの消息は取れていたことになる。澁谷薫は飯田に居て、澁谷ゆきゑが泰阜に居たとの証明は一審において済んでいるが、控訴においても、そのことが改めて証明されることになった。
平川成泰は、澁谷ゆきゑの長男のところへ話をつけに出向いたと言っているが、この話し、まったくのつくり事であるを晃一自身が証明したことになるが、嘘の付けがこのように回るとは、まさに因果応報であろう。令和4年8月26日

 水防倉庫
何を一生懸命主張するのであろうか? 水防倉庫があったとのことが、平川成泰の家が澁谷ゆきゑの土地にまたがって建てられていたとに結びつく何かが有るのか? 水防倉庫は伊勢湾台風の災害の後に建てられたのであれば、台風で家が流されたから建てられたのではないのか。水防倉庫の役割とは何であるのか、それを考えもせず反論とすれば、もっと大きな嘘がバレることになる。
 昭和の災害
歴史は語るのだが、昭和34年の伊勢湾台風前に大きな災害が有ったのかと言えば、昭和22年のカスリーン台風というのがある。しかし、この台風は東日本で起きており、この地区には影響が出ていない。そんな中で、伊勢湾台風前に智里村が、防災倉庫を設備するなどありえないことだ。まあ、水防倉庫があったとしても、それが平川成泰の家が有ったことに関係ないが。それより、平川成泰の家が伊勢湾台風や三六災害の被害を受けずに残っていたとするを説明することだ。平川文男の同級生は時雄だけではない。エナアーツの原社長は、『災害で流された』と言っているが、なんなら、平川文男の同級生の証言ですと、その録音を証拠にあげてもよろしいが。
 家を壊した?
しばらくして飯田に引っ越し、使われなくあった家を壊して木を植えた。これが渋谷晃一の控訴理由である。災害にあっていないとして、写真までつけて言い換えたが、それであればなぜ家を壊したのか? 飯田に引っ越したにしても、登記がある家を壊すに理由はない。間の抜けた主張に原告弁護士は単純に答えているが、家を壊したのであれば、澁谷ゆきゑの土地を占有していることにはならないではないか。20年以上占有して初めて時効取得が成立することで、20年もたっていないのに家を壊したと言えば、もはやそこに主張はない。災害で流されたとしても同じことで、もはや晃一に残された言い訳は、平川成泰の家については存在していない。令和4年8月20日

 嘘だらけの陳述書
横領や村八分の被告らの反論もそうであったが、泥棒に嘘はつきものだ。だが、この陳述書にはあまりに嘘が多い。高裁まで進むにこれだけのウソがつけるとは大したものだが、もう少しましな嘘でないと公判が持ちこたえられないではないか。被告の心配まではお節介も甚だしいが、こういう男は最後まで見苦しいものだ。鉄砲で撃ってしまえは言えたにしても、ごめんなさいは口先にもない。
時効取得が認められないとして、それでも木を植えたと主張するのであれば、それは渋谷貢の土地だけにしておけばよい。家が有ったのは渋谷貢の土地であるは、晃一、お前が謄本で認めていること、今更ジタバタしても追いつかないと知れ。
 両区とは
晃一の陳述書に、盛んに両区という言葉が出てくるが、両区とはいったいなんであるのか、晃一は理解していない。
両区とは両方の区であるを示している。では、区とはいったいなんであるのかだ。飯田市住民なら話は早い。飯田市の各地区には区会と言う常会が存在しており、それぞれの地区独自の寄り合い団体になっている。これらは昨今の自治会とは全く違う団体であるし、財産区とも違う。これは智里西地区も同じであって、小野川村当時の地区割りである。小野川・本谷・園原、これが三耕地と言って区会の始まりであった。小野川村が智里村になった時点において、小野川村は三耕地の存続に意味は無いとして離れ、当時はばらばらであったこと、それが学校の火災を境として、園原耕地と本谷耕地が両区として学校の再建に立ち上がったのである。早い話が学校資金が足りなくあり、園原と本谷がそれぞれ基金を積み上げた。そのほとんどは再建に散財されたが、残った基金をもとにして、事務を続けていただけのこと。そして基金が底をつけば、どちらともなく活動を終えていた。それが現在の両区の形になったのは、園原インターの設置要望にある。
祖父渋谷勲は村会議員として、金丸信や田中角栄に陳情するに、その活動資金を支援者に求めたが、とても追いつくには及ばぬことで、ここでまた両区を復活させることにして資金を集めたのである。両区は区であって財産区ではないことを、晃一を含め、西地区の誰もがその知識を持ち合わせていない。
晃一よ、両区と言った時点で、両区は財産区ではないと証明していることだ。令和4年8月30日

 証言
熊谷章と原勇が『平川の土地で平川の植えた木だ』と証言しているとあるが、この両名は操の同級生である。それだけで推して知るべしだが、これら両名が何を言おうとも、それは証拠の一つにもならない。これら両名の証言が事実とするのであれば、証言を裏付ける証拠が必要なのだ。裁判を甘く見てはいけない。証拠の無い証言は、心証を悪くするだけであることを。 平川成泰の家屋謄本を公開します。 平川成泰謄本   クリックしてご覧ください。
 法務局を否定するな
4083-9番地は、澁谷ゆきゑの土地に隣接している渋谷貢(晃一の父)の土地であります。晃一が言う通り、澁谷ゆきゑの土地にまたがって建てられていれば、この謄本にもう一つ、澁谷ゆきゑの土地が列記されていることです。自ら付けたこの証拠謄本で晃一は「平川の家は2階建ての大きな家であった」と主張しましたが、建坪が11坪で2階が10坪のこの家を、大きな家であると誰が思うのでしょうか。「家じゃなくて納屋ではないか?」が、万人の感想でしょう。後ほど原勇や熊谷章の証言書も公開しますが、二人とも、澁谷ゆきゑの土地ではない平川の土地だとか、大きな家だと証言してますよ。すごいですね、法務局が嘘だとの反論に見えますね。
 嘘つきは晃一
さすが鉄砲で撃ち殺せの晃一です。それを喜んで聞いている晃一の身内の中に、祖父の妹が居りますがね。このおばさん、澁谷ゆきゑの長男建典と同級生なんですがね、それでも晃一をいさめることなく私を悪く言うんですよ。まあ、そう遠くなく祖父に会うと思いますが、言い訳を言えると良いですね。令和4年9月1日

 写真は嘘を言わない
晃一が証拠とした平川住宅の写真について、設計士の立場から晃一のウソを暴いております。クリックしてご覧ください。  盗伐反論写真
 説明文書(控訴審提出)
乙第42号証 説明資料1の写真を基にして、当該建築物(平川住宅)の、建物の大きさを算定しました。
【木造住宅の建築基準】
・木造住宅は、尺貫法で建設されます。1尺は303mm、3尺は910mm、1間は6尺で1,820mmであります。
・壁をつくる場合は、3尺(910mm)と、1間(6尺:1,820mm)が基準であり、例えば、3尺や1間の壁が連続する場合は、3尺こと、あるいは、1間ことに、柱が設けられます。写真左側の建物(教員住宅)を参考にすれば、1間の壁(赤印)が3連続しており、3尺の壁(青印)が2連続していますが、その間ごとに柱が設けられております。
・窓については、3尺・6尺の大きさが一般的です。写真左側の建物の1階部分には、6尺(1,820mm)の窓が2連続しています。
・屋根の軒の出については、2尺5寸(755mm)と言う寸法が与えられます。そのことは、軒には、垂木(タルキ:屋根下地材)と言う、細く小さい木材で、持ち出してつくることによる、片持ち許容強度寸法の範囲内が用いられるためです。
【前述の建築基準寸法を基にしての計算式】
「平川住宅」の屋根、桁行側軒の出を2尺5寸にすれば、妻側軒の出(黄色印)は3尺となります。
妻側軒の出3尺を基準として、2階部分の窓(雨戸)を想定すれば3尺となります。
雨戸の横に続く壁は、雨戸より大きくあることで、4尺5寸の壁だと想定できます。
雨戸・壁、雨戸・壁と2連続していますので、3尺・4.5尺・3尺・4.5尺となり、合計で.15尺となります。
1尺は、303cmですので、303×15=45,450mmとなります。
1階部分は、目印となる柱や壁が見えておりませんが、「総2階の建物」と主張されておりますので、おそらく、玄関(1坪程度)が設けられていたと想定できます。
【建物の面積について】
説明資料1の写真では、建物の奥行きが明確でないため、乙第32号証の、「立木調査図(伐採後)S=1:100」を参考に、4083-9番地の敷地奥行きを算出すれば、狭いところで、8m有ります。
建物が敷地一杯に建てられることはないとしても、4間分(8畳二間)、即ち、7,280mmは十分に確保できる奥行きが有ります。
従って、1階の面積算定として、4.55×7.28=33.124㎡+玄関3.3124㎡=36.4364㎡、2階の面積算定、4.55×7.28=33.124㎡となり、合計で69.5604㎡となります。
【乙第1号証との整合】
平川成泰が、4083番地9に建設された謄本の写しを見ますと、1階が11.33坪、2階が10坪の合計21.33坪とあります。
今回の算出面積を坪数に換算いたしますと、1階が、36.436÷3.3124=11坪、2階が、33.214÷3.3124=10坪の21坪となり、ほぼ一致します。
建物の大きさと、建設地(4083-9番地)の配置状況の説明
乙第32号証の、「立木調査図(伐採後)S=1:100」図面を用いて、4083-9番地の敷地に、乙第42号証、説明資料1の写真の位置で配置してみたところ、十分に配置が出来ました。(参考図1)
【総合的見地】
乙第42号証 説明資料1の、写真から得られる情報をもとに「平川住宅」の大きさを想定しましたが、この様な算出の仕方は、当時の尺貫法建築様式に基づくことと、雨戸(建具)や塗り壁(左官)といった、職人技術の裏付け根拠に基づくものであります。
説明資料1を見ますと、平川住宅と教員住宅の隣棟間距離が相当ありますが、これらの距離を建物の大きさを当てはめてみれば、少なくとも25m以上離れていると想定できます。
説明資料1と、説明資料2の写真において、教員住宅が、同じ位置で同じ大きさのごとく説明されておりますが、これら二つの教員住宅は、全く異なる建物であることは、説明資料2の教員住宅の屋根が、二重屋根になっていることから判別できます。
かまど跡があるとされ、かまど跡まで建物があったと図面化されておりますが、当時のかまどは手作りの粗末なものでしたので、火災の危険性から建物の外につくられております。 以上  長野県飯田市白山町3丁目東2-14 株式会社 章設計
写真において建物の種類や大きさを想定することは簡単である。それは、木造建築物は一定の基準が有るからだ。これで、晃一のでたらめは証明された。令和4年9月3日

 調子に乗るな
高裁の裁判官は「植樹で占有権主張するなら資料が足りない」は、平川成泰が木を植えたというならもっと証拠を提出しなさい、ということだ。被告弁護士は何を勘違いしたのか、まだ家が建っていたとを繰り返してきた。ここに結論があるのは、「四筆の土地がある」ことだ。晃一が執拗に主張するは「渋谷ゆきゑの土地に家が建っていた」であるが、写真においても公図においても、渋谷薫の土地に家が建てられていたと主張しなければ成り立たない反論である。晃一が言う家が建てられていた渋谷ゆきゑの土地は一筆だけで、まだその横と横に渋谷ゆきゑの土地は有り、渋谷薫の土地も二つある。これら四筆の土地に家が建てられたと証明しなければ、成り立たない反論なのだ。最初についた嘘「平川文男の親父が木を植えた」が、「渋谷ゆきゑの土地を買っていた」の嘘につながり、ついては「長男建典の元へハンコウをもらいに行った」とまでになれば、最後まで嘘で固めなければならないようだ。それにしてもハンコウをもらいに稲武町まで行ったとの嘘をつくのであれば「渋谷ゆきゑはこの地を去る時にすべての土地を財産区へ譲っている」と言う嘘を先に撤回すべきである。渋谷ゆきゑが財産区へ譲ったのであれば、平川成泰は財産区と話をすれば済むことである。クリックしてご覧ください。  平川家配置図    これは平川成泰の家の謄本に基づき、渋谷貢の土地に配置した図面であるが、晃一が証拠とした写真と配置的に一致しております。写真では、平川成泰の家の前に何やら小屋が建てられているが、この土地は渋谷薫の名義であることだ。
 写真との食い違いその2
ここでもう一つの写真をご覧いただこう。(  校長住宅の写真  クリックしてご覧ください。)この写真も晃一が証拠として付けた物であるが、晃一は、この写真と原睦雄提供の写真を照らし合わせ、教員住宅が同じ位置で同じ建物のごとく説明していますが、資料1にある教員住宅と資料2にある教員住宅は違う建物で有ります。そのことは、資料2の教員住宅の屋根の形状が違うことで判明出来ます。令和4年9月5日(追伸、智里西自治会所有ではないよ両区ですよ)令和4年9月5日

 調子に乗るな晃一
災害において平川の家は流され、同じく教員住宅も被害を受けた。そのことで、教員住宅は改築されているのである。晃一は、かまど跡を平川の家の後だと主張するが、かまどは災害であってもそのまま残されたもので、平川成泰が理由もなく家を壊したのであれば、同時にかまど跡まで壊していくものではないか。嘘は必ずぼろが出る。それらのぼろを高裁の三人の裁判官が見逃すか!?調子に乗るではない晃一、何をどう言ってもお前は泥棒だ。
 此の際
平川成泰の家の横に饅頭屋が有ったと熊谷章や原勇に陳述させているが、饅頭屋が有ればそこは渋谷ゆきゑの土地の上でしかないとなるし、まんじゅうを蒸かすにはかまどが必要だ。そんな陳述をさせておいて、平川成泰の家の隣は水防倉庫だというのであれば、それら陳述は全て嘘になる。熊谷章や原勇に『平川成泰の家が有った』『平川成泰が植えた木だ』と陳述させたとしても、平川成泰の家が有ったことを原告は否定していなく、『家は渋谷貢の土地に建てられていた』を尊重しているし、平川成泰が家を壊して木を植えたのも、渋谷貢の土地に杉の木が植えられていたと認めている。これら二人の者に何を陳述させたにしても、原告の主張に変わるところは何もないことだ。
 肝心な嘘
20年の時効取得を主張するために、平川文男の別訴において『昭和20年から昭和40年まで家が在った』と反論主張した一審に対し、「平川成泰家屋の謄本」を証拠としてたのは被告渋谷晃一である。しかし、その謄本の登記期日を見れば、昭和29年となっている。これを証拠として「平川成泰の家は昭和29年に建てられていることから、昭和40年に家を壊したにしても12年しか占有していない」として時効取得を否定すれば、間違っていましたと控訴事項を変更して、家屋での占有の主張を取り下げている。令和4年9月7日

 自縄自縛
嘘の顛末がこれであるが、晃一はそれでも嘘を重ねる陳述を再度行った。近いうちにそれも公開して嘘を暴いていくが、控訴審は本日において終了のようである。これから先は和解における解決手段が残されているが、晃一の執拗さにおいて原告は和解の考えが失せているし。和解では捜査の強制力が低いことで、もはや行くべきところまで進むようである。西の三悪人がまいた種ではあるが、晃一がしっかり育てたことで、もはや強制的に刈り取られることしか残っていない。自縄自縛と言いえて妙であるが、これほどしっくり馴染むのは晃一に相応しくもある。
 泥棒は窃盗罪
高裁の裁判官は和解をさせたいようだ。まあ、一審においても和解勧告は出ていたが、晃一は「澁谷ゆきゑと澁谷薫の土地4筆すべてを3万円程度で手放すなら和解に応じる」とのたまった。ずいぶんな強気姿勢ではないかと、半ばあきれ顔で弁護士は言ったが、これは原告が和解に応じることは無いとしての返答である。まあ、当然においてのことではあるが、私は「土地を手放す」との言葉に後ろの影を感じていた。それは、晃一がこれ等の土地を買ったにしても、それは何の解決にもならず、また、扱うことも出来ない土地であるからだ。では、なぜこのようなことを条件にしたのかと勘繰れば、それはすでに始めていた、阿智村を被告とした土地返還請求事件にあった。この裁判にかかる土地は渋谷ゆきゑの土地である。それら三つの土地を明け渡せと、私は阿智村を訴えている。それに対しての阿智村の反論は、「20年以上の占有件」を主張した。ここである、まったくに晃一と同じく、占有権であるのだ。晃一には進んで控訴するほどの腰も技量も無い。それに、村でなければ手に入らない多くの証拠は、まさに熊谷秀樹村長の後押しを表している。令和4年9月9日

 窃盗は刑事事件
刑事事件に和解は無い。裁判で刑が確定し、処罰されるだけである。そう、前科一犯になるのだ。晃一は図に乗り過ぎた。控訴審まで嘘八百を並べれば、それだけでも処罰されなければいけない。お前にも引き下がるチャンスはあったはずだ。そう、時雄の死を言い訳にすれば、和解で事足りたはずである。長谷川弁護士とて、状況を把握すれば和解が最良と見るは当然で、なぜこれまでしたのか理解できない。証人尋問で謝る熊谷秀二に、晃一ひとりが意気込んでも意味が無い。何よりも平川文男の別訴は棄却され、原告の土地であるは法務局の謄本にて確定したことだ。
 出番が無い
平川文男の別訴が棄却されたが、この平川文男もでたらめな男である。晃一のウソに便乗して「親父が植えた木だ」と主張するならば、そこまででよいことだ。それをあたかも澁谷ゆきゑの土地を買っていたとの後付けまで入り込み、俺の土地だと別訴するに、そこまで出番を求めるのは晃一の仕向けだとは思うが、やはり三国人の感覚は理解しがたい。まあ、晃一のウソは西地区の誰もが分かることであるが、裁判にかかったことで、そこまで進むに消極的な西地区の住民は、訴えたほうを悪く言う。時雄と叔父が、渋谷ゆきゑの土地も平川成泰の土地も手に入れようとの画策したことは、西地区住民にはどうでも良いことなのだ。今でも当時の部落長を悪く言うのは、「火の無いところに煙を立てやがった」との、見当違いである。そこにうなずく住民らは、やはり同じ疚しさがあるは言うまでもない。
訴えるとしたのが私と分かって、晃一とその身内は私を鉄砲で撃ち殺すと言った。その中に祖父の妹が居たことに驚いたが、さもあらん。そこには、抜き差しならぬ大きな理由が隠されていたのだ。それは、ヘブンスそのはらにかかる地権者組合の、地主たちの横領犯罪である。令和4年9月11日

 晃一の陳述書2回目
一審においても、晃一の陳述書はうるさいくらい提出されたが、それら陳述書はほとんど覆されている。この経験で懲りたかと思えば、控訴審でも全く同じことで、嘘で固めるのは常套手段であるようだ。サルでもできる反省がこの男には無理であるようだが、今更ながらに思い出すのは、阿智工務店塚田学前社長の話である。それは癌で余命いくばくもない状態にて私に相談したは、跡取りの息子が若く、数年は誰かに任せたいという。だが、適任者がいないとのことであった。学とは高校の同級生で、同じく同級の村沢も阿智工務店で働くに、村沢は全く役に立たないという。それでは、晃一はどうだと言えば、「首にすることしか考えていない」と言い切った。深く分けを聞かなくあったが、「癖が悪い」の一言を今思い返すのは、まさに言いえていたと思い出す。
さあここで、晃一の二度目の陳述書をご覧いただこう。 晃一陳述書2  クリックしてご覧ください。
 訴えの変更
先日、被告弁護士から7度目の準備書面が送られてきたとしたが、あきれることに、その数日後、8度目の準備書面が届いていた。なぜこのように多くの準備書面になったのかと言えば、被告も控訴した側であって、訴えの変更が出来たことによる。一般的に被告は反訴以外に訴えることは出来ないが、控訴は新たな裁判であることで、被告が原告として訴えることも出来る。今回の控訴は、被告と原告の双方が訴えているのだ。令和4年9月13日

 8度目の準備書面
晃一の陳述書2は、7度目の準備書面に添えられていたものであるが、晃一の陳述書はまさに「講釈師見てきたような嘘をつく」ではなかろうか。災害で流されているのに「家を壊した」とか、新たな登場人物をあげて、さも昭和44年に木を植えたと決めつけるとか、文語林に年輪を測定させたとか、まさにやりたい放題し放題、どこにそのような話の根拠があるでしょうか。家は伊勢湾台風(昭和34年)災害で流されているし、文吾林に目視で年輪を数えさせても証拠にならないし、100本足らずの苗木植林に手伝い者がいたとかが、植林の経験が無い晃一が何をほざくか笑い話でしかない。
 嘘の目的
元々に矛盾するのは、平川成泰が家を建てていた土地は渋谷貢の土地である。仮に、澁谷ゆきゑの土地にかけて建てられていたとしても、その澁谷ゆきゑの土地の横にも澁谷ゆきゑの土地がある。澁谷ゆきゑの土地を買っていたとして、名義を移すために稲武町まで訪ねているのも嘘であったが、仮にそれらの話に合せるとしても、家が建てられていた土地の名義が渋谷貢のままではどうしようもない。「渋谷貢は平川成泰に土地を貸していた」と一審で証明されたが、家を壊した後に平川成泰が借地に木を植えることはあり得ない。木を植えたのは渋谷貢であることだ。澁谷ゆきゑの土地に木を植えたと主張するのであれば、渋谷貢の土地にも木を植えたと証明することだ。
 年輪は不正確
年輪は気候変化において形成されますが、環境に多くく作用することで、やせた土地(河原)では年輪が形成されないこともあります。年輪が50有ったにしても50年経っているとは証明できません。年輪で樹齢を測定することは有りませんので、文吾林に目視測定させても何の意味もありません。(樹齢を測定するには顕微鏡が用いられます)令和4年9月15日

 無駄な植林説明
年輪測定と植林年が合わないことで、一審では「5年生の苗を植えた」と主張した晃一だが、そんな大きな苗を山に担いで行けますかと言えば、今度は「3年生の苗」に変えてきた。何でもありの反論であるが、そんなことはどうでも良いことだ。無理に植樹年を合わせたとしても、家が流されていた事実で終わりである。
 下草刈り
平成29年の冬に盗伐し、それを売って金にした。一審でも控訴審でもそれらは表に出ていないが、裁判が終わればそこから始まるのだ。まあ、それを恐れての控訴審であるが、反論するのであればもう少し勉強してから訴えることだ。
二度目の陳述書で晃一は一体何を言いたかったのか? 木を植えたのが平川成泰だ、平川成泰が植林後5年間管理してきた、その証拠が下草刈りだという。それを証明したいと、盗伐した平成29年から5年がたてば、現場もこの様に下草が成長していると、写真まで添えて主張するに、植林して5年の間に下草刈りをする者など誰もいない。下草狩りが始まるのは、早くて5年から7年の間であるに、だからして植林したことの無い者が、下草刈りの経験も無い者が、何を言ったとして始まらない。飯伊森林組合にもう一度聞いてみろ! 植林をしたその年に下草刈りをやるのかと。
山の上で植林するに、水をかけて水締めをする? 文吾林に話を聞くのであれば、果樹苗や庭木苗の植え方を聞いてどうするのだ? 山のてっぺんまで水を持っていくのかい?
昭和44年に平川成泰が木を植えたならば、なぜ61本の年輪がそれぞれ違うのだ? 最大で8年もの差が有るに、苗木は3年生で無かったのか? たかだか60本ばかしの植林するに、二年も三年も費やしたというなら話は別だが、何年かけて植樹したにしても、年輪は同じでなければ計算は合わないぞ。令和4年9月17日

 陳述書は泣き言
信南のバスに乗って木を植えに来た? では、100本もの苗はどうやって運んだのだ? 森林組合から苗を買うには、施業計画書を出して県から補助を受けるものだが、森林組合員でも無い朝鮮人の平川成泰は、いったいどこで苗を買ってどのように現地まで苗を運んだのか? ストーリーがなっていない。「平川文男に頼まれて草刈りをした」いつ頼まれたんだ? 写真を見れば下草の気配が無いぜ?「年3回は草刈りをした」おいおい、下草刈りと雑草借りを一緒にするな。だいたい桧が成長すれば下草刈りなど必要ないことで、年3回刈るのは土手草だ。
植林木の手入れとは枝落としと間伐でしかない。枝落としは貢さんが行ったと言ってきたに、ここにきて成泰が手入れをしたといえば、一審と高裁で言うことが違う。まあ、準備書面を8回も書き直していれば無理もないが、せめて間尺に合う陳述にしていただきたい。
 身内は証拠にならない
母親まで登場させて「推察される」と言っているが、母親の話を推察にしては意味が無いだろう。どちらにしても身内の陳述は意味をなさない。年輪もそうだ。川原に木を植えたというに、そんなやせた土地では木が育つに倍の年月がかかる。年輪も一年に一度とは限らない。やせた土地であれば目視で判断できない年輪があるを知った方がよい。
「タクシーを使って大平峠を越えて稲武町に行った?」今度はなにを言い出すのかと思えば、まったくに方向音痴である。稲武町は根羽村の隣であるに、そして153号線しか行けない町だ。飯田から大平峠を越えた? 大平を超えればそこは南木曾中津川で、稲武町とは全くに反対方向だ。平谷村から矢作に出てもいけるが、当時は道が狭くて国道153号線には及ばない。そもそも稲武町まで渋谷建典を訪ねて行ったとは一審で否定されたではないか。そこまで高裁の裁判官を馬鹿にしては不味いだろう。令和4年9月19日

 渋谷建典は相続者
澁谷薫と澁谷ゆきゑは離婚をしているが、二人の子供はすべて澁谷姓を名乗っている。それは澁谷薫が養子であったからだ。離婚して澁谷薫には二つの土地が残ったが、植林を生業としていた澁谷薫と長男の建典は、残った苗木でこの二つの土地とゆきゑの土地に植林している。稲武町に移り住んだ後も、園原に来て林業公社の桧植林を行っているが、その林業公社の権利山は私が持っている。澁谷薫は森林組合の作業員ではなく、営林署の作業員であることは、澁谷勝雄さんと一緒に働いていたことで分かることだ。澁谷勝雄さんの妻(幸恵)は私の家から嫁いでいる。幸恵おばさん、いい加減に事実を話すべきではないか。
 主役でない
平川成泰が澁谷ゆきゑの土地を買っていたと騒ぐに、澁谷薫の土地を買ったとは一度も言っていなかった。澁谷薫の土地があるなどとは、智里西地区の年配者は誰も言っていない。澁谷薫の土地を澁谷ゆきゑの土地だとしたのは誰あろう、晃一である。まあそれは良い。泥棒に見境などあるはずはなく、盗人猛々しいが泥棒の言い分である。しかし、渋谷ゆきゑの土地を買っていたから稲武町まで印鑑をもらいに行ったと言う嘘はいただけない。ならば、平川成泰の家が建てられていた渋谷貢の土地は、なぜ平川成泰の名義ではなかったのか。家が建てられていた土地が他人の物であるにもかかわらず、その隣とそのとなり、いわゆる四筆の土地を買っていたなどとの嘘を言えるなど開き直りでなく大泥棒であるではないか。晃一は、平川文男の土地で成泰が木を植えたと主張するのであれば、まず、渋谷貢の土地に木を植えたのは誰なのかをハッキリした方が良い。これが平川成泰が植えた木だと晃一が証明できるのであれば、控訴審でも勝てるかもしれないよ。令和4年9月21日

 相手にしない弁護士
一度目の陳述書に詳しく反論したが、そのうちで弁護士が取り上げたのは建築士としての証明だけであった。『平川成泰の家は、渋谷貢の土地にスッポリ入りますよ』との説明と配置図である。これ以上の証明は必要なしというより、これで十分だとのことであった。たしかに、建物の謄本と建物の大きさと、そして建物の配置図があれば他に必要とされるものはない。ようするに、晃一のごたくに反論するは愚の骨頂と言うわけだ。
この様な状況なので弁護士は気楽にいるが、それでも控訴一回目の期日後の反応は悪く、高裁からの帰路の途中で電話が入っている。それが今の状態にすすめば、「心配することは無いよ」に変わっている。晃一のごたくのすべてに根拠を示してきたことで、気楽になったと思わないところが弁護士でもあるようだ。
 素人の見解
被告弁護士が8度も準備書面を出してきているが、原告弁護士はそのほとんどに反論書面を返していない。それは、8度目の準備書面で初めて被告の主張が整理(理解ではない)出来たからだ。そして被告弁護士は8度目の準備書面で最後の反論をしているが、何か見当違いに感じるのは、いまだに土地の所有者に執着していることだ。「澁谷薫が死んだ年と伐採木の年輪が合わない」とか、「ゆきゑの土地に別れた夫が木を植えるなどない」と言っているが、年輪の測定自体に根拠が無いのと、それぞれの年輪がバラバラなのに、死んだ年と合わせてどうするのかという話だ。別れた夫が木を植えては悪いのかと言いたくなるに、長男建典が父と植えたというのに、建典はゆきゑの子供ではないのか? こんな調子であるから、弁護士は気楽になったのかもしれない。素人の私はそう考えてしまう。令和4年9月23日

 次回期日
10月の半ばころかな? 次の期日は、高裁にしては何回も開かれたが、これが最後の期日となるは弁護士の話しだが、そうは言っても「二回で終わる」との話はどこに行ったのかと言えば、それは相手方も控訴してきたからだと言う。次回が最後になるかどうかは、あまり確信が持てないが、高裁にしては妙に丁寧な気がする。負けることは無いとしても、賠償金が増えなければ負けと同じだが、増えても増えなくとも、渋谷徳雄さんの土地に変わりがないことが何よりである。
 負けが無い訳
原告の控訴は「伐採木の損害請求」である。伐採木が仮に平川成泰の植えた木だと認められたにしても請求額がゼロとなるだけで、一審での判決「伐根の費用」は認められる。それは渋谷徳雄さんの土地であるからだ。被告らの訴えは、「平川文男の土地だ」「平川成泰が植えた木だ」であるが、少なくとも「平川成泰の土地だ」は、棄却となる。澁谷薫渋谷建典が植えた木だと認められれば裁判には勝つが、損害請求額の100%は無いことだ。そして被告の訴えはすべて却下される。ここでもう一つの解決方法と言えば和解であるが、おそらく裁判官は和解を勧めるだろう。これに原告である渋谷徳雄さんは乗らない話でないことに、和解であれば勝ちと同じであるからだ。だが、被告である渋谷晃一はそういう訳に行かないことがある。それは、熊谷秀樹村長が裏についているからだ。私が渋谷徳雄さんの土地を購入して阿智村を訴えるに、この裁判で和解となれば、渋谷徳雄さんの土地であるは司法が認めたことで、今後の展開に不利になるは相当であるからだ。何としても勝たなければならないが、高裁で和解勧告が出れば断るわけにはいかない。だからして、「土地を買い上げるのが和解の条件だ」として譲らないのである。土地を買い上げれば、私との裁判においても和解勧告は有ることで、同じように「土地を買い上げたい」が、熊谷秀樹村長の和解条件として出てくるのである。令和4年9月25日

 もう一つの不安
熊谷秀樹村長としては、「補助金不正受給」の問題がある。それも、障害木補助金事業自体を間違いとしたことは、阿智村に大きな損害を与えたことになる。裁判が終われば、私は監査請求を起こすと宣言しているし、渋谷徳雄さんも許さないだろう。盗伐だけではない。両親が残した土地すべてを搾取されていたのだから当然だが、実際の怒りはそれら犯罪行為を阿智村行政が行っていたことへの怒りである。
 最後の抵抗
熊谷秀樹は犯罪者だと広報したが、実際は村長が犯罪を行ったことだ。村長の立場を利用して熊谷秀樹が犯罪を行ったのではない。村長でなければ出来ない犯罪なのだ。
盗伐裁判での一審判決は完全勝利であるに、弁護士は控訴を勧めた。それは伐採木の損害が認められなかったことに有るが、渋谷徳雄さんが控訴を決心したは、その先に有る阿智村行政のかかわりである。裁判を終わらせたくない、それは「障害木補助金」の支払いに有るのだ。裁判では伐採木の損害が認められないのに、阿智村は伐採木に補助金を支払っている。なぜ地主で無い渋谷晃一に補助金を支払うことが出来たのか? それを控訴において明らかにしたいのだ。平川文男の土地ではないと、それは一審で平川文男の別訴を棄却されたが、控訴は渋谷晃一であって、くどくも平川文男の土地だと主張するが、平川文男の土地であれば平川文男が控訴すべきことで、控訴人の渋谷晃一が、平川文男の土地だと主張しても通ることではない。だからして裁判官から指導が出たに、被告弁護士はまだ平川文男の土地だと主張を繰り返している。令和4年9月27日

監査請求の先
監査請求は一年以内とされるに、盗伐における障害木補助金支払いは平成30年4月である。

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